祭礼の当日
それから数日、わたしのやることはほとんど変わらなかったけど、ルト様たちは祭礼の準備の仕上げにかかっていた。
なにか手伝いたいのだけど……予定のすりあわせとかだと、全然役に立たないんだよなぁ。
事前に告知してしまうと、たくさんのひとが押し寄せるだろうからと、わたしのことは秘密になっている。
知っているのは神殿のごくわずかなひとたちだけ、当然、やってくるひとたちには知らせないままだ。
いつもは弦楽器による演奏の時に、ちょっと口上を述べて、そのまま演奏をしてしまうという、計画というほどのものでもない。
ついでに、終わったらすぐさま帰ることにもなっている、過保護な、と思ったけど、聞いたみんなが口をそろえて「もみくちゃにされる」と断言したし。
当日のドレスは以前一目惚れしたデザインのもの。派手すぎないし、ちょうどいいだろう。
好きな格好のほうが気分も上がるし、あとは美容部員コンビにお願いすれば、神子らしくなれるはずだ。
あんまり喋ると絶対ボロが出るから、ピアノだけ弾けばいいくらいなのはありがたい。
そもそも、わたしは仕事で喋ることはほとんどなかったから、慣れてないし……
一応事前に、孤児院の慰問ついでに神官長には挨拶をした。
ある程度事情を話していたわりには、同情されすぎることもなく、でも、連中から守りますと断言してくれて心強かった。
慰問にせっせと出かけて、ピアノに興味を持ってくれた子に教えたりしていたから、信頼してもらえたらしい。
そんなこんなで、わたしはあんまりこれってこともないまま、当日がやってきた。
早起きして身支度を整えてもらうと、大分別人なわたしができあがる。
いつもそのままの髪の毛もふわふわにしてもらっているし、化粧も派手ではないけど凝ったものだ。
装飾品は場所が場所なのでそこまでじゃらじゃらしてないけど、なんだろう、いいところのひとっぽさが全身から出ている。
わたし自身は相変わらずなので、喋るとボロが出そうなんだけど。
ルト様はいつもの馬車で出かけていって、わたしはもっと地味な、お忍び用で出かけていく。
裏口からひっそり入っていき、案内されるままに進んで行けば、祭礼の部屋の舞台裏にたどりつく。
参列者はまだあまりいない時間なので、それまで髪の毛を直してもらったりして待つことになった。
あらかじめ運んでおいたピアノは、真新しいグランドピアノ。
このためだけに購入したものは、勿論とっても高価なものだ。
置き場所どうするのかと思ってしまったけど、どうにでもなりますと笑顔で押し切られた、貴族こわい。
勿体ないと言ったら、含みありげな顔で「それは大丈夫だと思いますよ」と太鼓判を押されたけど。
なので試し弾きはあまりしていないけど、ピアノの形は同じだし、そんなのはよくあったことだ。
調律はきちんとされているというから、心配はなにもない。
裾から様子を見ていると、集まってきたひとたちは、でかでかと置いてあるピアノを指さして不思議そうにしている。
開催の時間間際には、前と同じくほぼ満席になった。
前回と同じように神官長がまず出て行って、大体同じような口上を述べる。
「──さて、では音楽を……ですが、本日はいつもの弦楽器ではありません」
彼女の言葉に、ざわめきが少し大きくなる。
「今日は愛で子であるセッカ様が、演奏してくださいます」
──どよめきが起きた。
合図をされて、わたしはゆっくり前へ進んでいく。
全員の視線がわたしに刺さるけれど、発表会ではよくあったことだ。
ピアノの前まで進むと、軽くお辞儀をする。
一番前の席にはルト様もいる。……表情は領主の顔だから、いつもより堅苦しいけど、でも、いてくれてる。だから大丈夫。
「セッカです、みなさんのおかげで、体調も大分よくなりました」
……ちょっと声が震えてしまうんだけど、大人数の前ははじめてだから多めに見てほしい。
「その、お礼と、神樹への祈りをこめて、一曲、弾かせてください」
奉納とか、そういう言葉も考えたけど、うまく通じるかわからなかったから、結局普通の文言になってしまった。
これ以上言うこともないので、ピアノ椅子に腰かけ、用意していた楽譜をセットする。
深く深呼吸をして、──指を降ろせば、そこからはもう、わたしの世界。
いつのまにかざわめきがなくなっていたことも、人々の視線も、弾いてしまえば気にならない。
ただひたすら、この美しい曲を、正確に、けれど無機質でなく完成させる。
それだけが今のわたしのすべてで、それが楽しくて、弾けることが嬉しくて。
擬人化するのもどうかと思うけど、ようやく親しくなれたような、そんな気分。
制御を失わないように、でも、曲のよさを引きだしてやれるように、注意深く、でもおおらかに。
たまに間違えてしまう難所もどうにかクリアして、今までで一番のできばえを実感する。
満足して指を離し、ゆっくりと立ちあがる。
……たくさんのひとがいるはずなのに、室内はおそろしいほど静かだった。
……なにか、失敗したんだろうか。実は制御できていなくて、暴風雨にしちゃったとか?
気付けの曲を弾く? でも勝手にしちゃうのもだし……
予定ではこのまま引くつもりだったんだけど、と悩んだ次の瞬間、拍手がされた。
静寂を破るその音を出したのは──ルト様。
穏やかな笑みは、わたしが失敗していないことを教えてくれている。
するとそれにつられたように拍手が続き、大きなものになった。
みんなの顔を見ると……うん、変な顔のひとはいないし、具合を悪くした様子もない。
「……ありがとうございました」
聞こえないだろうと思いつつ、わたしは深々とお辞儀をして、後ろに下がる。
それからもしばらく拍手は続いたけど、やがて静かになったころを見計らい、神官長が出て行く。
「素晴らしい演奏でしたね、では今日は、音楽と神の関係についてお話ししましょう……」
とても興味のある話題だったけど、わたしの出番はここでおしまい。
身動きがとれなくなる前に帰るという予定どおり、こそこそと裏口へ回った。
その途中、警備やらなんやらのひとたちから口々に絶賛された。
……お世辞でないのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。
馬車に落ちつくと、ほう、と息を吐いた。
流石にテンションが上がっている。弾き切ったのも勿論、観客の前で演奏し、評価を得るというのは、やっぱり興奮するものだ。
「凄かったですねー、ちょっと改宗しかけましたよー」
いつもどおりに見えるウェンデルさんにまでそう言われて、ちょっと照れてしまう。
屋敷にもどってからは、みんなのために同じ曲を披露する。
これは、最初からリクエストされていたことだ。
なにせ初回にぶっ飛ばしてしまったので、お詫びもかねてというか……そんな感じ。
人数が少ないし神殿という特殊な場所でもないから、こっちは枝を使っておかしなことが起きないよう頼んでおく。
樹はひとではないから、明確に通じはしないんだけど……それでも事前に念をこめておくのは、やっぱり有効なようで。
制御できるようになったからもあるだろうけど、号泣するひととかも出ずに、普通に感動してもらうだけで終わった。
それからいつもの服に着替えて、お昼ご飯を食べる。
ルト様は仕事もしてくるというから、帰りはいつもの時間くらいだろうとのことで。
「午後の練習はできればせずに休んでください」と懇願されたし、流石に緊張して疲れている。
お腹いっぱいになったせいか眠気もすごいし……ちょっとだけ昼寝させてもらおう。
わたしは半ばぼんやりしつつ上へ行き、ドアを開け、大きなベッドに埋もれる。
暑いからタオルケットみたいな肌掛けは、でも家で使っていたのよりふわふわ軽い。
いいものなのはわかるんだけど、ちょっと上にかけている感が少なくて、ついつい巻きつけるようにしてしまう。
……あ、やばい、本気で寝そう……
文字数増えたので分割します。
おかしい、もっとさくっと終わるはずが。