王都を見学
「あ、ルト様、お帰りなさい」
「……お祖父様は?」
お昼ご飯のあと、お祖父様は早々に帰ってしまった。
だからルト様が不思議そうな声を出したのも当然だろう。
「ええと、少し疲れているし、今日は早く帰る、って」
今日はもう、ルト様相手に腹芸をしたくないのだと笑っていた顔を思い出す。
いいわけにと置いていかれた言葉は、昨日のパーティーのこともあるし、不自然ではない。
それならわたしの様子が変でも、心配していると判断されるだろう、と。
……よくそれだけすぐに考えつくなぁ。
実際ルト様はそうですか、と納得した様子だった。
「そうそう、明日からは仕事はしませんから、どこかへ出かけましょう」
今夜のパーティーで最後ですと言われて、ずいぶん早い気がしてしまう。
あと、仕事しませんって発言も、聞きようによってはものすごいけど……
「私の領地にはないものも、どうしてもありますからね、あなたに似合いそうなものを探しに行きたいですし」
ドレスの生地に、宝石に、香水に……とあげはじめるルト様は、わたしが遠慮するのをわかっているはずだ。
それでも言うってことは、どうしても買いたいんだろう。
……多分、放っておいたおわびとか、そういうのを含めて。
ピアノを弾いていたし、ついてくると決めたのはわたしだし、気にしなくていいんだけど。
でもまあ、何度もあることじゃないから、今回くらいはいいかな。
ただ、お忍びできているから、ここで仕立てたりはできないのが残念だと呟く。
そもそも社交シーズンは、人気のデザイナーに予約が集中しているので、今日の明日、とはいかないらしい。
そりゃあ、たまにしかこられない王都で、有名なひとにドレスをつくってもらいたいって、誰でも考えるだろうなぁ。
だからとりあえず生地だけ買って、領地で仕立ててみるつもりだとか。
それもいいけど……
「あの、でも、まずは街中を見てみたいんですけど」
高級店じゃなくて、という意味はきちんと通じたらしい。
なら明日はそうしましょう、と一も二もなくうなずかれて、楽しみです、と返す。
ルト様的にはひとの多い場所は、って心配なんだろうけど、いつまでもそうやって逃げていてもだし。
王都にくる機会はあまりないのだから、少し頑張ってみてもいいだろう。
明日から休みだからか、夜の帰宅はわたしが寝てからだったけど、それでも楽しみだからなのか、翌朝のルト様は元気そうだった。
なんだかんだでこっそり運動……鍛錬? しているらしく、わりと体力があるよなぁ。
正直、数字として見たら、わたしのほうが肉体年齢は上の気がする……
それはともかく、今日のわたしたちの格好は、お忍びらしく地味めな感じ。
前に領地で装った時みたいなもので、ルト様の眼鏡姿も久しぶりだ。
あんまり萌えっていうのはわからないのだけど、たまに見られる眼鏡姿は結構いいと思う。
今日はウェンデルさんには休んでもらって、代わりにフリーデさんとジャンさんが一緒。
一緒とは言っても離れて行動するらしいから、二人は二人でデートみたいなものだ。
毎日家事をやってくれているから、のんびりしてもらいたいのだけど、じっとしているほうが嫌らしい。
「ま、お前がいるならライマーも休みでいいだろう」
……それと、しっかりやってきていたお祖父様。
連絡してあったらしく、同じく一般市民っぽい服装で、ついていく気満々だ。
ルト様は安全が、とぶつぶつこぼしていたけれど、最終的には折れた。
日中の人通りの多い場所なら、王都の治安も悪くないから、らしい。
それでもスリなんかはいるというので、財布はルト様にお願いした。
わたしだったら絶対、盗まれても気づかない……
そんなわけで支度をすませたわたしたちは、途中までライマーさんに馬車を出してもらい、そこからは歩くことになった。
大通りの店が開いている時間は、馬車は通行禁止になる。
それに、雰囲気を味わうためにも、歩いて行くべきだと思ったし。
そうして案内された大通りは、本当に大きな通りだった。
日本でも広い通りはあるけれど、大抵車が走っているから、あんまりそういう感じがしない。
だけどここは違う、通りにいるのはひとだけで、それがひしめきあっている。
「す……すごいですね」
「城壁を越えて最初に見る通りですからね、凄くないと困るんですよ」
……なるほど、インパクト重視ってことか。
たしかに、国としての力を示すのであれば、そういうのも必要なんだろう。
この通りに店を出すのは簡単なことではないし、出せば売り上げは確実だから、望む店主は多いらしい。
通りに面していて目立たないといけないので、店先に商品を見せなければいけないし、あまり間取りの大きな店はないから、高級店や大型のものを置く店は入りづらいのだけれど、その場合は支店という形をとっているらしい。
メインは一般市民が買える価格帯だけど、高級志向のものや、そういう支店が集まる一角もあるらしい。
大通りの途中にあるこれまた大きな広場には、市場が立っており、生鮮食品などが出ている。
まずはそっちへ行ってみると、もとの世界の……よりは、テレビで見た感じの景色だった。
でも、それでも馴染みのある感じがする。
同時翻訳のおかげで困りはしないのだけど、そのせいでこちらの固有名詞を覚えるのが苦手な面もあって、特に野菜や果物が難しい。
調理もほとんどおまかせなだから、なおさら覚えられていないのだ。
自分で見る時はジャガイモみたいなやつ、とかそういう状態なので……なんとかしなきゃなぁ。
そのあたりはルト様もわかっているらしく、わたしが足を止めると、屋敷で出た時の料理名を教えてくれる。
似た食材も多いけど、微妙に違うものやまったく異なるものもあって、見ていて飽きない。
「ほれ、セッカちゃん」
端から魚の名前を見ていたら、横からさしだされたのは、ココナツみたいなもの。
買い食いをしてしまうと昼食が食べられなくなるのと勉強兼ねて、食材エリアばかり見ているのだけど、お祖父様は途中でどこかへ行ったかと思ったら、これを買ってきていたらしい。
立って飲み続けるのは気が引けるし、お祖父様は少し休憩が必要だろうから、みんなで一休みする。
ストローっぽいものもちゃんとついているので、そのまま飲めるようになっている。
「……おいしいです!」
中味は想像と違って、わりとさっぱりしたジュースだった。
もっと酸っぱい系かと思ったけど、甘い感じ。
使い捨てのあれこれはない世界だけど、代わりに持ってきた器によそってもらったりするらしい。
大きな水筒みたいなのを持参したりとかも、楽しそうなので、帰ったらやってみたい。
野菜の名前などはいっぺんでは覚えきれないので、そのあとは大通り散策をする。
とはいっても端から中に入っていたら、時間がいくらあっても足りないので、大体が外から眺めるだけだけど。
流石王都なだけあって、商品はびっくりするほど色々ある。
ベルフ領にもそれなりにはあるけれど、一日で行ける距離と、隣国との国境が近いため、名のあるものは王都へいってしまうらしい。
平和になった最近はそうでもないし、国境付近というのは、流通も多いということだから、なにもないわけじゃないですけど、とルト様が熱弁をふるう。
寄ってみたいお店がないわけじゃなかったけど、一つの店に止まるより、全体を見てみたかったので、端から端までひととおり見るほうを選んだ。
「なにか買おうと思っていたのに……」
ルト様は大分不満げだけど、そこは帰ってからお願いしますと言っておいた。
そんな感じで物見遊山していれば、あっというまに時間は過ぎるもので、気づけばお昼時をすぎていた。
お祖父様が昼食にと選んだのは、最初に行った例の食堂。
「いらっしゃいませ!」
見覚えのある店員に挨拶されて、テーブル席についたのはお祖父様とわたしとルト様。
「あら、こちらがお孫さん?」
注文を聞きにきた店員に、お祖父様はにやっと笑ってうなずいてみせる。
「ああ、やっと休みが取れてな」
「いつも祖父がお世話になっています」
如才なく合わせるルト様は、流石だ。
わたしは迂闊に口を開くとボロが出そうなので、黙っておくことにする。
「ごひいきにしてもらっているんです、お口に合うといいんですが」
店員はそう微笑んで、注文をメモしていく。
出てきた料理はこの間と違うものばかりで、でもどれもおいしかった。
ルト様がいる分たくさんの種類を頼めたらしく、机の上に所狭しと並べられていて、ちょっとずつ食べていく。
「そういえば折角だから、セッカちゃんに服でも贈ったらどうだ」
「そのつもりですが、時間がありませんからね、生地だけ買おうかと」
「なら、今度くる時に予約しておいてやろう」
「それは助かります、私ではなかなか難しいので」
「任せとけ」
二人の会話はごく普通のものに聞こえる。
……聞こえるけど、これ予約いっぱいのデザイナーとかだったりしないよね……
……するような気がするけど恐いから深く追求しないでおこう。
そんな微妙な会話を挟みつつ昼食は終わり。
「じゃあ、私はこれで帰るな、ジャン、悪いが送ってもらえんか?」
お祖父様はここで帰ると言う。
「クー一人でもなんとかなるだろうから、いいですよ」
ジャンさんはぞんざいと丁寧が混じった口調で請け負い、フリーデさんとシュテッド公爵家へ行くことになった。
「また明日も行っていいかな?」
「はい、お待ちしてます」
「……私には聞かないんですか」
お祖父様はルト様の言葉を綺麗に無視して、じゃあまた明日! と去って行った。
……一応、気を利かせてくれたんだろうか。
「さて、ではどこへ行きましょうか」
するりと自然に手を繋がれて、心臓がばくんと音を立てる。
穏やかに微笑むルト様を見て、二人っきりのデートははじめてだと気がついて、なおさらどきどきしてきた。
「気になった店にもう一度行くのもいいですし、色々な花がある植物園や、美術館もあります、もう少し時間が遅くなれば、歌劇も観られます」
この世界の歌劇はとても興味がある。でもそれより、王都へきてから、気になっていたところがある。
「あの、行ってみたいところがあるんですけど……」
「王都でデート」って書きかけて、
うわダジャレっぽくてダサい、って思ったので無難に。




