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傷を抱えたわたしと  作者: 宇梶あきら
王都旅行編
101/124

王都二日目(3)

 それから屋敷にもどると、ほどなくしてルト様が帰ってきた。

「お帰りなさい」

 出迎えると、嬉しそうに笑って抱きしめてくる。

 まずは日の当たるリビングみたいなところで、お茶にする。

 ルト様がつくったクッキーの残りと、ライマーさんが朝持ってきてくれたもの。

 シュテッド公爵家のお菓子担当がつくったものらしい。

「お祖父様に楽器店に連れて行ってもらいました」

 昼間あったことを報告すると、ルト様はにこにこしたまま聞いてくれた。

 なにせピアノの話なので、わたしのテンションは上がりっぱなしだ。

「製品になったら一番に売ってくださいってお願いしました」

「ええ、構いませんよ、楽しみですね」

「はい!」

 お祖父様は時々会話の補足をするけれど、そんなに話に混じってこない。

 でも、同じように笑顔でいるし、ルト様も気にした様子はない。

 男同士ってこういうものなのかな……? 姉しかいなかったから、よくわからない。

 一息ついたところでピアノを置いてある部屋に移動して、今日の演奏。

 とはいえ練習時間があまりとれていないし、今日の目的は八十八鍵を楽しむことじゃない。

 お祖父様に、わたしの能力を知ってもらうことがメインだ。

 だから今日は枝はルト様の部屋に置いてある、ちゃんと箱にもしまってあるから、吸いとられることはないはずだ。

 深呼吸をひとつして、弾きはじめるのは──いつもの月光ソナタ。

 ああ、こっちのピアノは、少し音が硬質かもしれない。

 でもそれはそれで、月の光の冷たさというか、青さっていうか、そういうのに合う気もする。

 だけどもう少し柔らかい音になるほうがいいかな……と、可能なかぎり調節していく。

 解釈はひとそれぞれだけど、わたしが弾きたい月光ソナタは、冷たいばかりのものじゃない。

 できればそう伝わるようにと思いながら、丁寧に最後まで弾いていった。

 手を離すと、ルト様はいつものように拍手してくれたけど、お祖父様は驚いた顔を隠しもしなかった。

「身体の調子は、大丈夫ですか?」

 気持ち悪くなったりはしないだろうけど、やっぱり心配で問いかけると、はっと我に返ったお祖父様は、大丈夫、とうなずいた。

「いやはや、驚いた」

「お祖父様が本気で驚いた姿を見たのは、久しぶりですね」

「……かわいくないことを言うもんじゃない」

 愉快そうなルト様に、お祖父様が白い目をむける。

 お祖父様を信じていないわけじゃなかったけど、手紙で伝えるのは難しいと、ルト様は細かく教えていなかった。

 ただ、神子らしい力はあるようだ、というふわっとしたことだけ。

「これはたしかに、知られるわけにはいかんのぅ」

 まじまじと両手を見つめるお祖父様が、小さくなにか呟くと、その両手にごくわずかな火が灯った。

 灯った、って……魔法!?

「お祖父様、魔法が使えるんですか?」

 魔力は当たり前にある世界だけど、道具を介してお湯を沸かしたりはできても、なにもない状態から魔法を使えるひとはほとんどいない。

 ファンタジーではおなじみの指先に火、だけど、この世界で見るのははじめてだ。

「使える、というほどのものではないのぅ、宮廷魔道士に術式を教わったことがあるだけで」

 この世界の術は、普通の言語とは微妙に異なる、らしい。

 ただ、それを唱えても、普通のひとにはなにも起こせない。

「……普通は術式を教わるはずもないんですけどね」

 ぼそっとルト様が呟いた、……一体どういう方法で知ったんだろう。

「まあ若いころにちょっとな。だが、その当時でもここまで灯すことはできんかった」

 たいしたものじゃない、というのは本当らしく、火はすぐに消えてしまった。

 でも、わたしのピアノで、少しの間でも魔法が使えるというのは、かなりの収穫だ。

 ……いい意味ではなく、知られたらまずいってことだけど。

「特に王妃には知られんようにせんとなぁ」

 王様じゃなくて王妃様ってところは、お祖父様もルト様も共通している。

 会ったことはないし、手紙のやりとりだけだから、ぴんとこないんだけどなぁ。

「セッカちゃんも、好きにピアノが弾けないのは困るだろうしの」

 枝をとってきてもらって説明すると、お祖父様はそうしめくくった。

 そこを大事にしてくれるのは、とても嬉しい。

 とりあえずそのあとは枝に吸いとってもらって、普通に何曲か演奏した。

 後ろ髪引かれまくりのルト様は夜会に出かけていって、残ったのはお祖父様とわたし。

 屋敷の中なので、人払いもされている。ここには、二人きりだ

「……ルト様は怒るんですけど、もし、わたしのこの力が必要なら、言ってくださいね」

 利用するつもりはない、とルト様は言うけれど。

 これは、十分な切り札になるはずだ。

 可能性はとても低いけど、もしルト様の生まれがバレたりした時だって、わたしがいればなんとかできるかもしれないくらいの。

 わたしの言葉に、お祖父様はふむ、としばらく考えてから、

「儂は無害な隠居だからのぅ、そういうのは管轄外じゃ」

 けろりとした顔でのたまったから、わたしのほうが固まってしまう。

 どこからつっこんでいいのかわからないけど、はっきりしているのは、利用する気はないってことだ。

「……いいんですか?」

 色々有利に運べるかもしれないのに。

 あいつらみたいに道具として扱われるのは嫌だけど、でも、みんなにはお世話になっているから。

 恩返しとしてなら、いくらでも演奏して力を使ったっていいと本気で思っている。

「望外の力を御せんほど阿呆に育てた覚えはないが、頼るほど軟弱に育ててもおらんからな」

 あっさりした言葉だけど、結構すごいことなような。

 ルト様のことだけじゃなくて、シュテッド公爵のこともなんだろう、それと……前領主も、多分。

「セッカちゃんはただ音楽を楽しんでいるのが一番いい。そのほうが生き生きしとったしな」

「……ルト様も同じことを言いました」

 それどころか「私があなたに恋をしたのは、演奏している姿が美しかったからです」ってものすごく恥ずかしい科白もついてきたけど。

 そこは誤魔化しておくと、そうじゃろ? と笑みを浮かべた。

 ……優しすぎる気もするし、もらってばかりだから、少しは利用してほしいっていうのが、正直なところなんだけど。

 でも、それを押し通すのもどうかって感じだし、今はそうじゃなくても、この先なにかあれば、意見が翻る可能性がある。

 それなら、カードの一枚として知っていてもらえれば十分だろう。

 隠しごとをしなくてよくなったから、わたしも楽になったし。

 お祖父様はまた明日もくるぞ、と宣言して帰って行った。ライマーさんの負担が心配だけど……

 わたしがピアノを弾いている間に用意されていたごはんと、いつのまにか買い食いに出かけていたウェンデルさんの総菜で、今夜も楽しい夕食をすませた。


 ……寝る支度を整えて、でも、もう少しだけ、と待っていると、静かにドアが開いた。

「お帰りなさい、ルト様」

「……起きていたんですか?」

 気遣わしげな顔のルト様に、大丈夫ですよ、と返事をする。

 近づこうとすると、待ってください、と制された。

「酒の匂いが酷いので……急いで落としてきますから」

 とりあえずと礼服の上着と、少しの装飾品を机に放って、部屋を出て行ってしまう。

 上着を手にして顔を近づけてみると……たしかに、お酒のにおいもする。

 あとは……香水、かな、これ。

 男性っぽいのも、甘ったるい、女性ものっぽいのもあるような。

 昨夜もこんな感じだったなら、ルト様がふてくされていたのもわかる気がする。

 独身主義で通っているルト様だけど、神子であるわたしを囲っているという噂が立って(実際そうだけど)女のひとがまた寄ってきているのかな。

 まあ、ちょっともやっとはするけど……ベランダに出て、ばさばさと上着をはたいてにおいを飛ばす。

 消臭剤みたいなのもかければ、まあ耐えられる感じになった。

「……これも彼シャツになるのかなぁ」

 なんとなく羽織ってみるものの、なんか違うような。

 単に大きい上着をひっかけているだけになってしまった。

 うーん、でも、こういう服装も格好いいから、女性用とかないのかな。

 乗馬用だと似た感じになるから、やっぱり乗れるようになりたい。

 なんてことを考えながら脱いだ上着はかけておく、明日になればにおいもとれるだろう。

 もどってきたルト様は、下げられた上着を見てお礼を言ってきた。

 たいしたことないですよと答えて、一緒にベッドにもぐりこむ。

 本当は夜会であったこととか聞きたかったのだけど……

 香水とかじゃないルト様のにおいと、温もりと、いつもより遅い時間ということもあって、あっさり寝落ちしてしまった。

 ……我ながら、寝つきがよすぎる。

 すいません、なんだか……文字数が足りなくなったので、

 蛇足というかまったりというか、

 読んでも読まなくても支障がない感じの話になってしまいました。

 こんなふうにならないように、次回は少し空けてちゃんとします。

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