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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
番外編-2-
121/124

事件の日

※セッカが誘拐される話です(暴行などはありません)

 仕事が終わりいつものように階下へ降りれば、見慣れた馬車が待っている。

 だが、御者が自分を見て、怪訝そうに首をかしげた。

「セッカ様は?」

「え?」

 不思議そうな顔を見合わせてしまった。

「楽器店から歩いてこちらへ向かい、一緒に帰るからと仰って、我々は一度戻ったのです」

 彼女は午後、いつもの店へ出かけていたらしい。

 そういう時は時間を合わせて仕事場まできてくれることがほとんどだ。

 副領主や他の者と他愛ない話をしたあとに、一緒に帰る。

 だが今日は、誰からもそんな話は聞いていない。

「──」

 なにか言う前に、ジャンは動いていた。

 ほんのわずかな後、ディディスを伴って降りてくる。

 まだ、なにがあったと決まったわけではないから、飄々とした顔のままだ。

「ついでに乗せてくれるって?」

「ええ、どうぞ」

 何食わぬ顔で会話をし、馬車に乗りこむ。

 楽器店へと指示すればぎりぎりの速度で走りだした。

 到着した楽器店では、顔見知りになった店長は見当たらない。

「すみません、セッカはまだいますか?」

 適当な店員を捕まえて問いかけると、いいえ、と答えられた。

「今日は店長が休みでしたから、他の者がついたのですが……結構前に出て行かれましたよ?」

 それを聞き、素早くディディスが店内へ移動する。

 では入れ違いになったんですねと微笑んで、彼はそのままに馬車にもどった。

 一瞬悩んだが、とりあえず自宅へともどるように命じる。

 ウェンデルが一緒だし、荒事に巻きこまれた報告もないから、道中でなにかあった、とは考えにくい。

 となると──どちらにせよ、ありがたくない話なのだが。

 屋敷へついて執事頭に問いかけても、やはりセッカはまだだった。

 彼女の性格からして、黙ってどこかへ行くことはないだろう。

 自分の行動が、あちこちに影響を与えることを、彼女はすでに知っている。

 となると一報を入れられない状態にいる、と考えるのが妥当だ。

「……危害を加えるつもりはないとは思いますが」

 神殿から逃げた神子、という不名誉な噂は、セッカによる演奏によってほとんど払拭されている。

 彼女自身に負の感情を抱く者は、あまりいないだろう。

 だが、クヴァルトに恨みを持つ人間は、少なくない数存在する。

 しかし大きな動きがあれば察知できるが、そのような話はあがっていない。

 まして姿を消したのは楽器店、人目もそれなりにある場所だ。

 心当たりはあるが、ひとつひとつしらみつぶしに探す心の余裕はクヴァルトにはない。

 次の指示を待つジャンの視線を感じながら、早足で歩いた先は自室──ではなくその隣。

 無断で入る非礼はあとで詫びることにしてドアを開け、まっすぐ目的のものへ近づいた。

「お……おい、クー!」

 珍しく狼狽した声でジャンが制止しようとするが、聞くつもりはない。

 模造品の神樹に埋もれている本物の枝を、クヴァルトは迷うことなく手にとった。

 瞬間、ぞわりと背筋に悪寒が走る。拒絶されているわけではないが、流れている力は強く、普通の人間には負担になる。

 ……よくもまあセッカは、これを手にして平気でいられるものだ。

「あなたの大事な愛で子がどこかへ行きました」

 意図的に淡々と、用件だけを伝えていく。

「また演奏を聞きたいのならば、教えて下さい──彼女の居場所を」

 言葉の直後に、じりじりと痛いほどの力が、明らかな指向性を持った。

 まだざっくりとした方向だけだが、これならいける。

「ジャン、馬車を。──まずは方角だけですが」

「十分だろ」

 乗ってきたばかりの馬車は、万一を考えてだろう、馬が新しいものになっている。

 ジャンともう一人、いつもは邸内を守っている者が乗りこむと、すぐに出発した。

 街中は速度も出せないし、通り過ぎる危険性もあるので、とりあえずはごく普通に走ってもらう。

 方向から、とりあえず貴族の邸宅が並ぶあたりへむかってもらった。

 その間も手から枝は離さない、相変わらず鈍い痛みはあるが、頓着する気は微塵もない。

 むしろ痛みに集中して、間違わないようにすらしている。

 とはいえ枝が示すのは道なりとはいかないので、そこはジャンと御者に任せ、己は方向だけを確実にたしかめる。

 距離が近づけば絞りやすくもなり、やがて到着したのは一軒の屋敷。

「……予想の範疇ですね」

 神殿への祈りと寄付を欠かさず、セッカの演奏がはじまってからは、次の場所を執拗に知りたがり、演奏の依頼をしてきた男。

 ことごとくつっぱねのが裏目に出たか。

 袖口に枝を隠すと、クヴァルトは先に降りてしまう。

 ジャンがすぐ横についたので、気にせず門扉へ行けば、衛兵が不審げにこちらを睨んできた。

「クヴァルトがきたと主に伝えてください、それでわかるでしょう」

「え……りょ、領主様……?」

 衛兵の一人は慌てた様子で奥へと走って行く。

 ほどなくしてもどってくると、がらがらと扉が開いた。

「ええと、すぐ執事が参りますので……」

 遠くに見える屋敷から出てくる人影がそれだろうが、到着するまで待つのも惜しい。

 構わず綺麗に舗装された道を進んで行くと、当然のように二人がついてきた。

 屋敷の大きさはそこそこで、出入口はさっきの場所と、通用門もあるはずだがクヴァルトは知らない。

「……強行突破できますか?」

 小さな声で問いかける。

「何人抱えてるのか知らねーけど、ウェンデルが無傷なら3:3:3:1でいけるんじゃねーか」

「怪我の度合いを構わなくていいなら……おれもそれくらいでいけます」

 邸内警護の彼も決して弱くないが、相手によって手加減するのは難しいらしい。

 ましてセッカを守りながらだと、さらに厳しい部分もあるだろう。

 そんな事態にならないのが一番だが、と思ううちにやってきた執事とかち合った。

「ようこそ、領主様、しかしお約束があるとは伺っておりませんが……?」

 流石に執事頭だけあり、突然の訪問も、その理由も察しているだろうに平静なままだ。

 あくまで穏やかな老執事に、こちらも見た目だけは穏やかにする。

「ええ、突然すみません。ですが……理由はおわかりでしょう?」

 わざとぼかして、今なら見過ごしてやるとにおわせるが、老執事の反応はない。

 こちらへ、と邸内へ案内されるまま中へ入ると、待っていたのは主の姿。

 どうしてここに、と、その表情が雄弁に語っていた。……老執事ほどの演技力はないようだ。

「簡潔に言いましょう、客人を返してください」

 名を出さない最大限の譲歩をしてみせたが逆効果だったらしい。

 かっと表情を怒りに染めた彼は、嘲笑を返してみせた。

「我が家に客人はおりません」

「……そんな問答をする気はないんですがね」

 客ではないというのなら、そのままこの屋敷に住まわせるつもりだろうか。

 クヴァルトは神殿からも保護者として認められているのだが、まあ、それも気にいらないのだろう。

 自分にこそ彼女を保護する資格があると思っているのなら、それはたいそうな奢りだ。

「私は神殿から、愛で子の居場所がわかる道具を譲られています」

 嘘と真実を適宜混ぜれば、面白いくらいに顔色が変わる。

「……なら、探してみればいいでしょう!」

 だが居直った男はそう言い捨て、あくまでしらを切るつもりらしい。

 それならばと、クヴァルトは袖口の枝に念をこめる。

 じりっとした痛みとともに、はっきりと方向が提示された。

 クヴァルトは無言で、しっかりした足どりで進んで行く。

 周囲を守るように二人がいるから、まったく気にせずに目的地だけを目指す。

 やがて到着したのは、位置からしてサンルームか、客人を相手するための読書室か。

 後ろで短い悲鳴が聞こえたが、聞かなかったことにしてノブに手をかける。──開かない。

「破壊されるのと鍵を出すのと、どちらにしますか?」

 ふり返って微笑めば、うなだれた男はあっさりと鍵を渡す。

 そこには絶望だけでなく、どこか恍惚としたものがあって、神への信仰心というものも、ここまでくると気味が悪い。

 そしてドアを開ければ、大きなソファに所在なげにすわる愛しい恋人の姿があった。

「クヴァルト様!」

 ぱっと立ちあがったセッカが駆け寄ってくる。見たところ怪我はなさそうだ。

 目の前にきた彼女の腕を引いて抱きしめると、小さく声をあげたが無視を決めこんだ。

 ちらりと部屋を眺めれば、ソファのすぐそばにウェンデルが控えており、その先には一台のピアノ。

「あの、……あの、あんまりおおごとには、しないでください」

 個人的には完膚なきまでに叩きつぶしたいのだが、実際は難しい。

 そのあたりを考えてのことなのだろう。

「……愛で子がこう言っていますから、そのようにしますが、詳しい話は聞かせてもらいますよ」

「…………はい」

 ウェンデルに視線だけ送れば、するりと近づいてくる。

 長居したくないのでさっさと屋敷を出て、待っていた馬車に乗りこんでしまうことにした。

 もう少しごねられるかと思ったが、すんなり片づいてなによりだ。

「嫌な目に遭わせましたね、すみません」

 とにかく先にと謝罪すると、いいえ、と首をふられた。

「こういうこともあるって、教えてくれていたから……それに、なにもされませんでしたし」

 外での仕事が増え、毎月の演奏が加わって。

 セッカの身に起きるかもしれない危険に関しては、しっかりと伝えておいた。

 知らないままで守ることもできたが、それではセッカがよしとしないからだ。

 できれば役立たずにいてほしかったが、そうはいかなかった。

 セッカによると、領庁に行こうと外へ出ようとしたら、知らない馬車が待っていたという。

 馬車に同乗していた武装した者が店員の側にいたため、怪我をさせるわけにはいかないと、おとなしく馬車に乗ることにした。

 連れて行かれた先で演奏を求められたが断ると、部屋に軟禁されたが、外に出られないだけでおいしいお茶と菓子も出たし至れり尽くせりではあったという。……まったく嬉しくなかったというが。

「ものすごく必死に頼まれたんですけど、弾くわけにはいきませんし」

 現在のセッカは、神殿の曲は神殿でしか演奏しない。

 勿論練習することはあるが、その際は人払いをし、ドアもきっちり閉めている。

 弾きこなしてきたおかげで暴走することはないが、力の放出自体は止められないために、迂闊に弾くと危険だという判断がくだされたからだ。

 力を吸収する枝を持たない状況で、信仰心に厚い面々の前で弾いた場合、かれらに影響が出すぎる可能性がある。

 枝のことは話さず説明して納得してもらおうと思ったそうだが、結果は軟禁となった。

「まったく……」

 信心深いこと自体は悪ではないが、暴走されると厄介なことこの上ない。

 よくも悪くも、セッカの演奏の力がとてつもないからなのだが、ミコとしての彼女しか見ない連中に、演奏を聞かせる気はさらさらない。

 表だっての処罰はしないが、それなりの対応はとらなくてはと、頭の中で算段を整えていく。

 これに関しては副領主も認めるだろうから、それなりの範囲がちょっと過激になるかもしれないが、セッカが知らなければいいだけだ。

「あと、ウェンデルさんも叱らないでくださいね」

 二人きりになって思う存分抱きしめている時に言われ、わかっていますよと頭をなでる。

 ──今さらもう手放せない、愛しい存在。

 誘拐されたと知った時、恐ろしいほどに心が冷えた。

 おかげで頭は冷静に動けたが、もしも彼女になにかあったら──想像もしたくない。

「本当に、無事でよかったです」

 ぎゅっと抱きしめると、ごめんなさい、と謝ったあと、ちょっと眉をつりあげた。

「でも、ルト様も無茶したじゃないですか」

 これ、ととられた右手の内側は、真っ赤になっていた。

 軽い火傷という表現が一番しっくりくるが、痛みはそれとも少し違う。……枝のせいだから当然だろう。

「あなたが救えるなら、これくらい安いものですよ」

 べつにこの状態でもペンは握れる。

 ピアノを弾くわけではないのだから、なんの問題もない。

 だから本当になんとも思っていないのだが、セッカの眉間に刻まれた皺はなくならない。

 まあ、それなら一晩かけてほどいていけばいいだけのことだ。

 すみませんと謝りながら、クヴァルトはあやすように口づけを落とした。




 ピアノの譜面はなにも言わなくてもとどけられるが、主であるセッカは、時々自分から楽器店へ行く。

 他の譜面も見たいというし、併設されている練習場を見るのも好きなのだろう。

 楽器店につけば、いつもどおりに馬車を返す。あとでクヴァルトと一緒に帰るからだ。

 もっと出かけてもいいのだが、遠慮する性格なので、あまり口にはしない。

 そんな彼女にとって、外出の敷居が低いのが、楽器店なのだろう。

 正直ウェンデルは音楽はよくわからない。セッカのピアノが素晴らしいことはわかるが、楽譜は読めないし読む気もない。

 それでも嬉しそうにあれこれ見る主を見ているのは好きなので、仕事自体に文句はなかった。

 ……だが、帰宅時に事件は起きた。

 店長が休みだということで、他の店員に案内されて外へ出れば、そこには見慣れぬ一台の馬車。

 紋章もなにもないために、どこの家のものかもわからない。

 馬車の周囲にはすでに武装した者が控えており、その一人はすぐさま店員の側についた。

 ──やろうと思えば、突破はできる。

 だが、流石に相手を無傷でとはいかないだろう。

「申し訳ございません……いらしていただかないと、我々が叱られてしまうのです」

 剣をちらつかせながらも呟く男の言葉は、おそらく本当なのだろう。

「──わかりました」

 セッカにもそれがわかったのか、押し殺した声でうなずいた。

「その代わり、その店員さんはすぐ放してください」

 進んで馬車に乗れば、店員は即座に解放された。

 ほどなく馬車は走りだしたが、窓には覆いがされており、どこを走っているかはわからない。

「ウェンデルさん、あの……とりあえず、無茶はしないでください」

 セッカからの懇願に、迷ったのは数瞬。

「わかりましたー、でも、セッカ様を傷つけようとした時は、問答無用ですからねー」

 意図的にユルい口調で、それでもこれだけはと念を押す。

 わかりました、とうなずく表情は緊張で堅くなっている。

 やがて到着した屋敷は中堅程度だろうか。ウェンデルにはどの家かまではわからない。

「ようこそおいでくださいました、愛で子様!」

 大喜びで歓待してきた相手は……見覚えはあるが名前は出てこない。

 外出につきそいはするが、神殿関係の諸々はなるべく避けているので、きちんとした交流は持っていない。

 それでも記憶によれば、祭礼の時に毎回顔を見ている男だ。

 セッカが演奏する神殿の場所は現在三カ所ほどあり、それは事前に知らせていない。

 それなのに演奏が終わるころには必ずいるのだから、執念たるやすさまじい。

「……きたくてきたわけじゃないです。わたしがこなかったら叱られると言われたからです」

 低い声でセッカが言うと、男はきょとんと目を瞬いてからほう、と息をついた。

「流石は愛で子様、慈悲深いおかたですね! ですが使用人のことなど気にしなくて良いのですよ、あなたは高貴なかたなのですから」

 ──あ、これ地雷踏んだわ。

 ウェンデルは心の中で呟いた。ちなみに地雷というのはセッカの世界の兵器らしく、ものすごく腹立たしく感じる一点をつかれた時にそう表現すると教えてもらった。

「あなた様を呼んだのは他でもありません、どうか祭礼の演奏をしていただきたく……」

「お断りします」

 きっぱりと告げられた拒絶に、男はしばらく無言だった。

「どうしてですか? ピアノは用意してあります。最高級品ですよ!」

 祭礼の曲自体は、いつ弾いても問題はない。

 ただ、セッカの世界には、弾いた曲を保存して聞かせる装置があるらしいが、こちらにはない。

 となると奏者が必要になるので、きちんとした人員をそろえての演奏は、大きな礼拝の時だけというのが暗黙の了解だ。

「わたしがあの曲を弾くのは、神樹のためです」

「弾けば神樹にとどくのですから、問題はないでしょう?」

 うわぁ、と再び脳内で呟く。これは駄目だ。

 ウェンデルはセッカがはっきり怒ったところを見たことはほとんどない。

 ……ほとんど、というのは、彼女がクヴァルトの部屋へ行きはじめたころは、中の様子をうかがっていたからだ。

 クヴァルトに告白したあとの問答だけは珍しく怒っていて、けれどそれきり、目立った怒りを表したことはない。

「あなただけを特別扱いする気はありません。それに……」

 ふとセッカの視線が、びくびくと様子を見守る使用人たちに注がれる。

「わたしは前の世界で、主から使われる立場にいました。だからこそ、今のあなたの態度は許せません」

 その後も男はあれこれとごねていたが、セッカの機嫌は悪くなるばかり。

 それならと追い立てられるようにピアノのある部屋へ連れて行かれたが、勿論弾こうとはしなかった。

 男はいつまでもお待ちしますので、と言い、扉を閉めてしまう。

 すかさず鍵を開けようとしたが、しっかりとした錠らしく動かない。

 窓も勿論打ちつけてあり、穏やかな方法での脱出は難しいだろう。

「セッカ様、どうしたいですか?」

 敢えてそう問いかけると、セッカはしばらく悩んでから、こっちこっちと手招きした。

 部屋には他に誰もいないので、聞かれる心配はないのだが、様式美に従い耳をかす。

「使用人のみなさんに怪我をさせるのはなしでお願いします」

 まあ、彼女ならそう言うだろうと予想がついたので、わかりましたとうなずく。

 となると、無理矢理扉を壊すのは保留だろう。

「いざとなったら、あの主人を人質にしようと思うんですけど……できます?」

「大体ヨユーですよー」

 護衛がいれば手間取るが、彼だけに演奏を聞かせるとでも言えば、ほいほい従うだろう。

 そこを狙えば、失敗する可能性は低いはずだ。

「……でも、それをやるとこっちが悪者になるので、ルト様がくるのを待ちたいです」

 犯人がわからなくても、帰宅しなければなにか起きたとはすぐ知れる。

 だが、そこからここを絞るのは難しいだろう。

「しばらく待つことになるかもですけど、よろしいんですか?」

 誘拐監禁など、気分のいいものではない。まして神殿に監禁状態だった過去があるセッカにとっては、なおさら精神的に負担がかかるはずだ。

 だがセッカは思ったより冷静に、そうですね、と首をかしげる。

「練習時間がなくなっちゃうのは、困りますね」

 ……どうやらあまり恐怖を感じていないらしい。

 誘拐した本人への怒りが勝っているからだろうか。

「ウェンデルさんがいるから、本当にどうしようもなくなったら、なんとかしてくれるって思ってますし」

 ……と思ったらまさかの自分への信頼ゆえだった。

 実際のところこの屋敷の人数がわからないので、そこまで全力で信じられると困るのだが。

「──光栄ですよー」

 そんなことはおくびにも出さず、へらりと笑うと、珍しく笑みを返された。

 夕暮れまでにクヴァルトがこなかったら、屋敷を破壊してでも脱出しよう。

 そう決意したウェンデルだったが、幸か不幸かそうかからずに雇い主が迎えにやってきた。


「──処分はいかようにも受けます」

 そして無事に帰宅した後。

 セッカの入浴中に、クヴァルトに呼ばれたウェンデルは、開口一番そう告げた。

 だが、クヴァルトは穏やかな顔のままで、そこには微塵も怒気は見えない。

「怒るつもりはありませんよ。セッカの命に従った結果なのでしょう?」

 そのとおりなのだが、うなずくのも躊躇われて無言を貫いた。

 ──セッカの護衛にあたり、雇い主であるクヴァルトからの命令があった。

 彼女に危害を加える者がいれば「どんな手を用いても」排除していい──と。

 勿論、穏便にすませられるならそうすべきだが、それが適わない時は実力行使も構わないし、多少相手に怪我を負わせても、後始末はする、という約束になっていた。

 だから、今日のウェンデルの行動は、立派な命令違反となる。

 わかっていたが、それでもセッカの命を優先したのだ。

 その選択に悔いはないので、視線はまっすぐ、外すことはしない。

「私からの命令はそのままですが──優先順位は、セッカを先にして構いません」

「え……」

 それはつまり、今回のようなことを容認すると同義だ。

 うっかり声をあげたウェンデルに、クヴァルトは苦笑を返す。

「セッカを最も優先する存在がいたほうがいいとは、ずっと思っていたんです」

 屋敷に勤める者にとっての主はクヴァルトであり、つまり最優先する存在だ。

 けれど彼は、それを覆していい、と言っている。

「なにがあっても味方になる存在──正直、私だけではどうかと思いますから」

 異世界からやってきた彼女には、当然親族はいない。

 屋敷の者たちはセッカに対して友好的だが、それでも第一に据えられるのはクヴァルトのほうで。

 たとえば──あまり想像できないが、意見が対立した時、明らかに間違っているのでないかぎり、屋敷の者はクヴァルトを支持するだろう。

 そんな時でも、自分だけは彼女の味方になっていいらしい。

「……了承してくれますか?」

 勿論、それだけ責任も重くなる。

 だがウェンデルは迷わず、かつて使用していた兵士の礼をとった。

「はい」

 迷いのない肯定に、クヴァルトは穏やかに微笑んだあと、よろしくお願いします、と会話を終わらせようとした。

「……ですが、セッカ様を危険な目に遭わせたのは事実ですから、おとがめなしでは納得できません。」

 そこですかさず進言すると、困ったように苦笑したあと、それなら、と呟く。

「ちょうど手紙を書いたところなので、それを祖父にとどけてください。それから一週間、王都で休暇をとること。これが罰の代わりです」

「……休暇が、ですか」

「ええ、休みをとってくれないとメサルズも困っていたので」

 にこやかに告げる雇い主の表情は読めない。読めないが、裏があるのは明らかだ。

 いつのまに知られたのだろうかと思うが、自分から聞いてやぶ蛇になるのも避けたい。

 結局、渋々了承して、退室するほかなかった。

 一度は書きたい誘拐話。

 ……なんですがいつにも増して文章がとっ散らかってる気がします。

 きっと読みづらいです、申しわけない。

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