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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
番外編-2-
109/124

ドレスを仕立てよう

 ある日、顔なじみになってきた郵便配達人から、いつもの手紙を受けとる。

 お祖父様は結構筆まめで、月に二度くらいの頻度でやりとりをしている。

 配達に二日以上かかることを考えると、そこそこのものじゃないだろうか。

 わたしは自動翻訳にたよらず読んで、書いて……としているので、どうしても返事が遅くなってしまう。

 それでも勉強の甲斐あって、少しずつマシになっている……と思うんだけど。

 公爵家の紋章つきの封蝋で止められた手紙は、文具好きの知人がやっていたのを見たことはあるけど、実際やっているのを見るのははじめてなので、まだちょっとびっくりする。

 ペーパーナイフで丁寧に口を開いて、辞書を手元にゆっくり読んでいく。

 授業は終わっているけれど、すぐに聞けるようにと、フラウさんはまだ残ってくれている。

 どちらかというと英語っぽい文章構成になっているので、細かなニュアンスにてまどることもあり、いてくれるのはすごくたすかっている。

 ただ内容によっては自力で頑張らないと、ちょっと恥ずかしい時もあるんだけど。

 公爵家の話とか、王都のお店の紹介とか、ルト様の子供のころの話とか。

 お祖父様の手紙はとても楽しくて、だから翻訳も頑張れる。

 今回も面白く読んでいったのだけれど……最後の追伸を見て、ひゃっと変な声を出してしまった。

「どうしたの?」

 不思議そうなフラウさんにも読んでもらい、間違いないか確認してもらう。

 念のために自動翻訳を使ってもみたけど、結果は同じだった。

 フラウさんは楽しみですね、と言うけれど……わたしはとても思えない。

 お祖父様の追伸には、

「王都の仕立てやをそっちへやるから、ドレスをつくってもらうといい──って」

 ごくごく軽い文章で、そう記してあったのだ。

 フラウさんでも知っている名前だというから、王都でも名のあるデザイナーなんだろう。

 勿論、領地にも腕のいいデザイナーがいないわけじゃない。

 だけど、王都が近いこともあり、有名なひとは大体王都に店を構えてしまっている。

 あとはルト様が春の時に仕立てられなかったのを気にしていたから、お祖父様が気を利かせたらしい。

 やっぱり本気だったんだなぁ……

 恐縮するわたしに対して、帰宅したルト様はけろっとした様子で、むしろご機嫌だ。

「それはいいですね、たくさん仕立ててもらうといいですよ」

 ……この感覚の違いはまだまだ慣れない。

 とはいえ、折角きてもらうのに、少ししか注文しないのでは、それはそれでデザイナーに悪いと言われればそのとおりで。

 でも支払いはルト様がするから、気が引けるのはやっぱりあるし……うーん。

「デザインを見て決めればいいのでは? 気に入ったなら遠慮せず注文すればいいですし」

「そう……ですね」

 それでもかなり葛藤があるけど……でも公爵様がケチって評判が立つのも嫌だしなぁ。

 結局、お金持ちはお金持ちらしくしないといけない体面とかがあるのだとは、ここで暮らして知ったことだ。

 浪費しすぎても嫌われるし、使わなくてもいやがられるし……難しいなぁ。

「二日後くらいに到着するみたいですけど、準備とかっているんですか?」

 横に控えていたアディさんとメサルズさんに聞いてみる。

 資材とかは自分たちで持ってくるだろうし、デザインを考えるだけなら、今回はそんなに持ってきてないかもしれないけど。

「そうですね、宿泊するかはわかりませんが、作業もできるよう、客室をいくつか使えるようにしておきましょう」

「あ、なるほど。お願いします」

 到着したら美容部員コンビに応援をお願いすることにして、あとはその日を待つことにした。


 そして二日後。

 事前にお祖父様が時間の都合を伝えていたのか、デザイナーがやってきたのは昼すぎだった。

 ちょうどフラウさんとお昼を食べたあとだったので、彼女も一緒にいてくれることになった。

「はじめまして、セッカ様。イーリンと申します」

 挨拶をしてきたデザイナーは、四十代くらいのきっちりした……よく、海外ものの家庭教師として出てくる感じの印象だ。

 本人の着ている服は旅をしてきたからだろう、飾り気の少ないシンプルなものだけど、色も形も彼女によく合っていて、しゃんと背筋を伸ばした姿はとても立派に見える。

 派手好きな現公爵のお気にいりだというから、もっときんきらきんかと思ったけど、そうでもないようでほっとした。

「セッカです、わざわざありがとうございます」

 あまり疲れた様子は見えないけど、旅をしてきたのには違いない。

 でもイーリンさんはいいえ、と首をふった。

「こちらにも工房がありますから、特に支障はありません」

 あ、そうなんだ、なら少し気が楽かな。

 ルト様いわく、神子のわたしのドレスを仕立てたとなると、知名度も上がるから、ここまでくる価値はあるそうだけど……

 ということはパーティー用を一枚はつくらないとなのかなぁ、今のところ、出る予定はないんだけど。

「どういうものがいい、と希望はありますか?」

 束ねた紙をとりだしながら問いかけられるけど、うーん。

「色だったら赤と青はあんまり、ですけど……そもそも以前の生活では、ドレスを着ることがほとんどなかったので、なんともなんですよね」

「……ほとんど、ということは、何度かはあるのですね? どういう時です?」

 言葉尻を綺麗につかんできたなぁ。

 べつに問答をしたいわけじゃないので、すなおに答えるけれど。

「ピアノの演奏会とか、友人の結婚式とか、そういう時に着ました、といってもこの世界のような派手なのじゃないですけど……」

 裾を引きずるようなこともないし、コルセットをしたわけじゃない。この世界のひとに言えば、笑われるレベルだろう。

「あ、そうだ、できれば演奏もできるドレスがいいです」

 わたしはそんなに演奏会に出たわけじゃないので、発表用のドレスはそんなに持っていなかった。

 仕事場ではどっちかというとスーツっぽい服装でって頼まれていたし。

「……演奏している姿を拝見することはできますか?」

 ややあってお願いされたので、勿論です、と答えた。

 ピアノ奏者が弾いているところを間近で見たことがないらしい。

 この世界ではマイナーな楽器だから、それもしかたないだろう。

 なのでイーリンさんと弟子のひとたち、フラウさんに美容部員コンビと、大勢でピアノ室へ移動する。

 その途中さらに人数が増えるのは、最近ではよくあることだ。

 まったくの手つかずの曲を練習する時は一人がいいのだけど、そうでない時は、聞いてもらえるほうが嬉しい時も多い。

 仕事でずっと人前で弾いていたからだろうけど、弾く前の気分も高ぶるし。

 なのでルト様にワガママを言ったら、就業時間中でも、少しなら聞きにいっていい、と使用人たちに許可が出たのだ。

 それだけじゃみんな萎縮して行かなかっただろうけど、アディさんたちが率先して聞きにきてくれたおかげで、最近はちらほら聴衆が増えてきた。

 練習にじっくりとりくみたい時は伝えておけば遠慮してくれるし、演奏の邪魔にならないようにと、ピアノ室ではなく隣で聞いているから、わたしもさほど気にならない。

 同じ部屋でもいいと言ったんだけど、それはそれで恐縮するからダメらしい。

 隣といってもとりはずせる壁でしきられているだけで、そこを何面か開けているから、厳密には別の部屋とは言えないかもしれない。

 イーリンさんたちはピアノ室に入ってもらい、使用人たちはいつもどおり隣へ行ったらしい。

「それじゃあ、何曲か感じの違うものを弾きますね」

 明るい曲、暗い曲、速い曲、遅い曲……くらい分ければとりあえずいいかな。

 わたしは手持ちの楽譜から慣れた曲をピックアップして譜面台に並べていく。

 そんなに時間のかかる曲は選んでいないから、一気に演奏しても大丈夫だろう。

「では、四曲続けていきます」

 合間の拍手は不要ですとつけ加えて、枝を確認してから深呼吸をひとつ。

 ──それからはわたしの独壇場だ。


 夢中になって弾いていれば、時間はいつもあっというまにすぎる。

 鍵盤から指を離して息をつくと、フラウさんがぱちぱちと拍手をくれた。

 イーリンさんはというと、ものすごく真面目な顔でじっと見ていた。

 それから、質問してよろしいですか、と聞いてきたので、勿論ですと答える。

「手が動くのは想像していましたが、足も案外動くんですね」

「ああ……ペダルを踏むので」

 裾をどけてペダルを見せると、なるほど、とうなずいた。

 ペダルを踏むと裾が引っかかることもあるから、選んでもらう時に動かしやすいのをお願いしていたりもする。

 ダンスを踊ることもあるから、そこまで邪魔にならないけど、やっぱり用途が少し違うし。

 イーリンさんは手にした紙にあれこれメモをしている。

 ……もう少し弾いたほうがいいかな?

「あの、わたしはこのまま練習するので、よければ作業していてください」

 ソファにはそこそこ長い机が置いてある。

 そこなら紙を広げるスペースもあるだろう。

「……よろしいのですか?」

 ためらいがちな様子だけど、もともと職場はレストラン。

 雑音があるのが当たり前だったし、静かに聞いていろなんて思うほうでもない。

 なんなら、作業用BGMにしてもらっても構わない。

 ということを正直に言うと恐縮されるだろうから、やんわり気にならない旨だけ告げておく。

「では、お言葉に甘えます」

 イーリンさんはそう言うと、ソファに移動し、紙の束を広げていく。

 助手のひとたちは作業用にと用意した部屋を確認に行くらしい。

 フラウさんはそろそろ帰りますね、と言うので途中まで見送り、美容部員コンビはなにかあったら呼ぶことにした。

 そして結果的に、ピアノ室にはわたしとイーリンさんだけになる。

 わたしは練習したい曲をいくつか用意して、譜面台に置いていく。

 とはいえ、あんまりトチった姿は見せたくないので、練習と言っても慣れた曲ばかりだ。

 曲の合間に耳をすますと、シャッ、という音が聞こえてくる。

 鉛筆を走らせている音なのだと、机を見て気がついた。

 でも、不愉快なほどではない。

 リズミカルに響いたかと思うと、こつこつと苛立ったように鉛筆のうしろで叩いたり。

 産みの苦しみというのは、わたしにはよくわからない。

 でも、できればいいドレスができてくるといいなぁと、わたしは再び練習すべく指を降ろした。


 そうしてできあがったドレスのデザインは、どれもあまり派手すぎず、ピアノを弾きやすいよう配慮がなされたものばかりだった。

 曲の雰囲気に合わせられるようにと、毛色の違うものも描かれており、一人のひとからこんなにつくられるなんて、と、そういう才能のないわたしは驚くばかりだった。

 美容部員コンビたちにアドバイスをもらいつつ、その中から数着を選ぶと、仮縫いして数日後にまたきます、と、採寸をすませたイーリンさんたちは帰って行った。

 街にある工房で作業をしつつ、同時にドレスに合うアクセサリーも仕立てていくらしい。

 ルト様はそのへんも折りこみずみで注文していたらしく、驚いたのはわたしだけで、他のひとたちは当たり前のように話を進めていく。

 といってもアクセサリーもそのドレスにしか合わない、ってわけじゃなく、この機会にフォーマルなものを、ということらしいけど……

 予想以上におおごとになりそうだなぁと他人事のように感じつつも、見せてもらったドレスはとても綺麗なものばかりで。

 できあがるのが楽しみですと帰ってきたルト様に言えば、優しい笑顔でうなずいてくれる。

「どれも素敵でしたけど、その中で一番気にいったのがあって、……」

 デザイン図は持っていってしまったので、手元にないので説明が難しい。

 でも、一目惚れした図案だったので、どうにか伝えようと必死になってしまう。

 そのドレスも派手なわけじゃないけど、細かく手が込んでいて、できあがったらさぞ素敵だろうと思ったら、つい、用途も考えずにこれ! とお願いしてしまったのだ。

 勿論演奏に配慮されたものだから、着ても構わないものなのだけど、色が予定では白なので、汚しそうなのが恐いんだよなぁ。

「ですが、使うためのものですし」

「そうなんですよね……できあがるまえに思い切れるように頑張ります」

 一応、お茶会とか、パーティーとか、場面? 時間? に応じてドレスの種類というか、見た目に多少に決まりがあるらしい。

 なのでそれぞれに合わせたものも何枚かあつらえることになっている。

 そのへんの区別はまだあまりつかないので、美容部員コンビにお任せしちゃったんだけど。

 でも、その白いドレスだけは、そういうのを抜きにして選んでしまった。

 形式としては昼のドレスらしいけど、お茶会で使って紅茶でもこぼした日には涙目になりそうだ。

 お屋敷のみんなと演奏会とか、企画してみようかなぁなんて、その時はのんびり考えていた。


 ──思えばそれが、最初のきっかけだったんだろう。 

 いつもの時間ではありませんが、

 気づいたら一月経っていたので書けたすぐ投稿です。


 微妙に不穏な最後の一文ですが、

 別に暗い話にはなりません、大体は。

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