勇者?爆誕
「それでは、次の者は前へ」
王の横の偉そうな奴がデカい声で言った。静かで広い始まりの間に響き渡り、とんでもなくうるさい。後ろの幼馴染に小突かれて1歩、2歩と前に出た。勇者を選定する剣が岩に突き刺さっている。
噂では聞いていたけど、マジでぶっ刺さってるもんなんだなぁ。
偉そうな奴の前置きをBGMに今までの経緯を思い出す。今年16歳になるという年の明けに朝っぱらから叩き起され、城まで連れてこられ、そのまま今に至るような、短い経緯。正直今年勇者の選定があるって覚えていたら日が昇るのを見ずに寝ていた。
「では、選定の剣を握れ」
ハッと我に返った。そうだ、さっさと終わらせて帰って寝よう。俺が勇者が訳が無いんだから。うん、そうしよう。
持ち手を握る。それを確認した偉そうな奴が更にデカい声で叫んだ。
「選定の剣よ!この者が勇者か!」
力を入れた途端、メキッという音が聞こえた。そのまま床がめくれ、俺は剣を握ったまま尻もちをつく。周りからざわめきが聞こえ、俺はやらかしてしまったことを察した。
寝不足で、馬鹿力を制御できなかった。
目を開けると岩がくっついたままの剣が俺の手に握られており、床がメッキョメキョに割れていた。ざわめきがどんどん大きくなり、やがてデカい声で止んだ。王が叫んだのだ。
「選定の儀式により、この者を勇者と認めよう」
「…は?」
いやいやいや、可笑しい。俺は剣を抜いていない。岩ごと持ち上げただけだ。剣は未だ岩に突き刺さってるし、これで勇者ならたぶん後ろにいた幼馴染も勇者だ。
「勇者様、こちらへ」
メイド長みたいな貫禄のオバサンが呆然としたままの俺を引っ張って始まりの間から出ていく。俺はそれについて行くしかできず、純度100%の戸惑いで構成された拍手に見送られ、バカ長い廊下の先の勇者の間にたどり着いた。
「こちらが先代勇者様が遺した装備でございます。どうぞ、こちらにお召しかえを」
そこにはギンギラギンにさりげない部屋の真ん中にポツンとボロボロの鎧が飾られていた。前の勇者が魔王を討ったのが500年前だとは歴史で習った。だから単純に、この鎧は500年前のものになる。
「いえ、いらないかな」
メイド長が驚いた顔をした。そりゃそうじゃん、俺勇者じゃないし。はよこの右手に握らされてる剣に付いた岩の塊に疑問を持ってくれ。
「しかし、こちらは先代勇者様の…」
困惑しながら同じことを繰り返すbotと化したメイド長を左手で制した。そしてアイテム欄からお下がりの旅人の服を出す。
「これで充分。あとこの剣置いてっていい?」
ポイッと鎧の横に選定の剣を投げると、入口から入ってこようとしてた執事みたいなオッサンが慌てて拾った。そして俺の方に押し付けてくる。
「鎧も剣も使わなくてよいので、持っていくだけ持って行ってください。そういう決まりなのです」
結局押し付けられ、アイテム欄に放り込むハメになったがまあいい。
正直旅には出てみたかったのだ。勇者に夢見たことはないが、まあ魔王を倒すのは旅がてらちゃちゃっと終わらせてしまおう。旅に出る理由を付けてくれた俺の馬鹿力に感謝しなければいけない。
「んーじゃあさっそく行ってくるわ。どこ行きゃいいの?北上するとなると海超えてチヤグマかな」
世界のマップを開くと俺が住んでるガオフ国から海を越えてシューン大陸への入口にチヤグマという田舎町があるのがわかる。魔王の侵攻で魔物に太刀打ちできる大都会の国しか残っていない中チヤグマが残っているのは不思議だ。
「いえ…その前に仲間を1人でもお連れしたらどうでしょう」
素でえっと声が出てしまった。そうだ、魔王とか強いらしいもんな仲間がいた方がいいのか。えーっと…。
「じゃあ選定ん時に俺の後ろにいたやつと、魔法学園の成績1位のヤツ連れてきてください」
執事が走って出ていくのを見送り、ハーっとため息ついた。
1人でのんびり旅したかったんだけどなぁ…。
やかましい幼馴染が2人ついてきたり、背中の剣が重くなったり、予定が相当狂ってしまったがまあ何とかなるだろう。
…やだけど。