食後のお土産
無事に食事が終わっても、すぐに動いて三階へもどるのはつらいので、しばらく食休みをする。
公爵様もつきあってくれるらしく、二人分のお茶が用意された。
例の麦茶っぽいやつで、わたしは嬉しいけど、公爵様は平気なんだろうか。
「──ああ、そうだ、少し待っていてください」
唐突に椅子から立ちあがった公爵様は、食堂を出て行ってしまう。
なんだろう、と不思議がっていると、すぐにもどってきた。後ろには執事頭さんがいる。
その手には大きめのかわいくラッピングされた袋があった。ピンク色の包み紙は、はっきり言って公爵様には似合わない。
「どうぞ、お土産です」
お土産? 噂のために早速なにか買ってきてくれたとは律儀というかなんというか……
受けとって開けていいか問うと、開けて確認してもらいたいとのことで、遠慮なく開封する。
中から出てきたのは、そこそこの大きさのクマのぬいぐるみだった。
大体三十センチくらいだろうか、抱えるのにちょうどいいサイズになっている。
「本当はあなたに好みを聞くべきだったんですが……まさかあんなにあるとは思わなくて」
仕事の合間に玩具屋に連絡して、仔細を伝えていくつか持ってきてもらったらしい。
店員は厳選して持ってきてくれはしたものの、
「ひとつずつ微妙に違うので、できれば店内で選んで欲しいと怒られてしまいました」
苦笑いを浮かべてこぼしている。
ちゃんとした、って変だけど、そういうぬいぐるみ屋に行くと、目が合った子がいましたか? とか、そういう売りかたなんだよね。
大量生産された小さいのはそこまでではないけど、大きめのになると、同じ型でも少しずつ個体差がある。
その中のどれにときめくかは、ひとそれぞれで、だから大事な一体になる、らしい。
でも、流石に公爵様が自分で玩具屋に行ってぬいぐるみを選ぶのは恥ずかしいだろうしなぁ……
持ってきてもらった中から選ぶのも大変だっただろう、ちょっとだけ気恥ずかしそうにしているし。
ぬいぐるみを買うなんて、今までしたこともなかったのに、わたしのためにわざわざ行動してくれた。
「でも、この子もかわいいです、ありがとうございます」
ぎゅっと抱きしめた感じも悪くないし、目の配置のせいか、笑っているように見える。
なかなか愛嬌のあるぬいぐるみだ。なにも身につけていないから、衣装部屋にあるスカーフでも巻いてあげよう。
「それならよかった。店のほうも興味があるので、今度一緒に行きましょう」
「ええと……はい、わかりました」
絶対新しいのを買う気だろうから断りたかったけど、公爵様の笑顔を見ると拒否しづらくて、結局うなずいてしまった。
本当に興味があるのかは疑問だけど、店によっては爬虫類とか、変わったのも置いているから、そういうのがある店なことを祈ろう。いや、公爵様が恐竜を喜ぶ性格かわからないけど。
幸い、もとのわたしの部屋のように、置き場所に困ることはない。正直言えばもう何体かほしいところだし。
にしてもこのクマ、姿かたちといい、手足が動くところといい、とても既視感があるんだけど。
「そのクマのシリーズはテディベアというそうですよ、どういう理由でしょうね?」
……やっぱりか!
間違いなく異世界人の仕業だった。
首をかしげている公爵様に、簡単に説明する。と言っても、もとの世界の大統領の逸話にひっかけて、名前がついたというくらいしかわたしも知らないけど。
この世界に召喚された神子はずいぶん色々なことを残しているみたいだ。
……それだけかれら、彼女らは、自由、だったんだろうか。
勿論戦乱の時代に召喚されたひとたちは、そんな玩具を伝えている暇はなかっただろうけど……
幸せ、だったのかな。不満はなかったのかな。
わたしも……胸のつかえのない状態で、わたしの世界のあれこれを伝えられるようになるんだろうか。
答えはまだ、出そうにない。
「セッカ嬢?」
ぬいぐるみを抱えたままぼうっとしていたからだろう、心配そうな公爵様の声がした。
ちょっと意識が沈んでしまった、いけないいけない。
「なんだか、今日は色々……思い出したり、考えが四方八方に飛んでしまって」
笑ってすませるつもりだったけど、公爵様はますます気遣わしげな顔つきになる。
これは話題をそらしたい……あ、そうだ。
「あの、……クヴァルト様」
どうも公爵様って言いそうになる、呼んでしまって、また拗ねられたら大変だ。
……また?
あれ? いつそんなことがあったっけ?
今日じゃないし、昨日もそんなことは……あれ?
「どうしました?」
ううん、よくわからないから置いておこう。
あんまり答えがないと、また心配させて医者をとかなりかねない。
「ええと……わたしのいた国は、室内は土足禁止の文化だったんです、なので、できれば部屋の中に、靴を脱げるスペースをつくりたいんですが……」
海外だと靴を脱ぐイコール……というものもあるけど、この世界はどうなんだろう。
誤解されないといいんだけど、とどきどきしながらお願いすると、公爵様はすぐ納得したらしかった。
「そういえばそういう記述もありましたね。あなたの部屋の中なら問題ありませんよ」
よかった、流石にわたしもこの邸中を土足禁止にしてもらいたいとか、そこまで無茶を通すつもりはない。
部屋の一角だけでもそうなっていれば十分だ。
べつの国では、土足だけれど、敷物の上にすわって手仕事をする民族もいるとのことで、そのあたりから手に入れれば、厚手のものがあるだろうとのことだった。
モンゴルとかの遊牧民みたいなやつかな? 芸術性も高いので評判なんですよ、だそうだから、値段はかさみそうだけど……
人気があるので結構輸入されているから、購入するのは難しくないらしい。王都に手紙を送っておきますと約束してくれた。
それだと超高級品がきそうなので、普段使いしやすい、実用重視でお願いしますと再三念を押しておいた。
デパートの催事で見た何百万のペルシャ絨毯なんかがきちゃったら……恐ろしくてすわれない。
できれば畳がほしいところだけど、ああいうのってあるんだろうか。
あれば多分、クヴァルト様が一緒に知っていただろうから、ないと判断したほうがよさそうだ。
職人芸の品らしいし、つくりかたも知らないから、開発してもらうのは無理かなぁ……
畳の部屋にごろごろ転がりながら、雑誌読んだりするのは結構好きだったんだけど。
でもとりあえず素足でくつろぐスペースは確保できそうで、ほっと胸をなでおろした。
そうこうしているうちに時間も経ち、フリーデさんに促され、わたしは部屋へもどることになった。
公爵様は書斎へ行くそうだ。大体いつも夕食の前後に、執事頭とメイド長から、報告やらを聞くのだそうで、ひとの上に立つのも、なかなか大変だ……
三階まで上がるのはまだまだ大変で、休憩しつつゆっくり上がっていく。
ぱぱっと回復する魔法なんてものはないというから、地道に歩く練習をして、食事をするしかなさそうだ。
到着したころには、べつのメイドさんによって、お風呂の支度が整っていた。
入浴は結構体力を使うからと、医者から渋い顔をされたのだけど、日本人として譲れなくて、そこをなんとか! と許可をもぎとった。
だってここ数日自分で入浴していない。あいつらの残滓は綺麗にとり除いてもらって不快感はないけど、そろそろゆっくり入りたい。
お世話したがるフリーデさんを全力で断り(これもなんだかよくあることになってきた)久しぶりのお風呂を満喫する。
和風のお風呂というよりは、外国もので見る感じのつくりだけど、一応肩までお湯に入れるので文句はない。
魔法で温められたお湯は、温度を変えることができなくて、ちょっとぬるめだけどそれくらいで、これも問題なし。
シャワーがないから少々やりづらいけど、髪の毛と身体を洗ってすっきりさっぱりだ。
ああ、やっぱりお風呂はいいなぁ……
なんだかお風呂用品も色々そろえてくれていて、すごくいい匂いのする石けん各種が並んでいた。
おまけに入浴剤まで入っていて、至れり尽くせりだ。
シャンプーとリンスが結構ちゃんとあるってことは、わたしの前の異世界人が伝えたんだろうか。
どれくらいの頻度で、何人きているのか、いつの時代からやってくるのか……テディベアの件といい謎すぎる。
けれどそんな先人のおかげで、快適な入浴ができているから、今はすなおに感謝しよう。
お風呂から上がると、ベッドにはさっきのクマと、そばには大きなラベンダーのドライフラワーが生けてあった。
昼間はなかったはずだけどと思ったら、リラックスして眠れるようにと、メイド長さんが用意してくれたらしい。
日中は袋に入れて、しまっておいたとのこと。たしかに出しっ放しにしていると、匂いが薄れてしまうし、ぼうっとしちゃうし。
知人が車に入れて運んでいる最中、うっかり寝そうになって命の危険を感じたって話してたからなぁ……
ついでにこれもと寝る前にハーブティーまでいただいてしまった。
朝方悪夢を見たと漏らしたから、あれこれ心を砕いてくれたのだろう。
これだけしてもらえば、嫌な夢も見なくてすみそうだ。
ウェンデルさんが夜勤で詰めているのも安心だし。
お休みなさいと二人に挨拶をして、わたしはクマを抱えて布団に入る。
このクマも、名前をつけなきゃ……流石に公爵様の名前からとったら困らせるかなぁ……
そんなことを思いながら、眠りについた。
申しわけないです、翌日更新は無理でした……
水曜日にはなんとか続きをアップできるよう頑張ります。