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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
番外編-2-
112/124

神子の力

 ──その日の午前中はいつもどおり授業を受けて、お昼がすんだところで、おとどけものです、と楽譜を渡された。

 午前中にとどいていたらしいけど、授業中に渡せば気もそぞろになるからと、自由時間まではなにも言ってこないことがほとんどだ。

 かれらの判断は正しいと思う。……絶対気になっちゃうから。

 最近は新譜やまだ持っていない譜面は、確認せず全部とどくようになった。支払いはその時執事頭なりがしているらしい。

 お金がかかるんじゃないかと心配になったけど、ピアノがマイナー楽器なこともあり、こうして一カ所に集めておくのも悪いことじゃないと言われて、甘えている。

 不遇な作曲家たちを養えるようになったら、それはそれでいいことだし。勿論、いい曲を書けるなら、だけど。

 そんなこんなで一部屋楽譜部屋にする話が本格化するくらい、譜面は増えてきている。

 でも作曲するひとが多くないので、このところは新譜もあまりなかった。

 ちょっとつまらなく感じていたところの新譜だったので、そりゃあもう喜んで受けとり、名前を見てさらに喜んだ。

 わたしがこの世界で一番好きなデライアの名前があったからだ。

 ただ、曲はオリジナルではなく、編曲らしい。

 わたしはあまり聞いたことがないのだけど、神殿でよく演奏される曲のピアノアレンジらしい。

 少人数とはいえ多数の楽器で演奏されるものを、一台のピアノに落としこんだだけあり、譜面はびっちりと音譜で埋めつくされている。

 比較するのにと原曲の楽譜もあって見比べてみたけれど、たしかにかなりの再現度だ。

 かなり難しい曲ではあるけれど……うまく弾ければとても綺麗な旋律になるだろう。

 俄然やる気が出てきたわたしは、楽譜を手にいそいそとピアノ室へむかった。

 実際に弾いてみるとやはり難しくて、でも、練習して弾くという行為も久々だったから、率直に言ってとても燃えた。

 これを完璧に弾きこなせたら、どれだけ楽しいだろうと想像すると、練習だって苦にならない。

 そうして夢中になっていたせいで、ルト様が帰ってきていたのにまったく気づかなかった。

 練習しすぎて出迎えを忘れるのは今までも何度かあったことで、またやっちゃった、程度だったんだけど……いや反省してないわけじゃないんだけど……

 慌てるわたしを抱きしめたルト様の声は少しだけ震えていて、いつもと様子が違った。

 そのあといつもの曲をリクエストされたけど、普段よりたくさんひとを集めていたし、なんだかちょっと変な感じだった。

 その疑問が解けたのは、夕食を終えてお風呂をすませて、いつもなら軽く一杯という時間になってのこと。

「明日は診察を受けてください。連絡はしてあるので、午前中にくると思いますから」

 ルト様のお休みなので、どこか出かけるつもりでいたのに、心配そうな顔で言い切られてしまった。

 ……体調はどこも悪くないのに、さっきからルト様も、フリーデさんたちも、しきりにわたしを心配していた。

「ええと……?」

 いつもなら晩酌しつついちゃいちゃする時間なのだけど、飲む気はないらしく、テーブルにボトルも置いていない。

 ルト様の表情も堅いままで、説明を待とうと居住まいを正す。

 と、腕が伸びてきて、並んでソファにすわっていた状態から、ぎゅっと抱きしめられた。

 正直、ちょっと斜めになるので長い時間やってるとしんどいんだけど、言いづらい雰囲気がする。

「あなたがあの曲を演奏している間中、とてつもない力があふれていました」

「と、とてつもない?」

 いつもの魔力とは違うってことですか、と顔を見ると、重々しく頷かれた。

 いわく、通常の魔力よりももっと神聖な力だったらしい。

 とはいえルト様は神官ではないので、いつもと違うからそうだろう、という感じらしいけど。

 そういえば枝がいつにも増して元気だったような……すぐ土に挿したからあまり気づかなかった。

 枝に吸いきれなかった分が周囲に飛んでいたらしく、働くひとたちにも影響が出たという。

 だからいつもより聞かせる相手を増やしていたし、わたしの体調を心配していたわけだ。

「……でも、元気ですよ?」

 自分の魔力がわからないのは変わっていないので、自信を持って言えはしないけど。

 少なくとも、あいつらに……軟禁されていた時みたいな、調子の悪さはない。

「ええ、そのようで安心しつつ……複雑でもありますが」

 苦笑いするルト様は、ようやく腕を離す。

「あなたはやはりミコなのだという、なによりの事実を突きつけられているわけですから」

 そこでようやく、ルト様が不安そうなわけに思い至った。

 勿論まだ確実ではないけれど、でも、本当にそういう……膨大な神の力が発揮できるなら。

 連中に知られたら、また連れ戻したいと言われるかもしれない。

「……あの曲、もう弾かないほうがいいですか?」

 ルト様がわたしをあいつらに渡すことはないだろうけど、余計な火種を産むのは嫌だ。

 おずおずそう申し出たけれど、

「結論は先でいいと思いますよ」

 今度はやんわり微笑んで、頭をなでてくれた。

 続けて、そのための明日の医師と観察術士です、と言われる。

「私はあなたの演奏を阻みたくないので。……曲に罪はない、と、あなたも前に言ったでしょう?」

 きっと心中穏やかじゃないのに、わたしの思いを優先してくれる。

 ありがたくて、でもどう感謝すればいいのかわからない。

 だから言葉の代わりに、今度はわたしから抱きついた。

「ありがとうございます」

 精一杯の気持ちをこめてお礼を告げれば、いいんですよ、と微笑まれる。

「でも……今までもたくさん弾いてきてるのに、どうしてあの曲だけ?」

 外に作用することがわかってから、色々な曲を演奏してきた。

 その効果をわざと発生させて雪を降らせたこともあるし、曲のおかげとはわたしは思ってないんだけど、フラウさんが妊娠したりもした(彼女はわたしがきっかけだと譲らない)

 けれど精神に作用したことはほとんどない、……感動しすぎて号泣されたり、ちょっと陽気になったりはあったけど、大事になりはしなかった。

 それにどの時も、流れていたのはごく普通の魔力だったはずだ。

 首をかしげるわたしに対し、ルト様は平然とした表情のまま。

「それはおそらく、曲のせいでしょうね」

 ──曲。この世界の曲だから、ってだけではないはずだ。

「授業のおさらいになりますが……魔力の使用には想像力と認識も必要だと教わりましたよね?」

「あ、はい」

 魔法を使えるひとは少ないけど、たとえば火を灯そうという時に、水を想像するとうまく点かない。

 ちゃんと火がつく状態を考えないといけないのだという話を聞いた。

「あの曲は、かなり昔から神殿で演奏されている曲なんです」

 大きめの神殿では、たくさんの人数を集め、高位の神官が言葉を述べる、そういう行事が月に一度くらいの頻度で行われているらしい。

 勿論毎日でも神殿の礼拝所みたいなところは開いているし、日曜礼拝みたいなのもある。

 それとは別に、決められたイベントの日が用意されているわけだ。

 その際、みんなの気持ちをひとつにする手段として、あの曲の使用が定番なのだそうだ。

 録音技術はないらしいから、当然生演奏になる。なので、毎日というわけにはいかず、特別な日だけのものなわけだ。

 わたしも一度見てみたいと思っているのだけど、パニックを起こさないか不安だし、そもそもルト様たちが許可してくれないので、それ以外の日に遊びに行く孤児院で話を聞く程度だ。

「つまり、あの曲を聞くと、信心深い者は、すぐ神樹を想像します」

 想像することは祈りに繋がり、一般人の少ない力でも、集まり強くなっていく。

 漠然と祈るより、対象がはっきりしているほうがいいというのは、納得できる話だ。

「そしてそれは、おそらくですが──神樹のほうでも同じなのでしょう」

 あの曲が演奏されると、反応するのはひとだけではなく、神樹もそうなのだという。

 なにせ世界中の地中に根があるという話だから、毎回まとまった力が送られる時に流れる曲が同じなら、神樹のほうもそれを覚えてもおかしくない。

 実際その催事の日は、神樹本体がいつもより輝きを増すという報告があるらしい。

 守秘義務の多い連中だけど、そのへんは伝えれば民衆が熱心に祈ってくれるから、教えてくれたんだろう。

「ということは、神子であるわたしが、その曲を弾いたから、神樹もいつもより受けとりやすかったってことですか?」

「私の勝手な推論ですが……そう考えています」

 なるほど。いつも好き勝手弾いてる曲は、自分のために演奏されているかわからないけど、慣れ親しんだものなら、これは自分用だ、と判断できるわけだ。

「でも、わたしは自覚してませんでしたけど……」

 ミサ曲だという気分で弾いてなかったのに、なんでいつもと違う力になったんだろう。

「そこは、少々強引ですが、あなたがミコだから、なのでしょう」

 たしかに強引だけど、弾く曲によって外へ影響が出ることからしても、無意識に放出する力の属性は違うんだろう。

 そのへんは異世界転移の特殊能力ってこと……なのかなぁ、嬉しくないけど。

「ともあれ、具体的な話は明日観てもらってからにしましょう。ですが、弾けなくなる、ということにはしませんから、安心してください」

 嘘が嫌いなルト様が断言するってことは本気なんだろうけど……結構危険なことじゃないのかな。

 屋敷のみんなは口が堅いほうだけど、それでも絶対はないだろうし。

 枝からの力がどんなふうに本体に行くかわからないけど、あいつらが気づかないとも思えないし。

 また、仰々しい手紙がとどくだけならいいけど……

「……不安にさせてしまいましたね」

 ぎゅ、ともう一度抱きしめられて、正直に「少し」と答える。

「でも、知らないまま明日になっても嫌でしたから、いいです」

 だって、わたし自身のことなんだから、ルト様にだけ背負わせるわけにはいかない。

 明日、色々考えて、あまりいい状況でないのなら、残念だけど楽譜を封印することも考えなきゃいけないだろう。

 きっとルト様は反対するだろうけど……わたしだってみんなを危険な目に遭わせたいわけじゃない。

「……その代わり、くっつかせてください」

「頼まれなくても、そのつもりですよ」

 甘えてすり寄れば、笑う気配がした。

 大丈夫と言葉の代わりに、何度もキスが落ちてくる。

 それはベッドに移動してからも続いて、わたしが寝落ちるまで、ルト様はずっとそうしてくれた。

 続きますって書いておきながら次は公爵視点です……

 説明的にセッカ視点だと厳しかった。

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