部屋の探検
フリーデさんがクローゼットの中を整理するというのでお任せして、わたしはまずべつの場所を見ることに……って、そういえば。
「ウェンデルさんは?」
さっきから一度も姿を見ていない。
わたしにつきあわせて体調を崩した……いや、元気そうだったからそれはないかな。
「ああ、彼女は夜勤だったのでまだ寝ています」
メイドさんにも夜勤があり、夜更けになにかあった時のためだという。
大体みんなやりたがらないらしい、それはそうだ。昼夜逆転になってしまうし。
「ウェンデルは慣れていますからね、基本的に夜勤が多いんです」
「慣れてる?」
夜勤にかと思ったけれど、言葉のニュアンスから少し違うようだ。
詳しく聞いてみると、なんとウェンデルさんは軍人系の訓練をしていたらしい。
この世界には給仕係の養成所みたいな場所があるのだけれど、はじめは色々なことをするのだという。
一般的なマナーにはじまり、料理などの家事に、武芸。
そうして自分にむいている方向を知って、その後は特化した学校みたいな場所に行くらしい。
ウェンデルさんはメイドの中でも、ボディーガードみたいな感じかな?
警備と一緒では入れない場所に重宝するそうだ、なるほど……
「そのまま軍に入ってもいいくらいだったそうですけど、本人の希望でメイドになったそうですよ」
へぇ、どうしてそう決めたのかちょっと気になる。
だからウェンデルさんがわたしを迎えにきた一団に入っていたわけか。
メイドとしてはちょっと不安でも、戦う力があるから、万一に備えられるし夜にも強い。
「当分は夜勤になりますから、夜中になにかあったら遠慮なく声をかけてください」
顔見知りなら、多少罪悪感も薄れるかな。
呼ぶような事態にはなってほしくないけど……
となると、ウェンデルさんに会えるのは昼以降かな?
一日どちらかがすぐきてくれるというのは、かなりありがたい。
謎が解けてすっきりしたので、奥のほうを片づけるフリーデさんの邪魔はやめて、部屋の探検をはじめることにした。
まずは、鏡台から。鏡の部分は蓋つきで、開けば三面鏡が出てくる。後ろまで確認できるやつだ。
この部屋の家具は全体的に落ちついた茶色で統一されている。この鏡台もそうで、洋風だけど色味はちょっと和風を感じさせて、ドレッサーより鏡台と呼ぶほうがしっくりくる。
興味にかられて引きだしを開けると……中にはずらりと化粧道具が。
口紅をひとつ手にして確認する、うん、未使用だしぴかぴかだから買ってそんなに経ってなさそう。
まさかこれ、全部私用に買ったのかな……
もとの世界では仕事用に必要だったから、化粧道具は一揃い持っていたけど、ここに置いてあるのはそれよりもっと種類が多い。
色もたくさんあるし、なにに使うのかわからないものもある。
しかもひとつひとつ無駄なまでに凝ったケースで、……はっきり言って高そう。
使いこなせる自信がないけど、多分得意なメイドさんがいるんだろう。
ばっちり化粧をする機会はそうそうないだろうけど、その時はすなおにお世話になろう。
その隣には背の低めな棚が置いてある。これはさっきフリーデさんが衣装部屋から出してきたものだ。
鏡台と似たつくりだけど、さっきのが化粧品ということは……おそるおそる開けてみる。
真ん中にはいくつかの引きだしがあり、引いてみるとフェルト生地の中敷きの上には、いくつもの指輪が整然と並んでいる。
……本物の宝石、だよね多分……
じゃあ下は、と見てみると、イヤリング、ブレスレット、髪飾り、ブローチ……と、段ごとにきちんと分類されていた。
キラキラぴかぴかの連続で、ちょっと目が疲れてきそうだ。
ネックレスは引き出しにもあったけれど、両側をドアのように開くことができて、そこにもぶら下げて収納されていた。
「そこにあるのは比較的新しいものなので、遠慮なく使って大丈夫とのことです」
大体片づけが終わったのか、フリーデさんが横に並んで教えてくれた。
つまり、先祖代々とか、博物館行きの芸術品とかはないらしい。
庶民には十分とんでもないものだけど……
いや、眺めるのは楽しい。でも、これを身につけたいかというと、それは役者不足というものだ。
「指輪はサイズが合わないでしょうから、そのうち直しに出しましょう」
「あ、いえ、指輪はしないのでいらないです」
今にも業者に頼みそうな彼女に、慌ててストップをかける。
ピアノを弾くのに指輪は邪魔にしかならない。つけているひともいるけれど、わたしは嫌なほうだ。
ついでにブレスレットもあまりしない。腕が重たくなって感覚が狂ってしまう。
弾く時だけ外すというのも見たけれど、めんどうくさいので最初からつけないでいた。
「……ですが、念のためいくつかだけは。国王に呼ばれた際にパーティーに出る可能性がありますから」
あー……そういうのがあるのか……
公爵様の身分もそうだし、わたしも一応神子だし、そのうちちゃんと顔見せはしなきゃならないのだろう。
やつらへの牽制という意味でも効果がありそうだから。
渋々うなずいたものの、置いてある指輪は大きな宝石がはまったものばかりで、正直好みではなかった。
それに、わたしより背の高かったお母様は、当然他のパーツも大きめなわけで。
ピアノ奏者のわりに手が小さく、一オクターブちょっとしか弾けないわたしの手指に指輪は相当余り、はっきり言って似合わない。
フリーデさんは違和感があるとは口には出さなかったけれど、新しいのをつくりましょうと宣言したから、流石に微妙だと思ったんだろう。
ブレスレットも華奢なのはあまりなかったが、長袖着たり手袋すればそんなに気にしなくていいから、こっちはなんとかなりそうだ。
当時の流行か本人の趣味かはわからないものの、一通り見た感想は、やっぱり鑑賞するにはいいけど使いたいほどではない、だった。
ただ、これを正直に告げようものなら、じゃあ新しく買いましょうと言いかねないので、しばらく黙っておくことにする。
……多分早々にフリーデさんからばれるだろうけど。言わないでくださいってお願いしたけど、わかりましたって返事しなかったしね……
気をとりなおして他を探索することにする。
あとは書き物机、と呼べばいいだろうか、が置いてある。
横の本棚にはあまり入っていない。少し古そうなマナーの本やらレース編みの本が入っているくらいだ。
おそらく、お母様がいたころのラインナップのままなんだろう。
机のほうは新品の文房具がきちんと鎮座している。
中には綺麗なレターセットもしまってあった。
はやく字を覚えて、王妃様にお礼を送らなきゃなぁ。
おろしたてのペンと紙を見て……そうだ、持ってきた楽譜の写しをつくっておかなくちゃ。
印刷技術がどれくらい発展しているのかわからないけど、流石にコピー機はないだろう。となると、手書きかな。
楽譜はなくしたら二度と手に入らないから、なるべくはやく複写して、原本は保存にまわしたい。
早速我が儘を発動させるのは複雑だけど、フリーデさんに五線譜をお願いする。勿論二つ返事で了承された。
あとは別のガラスの棚にお茶用というよりは観賞用らしいティーセットが並んでいる。
どれもなかなか華やかな柄で、多分お母様の趣味だったのかな。
もとの世界で言うところのマイセンとか、多分そういう感じだろう。
……うん、飾ったままでいいや。
そのせいなのか、それともこれが普通なのか、水回りを集めた場所には、ちょっとしたキッチンがあった。
冷蔵庫もどきも完備されている。でも、わたしは魔力の流しかたがわからないので、自分では使えない。
教わってできるようになるなら、ぜひともご教授願いたいところだ。マッチも使わず火がつけられるって、便利すぎる。
冷蔵庫もどきは一日に何度か魔力を流せば冷たさを保持できるらしい。この世界の魔力はなんというか……そう、電池みたいだ。
暖炉の上の花瓶とか、さらっと壁にかかっている絵とかも、そこそこのものなんだろう。
この部屋の生活に慣れるのはいつになるやら。
しかしわたしは日本人なので、ずっと靴でいるこの文化がどうもしっくりこない。
行儀の悪いことかもしれないから、この件に関してのお願いは公爵様本人にしよう。
スニーカーみたいなのもないので、履いているのは布製の室内用だという靴。
バレエシューズみたいな、でももう少し履き心地優先な感じだ。
正直こういうのがあってたすかった。一日中ヒール靴なんて、とても耐えられない。
そんなこんなでお昼頃まで、わたしは部屋の探検をしていたのだった。
9/30
人名思いっきり間違えてました……! 直しました!




