買い物デート
そして翌日。
事前にウェンデルさんが伝えてくれたので、やってきたお祖父様たちは昨日と同じお忍びスタイルだった。
昨日はフリーデさんたちが一緒だったので、今日はウェンデルさんとライマーさんが護衛。
といっても二人はわりと離れたところにいるらしく、視界にはあまり入ってこないけど。
それでもなにかあれば即駆けつけてくれるだろうから、凄いと思う。
「今日はどこへ行きましょうか?」
大通りに出た瞬間、ルト様は当たり前みたいに手をつないできた。
お祖父様の前だとちょっと恥ずかしいんだけど、言いだしたのは自分なので照れに耐えることにする。
「フラウさんたちにお土産を買いたいんです」
すごく高価なものじゃなくていいけど、王都らしいものというか。
まさかご当地なんとか的なものはないだろうけど……
わたしのぼんやりしたリクエストに、けれどルト様はそれなら、とお祖父様と相談する。
ルト様もちょいちょい王都にきてはいるけど、下町までは見ている暇がないので、今どこになんの店があるかまではわからない。
でも今行こうとしている店は位置が同じだったらしく、ルト様は少しの間思い出すそぶりを見せたあと、迷いなく進んで行った。
そして到着したのは、レースの専門店、と書いてあった。
たしかにここなら、刺繍が好きなフラウさんにはぴったりだ。
王都以外にも支店はあるそうだけど、王都以外には出さない図案でつくられたレースがたくさんあるらしい。
高級なものもあるけれど、機械織りならそこまで高くないし、大通りのこっちはお土産用ということで、手が出やすい価格帯なんだそうだ。
中に入ると、色々なレースと、それを使った小物が所狭しと置いてあった。
たしかに、値段はそこまでじゃないものも多い。
そりゃあルト様がいるから、たくさん買っても平気だろうけど、そこまで高価なものだと、逆に困らせてしまう。
「……どれがいいかなぁ」
にしても、こんなにあると困ってしまう。
リボンみたいなものも細さやレースの種類がたくさんあるし、写真かなにかで見た記憶のあるつけ襟なんかもある。
うんうん唸っていると、横で見ていたルト様が手を伸ばす。
「彼女ならこのあたりがいいのでは?」
そう言いつつ選んでくれたのはハンカチだった。
白いハンカチの縁には、繊細なレースが縫いつけられている。
「刺繍をするのであれば、無地のほうがいいかもしれませんね」
「おお、そうだな、名前をつけたり色々できるし、染めるのもいい」
染める……って普通にできるものなのかな、自由研究とかじゃなくて?
謎に思いつつ、二人が言うならそうなんだろうと、その中のひとつを選ぶことにする。
「折角ですし、あなたの分も選んではどうです?」
ね? と続けられ、じゃあ、と気になっていたのを追加する。
こんな綺麗なの、普通に使うことはなさそうだけど……まあ、屋敷の部屋は広いから、しまう場所には困らないし。
なにかの敷物として飾っておくのもいいんだろう、なんだかすごく贅沢だけど。
わたしが選んでいる間に、ルト様はリボンのような細いレースのコーナーを眺めていた。
「あなたの黒髪に映えそうですね」
にこにこしながら何本か持ってきて、髪の横に当てては満足そうにうなずく。
……たくさん買っても一度にいくつもつけられないから、やめてほしいんだけどなぁ……
でもお祖父様まで一緒になってあーだこーだと選んでいるので、とても止められそうにない。
ウェンデルさんはこういう店が得意ではないらしく、店も広くないため「外にいますー」とライマーさんともどもいないから、ストッパーは誰もいない。
……この二人を相手に止めるなんてできるはずもなく、結局結構な量を購入してしまった。
自分で縫う……編む……? ための道具もあって、挑戦するかと聞かれたけど、全力で断った。
ボタンつけすら危ういわたしには、そんなのはるか先の話だ。
でもこのハンカチをお土産にしたら、絶対刺繍の練習になるだろうなぁ。
まあ、それくらいは頑張るつもりだけど。
それから、昨日気になっていたお店に入らせてもらい、ちょっとした小物を買ったりしていると、あっというまにお昼時になった。
今日のお店は昨日とは別の、だけどやっぱり大衆食堂系だった。
お祖父様は一体いくつの店を知っているんだろう……?
ベルフ領の領主代理を降りたあとは、ずっと気楽な隠居生活だったそうで、その間にあちこち歩き回ったらしい。
ルト様が十年以上領主をしているから、同じだけと考えると、結構な年数ではある。
「さて、次は……」
「あ、次は行きたい場所があるんです」
ルト様に声をかけて、お祖父様のほうを見ると、にやっと笑ったお祖父様はこっちだ、と歩きはじめる。
「わざわざお祖父様に頼まなくても、私のほうでも調べましたよ?」
ちょっと拗ねた口調のルト様だけど、こればかりは聞くわけにはいかなかったのだ。
といっても別に恥ずかしい店とかではなくて。
「私もこっちは門外漢だから、屋敷の者に聞いたんだが……多分大丈夫だろう」
あの派手な料理をつくるひとたちなら、見た目もこだわるだろうから、安心だ。
そう勝手に納得しつつ入っていったその店は──製菓材料店。
一般的な生地を伸ばす時に使う棒やらから、なにに使うかわからないものまでずらっと並んでいる。
入った瞬間、ルト様はきょろきょろと周囲を見渡しはじめる。
珍しくそわそわした態度に、お祖父様と顔を見合わせて笑ってしまった。
お菓子をつくるようになったけれど、道具に関しては、ごく基本的なものしかそろえていない。
最初は借りていたけど、邪魔になっては申しわけないと、自分用に新しく買ったのだ。
でも、諸般の事情で買いに行ったのは本人ではなくて。
そりゃあ身分とか色々あるだろうから、しかたないんだけど、自分で見て選びたい気持ちもあるだろう。
なので昨日、服装のことを伝えに行くウェンデルさんに、こっそり伝言をお願いしたのだ。
昨日の今日だからちょっと心配だったけど、問題なく連れてきてくれて、流石お祖父様と感心する。
あれこれ悩むルト様を微笑ましく見つめながら、クッキーに使ってほしいかわいい抜き型を何個か選んでみる。
色々あるのは知っていたけど、もとの世界と同じくらい種類があって、ついあれもこれもと目移りしてしまった。
ルト様はレシピ本やらも購入することにしたらしく、結構な荷物になった。
でも、珍しくはっきり嬉しそうな顔なので、これはこれでよかったんじゃないかな。
「それじゃ、私は帰るな」
店を出ると、お祖父様はウェンデルさんとライマーさんと一緒に自分の屋敷へもどっていった。
がさばる荷物は持っていってくれるというので、甘えてしまったからわたしたちは手ぶらに近い。
「……公園にでも寄って帰りましょうか」
ごく自然に手を繋ぎながら、ルト様が言う。
まだ帰りたくないと思っていたから、いいですね、と賛成した。
景観保持とか色々あるらしく、王都のあちこちには公園が点在している。
これは領地もそうらしいんだけど、そっちはまだあまり見てないからわからない。
広めの場所は定期的に市が立つし、なにかあった時に使われたりもするし、停留所代わりにもなっているらしい。
案内された公園はわりと広くて、小さい温室が併設されていた。
少しの入場料を払って中へ入ると、南国らしい植物がぎっしりと植えられている。
このあたりも暖かい気候だけど、それよりさらに……正直に言うとちょっと蒸し暑い。
「……そういえば、温泉ってあるんですか?」
「あるにはありますが……遠出になりますね」
日本人としては温泉に入りたいんだけど、難しいかなぁ。
長風呂もあんまりしないひとたちだから、あまり温泉への思い入れはないようだ。
領地にあれば視察の名目で行けるんだけど……でも山間とか掘ったら出ないのかな?
掘れば出てくるのは日本だけ? よく知らないんだよなぁ。
そんな世間話をしながらぐるりと一周して、出たところで待ち構えるように出ていた店で南国の果実を使った冷たいジュースを飲んだ。
これ、絶対買っちゃうやつだよなぁ……おいしい。
まんまとのせられた気分だけど、ルト様と一緒に苦笑いしながら飲むのも、いかにもデートっぽいというか、普通な感じがして悪くない。
「むこうにもどっても、時々こうして歩きましょうか」
帰り道の途中で提案されて、一も二もなくうなずいてしまう。
まだ日暮れ前なのだけど、ピアノも弾きたいでしょう? と言われて少し早めの時間になった。
うん、デートも楽しいんだけど、八十八鍵の魅力は抗いがたいんだよね……
「……でも、ルト様は無理してません?」
いくら特殊な事情があるといっても、そもそも貴族の生まれなのだから、こういう一般人のデートも、よく考えたら大変だったんじゃないだろうか。
でもルト様は、いいえ、と変わらないトーンで否定する。
「お祖父様ほどではないですが、私もあちこち歩いていますから。無理はしていませんよ」
「なら……また、デートしたいです」
ぎゅっとにぎった手に力をこめると、同じように返してくれる。
どうしたってわたしは庶民で、これから慣れてくるかもしれないけど、でも今はまだ、こういうデートのほうが気が楽だ。
だから今はもう少しだけ、甘えさせてもらおう。
「もう一回くらい、お祖父様にもピアノを聞いてほしいですね」
そろそろいつ帰るか決めようという話になっている。
もう少しいるのかと思ったけど、長居してわたしのことがバレてもまずい、ということらしい。
みんなは慣れているから、明日帰る、となっても全然問題ないらしいけど……
その前に王様たちへの挨拶があるらしく、……気が重いなぁ。
「頼まなくても明日もくるでしょうから、大丈夫でしょう」
ルト様の言葉は相変わらずちょっとトゲがあるけど、すなおになれないんだと思うことにする。
これで帰る屋敷が大きくなければ、どこにいるのかわからなくなりそうな、わりと普通の一日を過ごしたのだった。




