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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
番外編-2-
114/124

緩やかな午後

 診察してもらって、まだお昼にははやかったから、ひとまずお茶が用意された。

「セッカ様の健康状態は良好です。また、魔力もほとんど減っていません」

 お茶を飲みつつ、診察の結果を聞いたのだけど、その内容にルト様は怪訝そうな顔になった。

 自覚がないからなんとも言えないけど、尋常じゃない力が流れていたから、魔力が減ってないのが不思議なんだろう。

「我々も何度も確認しましたが、結果は同じです。説明がつけづらいですが……そういうものだ、としか」

 医師のほうもそうらしく、首をひねりながら喋っている。

 このへんは、神子の力ということで強引に納得するしかないんだろう。

 雪を降らせたりした時も、結構大規模な影響だったのに、わたしはそんなに疲れなかった。

 ピアノを使うって部分が大きいのかもしれない。

「これは推測ですが、今の暴風のような状態は、弾きこなせば軽減されると思われます」

 台風みたいな言われようだけど、それくらいすごいらしいので、黙っておく。

 観察術士いわく、今まで聞いた曲は、ジャンルが違うけれども力は安定していた。

 それは本人、つまりわたしが弾きこなしているからだろうと。

 だから、今の曲も、完璧に弾けるようになれば、そこまで周囲に影響を及ぼさなくなるだろうし、枝に吸ってもらってどうにかなるはずだという。

 といっても例がない話だし、あくまで可能性らしいけど、十分ありえる話ではある。

 ルト様もそれは考えていたようで、軽くうなずいてからわたしを見た。

「当面は人払いをして、あなたに練習してもらうほうがよさそうですね」

 完璧にしたいと思っているわたしには願ってもない話だ。

 わかりました! と元気に返事をすると、苦笑いされてしまった。……申しわけない。

 なにか気になればいつでも、と言葉を残し、医者たちは帰って行った。

 それから二人で昼食をすませてしまう。

 いつもなら午後も練習にあてるんだけど……ここのところばたばたしていたし、ずっと夢中で弾いていたから、ちょっと休みたい気もする。

「ルト様、庭を散歩しませんか?」

 でも遠出をしたいとかそういうのじゃなくて、どちらかというとルト様とくっついていたい。

 昼間からいちゃいちゃするのはちょっと抵抗があるので、健全? な提案をすることにした。

 ルト様はにっこり笑って快諾してくれて、二人でのんびり散策する。

 庭師のおじいさんによって、夏の花が賑やかに咲いている。

 暖かい気候だからか、もとの世界よりもっと南国系というんだろうか、鮮やかな花が多いらしい。

 でも、わたしはどっちかというと淡い色が好きなので、咲いている花はそっちが多い。

 花の図鑑を手にして勉強がてら眺めていって、東屋で冷たい紅茶で休憩して。

 久しぶりの穏やかな時間に、ほっと息が出た。

 ……難しい曲を練習する間は、どうしても緊張してしまう。

 けれどもとの世界では仕事用の曲が優先で、必ずしも難しいものばかりではなかった。

 べつに、難易度が高ければいいってものじゃない、やさしい譜面でもいい曲はある。

 なにを弾いていたって、いい曲なら楽しいと思えるけど……でも、奏者として手応えを求める気持ちもやっぱりあるわけで。

 難しいと評されるものを手になじませた時の快感は、なかなか得がたいものだ。

 そしてそれを披露して、大きな拍手がもらえた時の幸福感も、なかなか味わえない。

 BGMとして弾くのだって文句はなかった、でも、時には一人の演奏者として、ちゃんとわたしの音を聞いてほしくなった。

 今はそのどれもが満たされていて……だけど、新しい曲が欲しくなるし、弾きこなして拍手もほしい。

 そういうところからすると、あの曲は、久しぶりにやる気の出るものなのだ。

 この世界のピアノ譜はあまり難しいものがなくて、技術をひけらかすのはどうかと思いつつも、もっと難しくても弾けるのに、と思っていたのは事実で。

 もとの世界から持ってきていた楽譜も、基本的に仕事で使うものばかりだったから、どれも弾きこなしていて、勿論上を見ればきりがないけど、それでも納得いく程度には仕上がっている。

 だから、腕が鳴る新曲をとりあげられないどころか、弾けるようになるほうがいいと太鼓判を押されたら、止まるわけがない。

 本当は、二度と弾かないほうがいいのかもしれないのに。

「……うーん、我が儘、ですよねぇ」

 そんなことをつらつらと喋り、行儀が悪いけど机にへばりつくと、ふわっと頭をなでられた。

 ちょっとだけ顔を上げると、愉快そうに笑うルト様がいた。

「否定はしませんが、そういうところに惚れこんだので、今さらですよ」

「……物好きですよね」

 卑下するわけじゃなく、本気でそう思う。

 ルト様がわたしを好きになったきっかけがピアノを弾いている姿だというのは、とても嬉しいんだけど……

「あなただって、私が領主らしくしている姿も好いてくれているでしょう? 同じことですよ」

 そりゃまあ、ルト様と仕事は切っても切れないし、たしかに似たようなものかもしれないけど……

 でもルト様は、やりたいことがあっても、領主として駄目だと判断したら、理性的になれるはずだ。

 そこで止まれるかどうかというのは、大きな違いだと思う。

「それはそうかもしれませんが、逆にあなたが羨ましくもありますよ」

 とつとつと喋るわたしに、ルト様は思案したのち、ゆっくりと話してくる、子供に言い聞かせるように。

「あなたが考えるとおり、私はそこで止まってしまいます。……よくも悪くも、貫き通すことができません」

 理性的にふるまえるというのはいいことの気がするけど、やりたいことを押し通せないのも、ストレスがたまることではある。

 でもルト様は、どんなにやりたいと思っても、そこで踏みとどまってしまう。

 それは──言葉は悪いけど呪いみたいなものだ。

 とはいえ、いい領主であることだけを存在意義にしていたルト様に、それをぶち壊せと言ったって、簡単にできることじゃないし、言っていいとも思えない。

「ならとりあえず、休みの日にハメを外すところからですかね」

 仕事に関してはどうこう言えなくても、こういう時なら話はべつだ。

 品行方正であろうとしているルト様は、休日でもほとんど砕けてくれない。

 服装だってきちんとしてるし、暑いからってだらしなくすることもない。

 今のわたしみたいに机にうだうだする姿だって見たことがないのだ。

 唯一が寝起きだけど、あれはノーカンだと思うし。

 屋敷のみんなは、少しくらい崩れたって気にしないだろうけど、身についてしまった癖はなかなか抜けないんだろう。

 それでもわたしがいることで、昔よりは砕けているそうだけど……一体どれだけ固かったんだ、昔のルト様。

「なら、羽目を外す一環として……」

 にっこりとやたら綺麗に笑ったルト様は、いつのまにかにじり寄っていて、軽く腕を引かれた。

 わたしの頭はルト様の膝の上に着地する。──これは。

「しばらく膝枕をさせてください」

 ……これってハメを外すことになるんだろうか。

 よくわからないけど嬉しそうなので、まあいいか、と力を抜くのだった。

 ストックできてきました。

 三話分くらいはぼちぼち予約投稿します。


 くれぐれも台風にはお気をつけください。

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