救出された日(2)
ある日突然この世界に召喚された私は、その場にいた神官から、神樹と呼ばれる、ようするにご神木のために必要な存在なのだと説明された。
召喚された場所がまさにその樹の根元で、金色に輝く樹は、素人のわたしが見てもただならぬ感じだったので、なんとなくは納得できた。
そのため、あまり疑問も持たず、請われるまま神殿にいることを選んでしまった。
だから最初に会ったきり、国王に会うこともなかった。
そもそも、王への挨拶の時以外神殿から出してもらったこともない。
神樹の子というらしいその存在は、定期的に召喚されるらしく、接するためのノウハウも完備されていた。
どうやら、呼ばれるのは地球の人間が多いらしく、中には日本人もいたみたいで、よくお話にあるような異文化のどうこうはさほどなかった。
それが逆に悪かったのかもしれない。私は神官の言うままに、神殿での生活をはじめてしまったのだから。
だけど、突然召喚されて、状況を把握している大人に囲まれたら、他の選択を選ぶことは難しかったと……思う。
あの時ああしていれば、と考えてはしまうけれど、歴史に「もしも」は存在しないのだ。
……それはともかく、国政と宗教の過度な関わりを避けるという主義は立派だけれど、そのせいで、神殿がなにをしているかは把握しきれていないらしい。
それもどうかと思うけど、日本だって似たようなものだから、口を挟むのはやめておいた。
私は神樹にとってなくてはならない存在だから、ひどい扱いをするはずはないと信じ切っていたのもあるという。それはそうだ、誰があんなことを想像するだろう。
つらつら過去を回想してしまったが、まだ公爵様の話は続いている。わたしは意識を今にもどした。
「──ところが数日前、神殿の下級神官が、あなたの身にとんでもないことが起きていると伝えにきました。その内容を聞いて、国王は耳を疑ったそうです」
「……そう、でしょうね」
とても視線を合わせていられなくて、私は公爵様から顔をそむけた。
──最初は、みんないいひとたちだった。
神樹の子として歓迎してくれて、色々なことを教えてくれて、男性ばかりだったのはちょっと困ったけれど、それでもまあ、なんとかやっていけると思った。
特になにかしたわけじゃなかったけど、召還されただけあってわたしには力があったらしく、とてもありがたがられた。
前神官長だったという老人は、特に優しくて、祖父みたいだなんて、はじめは思っていたのだ。
だけど──ある日から、神殿での生活は地獄に変わった。
やさしかった老人が、わたしを、──犯したのだ。
神子の魔力を分けてくれと言って、若い神官たちにわたしを押さえつけさせて。
わたしは魔力がどんなものか自覚がないけれど、どうやら、相手に渡すこともできるらしい。
だから、神樹も栄養剤の役割としてわたしたちを呼びよせるのだという。
それはなにも神樹だけに作用するわけではなく、人間にも渡すことができる。
ただ、神樹の場合は、わたしがいるだけで調子がよくなるらしく、樹のそばにいても、疲れるとか、そういうことはなかった。
でも人間相手の場合は、こちらが魔力を相手に渡そうとしないと、うまく渡すことはできないし、渡した分こちらの魔力が減るのだという。
当然わたしに相手に渡す術なんて使えなかったけれど、直接身体を重ねれば、魔法を使わなくてもやりとりができるのだという。
つまり、……セックスをすれば。
「……内容が内容です、真偽を確かめたくとも、面と向かって問いただして正直に答えるとは思えませんでした」
敢えてだろう、淡々と公爵様が話を続けていく。
けれど、さっきまで穏やかな微笑を浮かべていた顔は、きつくなっており、大分感情を制御していることがうかがえた。
たしかに、神殿側に馬鹿正直に聞いても、無駄だっただろう。
常識的に考えても、合意でなければしていいことではない。
いくら神官たちが俗世と無縁でも、それくらいはわかっているはずだ。
そもそも神官で男子しかいない世界なんだから、女性とのそういう行為は御法度なくらいじゃないかと思うけど。しかも相手が神子なんだし。
そう、わたしたちの言葉で言えば神子なんだ。
そんな神樹の子に乱暴しているかなんて、国王からの問いでも不敬罪……不信心? と返されて、むしろ国王のほうが立場が悪くなってしまうことは、簡単に想像できる。
「ですが、事実であるなら、一刻の猶予もない。どうすべきかと私をはじめとしたごく数人の者が集められて、相談をしはじめた矢先、神殿から使いがきました」
……ということは、公爵様は国王にとってかなり信頼の置ける人物なのだろう。
たくさんのひとに知られていないようで、ほっとした。こんなこと……大勢に知られたくない。
「神殿からは神樹の子が体調を崩したので、治療する者を派遣してほしいとのことでした。そこで、これを逃す手はないと皆考えたのです」
……はじめは控えめだったその行為は、段々頻度も回数も人数も増えていった。
わたしとの行為によって、劇的な「効果」があったらしい。
神官の仕事は、神樹に祈りを、つまり、魔力を捧げることらしい。
彼らの祈りが普段の水やりで、わたしの存在が栄養剤というわけだ。
それでも神樹の力が衰えた時、召喚が行われる。
つまり、召喚が行われたということは、神官の力が不足しているという、神殿側には嬉しくない事実を突きつけられるわけだ。
だから彼らにとっては、自分の魔力……神官たちは神力と言っていたけど、を強くしなければいけない。
そこに、てっとりばやい補給方法があったら、手を伸ばしてしまうのもあるだろう。
だから、最初は衰えを感じていた老いた神官たちだけだったのが、徐々にもっと若いひとも増えていった。
多分、権力闘争もあったのだろう。順番とか、人数とか、そんな口論が外で聞こえていた。
わたしに発言権はなく、拒否権もなく、脱出したくても外にあてはなく、逃がしてくれるはずもなく。
昼も夜もなく、いつ終わるともわからないソレに、耐えられるはずなんてなかった。
多少長く保ったのは、私が処女でなく、ついでにそこそこの年齢だったからだろう。
それでも、毎日のソレは私から生きる気力を失わせていった。
食事をする気にならず、食べてももどすようになり、最低限動くことすら億劫になり……でも神官たちは代わる代わる、わたしの部屋にやってきて、魔力を奪っていった。
最後のほうは起きているのか気絶しているのかわからない状態で、記憶もあまりない。
多分、そんな時に救助されたから覚えていないのだろう。
神殿にも勿論治療できる者はいて、わたしを診にきていた気がするけど、どうにもできず、やむなく王宮に要請したのだろう。
一番の治療法が神殿から遠ざけて安静にすること、なんだから、神殿でできるはずもない。