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わたしの宝物

「そうだ、セッカ嬢、私からも質問していいですか?」

 再び馬車の旅になってからしばらく。

 クヴァルト様の声に、ちょっとうとうとしていたわたしは我に返る。

 ……ヨダレとか大丈夫だったかな、と隣を見ると、小さく親指を立てられた。……この世界にもあるのか、そのジェスチャー。あとそれフリーデさんにばれたら怒られるやつじゃないかな。

「ええと、なんでしょうか」

 はいって答えて難しいものだったら困るので、わざと質問で返す。

 ちょっとずるいやりかただけど、公爵様は気にしたふうもなく、視線をちょっと下に移動させる。

 そこにあるのは、わたしが抱えている荷物だ。

 ゴブラン織りっぽい袋は、王妃様のものだそうで、そのままもらっていいと聞いたからありがたく頂戴した。そうだ、その分もお礼に書かなきゃ……

「荷物の中身はどういったものなんですか? 差し支えない範囲で教えてください」

 ……なんだ、そんなことか。

 別の世界の品物に興味があるのは当たり前だ。

 まだ誰にも見せていないから、ウェンデルさんも心なしか距離を詰めてきている。

 見られて困るのはもともと着ていた下着とか(勿論洗ってある)あとは……スマホとかは微妙かな。

 説明に困るという意味で見せたくない。電気って通じないだろうし。

「そんなに変わったものはないですよ、あの時着ていたものと、筆記用具と……」

 服の一部を見せて、筆記用具の入った箱を出す。

 中身が少し変わっているから興味深そうにしていたけど、鉛筆とペンが通じたので、そんなにややこしいことにはならなかった。

 こちらの世界は万年筆が主流らしく、あそこでもそうだった。

 できればボールペンみたいなのが発明されてほしいところなので、手持ちのを参考にしてもらうのもアリかもしれない。

「あとはわたしの商売道具兼、宝物です」

「宝物?」

 不思議そうな顔の公爵様に、ごそごそと荷物を漁る。

 大きいんだけどかさばるので、ちょっととり出しにくいのだ。

 袋の中身を占領していたのは、紙をたくさん束ねたバインダー。

 結構ずっしり重たいそれを公爵様に渡すと、ちょっと躊躇ってから中を開く。

「これは……楽譜?」

「はい」

 この世界の楽譜も同じ感じらしい。前に召喚されたひとが伝えたのかもしれない。

 それならわたしのもとの仕事もやれそうだ。


 バインダーの中には、たくさんの楽譜が綴じられている。

 もとの本をコピーして自分なりの解釈を書き加えた、世界にひとつだけの楽譜集だ。

 他のものはあきらめがついたけど、これを召喚された時に持っていられたのは、本当によかった。

 そして、王妃様がこれを持ってくるよう指示してくれなかったら、わたしはあそこへもどってしまっただろう。

「わたしにとっては、命と同じくらい大切なものです。わたしは元の世界で、ピアノ(洋琴)奏者でした」

「楽団に所属していたんですか?」

 ピアノという言葉も通じたし、オーケストラみたいなものもあるってことか。

 それなら、頑張れば仕事は見つけやすいかもしれない。

「いえ、飛び入りで演奏することはありましたけど、大体はレストランで弾いていました」

 しゃれた店なんかで、BGM代わりに流れている生演奏が、わたしの主な仕事だった。

 同級生の中には、ちゃんと聞いてもらえないのは嫌だとか、好きな曲が弾けないとか、色々言っているのがいた。

 けれど、わたしはピアノが弾ければそれだけでよかった。

 とにかくピアノが好きで、できるならずっと弾いていたい。だから練習も苦じゃなかった。

 悲しいかな才能には恵まれず、せいぜい秀才程度だけど、その分は努力で補った。

 そうして大学を卒業してからは、場所やジャンルにこだわらず、どこでも喜んで仕事を引き受けた。

 わたしにとって重要なのは、きちんと調律されたピアノがあること、それだけだ。

 弾くのに問題ないピアノなら、名品だろうがなんだろうがかまわない。

 お客があまり聞いていなくてもいい、だからって手は抜かないで、いつも全力で弾いていた。

 おかげでわりとスケジュールはいっぱいで、……行方不明になっているだろう今は、かなりあちこちに穴を空けたろうから申しわけない。

 そんなわけなので、束ねてある楽譜のジャンルもばらばらだ。

 伴奏用は少ないけれど、耳に馴染みのあるクラシックから、ジャズ、ポピュラーまで、一応ジャンルごとに分類してあるものの、ごった煮もいいところだ。

「それでは、あなたへの最初のプレゼントはピアノで決定ですね」

 楽譜を返してから、公爵様はにっこり笑顔でさらりと言う。

「え、いえそれは……嬉しいですけど……」

 この世界のピアノがどの程度のものかわからないけど、安いはずはない。

 ぽんと買えるものではないはずだ。

「それくらいの余裕はあると言ったでしょう? 噂の信憑性を高めるためにも、贈らせてください」

 噂……ああ、わたしにぞっこんって話か。

 たしかにいいネタにはなると思うけど……

「じゃあ、ちゃんと借用書に署名しますね。あ、名前だけはやく書けるようにしなきゃ」

 利子はなるべく少なめでお願いしたい。

 そしてできればグランドピアノで、いいやつを買ってほしい。

 かつての神子の演奏会って打ち出したら、そこそこお客がきてくれたりしないだろうか。

 こちらでは珍しいだろう元の世界の曲を演奏すれば、目新しさもあるだろうし……

 懸命に算段を整えていたら、公爵様が爆笑していた。

 流石にお腹を抱えて笑ってはいなかったけれど、肩が小刻みに震えている。

 そんなに変なことを申し出ただろうか、ちゃんと払いますって言っただけなのに。

「あの……?」

「ああ、失礼。代金は気にしないでください。王妃からも、ミコ時代の給金分として予算をもらっていますから」

 それは本来やつらが払うものだと思うので、もらうのも躊躇われるんだけど。

「口止め料だとかも含まれているので、遠慮なくどうぞ」

 ……でもそれも、元を正せば血税だよね。

 いや王様が豪華にしていないのも民衆が頼りないみたいだから、そこそこ派手にはしてほしいけど。

 とりあえず公爵様に引く気がないようなので、ここはおとなしくしておく。

 いずれ価格を調べて、どうにかして返すことにしよう。

「お礼というなら、聞かせてくれれば十分ですよ」

「でもあそこでは弾いていなかったので……練習してからじゃないと」

 半端な曲を聞かせるなんて絶対に嫌だ。

 最初のころは空いた時間に指を動かしたり楽譜を読んでいたけど、あとのほうは……そんなことできなかった。

 だから大分指が動かなくなってるだろう。

 公爵様には悪いけど、まともに弾けるようになるまでは聞かせられない。

 わたしがきっぱり宣言すると、ちょっと寂しそうにしたが、納得はしてくれたらしい。

 楽しみにしていますね、とプレッシャーはかけられたけど。

「部屋は余っていますからね、どこか客室でも潰して入れましょう」

 なんでもないことのように言うあたりが、貴族なんだなぁと実感する。

 部屋をひとつ使えるならと、わたしはついでに要求をつけ加えることにした。

 直射日光が当たらなくて、風通しのいい部屋にしてくれ、と。

 我儘なのは承知だけれど、どうせ弾くならよりよい環境にしたい。

 あとは音の反響次第だけど、絨毯を引いてもらったほうがいいかもしれないとも伝えた。

「わかりました、ちゃんと要望どおりになるよう、執事に伝えておきますね」

 横ではウェンデルさんがメモをとっていた。

 購入する時にお店でも気をつけてはくれると思うけど、言っておいて悪いことはない。

 大きいものだから今日の明日とどくことはないとわかっているけど、わくわくしてきた。

「医者に許可をもらってからですよ」

 弾きたい曲リストを脳内で考えていたら、しっかり釘を刺されてしまう。

「そうだ、ちょうどいいから、クヴァルト様のお屋敷のこととか、教えてください」

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