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公爵邸の予習

「私の邸、ですか?」

「はい、覚えておいたほうがいいこととか」

 その家独特のローカルルールとか、そういうものって、どこにでもあるだろう。

 逐一教えてはくれるだろうけど、予習しておいてもいいはずだ、幸い時間はあるし。

「そんなにたいしたことはないですが……ああ、ですが、あなたの事情は、執事頭とメイド長には話してあります」

 先に許可をとらずにすみません、と謝られたけれど、それは当たり前のことだろう。

 家の主人は公爵様だけど、実際にその家を動かしているのは、執事頭とメイド長であることくらいは、わたしにもわかる。

「私の主義は皆知っていますけれど、あなたに余計な期待をして、あなたを追い詰めてしまうわけにはいきませんからね」

 主義……って、子供をつくらない、ってことかな。

 いくらそう宣言していても、ぞっこんだという噂のわたしがきたら、それは期待してしまうだろう。

 公爵様が公衆の面前でどれくらい演技するつもりかわからないけど……多分一緒にいるだけでも、結構珍しいことなんだろうし。

 期待に添えないのはちょっと気が咎めるけど、執事さんたちが事情を知っているなら、そこはうまく説明してくれるはずだ。

 騙すかたちにはしたくないので、あとで話し合ったりしたほうがいいかもしれない。

 今はとにかく休むことが先決だから、顔見せもすぐにはせず、おいおいやっていくつもりだと告げられた。


 公爵様の邸に働く人々の数は、身分からすると少ないそうだけど、それでも、住みこみと通いを含めれば結構な数になるという。

「邸が無駄に広いので、人手が必要になってしまうんですよ」

 苦笑いするそのお屋敷は、三階建てらしい。この世界では結構な高層だ。

 昔から領主が住む邸として使われているのだそうで、由緒ある建物なんだとか。

 はじめに建てたところから、増改築をしたり、庭を増やしたり離れをつくったり……結果、かなり大きくなってしまったらしい。

 想像できる範囲を超えてしまったけれど、とりあえず、掃除が大変なことだけは察せられた。

「邸の中で迷子になりそうですね」

「ああ、十分ありえますから、探検はほどほどにしてくださいね」

 冗談のつもりだったのに、大まじめに返されてしまった。

 あまり客を招くわけでもないので、使っていない部屋が多く、物置になっているところもあるらしい。

 箪笥の一つが異世界に繋がってたりしないだろうか、と昔読んだ本を思い出す。

 行ってはいけない場所などは特にないけれど、はじめのうちは一人で出歩かないようにと頼まれた。

 迷子になる可能性が高いのなら、当分はウェンデルさんにつきあってもらおう。

 多分彼女なら、嫌がらずに頼まれてくれる気がする。

「庭も広いので、元気になったら是非散歩してみてください。見る者が少ないと庭師が文句を言っているので」

「へぇ……それはいい目標になりますね」

 花に興味があるわけではないけど、綺麗なものを見るのは嫌いじゃない。

 洋館でのコンサートに呼ばれた時に見た庭は、薔薇がたくさん咲いていてとても素敵だった。

 ああいうのが見られるなら、とても楽しみだ。


 社交をあまりしない公爵様のところには、そんなにお客もこないという。

 わたしがいることで多少増えるかもしれないが、断るから安心していいと微笑まれた。

 貴族ともなると、事前にお伺いを立てなければ相手の家に訪問はできない。

 まして公爵様は地位的にはかなり高いので、ほとんどの相手の要求をつっぱねることができる。

 王宮からとか、一部の貴族の要請であれば断りにくいけれど、国王は事情を知っているから無理に呼ぶことはない。

 王都にいると茶会とか? に招待されて断りにくいけれど、領地にいれば、わざわざやってくる者はほとんどいないらしい。

 領地というのは、わたしにはいわゆる県くらいの認識だけど、国に近い感覚のほうが近いみたいだ。

「それで……あなたの部屋なのですが」

 公爵様は妙に渋い顔をしている。部屋がどうしたんだろう。

「べつに狭くてもいいですよ? あ、なんならピアノを置く部屋と一緒でも」

 なんならグランドピアノの下で寝てもいい。

 結構本気だったのだけれど、公爵様は「まさか」と一刀両断した。

 ちなみにピアノの下は結構広いので、布団を敷いて眠れないことはない。

 もといた世界の部屋では、重量的な問題で置けなかったのでアップライトだったけど、いずれは引っ越して大きいのを設置するつもりだった。

 その際は場所がなければ床で寝るのも辞さないつもりで。


「用意した部屋は、私の部屋の隣……です」

 ……隣?

 それになにか問題があるんだろうか。

 公爵様の態度からしてなにかあるみたいだけど、よくわからない。

 あまりにもわたしが首をかしげていたからだろう、ウェンデルさんが差し出がましいのですが、と入ってきた。

「旦那様の隣の部屋は、要するに奥方様の部屋になるんです」

 奥方様。つまり嫁。そこがわたしの部屋?

 それって、わたしに求められていることって……

「……さっきと言っていることが違うような」

 思いっきり妻になることを期待されてる部屋割りとしか感じられない。

 胡乱な目つきになってしまったわたしに、公爵様が慌てて違うんです、と否定する。

 否定されても信じられない事実があるわけだけど。

「その部屋は昔、母が使っていたんです」

 泡を食った公爵様の説明はかなりたどたどしかったが、なんとか要約する。

 昔、つまり公爵様が子供のころ、今のクヴァルト様の部屋は前公爵、つまりお父様、そして隣はお母様の部屋だった。

 けれどお父様が亡くなり、お母様が邸を去って修道院に入られて、公爵様が父親の部屋を使うようになった。そこが一番主の部屋だから。

 隣の部屋は奥方がいなくなったけれど、万一のこともあるし、お母様が帰ってきた時に滞在できるようにとのこともあり、毎日きちんと掃除をしていて、調度品もそろっている。

 つまり、長く住むのに最適な女性用の部屋は、今はそこしかない。

 どうせ妻を娶るわけでもないのですから、有効利用すればいいでしょう、と執事頭とメイド長に言われ、断る理由も見つからず、決められてしまったらしい。

 ……主としての威厳というやつは、つっこんではいけないのだろうか。

「行き来する扉もありますが、それはあなたの部屋のほうからのみ鍵がかけられるようになっています」

 だから安全ですということらしい。

 なんなら釘も打ちますと言われたので、そこまではいいですとお断りした。

 住まわせてもらう身でいい部屋を用意してもらったのだ、文句は出せない。

 それに、奥方の部屋ということは、邸の中でも最上級の部屋のはずだ。

 なのに釘を打つなんて……呪われそうで嫌だし。

 適当な客室でよかったのに、そこはわたしが神子であるというのがややこしくさせているようだ。

 そこそこ敬虔な信者なのだろう、わたしをちゃんともてなさなければ! と息巻いているらしい。

 嬉しいけど……普通でいいのになぁ。

 実際に会ったらがっかりしないだろうか、威厳なんてなにもないし、神々しさもないんだけど。

 性格も特に慈悲深いとかでもないし……うーん。

「じゃあ、神子らしい猫をかぶったほうがいいですかね?」

 あんまり得意じゃないんだけど、おしとやかにふるまってみるべきか。

 そう呟いたら、こちらは真剣なのに、公爵様は愉快げに笑っている。

 隣ではウェンデルさんが肩を震わせて必死に我慢していた。そこまでいったらもう爆笑してくれていいんだけど。

「そのままでいいですよ。私も話しやすいですからね」

 まあ、途中でボロが出る可能性も高いから、素でいいと言われるのはありがたいけど。

 でも、全員は無理でも、できればお屋敷の他のひとにも好意的でいてほしい。

 こんなの予想と違う! となるのは、できれば避けたいし。

 ちょっとだけ不安な気持ちを抱えているのに気づいたのか、

「彼らはミコらしいあなたを夢見ているわけではないから、大丈夫ですよ」

 と重ねて告げられた。

 本当かなと疑う気持ちは拭えないけれど、結局はなるようにしかならない。

「馴染みのないものですから難しいでしょうけれど……そして私にもぴんとこないのですが、ミコとして働いてくれていたのに、酷い目に遭わされたというのは、厚遇してしかるべきだそうです」

 ……たとえば、わたしの家に宮様がきたらと頑張って考えてみる。普通でいいと言われても、やっぱり結構おもてなしするだろう。

 わたしは宮様がくるからと言って旗をふるようなタイプではないが、やっぱりあのひとたちは凄いと思うし。

 そう考えると、なんとなくわかるような、やっぱりわからないような。

 まあ、とりあえず礼儀正しくしておこう。

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