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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
王都旅行編
103/124

王都四日目

 朝目を覚ましたら、ルト様がコアラしていた。

 ……特使の対応、大変だったのかな。

 しばらくしてジャンさんに叩き起こされて、階下へ降りると、ライマーさんがきていると教えてもらった。

 朝早くからどうしたのかとルト様と行ってみると、そこには彼一人しかいなかった。

「流石に大旦那様もお疲れ気味のようなので、今日は休ませていますとお知らせに参りました」

 そりゃあ、昼間はわたしと出かけて、夜はパーティーじゃ、八十過ぎのお祖父様には重労働だ。

 当然といえば当然のことだけど、体調は大丈夫なんだろうか。

「今日も行くと言い張る程度には元気なので問題ありませんよ」

 にっこり笑うライマーさんの調子は明るいので、本当に疲れただけなんだろう。

「今夜の晩餐会も出なければなりませんしね」

 ルト様の言葉に、どういう意味ですかと訊ねると、今夜は国王主催のパーティーらしい。

 特使をもてなすためのものだそうで、だから貴族はなるべく参加するようにということだそうだ。

 見栄とか、特使の気を悪くさせないためとか……そういうの、らしい。

 となれば公爵家のルト様たちも出席してほしいと言われるのは当然で。

 まあお祖父様の場合は隠居しているけど、でも、名のある家の当主をして、領主代理も務めていたわけだから、今でも重要な人物であることに間違いない。

「無理しないでくださいって伝えてください」

 わたしが言うと、かしこまりました、と請け負ってくれる。

 でも、伝言だけならわざわざライマーさんがこなくてもよかったんじゃないかな。

「それと大旦那様に、今日外出するようなら、付き添うよう言いつかってきましたので、遠慮なく仰ってください」

 ……と思ったら、続けての申し出に驚いてしまう。

 ボディーガード兼案内役に、ということらしい。

 ウェンデルさんだけでは男性がいないから、と気を遣ってくれたみたいだ。

「でも、ライマーさんも大変でしょう?」

 お祖父様づきということは、今夜のパーティーにも同行するはずだ。

 日中わたしたちにつきあって、夜もなんて、ハードすぎる。

 けれどライマーさんはにこにこした笑顔を崩さない、こういう表情をしていると、結構子供っぽい感じだ。

「この程度なら問題ありませんよ」

 流石というかなんというか。

 うーん、でも、わたしも毎日出かけていて、ちょっと疲れているところはあるし。

 ライマーさんには大分慣れてきたけど、ウェンデルさんがいてもちょっと気後れしそうではある。

 それをうまく言わなきゃいけないんだけど……ええと。

 どうしよう、とルト様を見上げると、ぽんぽんと背中をなでてくれた。

「今日は登城しないつもりでしたので、二人でのんびり過ごすつもりです。ライマー、あなたも少しこちらで休んで帰るのはどうでしょう?」

 詰めていた息を吐いている間に、ルト様がライマーさんに声をかける。

 初耳だけど、口を挟むのもとおとなしくしておいた。

 ライマーさんはちょっと悩んでいたけれど、やがてお言葉に甘えます、と頭を下げた。

 すぐ公爵家にもどったら、なんだかんだで仕事しちゃうだろうから、こっちで一休みはいい案だ。

 ウェンデルさんとも話せるだろうし。……って、さっきから彼女を見てないけど。

 ということでルト様と朝食を食べることになった。

「さっきは、ありがとうございました」

 まずはとお礼を言うと、ああ、と呟いて微笑む。

「あれくらい、たいしたことではないですよ」

 ……でも、本当なら自分で言わなきゃいけなかったのに、甘えちゃったわけだし。

 そこはちゃんとありがとうと伝えておくべきだろう。

「あと……今日はお休みって、大丈夫なんですか?」

「ええ、大分片づきましたから」

 それならお出かけしたいところだけど、今夜のパーティーが大変そうだし、過保護なルト様的にはわたしを休ませたいらしい。

 ちゃんと一日休む日をとるつもりだというので、それを信じることにする。

「あ、じゃあ、屋敷の中の探検、してもいいですか?」

 出かけるかピアノを弾いているかなので、全然中を見ていない。

 ルト様にはどこを見てもいいと鍵を渡されているのだけれど、結局使っていないままだ。

 どうせなら一緒に見て回るほうが楽しそうだ。

 わたしのおねだりに、ルト様は勿論です、と快くOKしてくれた。

「気にいったものがあれば持ち帰ってもいいですよ」

「いやそれは流石に……」

 高級な宝石やらは置いてないそうだけど、年代物の家具や小物はいっぱいあるらしく。

 どうせ使っていないからってことだけど、そんな古いもの、とても普段使いにはできない。

 まあ、綺麗な置物くらいなら……アリかなぁ……?

 ここはルト様のお母様が使っていたあとは、若いころ、王都で勉強する時に使っていた程度らしい。

 その時寝泊まりしていたのがこの部屋なので、つまり、使用人用の部屋以外は三十年くらいそのままってことだ。

 勿論定期的に清掃は入っているけれど、他の部屋は少しホコリっぽいかもしれません、と言われた。

 ルト様がくるにあたって屋敷中掃除しようとしたらしいけど、どうせ使わないからいい、と断ったらしい。

 実際使っていないし、むしろ暇になったらわたしが掃除するかなって感じだけど。あ、でも高級品が多そうだから、壊しそうで恐いのでやめておくべきかな。

 ともあれ食事のあとは、ルト様と二人で屋敷の中を探検した。

 ルト様も全然見ていなかった部屋があるらしく、お互い新鮮な気持ちで探せたのが楽しかった。

 順番に見ていって、最後にルト様が案内してくれたのは、一階の広々とした回廊……っていうのかな。

 廊下というにはとても広々していて、ピアノを一台置いても余裕そうな空間になっている。

 そしてその両脇には、たくさんの肖像画が飾られていた。

「これって……歴代の領主、ですか?」

「ええ、そうです」

 ずらりと並んだ肖像画の下には、名前と、年代が記されている。

 並んでいるのはどれもこれも……結構な年齢だ。

「決まりではないのですが、引退する前に描くことが多いようですね」

 ルト様の説明になるほど、と納得する、だから老人に近い姿が多いわけだ。

 当たり前だけど養子ばかりだから、顔立ちはあまり似ていない。

 ある時は穏やかそうな顔が続き、かと思うと何代か厳しそうな顔立ちに変わる。

 時代ごとにぴったりの人選をする、というのが実践していたのがよくわかった。

 そして一番新しい絵は勿論──前の領主。

 このひとだけ、当たり前だけどとても若い姿だ。

 お祖父様はあくまで領主代理なので、肖像画はないらしい。

「……結婚式の時につくった肖像画をもとに、亡くなってから同じ画家が描いたそうです」

 そのせいか、絵は他のものと違った雰囲気だった。

 うまく言えないけど……写真みたいなリアルさより、もうちょっとソフトというか。

 死者を悼む気持ちがこもっているからなんだろうか。

 今のルト様よりずっと若いから、親子にはとても見えない。

 本当のことを知らないひとが見ても、そう思うだろうから、それはそれでいいんだろうけど。

「じゃあ何十年かあとには、ルト様も肖像画を描いてもらうわけですね」

 かなり先のことなので、ぴんとこないけれど。

 ルト様は少し複雑そうな表情で、そうですね、と呟いた。

「……その時は、隣で見ていたいなぁ」

 ぽつりと漏らすと、寄っていた眉がほどけて、いてくれないと困ります、と囁かれる。

 腰を引かれて抱きしめられたけど、肖像画だらけの場所だと、視線を感じるような気がして落ちつかない。

 するっと避けるとちょっと不満げな顔をされたけど、さっき絵を見ていた時よりは感情のある顔なので、いいことにしよう。

「そうだ、ルト様のクッキー、食べたいです、一緒につくってくれませんか?」

 ここへくる時に持ってきた作り置きは、もう食べてしまっている。

 お祖父様の好きな胡麻入りも、あっというまになくなってしまった。

 材料はフリーデさんがしっかり買っておいてくれているので、大丈夫なはず。

 毎日食材も注文しているというから、お菓子づくりに使っても平気だって言ってたし。

 ルト様の気晴らしにもなるだろうし、わたしも食べたいし、お祖父様も喜ぶだろう。

「あなたのお願いなら、喜んで」

 できたてを少しだけ食べたら、ピアノを弾こう。

 面倒なパーティーに行くルト様の気持ちが少しでもほぐせればいい。

そんなことを考えながら、台所までの短い距離、自分から腕を絡めてみた。


 一緒にクッキーをつくって(わたしのは大分不格好なので自分で食べることにした)お昼ご飯までなぜかルト様も手伝って、それからピアノの練習につきあってもらう。

 領地に帰ったら、しばらく八十八鍵を弾けなくなる。こんなことなら、新しめの楽譜をいっぱい持ってくればよかった。

 色々な調子の曲を弾いて、感触をたしかめていく。

 途中でルト様は支度すると出て行ってしまったので、熱中しすぎないよう気をつけて、ちゃんと見送った。

 この感じだと、明日もお祖父様と出かけられないのかな。

 ウェンデルさんと二人というのは、ちょっと不安があるし、かといってライマーさんにお願いするのもだし……

 折角だから頑張って市場とか見てみたいんだけど、どうも気が乗りきらない。

 どうしたものかと悩みつつ、その日は過ぎていった。

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