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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
王都旅行編
104/124

憂鬱なパーティーと(公爵視点)

 外国の特使をもてなすという理由から、今夜のパーティーは常になく豪勢だ。

 出席者の数も常より多く、たまにしか出てこない面々も見える。

 彼らに挨拶をしていれば、あっという間に時間は過ぎる。

 一通り片づけたところで、軽い飲物をもらい、壁際で一息つくことにする。

 あとは時間を見計らって帰ればいいだろう。

 さっさと帰らなければ、また厄介な連中に捕まってしまう。

 かといってあまりに早くに帰るわけにもいかないのが、面倒なところなのだけれど。

「クヴァルト様」

 ──と、軽やかで甘い声が自分を呼んだ。

 ごく自然に彼の横に歩み寄ったのは、一人の女性。

「これは夫人、こんばんは」

「カミラとお呼びになってと、もうしあげましたでしょう?」

 夫の位は同じ公爵なので、彼女のほうから声をかけても不敬にはならない。

 それを知った上での行動だし、そうでなくとも、彼女に正面から文句を言う者は少ないだろう。

「そんなふうに呼んでは、この会場の何人から恨まれることか。私にはとてもできませんよ」

 対外用のにこやかな笑みを貼りつけて断ると、つれないひと、と拗ねた表情をつくる。

 するりと腕に細いそれが絡みつき、失礼にならない程度に身体が寄せられる。

 下品に映らないぎりぎりの線を攻めたドレスは胸元が大きく開いており、豊かな胸の膨らみが自然さを装って腕に当たる。

 完全なプロポーションと、それに引けを取らない美貌。

 王妃の美しさは完璧なだけにどこか怜悧さを伴うが、彼女の持つものはもう少し肉感的で、熱を感じさせる。

 年齢的にも、身分的にも、王妃は王妃であり別格だ。いくら美しくても、彼女は王の伴侶であり、決して火遊びの相手にはならない。

 その点、「手のとどく」美貌の主として、現在の王宮に君臨しているのが彼女であることくらい、クヴァルトも知っている。

 甘く香る匂いは悪くないものなのだろうが、寄せられた生々しい感触と相まって、不愉快さしか産まない。

 己の男性としての諸々は治ったと思っていたのだが、どうやらセッカ限定らしい。

「クヴァルト様、わたくし、すこし疲れてしまって。エスコートをお願いできませんこと?」

 しなだれかかる姿は美しい、のだろう。

 どうにもクヴァルトにはそう認識できないのだが。

 夫のパートナーとしてやってきているはずだが、彼も公爵としてそれなりに忙しい。

 彼女の「信奉者」でもあるから、止めてくれることはないだろう。

「申し訳ないのですが……祖父のことが心配なので」

 視界に入った姿を見つけて、口調だけは残念そうにかたちづくる。

 絡まっていた腕から抜けると、さっさと彼女から離れてしまう。

 彼女の性格からして、追いかけることはプライドが許さない。

 果たして無事に逃げおおせたクヴァルトは、同じように壁際に、こちらは椅子に腰かけたテオドールのもとにたどりつく。

 テオドールはライマーを従えて、にやにやと笑っていた。

「もててるのぅ」

「……おもしろがらないでください」

 それでも、クヴァルトの視界にわざわざ着席したのは、彼なりの助け船なのだろう。

「どうしてか最近熱心なんですよね」

 このところパーティーに出れば、必ず彼女に近づかれる。

 その都度適当にいなしているのだが、そろそろ苛立ちが最高潮に達しそうだ。

 あまり邪険にすると、彼女の夫経由で厄介なことになるから、穏便に対処しているだけなのだが。

「簡単に手に入るモノは、もういらんのだろ」

 クヴァルトより王都に詳しいテオドールの談に、なるほど、と納得する。

 たしかにあの美貌ならば、ほとんどの男は籠絡できるだろう。

 納得はするが、他を当たってくれと心から頼みたいところだ。

「匂いが移って、嫌がられそうで困るんですがね」

「そうさな、『猫』はにおいに敏感だからな」

 ここでセッカの名前は出せないからだろう、猫に似ているとは思えないが、近い表現となるとそれしかない気もする。

「ところで、そろそろ帰ろうと思ってるんだが、馬車を貸してくれんか」

 今日のような大規模なパーティーでは、馬車も多くやってくる。

 少しでも時間を短縮しようと、彼はシュテッド公爵の馬車に同乗してきたらしい。

 だが、現当主はこの手の場を好むため、パーティーの終盤まで帰らない。

 とても待っていられないが、便乗してきた手前、勝手に乗って帰るわけにもいかないという。

 建前も混じっているだろうが、こちらにしても早く帰るいいわけになるので構わない。

「わかりました、ジャン、お願いします」

「かしこまりました」

 声をかけると、ジャンが先に馬車を呼びに行く。

 少し待ってから、テオドールと一緒に会場を出て、長い廊下を歩く。

 まだ早い時間なので、そこまで馬車も混んではいないだろう。

 車寄せにつけられた馬車にクヴァルト、テオドール、ジャン、ライマーと乗っていく。

「……そういえば、セッカと文通するそうですね」

 会場では万一を考え当たり障りのない話に終始したが、ここでなら問題ない。

「ああ、練習にちょうどいいだろう? お前からの手紙は事務的すぎてつまらんしな」

「……まあ、私としてもありがたいです」

 自分と文通というのも考えたのだが(セッカは「交換日記ですか」と呟いていた)四六時中顔を合わせているので、書くことがあまりなく、練習になりそうにないとやめになった。

 テオドールはついでにセッカの国の文字でも書いてくれと要求したらしい。

 クヴァルトですらまだ理解できていないので、追い抜かれるわけにはいかないところだ。

「大丈夫そうな時はライマーを行かせるから、よろしく頼むぞ」

 本来ならば彼ほどの役職にやらせる仕事ではない。

 胡乱げな表情で見やると、にやりと笑われた。

「問題はないだろう?」

 たしかに、問題はない。

 セッカがライマーに慣れておけば、王都にきた時に手を借りやすくもなる。

 ……勿論この男が、それだけの理由で決めたわけではないだろうが。

「どっちが先かジャンと賭けようとしたんだが、両方一緒で賭けにならんかった」

 にやにやと笑うテオドールを睨んでもどうせ無意味なので、ジャンを一瞥しておくが、こちらもどこ吹く風だ。

 ライマーは少しだけ困ったふうに眉を寄せて、けれど笑っている。

「そのうちセッカには説明しますからね」

 どうせなにを言っても無駄なので、それだけ口にする。

 彼女に対してはひ孫に対する時のように、わざと年寄りじみた言葉遣いをしているが、それだってクヴァルトから見ればなにをかわいこぶっているんだ、と言いたいところだ。

「ああ、あと、お疲れでしょうが、明日、少しでもいいので顔を出してください」

「なにかあったか?」

「いえ、セッカがあなたに会えず、寂しそうにしていたので。……胡麻入りのクッキーもつくっておきましたし」

 後半は早口になってしまったが、ちゃんと聞こえたらしく、テオドールが相好を崩す。

「私は明日も出かけることになったので、日中一人にしてしまいますから」

 特使関連の頼まれごとは、されるだろうと予測していたので驚きはない。

 彼の国にもミコがいるので、ここは恩を売って損はないと踏んだのもある。

 しかしそうなると、屋敷にとどまっているわけにはいかないので、セッカを放置することになってしまう。

「ライマーが悪いわけではないですが、彼とウェンデルとでは、外出できそうにないようなので」

 テオドールには詳しい事情までは打ち明けていない。

 だが「神殿で魔力を搾取されたことによって、心に傷を負っている」と説明すれば、大体の想像はついているだろう。

「出かけなくてもいいので、いてもらえれば、私も安心します」

 流石にパーティーの翌日は、疲れもあるし、おそらくセッカも遠慮するだろう。

「……わかった、かわいい孫の頼みだからな」

 任せておけと言われ、ほっと息をつく。

 そうこうしているうちにシュテッド公爵家に到着し、二人は降りていった。


「──それにしても、いつのまに賭けなんて」

「さっきだな、お前が蛇に絡まれてた時」

「助けてくださいよ」

「めんどくせぇ」

 時間が時間だからだろう、即座に荒い口調になったジャンは、心底だるそうに吐き捨てる。

「大体ハッパでもかけねぇと、お前いつまでもそのままにしそうだしな」

 咎めるような視線を合わせられず、少し顔を背けてしまう。

 それから小さな声で反論した。

「いくらなんでも……四十になるころには、なんとかするつもりです」

 我ながら五年近くの猶予を設けるとは情けない話だ。

 案の定ジャンもしらけた顔を隠そうともしない。

 彼はクヴァルトがすぐ結婚する気はないと明言した時は反対しなかったが、それでも思うところはあるのだろう。

「──なにもかもから守るというのは、所詮机上の空論です」

 実際そんなことできはしないし、セッカも求めてはいないだろう。

 彼女は彼女なりに、自分と結婚するというのがどういうことか、──なにを求められるかを理解している。

 その上で、学ばなければならないことも頑張るのだと決めていた。

 覚悟が足りないのは、間違いなく己のほうだ。

「ただでさえ望まぬ形で召還された上に、要求ばかりですからね、……少しでも引き延ばしたいんです」

 けれどそれは同時に、彼女の立場を宙ぶらりんのままにしてしまう。

 クヴァルト自身も、堂々と公表したい気持ちもある。

 今回のようにお忍びではなく、妻として会場に連れて行きたい。

 カミラのような飛び抜けた美人でなくとも、彼女は十分に美しくなれる。

 その隣に立ちたいと──強く思う気持ちに偽りはない。

「ま、そのへんはわかるから、俺からはあーだこーだ言わねーよ」

 困ったヤツだなと呟く顔は、荒い言葉に反して穏やかだ。

 なんだかんだ言って、この幼なじみは自分に甘い。

 フリーデの手前、表だってはかばってくれないけれど、それでも一番の味方でいてくれる。

「……ありがとうございます」

 ──だから、素直に礼を口にした。


「あ、お帰りなさい、ルト様」

 部屋の扉を開けると、セッカは読書をしていたらしい。

 普段なら寝ていてもおかしくない時間なので心配になったが、とりあえずは元気そうだ。

 いそいそと近づく彼女を手で制すと、きょとんとした顔になる。

「今日も香水の匂いがひどいので……先に落としてきます」

 あの女の残滓など、いつまでもまとわせていたくない。

 それ以外にもアルコールの匂いなどが残っているのも嬉しくない。

 クヴァルトの言葉に、じゃあ待ってますね、と素直に送りだしてくれた。

 なるべく急いで身を清めてもどると、さっきと同じように本を読んでいた。

 古本屋で購入した、かなり昔の音楽の歴史を記したものらしい。

 少しミコの記述もあるらしく、興味津々のようだ。

 栞を挟んだセッカは、クヴァルトに遅れてベッドにもぐりこむ。

 その身体を抱きしめて、深く深呼吸した。

「ルト様、ちょ…っと苦しいです」

 胸の中からもごもごと声がして、慌てて力を緩める。

「すみません、匂いの上書きをしたくて」

「……わたし、香水つけてませんよ?」

「気分的なものです」

 なるほど、と納得したらしく、じゃあ、とぎゅっと抱きしめてくれる。

 そういえばセッカはほとんど香水をつけていない。

 どうやら、もとの世界では習慣になかったらしい。

 今度調香してもらうかと考えつつも、柔らかな身体を満喫する。

「あの、ルト様」

 しかし流石にしつこすぎるかと腕の力を緩めたが、セッカは胸に顔を押しつけたまま。

 やがてか細い声で名前を呼ばれたので、どうしました? と問いかける。

 顔を上げないまま、しばらく無言が続いて。

「……疲れているでしょうけど、もうちょっと、その……」

 きゅ、とシャツをにぎるのは、セッカとしては精一杯の誘いなのだろう。

 珍しい行動に喜ぶ反面、なにかあったかと心配になる。

 来客があったという話も聞いていないし、フリーデたちも様子に変わったところはないと言っていたが。

「特になにかあったわけじゃないんですけど……なんとなく」

 どうしてだかわからなくて、と不思議そうに首をかしげている。

 ──おそらく、王都への恐怖心がそうさせるのだろう。

 屋敷は神殿から離れていても、上級の神官は滅多に外出しないので、赤と青の肩布を見ることはまずないとしても。

 それでも、ここは彼女にとっては嫌な記憶に直結する場所だ。

 王都へ行くと決めたのはセッカだし、出立までもそんなに魘されたりしなかったが、やはり少しずつ負担にはなっているのだろう。

 ゆっくり滞在することも考えていたが、やはり当初の予定どおり、長居はせずに帰るほうがよさそうだ。

 だが、本人が気づいていないなら、自覚させることもないだろう。

 だからそれには触れず、敢えて耳もとに唇を寄せた。

「いつも──これくらいの頻度でしたしね?」

 なにを、とは直接告げなくても、予測できたのだろう、途端に耳が赤く染まる。

 かわいらしい反応に小さく笑いながら、甘やかす口づけを額に落とした。

 何度か繰り返せば、やがておずおずと顔が上げられる。

 恥ずかしそうに潤んだ瞳を見ると、パーティーの彼女には持ち得なかった衝動がわき上がってくる。

 誘うように目が閉じられて、クヴァルトは喜んでその誘いに乗るのだった。

「クヴァルトがコアラになる理由」

 という題名は流石にいかがなものかと思い、マトモにしました。


 続きは書いていないのであっちに同時投稿はありません。

 読みたいかたがいれば書きます、多分。

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