表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
番外編-2-
116/124

領主に嘆願

「お帰りなさい!」

「ただいま帰りました」

 大体いつもの時間に帰宅したルト様を、ちゃんと出迎える。

 最近時間を忘れることが多かったし、反省しないと……

 いつものようにピアノ室にむかって、でも、演奏の前に話さなきゃいけないことがある。

「あの、ルト様、お願いがあるんですが」

 真剣な調子だからだろう、ルト様も表情を改めて、椅子にすわるよう促してくる。

 むきあうかたちで着席すると、膝の上で手をにぎりしめた。

「例の曲を、神殿で弾けるように、手配してもらえませんか?」

 簡潔に用件だけを伝えれば、予測ずみだったのか、驚いた様子はなかった。

「いずれ言い出すのではないかと思っていましたが……」

 代わりに、困ったような表情になる。

 そんなルト様に、午前中に神殿へ行ったことを話した。

 案の定苦い顔をしたけど、みんなを叱らないでくださいと念を押しておく。

 乗り気でないだろうとは思ったけど、やっぱりすぐにいいです、とは言ってくれない。

 勿論そのためには曲のコントロールとか、問題もあるわけだけど、わたしのためにも、ルト様のためにも、メリットは大きいはずなのだ。

「神殿寄りのひとたちにも、わたしの顔を見せなきゃ、よくないんですよね?」

 問いかければ、はっきりと苦々しい顔つきになった。

 ここ数ヶ月、わたしは少しずつ、公的な場所に出て行くようになっていた。

 本当は新年の時からはじめるつもりだったんだけど……

 新年の挨拶といっても、仰々しいのをやるのは国王くらいのもので、領主はこれといったことはしないらしい。

 たしかにわたしの世界でも、そういうのをしているのは国王とか、名誉職ばかりだった。

 ただ、仕事はじめの日はほぼ全員が集まって、今年もよろしく的なことはするというので、そこでちょっと挨拶をしよう、という話になっていた。

 ……なっていたんだけど、結果から言うとできなくなってしまった。

 その噂を聞きつけた神官たちが、たくさんやってきてしまったからだ。

 よく行っている孤児院が併設されている場所以外にも、街にはいくつかの神殿が存在する。

 その中には神樹をメインに信仰しているところもあり、あいつらのいたところの分社みたいなものらしい。

 なので……服装とかが、あいつらと同じで。

 本殿から通達もあったらしく、領庁に行ったら大量のあの赤と青が並んでいた。

 当然わたしはパニックを起こしてぶっ倒れ、挨拶どころではなくなった。

 ルト様も知らなかったようでしきりに謝られてしまい、もやもやするばかりになってしまった。

 そんなこんなで大きなお披露目の機会は逸したのだけど、そのままもよくない、ということで、まずはフラウさん主催のお茶会で、女性たちと交流することになった。

 人数も少なめで、フラウさんが選んだだけあり、みんないいひとたちばかりで楽しい時間を過ごすことができた。

 徐々にお茶会の回数が増えて、そのころから、領庁にルト様を迎えに行くことも増えた。

 ついでに寄ったということにして、短時間、貴族や議員と顔合わせをするためだ。

 場所が場所なのでそんなに長くはかからないし、パーティーのような大変さもない。

 同席してくれたのは基本的に副領主で、おかげでスムーズにことは運んだ。

 はじめはひれ伏すばかりだったのだけど、世間話をするうちに、大分打ち解けることができて。

 新年の事件があったのもあり、詳細はぼかしつつやつらにされたことを話すと、信仰心は持ちつつも、わたしの味方になってくれた。

 今では第二のおじいちゃんとなっていて、おじいちゃんと呼ばないと拗ねてしまう。

 自宅にも遊びに行って、奥様のこともおばあちゃんと呼ばせてもらっている。

 本当の祖父母をはやくに亡くしたから、嬉しいことは嬉しいんだけど、ルト様はちょっとふてくされていた。

 あとはルト様の公務にくっついていって、そこで役人さんたちと会ったり、そこにきていた街のひとと会話をしたり。

 大きな街の中から見ると本当にちょっとだけの行動だけど、それでも少しずつ、元気になった神子、という印象を与えていく計画は成功していた。

 だけど、人選に偏りがあるのは否めない。

 信仰心の厚い、神殿寄りのひとはなるべく排除している。

 それはわたしへの気遣いもあるのだけど……ルト様をよく思っていない面々に、そういうひとが多いらしい。

 仕事であれば顔は出すけど、基本、ルト様は参拝とかをしない。

 でも敬虔な信者たちは、見に行った祭礼がある時などは、必ず休んで祈りに行っている。

 そういうひとからすると、ルト様の態度はかなり気にくわないらしい。

 それなのにわたしを保護しているから、さらに、というわけだ。

 でもかれらだって領地を運営する上で必要な人材だったり、ないがしろにできない地位を持っていたりする。

 いつまでもかれらに会わないわけにもいかないけど、どうしたものかと悩んでいたところだから、ちょうどいい。

 かれらが信仰する場所で、それなりの働きをしてみせれば、一番効果的だろう。

 そのあたりのこともルト様が考えていないはずはない、でも言ってこなかったのは、わたしのことを優先してくれたから。

 だったら、こっちから提案しないかぎり進みはしないだろう。

「いつまでも恐いって倒れてもいられませんし、慣れるためにも、頑張りたいです」

「……それは無理をしてほしくないんですが」

 でも、逃げてばかりでは耐性もつかないわけだし。

 ピアノを弾けば多分平気だろうから、パーティーに出るよりは平気な気がしている。

 場所が問題ではあるけど……慣れないドレスに社交にダンスよりは、いけると思うのだ。

 もう一度お願いします、と重ねると、ルト様は真剣な表情でわたしを見た。

 それは、恋人としての顔というより、領主のもので。

「機会を設けてもいいですが……条件をつけさせてください」

 それから、少し間が空く。

「──まず、次の祭礼は一月後ですが、その前に何人かの前で披露して、問題ないか確認できなければ許可できません」

 大前提として、わたしが弾きこなせなければならないのは承知している。

 そうしなければトラブルを招くことは目に見えているからだ。

 だからわたしも、今からさらに練習して、完璧にするつもりでいる。

「ですから、そうですね……二十日後までに仕上げてください」

 期間としては短かすぎほどではないが、長くもない。

 でも、この調子でいけば、なんとか習熟できるだろう。

「ただし、その間も午前中の授業はしてもらいますし、私が休みの時はつきあってもらいます」

「はい、勉強はそのつもりでした」

 本音はもっと練習時間がほしいけれど、それだけじゃ駄目なのもわかっている。

 ルト様が休みの日は、例の曲を弾かないことも考えているけれど、そうなると練習回数が減るので、悩みどころだ。

 そう考えると、やっぱり練習時間は決して長くない。

「その間、一度でも体調を崩したら、その時点でとりやめにします」

 きっぱり断言されて、領主として考えていても、やっぱり優しいんだなと思ってしまう。

「とりあえず思いついたのはその程度ですかね……」

 すべて異論はないのでうなずくと、ルト様はそう呟いた。

 まあ、あとで追加されても文句はない、頼んでいるのはこっちなんだから。

 わたしがすべきことは、ルト様のくれた機会をしっかりつかむことだけ。

 そしてできれば大成功におさめること。

 そのために必要なのは、ひたすらに練習のみ。

「頑張りますね」

 ぐっと拳をにぎりしめて決意表明すると、ルト様は一つため息をついた。

 それからわたしを抱き寄せて、もう一度息を吐く。

「応援すべきなのですが……難しいですね」

 ルト様にしてみれば、そりゃあ複雑だろう。

 領主として考えれば悪くない話だけど、恋人としては、多分止めたいだろうし。

 わたしだって大事なひとが無茶をすると聞いたら、同じように悩むだろう。

 だけど……いずれはやらなきゃいけないことだし、ずっと背中に隠れているわけにもいかない。

 ルト様の横に並ぶためには、こういうこともできるようにならなきゃなんだから。

 それも含めてやる気になっているのだけど、言えばもっと気にするだろうから、わたしは余計なことは言わずに、ただぎゅっと抱きしめ返した。

 あとちょっと……のはず?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手
 設置してみました。押していただけると励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ