王都二日目(2)
ともあれ、そんな四人でむかった先は、楽器店。
王都の馬車事情も、そんなに変化はないから、公爵家の紋章がついていない(と教えてもらった)地味な馬車に乗っていく。
楽器店のそばには停める場所があるからということで、目の前までつけてしまったけど……大丈夫なのかな。
でもお祖父様は気にしたふうもなく進んで行ってしまう。
楽器店は領地のより大きくて、ちょっとした豪邸みたいな様子だった。
緊張しながら中へ入ると、色々な楽器が綺麗に並べられている。
このまま演奏会ができるんじゃないかってくらいで、種類も数も豊富にそろっていた。
数は少ないけどピアノも置いてあって、思わず指が動いたけど、我慢しておく。
お祖父様は近くにいた店員を手招いた。
「テオドールがきたと上に伝えてくれんかね?」
店員はわかりました、とうなずいて奥へ消えていく。
「店に直接きたことはあんまりないからのぅ、なかなか新鮮だ」
……そっか、貴族だったら呼びつけるのが普通なわけか。
この楽器はなんというのかね? と聞かれるままに、あれこれ答えていく。
中にはこの世界の民族楽器もあって、よくわからないのもあったけど。
そうこうしているうちに、さっきの店員がもどってきて、こちらへ、と案内される。
応接室らしいところに通されて、そこにいたのは……あれ、見覚えがある。
「お久しぶりです、テオドール様、……と、そちらは……」
ええと、としばらく考えて思い出した。
「クヴァルト様のお屋敷に、ピアノを運んでくれたかたですよね?」
偉いひとだとは思っていたけど、店長だったのか。
わたしの言葉でむこうも思い出したらしく、愛で子様!?とびっくりした様子だった。
「今回はお忍びだから、他言せんようにな」
お祖父様がやんわり釘を刺すと、店長はすぐに気をとりなおし、かしこまりました、とうなずいた。
知っているひとに会えたなら、わたしも喋りやすい。
「あの時はピアノの搬送、ありがとうございました。とてもいいピアノで、毎日弾いています」
「とんでもないことです。ご愛用いただけているならなによりです」
ちゃんとお礼をしたかったので、言えたのはちょうどいい。
「それと、八十八鍵のピアノも……開発するの、大変だったんじゃないですか?」
無理をさせたんじゃないかと心配になったけど、問題だったのは資金だけで、それはお祖父様が出してくれたから、大丈夫だったらしい。
使ってみての感想を聞かれたので、概ねは問題ないことを伝え、それでも気になる細かい部分を伝えておく。
普通に使う分には大丈夫だけど、改良できるならしてほしい。
「新しいのが完成したら、最初に売ってくださいね」
「勿論です、一番にお知らせします」
快諾してもらったので、今年中には八十八鍵が邸にとどくかもしれない。
今のピアノもいい音だから不満はないけど、ひたすら楽しみだ。
ちなみに、ちゃんとルト様の許可はとってある、安い買い物じゃないけど、二つ返事だった。
話が終わったところで、あとは店内を見させてもらう。
店長がつきっきりだと他の店員が気にするからということで、特に誰もついていないけど、説明がほしいわけじゃないので構わない。
一通り楽器を見たあとは、楽譜のコーナーへ。
でも、そんなに収穫はなかった。というのも、店長がわたしのことを知っているから、新譜が手に入ると、ベルフ領の店にも入るよう手はずを整えていたからだ。
領地の楽器店では、それをわたしのためにとりおきしてくれていたわけで。
わたしがデライアさんのファンだと知ると、ピアノ譜面以外も用意してくれたりと、すぐ対応してくれていた。
なので、流石と言う品揃えだったけど、ほとんどの譜面を持っているという状態だった。
……ルト様はピアノ譜面だと遠慮なく買っちゃうけど、よく考えたら結構な出費のような……ちょっと自重すべきだろうか。
「行けそうなら古書通りにも行ってみるかね?」
ピアノは手に入ることになったけど、今日の戦利品、という意味ではなにもなくて、ちょっとがっかりしていたら、お祖父様が声をかけてきた。
神田みたいな場所が、王都にも少しだけあるらしい。
分野ごとの古本屋が何軒かまとまっていて、楽器関連の店もひとつくらいはあったはずだという。
行ってみたいけれど、なんだかんだで時刻はお昼時。うっかり入り浸る可能性が高いので、今日はあきらめることにした。
「なら、ちょうどいいし昼にするか」
その代わり楽器店でオーケストラの楽譜なども見てから外へ出ると、お祖父様がそう提案してきた。
「そうですね、お腹すいてきましたし」
それに、お祖父様もそろそろちゃんと休ませたほうがいいだろう。
わたしにつきあって、結構立っていたから、心配なんだよね。
杖も持たずに歩いているけど、なんといっても八十代なんだし。
お店はお祖父様がまかせろ! と言ったので、おとなしくついていく。
馬車は目立つからと駐車場(のほうが言いやすいので)に停めて、四人で歩いて行った先は、もとの世界にもありそうな見た目のレストラン。
結構な大きさだけど、豪華って感じではなく、大衆食堂みたいな感じかな?
ここへくるまでの通りも雑多な具合だったから、貴族むけではないんだろう。
「いらっしゃいませ!」
店内はそこそこ混雑しているけど、机の間隔はそれなりにあって、狭い印象ではない。
すぐ声をかけてきた店員さんの声は勢いがいい。
お祖父様は慣れた様子で先へ進んでいき、二人用の空いたテーブルの前につけて、わたしを手招きした。
示されるままにすわったけど……ウェンデルさんは? と思ってきょろきょろすると、少し離れた席にライマーさんと一緒にいた。
ぱっと視線が合うと、大丈夫ですよーと言わんばかりにウインクされる。
なにかあれば駆けつけてくれるんだろう、なにか、なんてあってほしくないけど。
「適当に頼んで大丈夫かの?」
「あ、はい、そんなに好き嫌いはありません」
メニューを読んでみると、わかりやすい料理もあるが、こっちの世界の魚などは、まだ名前と味が一致しない。
ここは慣れているお祖父様に任せたほうがいいだろう。
わたしがお願いしてしばらくすると、一人の店員がお水を持ってきてくれた。
「テオさん、今日は見慣れないひとと一緒なんですね」
顔なじみらしい店員は、わたしを見ながらそう声をかけた。
さんづけってことは、お祖父様が貴族だってことは知らないんだろう。
でも、親しげな様子からすると……結構きているのかな。
気楽な隠居って言ってたけど、それにしてもフリーダムすぎるんじゃないかな……
ぺこりと店員に頭を下げるわたしを見つつ、お祖父様は嬉しそうに笑う。
「孫の嫁じゃ、かわいかろう?」
……いや、一般的に見てそんなにかわいいほうではないと思うんだけど。
というか嫁って。まだ嫁じゃないけど……将来的にはそのつもりだからいいけど……
まあ、多分、そう言っておいたほうが通りがいいんだろう。
……お祖父様の趣味、もあるかもしれないけど。
「お孫さん?」
「王都住みじゃないんだが、仕事でな。だからついでに嫁も連れてこいと言ったんじゃ」
不思議そうにする店員に説明するお祖父様の口調はよどみがない。
事前に打ち合わせもなにもしていなかったのに、さらさらと紡がれる設定はどこにも不自然さがない。
お祖父様の説明に、なるほど、と納得した店員は、くすくす笑った。
「それでテオさんが独占ですか? お孫さん、文句言ってません?」
「おお、ものすごく言いながら仕事に出て行ったわ。だが普段は嫁を独占しとるんだから、たまにはいいじゃろ」
……うん、嘘は言ってない。
だけどこれだけ聞いて、夫とされている存在が領地を持っている公爵だとは思わないだろう。
「じゃあそちらは、王都ははじめて?」
店員の視線がわたしのほうをむく。
「一度だけ。でも、観光はしなかったので、ほとんどはじめてです」
あんまり嘘は得意じゃないので、本当のことを口にする。
「テオさんはとても詳しいから、きっと楽しめるわよ」
にこにこ笑ってるけど……下町に詳しいってことは、それだけお忍び歩きをしているってことで。
ライマーさん、結構苦労しているんじゃないだろうか。
「というわけでオススメ料理を持ってきてくれんかな、ちょっとずつ色々な」
「はい、かしこまりました」
ざっくりとした注文だけど、店員は快く請け負ってくれた。
このあたりも、馴染みの店だからできることだろう。
「……お祖父様、ずいぶん不良なんですね」
わざとそんなふうに表現すると、お祖父様は面白そうに笑ってみせた。
「市井の様子を見るのも必要だろう? 貴族との化かしあいは息子の仕事だからな」
……そりゃまあたしかに、今のシュテッド公爵は息子さんだそうだから、お祖父様が出しゃばるわけにはいかないだろうけど。
だからってしょっちゅう街をふらついていいわけじゃないはずだ。
なにかあったらそれこそ大問題だし、ライマーさんにも責任が出てきてしまう。
「民は情勢に敏感だからのう、見知らぬ商人が増えていたり、まあ、そういうのの確認もな」
わたしにはいまいちよくわからないけど、色々調べているということなのかな。
ルト様もちょいちょいしているし……でも、お祖父様はお年のこともある。
心配になってしまうのは、したかたないと思うんだけど。
「あやつにも王都の情報は必要だしのぅ」
電波での通信方法がないこの世界では、情報をどれだけ素早く集められるかが重要だというのは、わたしにもわかる。
でも、お祖父様が頑張らなくても、ある程度はできるはずだ、それこそ、今のシュテッド公爵にだって。
ひとを使って調べることだって、資金的には余裕だろう。
お祖父様が直接行って見る必要があることだって、あるかもしれないけど……
ルト様と同じくらい、ワーカホリックなのか、単純にこういう生活が好きなのか。
まだその判断はつかないけど、少なくとも楽しんでいるのは間違いなさそうだ。
趣味と実益……なのかなぁ。
やがて置かれた料理はどれも一人前より少ないくらいで、代わりに品数が豊富だった。
ウェンデルさんたちも一緒のほうが、もっと食べられただろうに、どうして別々にしたんだろう、と不思議に思いながらも、説明を聞きながら全種類食べていった。
屋敷の料理とは味つけも違っていて、ちょっと濃かったり薄かったりもしたけど、でも、どれもおいしくて大満足だった。
わたしは念のためのお小遣いしか持たされていなかったので、お祖父様が全部支払ってくれた。
お金を払う時も、街で使われているとフラウさんに教わった少額の……もとの世界でなら一万円札以下のお金しか使わなかった(取引用にはもっと高価なのや、小切手もあるらしい)
支払いもスムーズで、一人でこういうことをするのも慣れていることがわかる。
「ごちそうさまでした、おいしかったです」
腹ごなしついでに馬車まで歩く道すがら、お礼を口にすると、それはよかった、とからから笑う。
ウェンデルさんたちは数人あけた距離で歩いているから、ぱっと見ると連れとは思えないだろう。
「でも、……どうしてわたしたちだけで?」
みんながいないので、ぼかした表現になってしまったけど、お祖父様にはちゃんと通じたらしい。
「セッカちゃんは一般人だったんだろう? いつもいつも誰かがいる状態は息苦しかろうと思ってな。まあ、完全に自由にはさせられんが……」
……あ、わたしのため、だったんだ。
ウェンデルさんたちは使用人ではあるけど、結構打ち解けているから、一緒にいてもそこまで気にならなくなってきた。
──でも、それでも「対等」にはなれない。
お客相手とは違う、くっきり引かれた線引きは、時々、少し寂しい。
だけど、お祖父様相手なら。
いやまあ緊張するしいいとこ見せたいとは思うし、お祖父様という状態だから対等とは違うけど、でも。
「……ありがとうございます、お祖父様、優しいんですね」
お祖父様は生粋の貴族なのに、そうやって思いやってくれた。
そのことが嬉しくて、わたしは頑張って笑みを浮かべてお礼を言う。
「かわいい孫の嫁だからのぅ」
気にするな、と微笑んで頭をなでてくれるお祖父様は、見た目は似ていなくても、でもルト様のお祖父様なんだと、そう感じた。




