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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
王都旅行編
105/124

お祖父様の告白

 精神的にキツくはないと思いますが、

 暗い話なので一応ワンクッション置いておきます。

 翌朝、ルト様よりはなんとか早く起きたけれど、それも僅差だった。

 今日は急な頼まれごとで出かけなきゃいけないそうで、どうやってすごそうかな。

 ……腰、痛いから、しばらくはダラダラしちゃおうかな……

 冷たい水で顔を洗って、どうにか眠そうな状態から脱しておく。

「ああ……そうだ、多分あとで祖父がくると思いますよ」

 着替えが終わったルト様に言われて、え? と驚いてしまう。

 昨夜はパーティーだったから、疲れてるんじゃないのかな。

 心配そうな顔をしたからだろう、大丈夫ですよ、と頭をなでられた。

「少し遅い時間になるかもしれないけれど、と」

「それは、わたしは構いませんけど」

「なんなら二度寝していてもいいと思いますよ」

 あなたも疲れているでしょう? とさらっと告げられて、無言ではたいておく。

 ……こういうのを昼間から言われるのは、やっぱり慣れない。

 でも、見送ってくださいね、なんてすぐ甘えられるから、緩急というか、絶妙すぎてそれも腹が立つ。

 そんなこんなでいってらっしゃいをしてからは、ぽかぽかと日の当たる部屋で半分寝落ちしていた。

 ルト様もあんまり寝ていないはずなのに、なんであんなに元気だったんだろう。

 ……結局、お祖父様がやってきたのは、お昼近くなってからだった。

 ぼさぼさになっていた髪の毛をフリーデさんに直してもらうと、にこにこ笑顔のお祖父様が。

「遅くなってすまないな」

 見たかぎりでは、疲れた様子はあまりない。

 ルト様と一緒に早めに帰ったらしいから、安心かな。

 お祖父様はひょい、とライマーさんからバスケットを受けとり、掲げてみせた。

「天気もいいし、庭で昼にしないか?」

 ちょっとしたピクニックってことだろう。

 そういえば、庭はあんまりちゃんと見ていない。

「いい場所、ご存じですか?」

 手入れされているのだろうけど、全然知らないので訊ねると、任せろとの返答。

 案内されたのは、背の高い木々に囲まれて、ぽっかり空いた空間。

 細かい花までは手入れできないからということで、野草に近いものが多いそうで、素朴な印象だ。

 その代わり樹木が多くて、色々な実が成るらしい。

 屋敷の中だからと準備だけは手伝ってもらったけど、そのあとはみんな下がっていった。

 バスケットの中にはとても彩りの綺麗な食事が並んでいた。

 なんでも今の当主は派手好きなんだそうで、お抱えの料理人もそういう傾向なんだそうだ。

 領地のひとはどっちかっていうと郷土料理系なので、かなり印象が違う。

 でも、味は勿論おいしくて、大満足のお昼ご飯だった。

 食後にはルト様がつくっておいたクッキーを出して、人並みにはできるようになった紅茶を用意する。

「……さて、ちょっと真面目な話をしてもいいかな?」

 人心地ついたところで、お祖父様が切りだしてきた。

 なんの話かはわからないけど、断る理由はない、多分……間違いなくルト様のことだろうし。

「ルトが丁寧口調の理由を、知ってるかね?」

 どんな言葉が出てくるか身構えていたら、最初の一言はそれだった。

 ……そういえば、聞いたことはなかったかもしれない。

 部下やらにまで丁寧語って珍しいことらしいけど、わたしの世界ではそうでもなかったから、あまり気にしていなかった。

「あれは、息子を真似たものなんだ」

 息子、ということは、前の領主様、……書類上の、ルト様のお父様。(ややこしいので、これ以降はお父様、で統一させてもらう)

 お父様はお祖父様の次男として生まれた。

 そしてお兄さんは、よくいえば豪放磊落。悪く言うと、細かい部分に気がつかず、言葉が足りずに周囲を不愉快にさせたり、説明不足を起こしてしまう性格だった。

 この世界は長子相続、だからお父様は、兄の補佐をするために必要なことを冷静に考えていったらしい。

 その結果、細かなところに気を配るようになり、その一環として、誰に対しても丁寧語になったという。

 ……たしかに、がさつなお兄さんともの柔らかな弟という組みあわせは、ちょうどいい感じだ。

 勿論もともとの性格もあったんだろうけど、そうなりやすい環境でもあったんだろう。

 そういう穏やかで気の回る部分は、お祖父様も高く評価していたらしい。

 だから、ベルフ領の領主交代の時に、さりげなく推薦してみたという。

 強引なものではなかったし、圧力をかけたわけでもなかった。

 けれど結果的に、新領主はお父様に決まった。

 シュテッド公爵家も由緒ある家柄だし、何度かベルフ領主も輩出しているから、特になにか言われることはなかったという。

 それ以前に温厚なお父様は、立派な人物だと高評価も得ていたし。

 だからこそ領主決定と共に、年齢も近いからと王妹との結婚まで決まったわけだ。

 お父様も、次男だからとあきらめていた部分はあったらしく、決まったからにはよい領主を目指すと、強く決心したらしい。

「けれどあれは、あっさりと逝ってしまった」

 低い声で囁くお祖父様は、わたしと視線を合わせない。

 お祖父様たちは悲嘆に暮れたが、悲しんでいるだけではいられない。

 ──あとに残されたルト様には、大きな秘密がある。

 それを隠したままどこかへ養子に、というのは、流石にどうかと考えた。

 貴族というものは大体どこも血縁関係があるから、そういう意味では構わないけれど、万一秘密が漏れたら、大変なスキャンダルになってしまう。

「なにより……息子の名を貶めたくなかった」

 お祖父様にとって一番大事だったのは、そこだった。

 あっさり亡くなった自慢の息子が、死後、寝取られた夫だと揶揄されるようなことは、絶対に避けたかった。

 苦い表情で呟いたけど、それは当然のことじゃないだろうか。

 血のつながりのないルト様に対して、最初から愛情を持てなんて無理な話だ。

 諸々の思惑から、自分が領主代理をつとめることにして、幼いルト様は領地で育てることにした。

 王都だと王族の血を引くということから、よからぬ輩が寄ってくる。

 その点ベルフ領なら、その心配が少ないからという理由だった。

 ルト様の周りにいるのは、生前のお父様を知るひとたちばかり。

 勿論、出生の秘密は知らないし、悲劇の領主として同情されていたこともあり、お父様はどこかヒーローのような扱いだったという。

 そんな話を聞いていれば、ルト様がお父様を尊敬し、そうありたいと思うのは、ごく自然なことだっただろう。

 察しのいいルト様は、自分の立場が不安定なことにも、幼いころから気づいていたらしい。

 それもあり、ほんの子供のころを過ぎてからは、誰に対しても丁寧語の、今の口調になったそうだ。

 そのころには一緒に生活していたこともあり、ルト様に大分情も湧いてきていた。

 血の繋がりはないけれど、どこか息子と似ていて、本当の孫だと思えていた。

 年を経て王都で勉強するようになり、同時に社交界にも出るようになった。

 そのころ、流石に秘密にしたままではまずいだろうと、本当のことを伝えたのが、十五歳の時。

「恐ろしいほど、静かだった」

 ──ただ、そうですか、とだけ呟いたのだという。

 それからしばらく、棚を投げたりなんだりはあったらしいけれど、ひとに当たることはなく、ジャンさんにもほとんど愚痴を言わなかったらしい。

 このあたりは同席していたというジャンさんから聞いた話と一致する。

 表面的にはなにも変わらず、けれど前にも増して勉学に励み、みずからあちこちを見に行って、机の上ではわからない色々なことを知って、人々の意見に耳を傾けて……

 数年したころには、領主になることを、誰も反対しなかったという。

 そこにはお父様のこともあっただろうけど、そんな温情だけでなれるほど、領主は甘くない。

 ほぼ百パーセント、ルト様本人の努力によるものだ。

「……その後はなんの問題もなく、領地を治めている。だが……我々のせいで、あれは選ぶことができなかったのではないかと……」

 お父様の分まで長く領主をという期待や、一生隠さなくてはならない出自。

 結婚も子供もいらないと断言していた、はじめのころのルト様。

 領主として文句のない様子を見るたびに、嬉しい気持と、後悔とがあったんだろう。

 だけどそれをルト様に言うことはできない。

「あれがいつまでも結婚しないから、聞いてみたことがあった。答えは──想像がつくだろうが、するつもりはない、と」

 そうすべきでしょう、と、いつもどおりに笑っていたという。

 お祖父様には身体のことは伝えていなかったらしい。

「それを聞かされた時……その通りだと、思った。……思ってしまった」

 厄介なことを引き起こさないためには、それが一番。

 だけどその感覚は、あまりにも理性的すぎて、自分で自分が嫌になったと、お祖父様が嗤う。

 実の孫のように思っているはずなのに、冷静に判断してしまう一面もあって。

 ……ルト様にもそういうところがあるから、それは、施政者としては間違っていないんだろう。

 だけど、孫のように愛情があるからこそ、そう考えてしまったことが許せない。

 ……難しいなぁ。

「だから、セッカといる時のルトを見て、安心した。これからもよろしく頼む」

 深々と頭を下げられて、慌てて顔を上げてもらう。

「そこまでたいしたことはできませんけど……でも、一緒にいたいと思うかぎりは、そばにいます」

 わたしにはそういう決断できそうにないし、政治に口を出すのも無理だろう。

 でも、いつでも隣にいることくらいはできる。

 わたしがたどたどしく告げると、それが一番だ、とお祖父様が微笑んだ。

「じめついた話ですまなかったな」

 吹っ切るように明るく言うと、手つかずだったクッキーに手を伸ばす。

 お祖父様の話は、懺悔みたいなものだ。

 わたしがどうこう言っても、過去は変えられない。

 この先似たようなことがあったら、お祖父様も、ルト様も、多分同じ行動をする。

 だけど、知ることができたのは、よかったと思う。

 もしも今後、非情にならなければいけない時も、そばにいることはできるのだから。

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