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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
番外編-2-
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内緒の外出

 それから数日は、特になにごともなく過ぎた。

 午前中は相変わらず授業で、でも、フラウさんのお腹も大きくなってきたから、もう少ししたら産休の予定になっている。

 午後は例の曲を練習して、でもルト様が帰ってくる前に切りあげて、普通の曲を弾いておく。

 そんなある日、いつもどおりルト様を見送ったところで、今日は休みのジャンさんに声をかけられた。

「お嬢、今日は神殿の祈りの日だ」

 祈りの日とは言葉どおりのもので、いつも行われているより大規模な祭礼、大体月に一度くらいの頻度で行われている。

 その場で演奏されるのが例の曲……のはずだ。

「お嬢が行きたいなら連れてってやる、時間がねぇから悠長に悩ませてやれねぇが……」

「行きます」

 悩むまでもなく返答すれば、じゃあ着替えてこいと上へ追いやられる。

 部屋にはウェンデルさんがすでにお忍び服を用意していた。

 それに急いで袖を通していたのだけど、

「あ、授業は……」

 このままではフラウさんとの勉強をすっぽかしてしまう。

 でも、勿論そのあたりは抜かりなかったようで、休みの連絡はすんでいるらしい。

「誘ってきたのはジャンさんだけど、みんな折りこみずみってことですか」

 ルト様を送ってすぐもどってきた馬車といい、準備されていた服といい、かねてから考えられていたんだろう。

 馬車に乗っているのはジャンさん、ウェンデルさん。

 朝から姿が見えないフリーデさんは休みだから当然だと思っていたけど、先に席をとっておいてくれているそうだ。

 全部で四人となると、ちょっと多い気がするけど、場所が場所だから、らしい。

 わたしの両端をジャンさんとウェンデルさんで囲って安全に配慮するつもりとのこと。

「知らねぇのはクーくらいだな」

 フラウさんへ休みの連絡とかは執事頭あたりが手配する。

 今回のことは、ジャンさんが声をかけ、執事頭とメイド頭が了承して煮詰めていったらしい。

 いくら話で聞いても祭礼に関してはぴんとこないだろうし、ものが音楽だから直接聞いたほうがはやい。

 それはわたしも考えていたのだけど、正直、行ってみてパニックを起こさないか自信がない。

 それにルト様は絶対いい顔をしない。心配させるとわかっていると、たのみづらくもあった。

 多分、そのへんを汲んでのことなんだろう、あとでわたしから言っておかないと、みんなが怒られるのは嫌だ。

 馬車は神殿のかなり前で停まる。身分があるとわかっては困るし、こういう日は道が混んでいるから歩いたほうが結果的に到着時間が早くなる。

 今回行く神殿は、孤児院にはよく行っている例の場所。

 他の場所でも時期をずらして祭礼は行われているそうだけど、ここなら知らない場所じゃないから、まだマシだろうという理由らしい。

 ひとが多いところには慣れてきたけど、神殿に入るのはほとんどはじめてだ。

 ただ、礼拝所は普段使う場所ではなく、こういう時用の広い場所で、装飾は思ったより少ない。

 祭事のない時は一般人が使っているというから、公民館の広い多目的室みたいなものだろう。

 おかげでそんなに緊張しないでいられそうだ。

 大体きれいに並べられた椅子は、ほとんどが埋まっている。

 ジャンさんがすぐにフリーデさんを見つけてくれて、みんなでそこにすわる。

 こういうのって周りからは嫌がられないかと思ったけど、結構みんなやっているみたいだ。

 さらにもっとぎりぎりになると、あからさまに身分の高そうなひとがやってきて、最前列の空いている場所にすわっていった。

 なるほどと思いつつ見ていると、壇上右側のスペースに、楽器を持った数人が落ちついた。

 弦楽器だけの編成は、楽譜で見たとおりだ。

 この世界では、なのか、それともここが特殊なのか、ヴァイオリンばかりの編成だ。

 少しして、軽く顔合わせしたことのある神殿の偉い女性が入ってきた。

 わりとありがちな挨拶をしたのち、彼女は壇上から横へそれる。

「それでは、まずは神樹への音楽を──」

 指揮者はいないらしく、一番手前の奏者の合図によって、例の曲がはじまる。

 神樹が生まれて育っていくすがたを曲にあらわしたらしく、はじめこそ静かでゆっくりしたものだが、徐々に旋律は複雑になっていく。

 世界のすべてを支える大樹にふさわしく、荘厳で、何本もあるからか、いくつもの旋律が細かく重なりあっていく。

 奏者の腕もなかなかのもので、十分聞いていられる水準だった。

 曲が流れていくにつれ、まだ少しざわついていた室内は静かになる。

 最後には人々の気持ちがひとつになっているのが見てとれた。

 そのあとは再び女性が壇上に立ち、話をはじめる。

 このへんは教会と似たような感じらしく、今日は神話時代の内容だったけど、時によって色々変わるらしい。

 最後にみんなで祈りを捧げて終了になる。

 見咎められるとまずいので、終わったらすぐに退散した。

「どうだった?」

 帰りの馬車の中、問いかけられて、どう答えたものかと悩む。

 教会音楽自体はバッハあたりまでは切っても切れない関係だったから、さほど違和感はない。

 あいつらが嫌なのと人々の信仰心とは別の問題……だし。

 魔力が感じられなくても、雰囲気というか空気? が特別なものになったのは、なんとなくわかった気がする。

 よくわからないながらも般若心経をとなえて、なんとなくそれっぽくなるのと似てるというか。

「うまく言えませんけど……でも、行ってよかったです」

 一人で悩むよりは、よっぽどいい経験になった。

 みんながいてくれたおかげか、そんなに恐いとも思わなかったし……まあ、曲に集中していたせいもあるけど。

「ついでにちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「おう、俺に答えられることならな」

 気さくに請け負ってくれたジャンさんに、わたしは気になっていたことを質問していく。

 流石に馬車に乗っている間には終わらなくて、帰宅してからノート片手にちょっとした勉強会になってしまった。

 ……うん、でも、聞いた甲斐はあったな。

 少し前からもやもやと浮かんでいたことが形になってきて、よし、と一人で決意を固める。

 問題はどうやってルト様を説得するかなんだけど……

 わたしごときの会話技術じゃ、うまく言い負かすなんてできるわけがないから、正攻法でいくべきだろう。

 ジャンさんたちはこの件に関しては、全面的にわたしの味方をしてくれるから、ゴリ押しでもいいといえばそうだけど、でも、ちゃんと納得してもらいたい。

 よし、と気合いを入れるべく、今日は弾き慣れた曲を演奏することにした。

 ジャンは有能。

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