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駅で昼食

 それから少しして、馬車の速度がゆっくりになり、やがて停止した。

 不思議に思って外を見ると、いつのまにか景色が変わっていた。

「ああ、駅につきましたね」

 公爵様が教えてくれて、みずからドアを開ける。

 外には、大きな建物が建っていた。

 けれど家とは違うのは、馬車を停めるスペースが設けられ、その近くには厩舎がある。

 これは、馬を交換するための、元の世界でもともとの意味だったほうの「駅」だ。

 はじめて見るものだから、身を乗り出すようにして眺めていると、公爵様が小さく笑っていた。

「ここで休憩にします、降りて食事にしましょう」

 わたしたちは乗っているだけだけれど、護衛のひとや御者はずっと仕事をしているわけだから、休まなくては参ってしまう。

 ずっとすわっていたので、ゆっくり立ち上がり、ウェンデルさんに手を貸してもらいながら馬車を降りた。

 ぐぐっと伸びをすると、固まっていた節々が音を立てているような気がした。

 駅は勿論厩舎だけではなく、食事どころやらなにやら、色々とそろった複合施設らしい。

 建物の後ろには街並みも見えるから、門の役目も果たしているようだ。

 電車のないこの世界では、駅のすぐそばに街や村があるのは当然だろう。

 と、わたしのところへフリーデさんが早足で近づいてきた。

「少しは休めました?」

「まあ、セッカ様、お気遣いありがとうございます、大丈夫ですよ」

 馬車の中では休めたのだろう、クマは減っている。

 にっこり笑う顔はそんなに疲労してもいない。

 彼女もわたしをじっと見て、車酔いなどしていないとほっとしているようだった。

 そして先導する公爵様、わたし、二人と続いて歩いて行く。

「休憩後は私がご一緒しますね」

「え、先輩、休んだほうがいいですよ」

 すると、メイド二人の会話が聞こえてきた。

 どうやらこのあとわたしの側にどちらがつくか、らしい。

「あの……できればフリーデさんには休んでいてほしい、です」

 我が儘なのは承知で口を挟んだ。

 馬車の中ではそんなに大変なことは起こらないから、いなくても大丈夫なくらいだ。

 だけど、お屋敷についたあとは、色々あるだろう。そうなると、ベテランのフリーデさんのほうが安心だ。

 ウェンデルさんには申しわけないけど……と思ったけど、彼女はほらね? とけろりとしている。

「適材適所ってやつですよー、お任せください!」

「その性格が任せづらくしているんですよ……」

 ……まあ、それはちょっとわかる。なんというかノリが軽いのだ。

 親しみやすいという点ではいいんだけど、仕事を頼んで大丈夫なのか、という不安もある。

 今のところ問題なくこなしてくれているし、不安要素の多いひとを連れてくるはずはないけど。

 フリーデさんは一応納得してくれたらしいので、わたしは再び周囲をみっともなくない程度に見物する。

 お土産屋さんとかはあるんだろうか。こちらのお金は持っていないから、買えないんだけど。

 ちらちら見ていると、目立つ店構えに軒先にはカラフルななにかの店を見つけた。どうやら、工芸品? とかは売っているらしい。

「本当は街の案内もしたいのですが、時間がないので……私の領地にも似た場所がありますので、いずれそちらへお連れしますね」

 きょろきょろしていると、微笑ましげに笑ったあと、眉を下げた公爵様が約束してくれた。

 ここを見物できないのは残念だけれど、今はとにかく領地へもどることが先決だから、しかたがない。

 そのころには自分のお金があるといいな、公爵様に買ってもらうのは気が引ける。


 少し歩いて、わたしたちはいくつかある建物のひとつへ入った。

 そこは、多分やや高級なレストランなんだろう、あまりお客の数がいないし、広いわりに机の数も少なく、ゆったりしたスペースがとってある。

 その中の一角に案内されて、中心にわたしと公爵様、ウェンデルさん、それ以外の机に他のひとがすわっていった。

 メニューは決まっているらしく、しばらくしたらどんどん運ばれてきた。

「セッカ様にはこのへんが食べやすいと思いますよー」

 メイド二人がせっせととりわけてくれたのは、柔らかそうな白いパンとスープ、小さなお皿にかわいく盛ったサラダと、ミートボールのようなものだった。

 大皿から好きにとる形らしく、他にはがっつりした肉が載っていたりする。

 あとは……なんだかよくわからないものも。本調子になったら是非色々挑戦してみたいところだ。

 神様への食前の祈りをめいめいが口にするが、わたしと公爵様はそれをしない。ちょっと意外なことに、ウェンデルさんもだった。

 わたしは代わりにいただきます、と口にする。異質なのはわかっているけれど、やっぱり言わないと気分が落ちつかないのだ。

「その挨拶は?」

 綺麗な所作で食事をする公爵様に質問される。

 そういえば、公爵様と食事をするのははじめてだ。

 こちらの食事マナーは一応教わったけど、ちゃんとできているか突然不安になってくる。

「わたしのいた世界での食前の挨拶です。食材とか、つくってくれたひとへの感謝をこめたものなんですけど、どうしても、食べる前になにも言わないのが慣れなくて」

 いただきますって言わない家って、あんまりないんじゃないかってくらい、どこでも使っている言葉だ。

 疑問も抱かずにいたけど、異世界にくると、独特の習慣だったんだなと実感する。

 まわりは食前の祈りを捧げているし、無言で食べはじめるのもむずむずするしで、結局使い続けているのだ。

「なるほど、素敵な習慣ですね。私も真似しましょうか」

 にこにこ笑う公爵様の本意は読めないけれど、これも噂を広める一環なんだろうか。

 止める理由もないので、曖昧にうなずくにとどめて、わたしも食事をすることにした。

 ちょっと緊張したけれど、フリーデさんが隣で食材の説明やらしてくれたので、なんとかなった。

 そのついでに公爵領でも魚は出ると聞いて嬉しくなる。

 近くに川があるし、氷の魔法で鮮度を保てるので、海の魚も調理することがあるのだとか。


 ……召喚されてから半年以上経過しているけれど、よく小説とかで読むような苦労をしていないので、この世界は凄いなぁとしみじみ思う。

 電気がない分を魔法で補うというのはよくある話だけど、それがほとんど不便に感じないレベルなのだ。

 攻撃魔法や回復魔法はほとんどないけれど、冷蔵庫みたいなものはあるし(ただし定期的に魔力を入れなきゃいけない)灯りだってある。

 冷暖房はないらしいけど、この国は夏はそこそこ暑いけれど、冬でもそんなに寒くならないので、冷暖房が必要なほどではない。

 わたしが召喚されたのがこちらの季節で春で、夏を過ぎて今は秋だけれど、少し涼しいかな、という程度だ。

 自然の面では、恵まれているとしか言いようがない。

 ……その分、別の部分で痛い目に遭ったけど……って、思い出したら滅入るから、やめなきゃ。

 わたしはウェンデルさんが置いてくれたデザートのチーズケーキに意識を集中させる。

 牛、という言葉が通じたから、乳牛はいるらしい。見た目が同じかはわからないけど。

 チーズケーキも、食べたことのある味に近かった。

 ……ケーキがあるってことは、オーブンがあるんだろうか、公爵様の邸に行ったら台所を見学させてもらおう。

 そんなこんなで昼食は無事にすみ、ごちそうさま、と言ったわたしに、公爵様と、なぜかウェンデルさんまで真似をした。

 それからは、そのあと少し長めの休憩になった。

 わたしは出発時にできなかった御者さんたちと挨拶をする。なにせ大急ぎだったから、挨拶は飛ばしてしまったのだ。

 三台の馬車に御者が一人ずつ、それと護衛、ウェンデルさんとフリーデさんと、もう一人公爵様の身の回りの世話で一人。

 フリーデさんともう一人は別の馬車に乗っていて、最後の一台は荷物を載せているらしい。

 護衛の騎士は馬車一台に二人、全員騎乗している。

 公爵という身分を考えると少ないけれど、用件が用件だったし、滞在期間も短いから、少数精鋭ということらしい。

 全員公爵領で働いているひとなので、今後も顔を合わせることになるだろう。

 名前は一度では覚えきれなかったけど、それはむこうも理解しているらしく、都度聞いてくださいと気を遣われてしまった。

 それでなくても顔と名前を覚えるのは 苦手だから、あとでこっそりメモをつくろう。日本語で書けばばれないだろうから、特徴も合わせて。

 ついでにちょっと我が儘を言って、馬を見せてもらった。

 公爵様には「これくらい我が儘に入りませんよ」と太っ腹な言葉をもらったので、ついでにさわらせてもらう。

 サラブレットみたいに足は細くなくて、どちらかというと太い。

 イギリス王室のテレビで見た馬に似ているような、でももうちょっとがっしりなような。茶色の毛並みはつやつやで、手入れがちゃんとされているらしい。

 いつか乗ってみたいと調子に乗って呟いたら、教えますよと快諾された。楽しみだ。

「では、そろそろ行きましょうか」

 クヴァルト様の号令で、全員が再び出発の準備を整える。

 護衛は馬に乗り、御者は御者台におさまり、わたしはウェンデルさんに手を貸してもらって馬車の中へ。

 そして再び、発車した。

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