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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
王都旅行編
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王都三日目

 翌朝のルト様は寝る前に喋れたおかげか、わたしでもどうにか起こすことができた。

 トドメはジャンさんにお願いしたけど……

 身支度を調えて下へ降りると、そこにはすでにお祖父様がいた。

「年寄りは朝が早くてのぅ」

 のほほんと笑う格好は昨日と同じような感じのお忍びモード。

 ルト様はちょっとしかめっ面をしたけど、朝ご飯は二人で食べられたので拗ねはしなかった。

 一緒に食事ができるのは朝だけなので、みんな朝は遠慮してくれているのだ。

「……一日は休みをとりますから、私とも出かけてくださいね」

 わざと出かける寸前に、そう言い放つ。

 滞在期間はかっちり決まっていないし、ディーさんたちも「ゆっくりしてきていい」と送りだしてくれた。

 実際、社交期間中ずっと王都にいる領主もいるらしい。勿論遊んでいるばかりじゃないし、距離があるから行き来が大変なので、その時まとめて諸々すませるからだけど。

 ルト様の場合は時々きているし、なにかあっても早馬なら即座に知らせられるから、領地のほうも気楽な感じみたい。

 まあ、ディーさんの科白には「折角だしいちゃいちゃしてくるといいよ! なんならオススメの場所も教えるし!」が続いたんだけど……

 王都で勉強していたから詳しいらしいけど、一体どこにそんな時間があったんだろう。

 ともあれ折角の王都だし、ルト様とデートしたいし、わたしに文句はないから、はい、とうなずく。

「今日は昨日言ってた古書店へ行こうかの」

 お祖父様に提案されて、それはいい、と思ったけど……

「あの、じゃあ、わたしが本を探している間は、途中、どこかで休んでいてください」

「なんじゃ、追いだすんか?」

「いえ、そうじゃなくて、絶対夢中になるので」

 目的のピアノの本がなくても、見てみたい楽譜はきっとたくさんある。

 なにせ自動翻訳のおかげで、異国のものだってばっちりだ。まあ、譜面は大体全国共通だけど。

 そうなると、軽く二時間はぶっ通しで探し続ける自信がある。

 八十代のお祖父様をつきあわせてしまうのは、いくらなんでも気が咎めるのだ。

 一緒に探す間は楽しそうだけど、読みはじめたら止まらないと思うし……

「それにわたし、祖父母はもう亡くしているので『おじいちゃん』には長生きしてほしいんです」

 ついでに言うならおじいちゃん孝行もしたいのだけど、なにをすればいいのかわからない。

 正直に告げると、お祖父様はちょっと目を見張ったあと、

「セッカちゃんは素だから困る」

 ぽつりと呟いた、どういうことだろう。

「なにかまずかったですか?」

「いやいや、そのままでいてほしいという意味じゃよ」

 ……ピアノ馬鹿でいいって話じゃない、よね多分。

 首をひねっていると、まあまあ、と微笑まれた。

「じゃあ、最初だけつきあって、そのあとは儂も好きな本を探しに行こう、それでいいかね?」

 それだと休めるか不安だけど、ライマーさんが一緒だろうから、なんとかしてくれるだろう。

 いいです、と答えて、昨日と同じ四人で馬車に乗った。


 ……案の定、わたしは時間を気にせず古本を読みあさり、見かねたウェンデルさんに声をかけられるまでそれは続いてしまった。

 いやだって、楽譜だけかと思ったら、歴史関係の本まであって。

 演奏するには必須ではないけど、この世界での音楽の広まりかたとかは興味があるので、ついつい手にとってしまったのだ。

 ちょっと、いや結構な量になったけど、ルト様から許可はもらっていたので、遠慮なく全部買ってしまう。

 古い楽譜も手に入ったし、今後弾くのも読むのも楽しみだ。

 なんならルト様を待つ間の寝落ち対策にいいかもしれない。

 ほくほくと大荷物を馬車に積むと(自分の荷物なのでまかせっきりは気が引けた)お祖父様は愉快そうにわたしを眺めていた。

「本当にピアノのこととなると夢中じゃのぅ」

「ぅ……はい、どうも止まらなくて」

 でも好きなものを前にしたら、みんなそうなると思う。

 そういうものが持てたわたしは幸運だとも。

「まあセッカちゃんならいいがな、探しっぱなしでお腹も空いただろう?」

 たしかに、ほとんど立ちっぱなしだったから、空腹だし疲れてもいる。

 時間もいいしということで、お昼ご飯にしようと、お祖父様が馬車に目的地を告げた。

 大きな広場で下車した場所は、昨日よりもう少し豪華な店が並ぶ通り。

 といっても庶民でもちょっと頑張れば入れるくらいらしいから、デパートの上にあるくらいの感じ?

 そのうちに一軒に入ったわけだけど、個室というわけでもなかったからほっとする。

 またもウェンデルさんたちとは離れたけど、昨日の今日なので驚きもしない。

 ここは昼のメニューはコースだけらしく、お祖父様が選んでくれた。

 サラダにパンにスープにメイン、最後にデザートと、こういう部分はあんまり変化がない。

「そういえば文字の練習は進んでいるのかね?」

 ルト様がなにかの時に知らせていたらしい。

 わたしはそれなりに、ととても控えめな返事をした。

 自動翻訳のおかげで自分で添削できるのはいいのだけど、カタコトみたいになる部分も多く、読み返すととても恥ずかしい。

 逆の翻訳機能もつけてほしいところだ。

「じゃあ、儂と文通せんか?」

 微妙な表情から察してくれたらしく、そんな提案がされた。

 お祖父様と文通……それは、結構いいかもしれない。

「儂相手なら内容も気兼ねせんでいいし、多少間違っていても問題に発展することもない」

 王妃様から時々手紙がくるので、返事をしているのだけど、些細な言葉の選択ミスでルト様に迷惑をかけてはならないと、かなり神経を使っている。

 私的なものだから気楽にして、と書いてあるけど、ルト様があれだけ抜け目ないだのなんだのと表現している相手だから、揚げ足をとられそうな文言にならないようにしているのだ。

 勿論出す前に添削してもらって、OKが出てから送っているけど……おかげでかなり肩が凝る。

 お祖父様相手だって最低限のマナーとかルールは必要だけど、たしかに、書いちゃいけないことはほとんどないし、危うい言葉遣いをしても、怒られたりはしないだろう。

 二日でこられる距離だけど、軽々しく行けるわけでもない、でも、わたしはもう少しお祖父様と交流したい。

 電話もないこの世界、手紙だけがそれをかなえてくれる。

「多分、子供みたいな文章になりますけど、呆れないでくださいね」

「誰だって最初はそんなもんだ、気にしなくていい。……そうだ、なんならセッカちゃんの国の言葉でも書いてくれ、そうすれば公平じゃろ?」

 ちょうどいい趣味にもなる、と笑うお祖父様。

 ……わたしより先に解読できるようになりそうだなぁ……

 でも、気遣ってくれているのがわかるので、そうですね、とうなずいた。

「手紙にはついでに、ウェンデルの様子も書いてくれると助かるんじゃが」

 声をひそめたお祖父様に、わたしもならっておく。

「彼女はもともとこっちで働いていたことは、聞いてるかな?」

「あ、はい、本人が言ってました」

 軍関係にちょっと所属したけど、いまいち面白くなくて、なんやかんやでシュテッド公爵家に勤めることになったと、前に教えてくれた。

 そこからルト様のところを紹介されて、楽しそうだから引き受けて今に至る。

 ……なので、シュテッド公爵家にいる給仕係のひととは顔なじみなわけで、彼ら彼女らはウェンデルさんの様子が気になるらしい。

 でも、本人は筆無精で、たまに手紙を寄越しても「元気です」の一文らしい。

 ……本当にそんなの送るひとがいるんだなという気持ちと、ウェンデルさんならやりかねないというか……ともかく。

 だから、わたしに頼んできたというわけだ。

 ウェンデルさんに許可をとると、書くほどのことじゃないと言うだろうから、秘密にしてくれともお願いされた。

 まあ、元気にしているかどうかとか書くくらいなら、本人に内緒でも問題ないだろう。

 なによりお祖父様と秘密の共有というのが面白いし。

 ちょっとした悪巧みというのは、結構わくわくしてしまうものだ。

「ルト様には言ってもいいんですか?」

「ああ、そりゃ構わんよ。あの調子だと拗ねるだろうしな」

 食後のデザートを食べつつ聞いてみると、からりとした返しに笑ってしまう。

 たしかに拗ねそうだよなぁ……

 一応、屋敷のこととか書く場合は、家主に確認をとるべきだと思うから、今度ルト様に話しておこう。

 そんなこんなで昼食をすませたあとは、ちょっと高級な店の並ぶ通りを冷やかしてから、屋敷へ帰った。

 お祖父様も今夜のパーティーには出なきゃならないそうで、演奏が聞けないとぶつぶつ文句をこぼしていたけど、ライマーさんに窘められて帰って行った。

 それは帰宅したルト様も同じで、なんでも外国の特使がきたためらしい。

 地位の高いひとが訪問してきたので、こちらもそれなりの対応をしなければならない、と。

 大変そうなので、せめてとルト様の好きな曲を弾いて応援に変えておいた。

 いつもより早く出て行ったので、わたしはその分たくさん練習ができたので、悪くはなかったんだけど。

 なので遅くなると先に伝えられていて、じゃあ明日はお祖父様もこないのかなぁと思いながら、先に休ませてもらった。

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