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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
番外編-2-
118/124

祭礼の当日

 それから数日、わたしのやることはほとんど変わらなかったけど、ルト様たちは祭礼の準備の仕上げにかかっていた。

 なにか手伝いたいのだけど……予定のすりあわせとかだと、全然役に立たないんだよなぁ。

 事前に告知してしまうと、たくさんのひとが押し寄せるだろうからと、わたしのことは秘密になっている。

 知っているのは神殿のごくわずかなひとたちだけ、当然、やってくるひとたちには知らせないままだ。

 いつもは弦楽器による演奏の時に、ちょっと口上を述べて、そのまま演奏をしてしまうという、計画というほどのものでもない。

 ついでに、終わったらすぐさま帰ることにもなっている、過保護な、と思ったけど、聞いたみんなが口をそろえて「もみくちゃにされる」と断言したし。

 当日のドレスは以前一目惚れしたデザインのもの。派手すぎないし、ちょうどいいだろう。

 好きな格好のほうが気分も上がるし、あとは美容部員コンビにお願いすれば、神子らしくなれるはずだ。

 あんまり喋ると絶対ボロが出るから、ピアノだけ弾けばいいくらいなのはありがたい。

 そもそも、わたしは仕事で喋ることはほとんどなかったから、慣れてないし……

 一応事前に、孤児院の慰問ついでに神官長には挨拶をした。

 ある程度事情を話していたわりには、同情されすぎることもなく、でも、連中から守りますと断言してくれて心強かった。

 慰問にせっせと出かけて、ピアノに興味を持ってくれた子に教えたりしていたから、信頼してもらえたらしい。

 そんなこんなで、わたしはあんまりこれってこともないまま、当日がやってきた。

 早起きして身支度を整えてもらうと、大分別人なわたしができあがる。

 いつもそのままの髪の毛もふわふわにしてもらっているし、化粧も派手ではないけど凝ったものだ。

 装飾品は場所が場所なのでそこまでじゃらじゃらしてないけど、なんだろう、いいところのひとっぽさが全身から出ている。

 わたし自身は相変わらずなので、喋るとボロが出そうなんだけど。

 ルト様はいつもの馬車で出かけていって、わたしはもっと地味な、お忍び用で出かけていく。

 裏口からひっそり入っていき、案内されるままに進んで行けば、祭礼の部屋の舞台裏にたどりつく。

 参列者はまだあまりいない時間なので、それまで髪の毛を直してもらったりして待つことになった。

 あらかじめ運んでおいたピアノは、真新しいグランドピアノ。

 このためだけに購入したものは、勿論とっても高価なものだ。

 置き場所どうするのかと思ってしまったけど、どうにでもなりますと笑顔で押し切られた、貴族こわい。

 勿体ないと言ったら、含みありげな顔で「それは大丈夫だと思いますよ」と太鼓判を押されたけど。

 なので試し弾きはあまりしていないけど、ピアノの形は同じだし、そんなのはよくあったことだ。

 調律はきちんとされているというから、心配はなにもない。

 裾から様子を見ていると、集まってきたひとたちは、でかでかと置いてあるピアノを指さして不思議そうにしている。

 開催の時間間際には、前と同じくほぼ満席になった。

 前回と同じように神官長がまず出て行って、大体同じような口上を述べる。

「──さて、では音楽を……ですが、本日はいつもの弦楽器ではありません」

 彼女の言葉に、ざわめきが少し大きくなる。

「今日は愛で子であるセッカ様が、演奏してくださいます」

 ──どよめきが起きた。

 合図をされて、わたしはゆっくり前へ進んでいく。

 全員の視線がわたしに刺さるけれど、発表会ではよくあったことだ。

 ピアノの前まで進むと、軽くお辞儀をする。

 一番前の席にはルト様もいる。……表情は領主の顔だから、いつもより堅苦しいけど、でも、いてくれてる。だから大丈夫。

「セッカです、みなさんのおかげで、体調も大分よくなりました」

 ……ちょっと声が震えてしまうんだけど、大人数の前ははじめてだから多めに見てほしい。

「その、お礼と、神樹への祈りをこめて、一曲、弾かせてください」

 奉納とか、そういう言葉も考えたけど、うまく通じるかわからなかったから、結局普通の文言になってしまった。

 これ以上言うこともないので、ピアノ椅子に腰かけ、用意していた楽譜をセットする。

 深く深呼吸をして、──指を降ろせば、そこからはもう、わたしの世界。

 いつのまにかざわめきがなくなっていたことも、人々の視線も、弾いてしまえば気にならない。

 ただひたすら、この美しい曲を、正確に、けれど無機質でなく完成させる。

 それだけが今のわたしのすべてで、それが楽しくて、弾けることが嬉しくて。

 擬人化するのもどうかと思うけど、ようやく親しくなれたような、そんな気分。

 制御を失わないように、でも、曲のよさを引きだしてやれるように、注意深く、でもおおらかに。

 たまに間違えてしまう難所もどうにかクリアして、今までで一番のできばえを実感する。

 満足して指を離し、ゆっくりと立ちあがる。

 ……たくさんのひとがいるはずなのに、室内はおそろしいほど静かだった。

 ……なにか、失敗したんだろうか。実は制御できていなくて、暴風雨にしちゃったとか?

 気付けの曲を弾く? でも勝手にしちゃうのもだし……

 予定ではこのまま引くつもりだったんだけど、と悩んだ次の瞬間、拍手がされた。

 静寂を破るその音を出したのは──ルト様。

 穏やかな笑みは、わたしが失敗していないことを教えてくれている。

 するとそれにつられたように拍手が続き、大きなものになった。

 みんなの顔を見ると……うん、変な顔のひとはいないし、具合を悪くした様子もない。

「……ありがとうございました」

 聞こえないだろうと思いつつ、わたしは深々とお辞儀をして、後ろに下がる。

 それからもしばらく拍手は続いたけど、やがて静かになったころを見計らい、神官長が出て行く。

「素晴らしい演奏でしたね、では今日は、音楽と神の関係についてお話ししましょう……」

 とても興味のある話題だったけど、わたしの出番はここでおしまい。

 身動きがとれなくなる前に帰るという予定どおり、こそこそと裏口へ回った。

 その途中、警備やらなんやらのひとたちから口々に絶賛された。

 ……お世辞でないのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。

 馬車に落ちつくと、ほう、と息を吐いた。

 流石にテンションが上がっている。弾き切ったのも勿論、観客の前で演奏し、評価を得るというのは、やっぱり興奮するものだ。

「凄かったですねー、ちょっと改宗しかけましたよー」

 いつもどおりに見えるウェンデルさんにまでそう言われて、ちょっと照れてしまう。

 屋敷にもどってからは、みんなのために同じ曲を披露する。

 これは、最初からリクエストされていたことだ。

 なにせ初回にぶっ飛ばしてしまったので、お詫びもかねてというか……そんな感じ。

 人数が少ないし神殿という特殊な場所でもないから、こっちは枝を使っておかしなことが起きないよう頼んでおく。

 樹はひとではないから、明確に通じはしないんだけど……それでも事前に念をこめておくのは、やっぱり有効なようで。

 制御できるようになったからもあるだろうけど、号泣するひととかも出ずに、普通に感動してもらうだけで終わった。

 それからいつもの服に着替えて、お昼ご飯を食べる。

 ルト様は仕事もしてくるというから、帰りはいつもの時間くらいだろうとのことで。

「午後の練習はできればせずに休んでください」と懇願されたし、流石に緊張して疲れている。

 お腹いっぱいになったせいか眠気もすごいし……ちょっとだけ昼寝させてもらおう。

 わたしは半ばぼんやりしつつ上へ行き、ドアを開け、大きなベッドに埋もれる。

 暑いからタオルケットみたいな肌掛けは、でも家で使っていたのよりふわふわ軽い。

 いいものなのはわかるんだけど、ちょっと上にかけている感が少なくて、ついつい巻きつけるようにしてしまう。

 ……あ、やばい、本気で寝そう……

 文字数増えたので分割します。

 おかしい、もっとさくっと終わるはずが。

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