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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
王都旅行編
106/124

王都を見学

「あ、ルト様、お帰りなさい」

「……お祖父様は?」

 お昼ご飯のあと、お祖父様は早々に帰ってしまった。

 だからルト様が不思議そうな声を出したのも当然だろう。

「ええと、少し疲れているし、今日は早く帰る、って」

 今日はもう、ルト様相手に腹芸をしたくないのだと笑っていた顔を思い出す。

 いいわけにと置いていかれた言葉は、昨日のパーティーのこともあるし、不自然ではない。

 それならわたしの様子が変でも、心配していると判断されるだろう、と。

 ……よくそれだけすぐに考えつくなぁ。

 実際ルト様はそうですか、と納得した様子だった。

「そうそう、明日からは仕事はしませんから、どこかへ出かけましょう」

 今夜のパーティーで最後ですと言われて、ずいぶん早い気がしてしまう。

 あと、仕事しませんって発言も、聞きようによってはものすごいけど……

「私の領地にはないものも、どうしてもありますからね、あなたに似合いそうなものを探しに行きたいですし」

 ドレスの生地に、宝石に、香水に……とあげはじめるルト様は、わたしが遠慮するのをわかっているはずだ。

 それでも言うってことは、どうしても買いたいんだろう。

 ……多分、放っておいたおわびとか、そういうのを含めて。

 ピアノを弾いていたし、ついてくると決めたのはわたしだし、気にしなくていいんだけど。

 でもまあ、何度もあることじゃないから、今回くらいはいいかな。

 ただ、お忍びできているから、ここで仕立てたりはできないのが残念だと呟く。

 そもそも社交シーズンは、人気のデザイナーに予約が集中しているので、今日の明日、とはいかないらしい。

 そりゃあ、たまにしかこられない王都で、有名なひとにドレスをつくってもらいたいって、誰でも考えるだろうなぁ。

 だからとりあえず生地だけ買って、領地で仕立ててみるつもりだとか。

 それもいいけど……

「あの、でも、まずは街中を見てみたいんですけど」

 高級店じゃなくて、という意味はきちんと通じたらしい。

 なら明日はそうしましょう、と一も二もなくうなずかれて、楽しみです、と返す。

 ルト様的にはひとの多い場所は、って心配なんだろうけど、いつまでもそうやって逃げていてもだし。

 王都にくる機会はあまりないのだから、少し頑張ってみてもいいだろう。


 明日から休みだからか、夜の帰宅はわたしが寝てからだったけど、それでも楽しみだからなのか、翌朝のルト様は元気そうだった。

 なんだかんだでこっそり運動……鍛錬? しているらしく、わりと体力があるよなぁ。

 正直、数字として見たら、わたしのほうが肉体年齢は上の気がする……

 それはともかく、今日のわたしたちの格好は、お忍びらしく地味めな感じ。

 前に領地で装った時みたいなもので、ルト様の眼鏡姿も久しぶりだ。

 あんまり萌えっていうのはわからないのだけど、たまに見られる眼鏡姿は結構いいと思う。

 今日はウェンデルさんには休んでもらって、代わりにフリーデさんとジャンさんが一緒。

 一緒とは言っても離れて行動するらしいから、二人は二人でデートみたいなものだ。

 毎日家事をやってくれているから、のんびりしてもらいたいのだけど、じっとしているほうが嫌らしい。

「ま、お前がいるならライマーも休みでいいだろう」

 ……それと、しっかりやってきていたお祖父様。

 連絡してあったらしく、同じく一般市民っぽい服装で、ついていく気満々だ。

 ルト様は安全が、とぶつぶつこぼしていたけれど、最終的には折れた。

 日中の人通りの多い場所なら、王都の治安も悪くないから、らしい。

 それでもスリなんかはいるというので、財布はルト様にお願いした。

 わたしだったら絶対、盗まれても気づかない……

 そんなわけで支度をすませたわたしたちは、途中までライマーさんに馬車を出してもらい、そこからは歩くことになった。

 大通りの店が開いている時間は、馬車は通行禁止になる。

 それに、雰囲気を味わうためにも、歩いて行くべきだと思ったし。

 そうして案内された大通りは、本当に大きな通りだった。

 日本でも広い通りはあるけれど、大抵車が走っているから、あんまりそういう感じがしない。

 だけどここは違う、通りにいるのはひとだけで、それがひしめきあっている。

「す……すごいですね」

「城壁を越えて最初に見る通りですからね、凄くないと困るんですよ」

 ……なるほど、インパクト重視ってことか。

 たしかに、国としての力を示すのであれば、そういうのも必要なんだろう。

 この通りに店を出すのは簡単なことではないし、出せば売り上げは確実だから、望む店主は多いらしい。

 通りに面していて目立たないといけないので、店先に商品を見せなければいけないし、あまり間取りの大きな店はないから、高級店や大型のものを置く店は入りづらいのだけれど、その場合は支店という形をとっているらしい。

 メインは一般市民が買える価格帯だけど、高級志向のものや、そういう支店が集まる一角もあるらしい。

 大通りの途中にあるこれまた大きな広場には、市場が立っており、生鮮食品などが出ている。

 まずはそっちへ行ってみると、もとの世界の……よりは、テレビで見た感じの景色だった。

 でも、それでも馴染みのある感じがする。

 同時翻訳のおかげで困りはしないのだけど、そのせいでこちらの固有名詞を覚えるのが苦手な面もあって、特に野菜や果物が難しい。

 調理もほとんどおまかせなだから、なおさら覚えられていないのだ。

 自分で見る時はジャガイモみたいなやつ、とかそういう状態なので……なんとかしなきゃなぁ。

 そのあたりはルト様もわかっているらしく、わたしが足を止めると、屋敷で出た時の料理名を教えてくれる。

 似た食材も多いけど、微妙に違うものやまったく異なるものもあって、見ていて飽きない。

「ほれ、セッカちゃん」

 端から魚の名前を見ていたら、横からさしだされたのは、ココナツみたいなもの。

 買い食いをしてしまうと昼食が食べられなくなるのと勉強兼ねて、食材エリアばかり見ているのだけど、お祖父様は途中でどこかへ行ったかと思ったら、これを買ってきていたらしい。

 立って飲み続けるのは気が引けるし、お祖父様は少し休憩が必要だろうから、みんなで一休みする。

 ストローっぽいものもちゃんとついているので、そのまま飲めるようになっている。

「……おいしいです!」

 中味は想像と違って、わりとさっぱりしたジュースだった。

 もっと酸っぱい系かと思ったけど、甘い感じ。

 使い捨てのあれこれはない世界だけど、代わりに持ってきた器によそってもらったりするらしい。

 大きな水筒みたいなのを持参したりとかも、楽しそうなので、帰ったらやってみたい。

 野菜の名前などはいっぺんでは覚えきれないので、そのあとは大通り散策をする。

 とはいっても端から中に入っていたら、時間がいくらあっても足りないので、大体が外から眺めるだけだけど。

 流石王都なだけあって、商品はびっくりするほど色々ある。

 ベルフ領にもそれなりにはあるけれど、一日で行ける距離と、隣国との国境が近いため、名のあるものは王都へいってしまうらしい。

 平和になった最近はそうでもないし、国境付近というのは、流通も多いということだから、なにもないわけじゃないですけど、とルト様が熱弁をふるう。

 寄ってみたいお店がないわけじゃなかったけど、一つの店に止まるより、全体を見てみたかったので、端から端までひととおり見るほうを選んだ。

「なにか買おうと思っていたのに……」

 ルト様は大分不満げだけど、そこは帰ってからお願いしますと言っておいた。

 そんな感じで物見遊山していれば、あっというまに時間は過ぎるもので、気づけばお昼時をすぎていた。

 お祖父様が昼食にと選んだのは、最初に行った例の食堂。

「いらっしゃいませ!」

 見覚えのある店員に挨拶されて、テーブル席についたのはお祖父様とわたしとルト様。

「あら、こちらがお孫さん?」

 注文を聞きにきた店員に、お祖父様はにやっと笑ってうなずいてみせる。

「ああ、やっと休みが取れてな」

「いつも祖父がお世話になっています」

 如才なく合わせるルト様は、流石だ。

 わたしは迂闊に口を開くとボロが出そうなので、黙っておくことにする。

「ごひいきにしてもらっているんです、お口に合うといいんですが」

 店員はそう微笑んで、注文をメモしていく。

 出てきた料理はこの間と違うものばかりで、でもどれもおいしかった。

 ルト様がいる分たくさんの種類を頼めたらしく、机の上に所狭しと並べられていて、ちょっとずつ食べていく。

「そういえば折角だから、セッカちゃんに服でも贈ったらどうだ」

「そのつもりですが、時間がありませんからね、生地だけ買おうかと」

「なら、今度くる時に予約しておいてやろう」

「それは助かります、私ではなかなか難しいので」

「任せとけ」

 二人の会話はごく普通のものに聞こえる。

 ……聞こえるけど、これ予約いっぱいのデザイナーとかだったりしないよね……

 ……するような気がするけど恐いから深く追求しないでおこう。

 そんな微妙な会話を挟みつつ昼食は終わり。

「じゃあ、私はこれで帰るな、ジャン、悪いが送ってもらえんか?」

 お祖父様はここで帰ると言う。

「クー一人でもなんとかなるだろうから、いいですよ」

 ジャンさんはぞんざいと丁寧が混じった口調で請け負い、フリーデさんとシュテッド公爵家へ行くことになった。

「また明日も行っていいかな?」

「はい、お待ちしてます」

「……私には聞かないんですか」

 お祖父様はルト様の言葉を綺麗に無視して、じゃあまた明日! と去って行った。

 ……一応、気を利かせてくれたんだろうか。

「さて、ではどこへ行きましょうか」

 するりと自然に手を繋がれて、心臓がばくんと音を立てる。

 穏やかに微笑むルト様を見て、二人っきりのデートははじめてだと気がついて、なおさらどきどきしてきた。

「気になった店にもう一度行くのもいいですし、色々な花がある植物園や、美術館もあります、もう少し時間が遅くなれば、歌劇も観られます」

 この世界の歌劇はとても興味がある。でもそれより、王都へきてから、気になっていたところがある。

「あの、行ってみたいところがあるんですけど……」

「王都でデート」って書きかけて、

 うわダジャレっぽくてダサい、って思ったので無難に。

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