邪淫のダンジョン
「グラムー、1階にいる魔物はなんだったかにゃ?」
狭い組積造の通路に、シャルルの声が反響する。
3日分の水と食料と薬と包帯などを商店で買った俺たちは、壁に細い蔦が這うダンジョンを、『灯火』の灯りを頼りに歩いていた。
隊列は俺とエレインが前衛で、ベルとシャルルが後衛である。
「1階はコボルトとスティンガーラビットとオークだな。たいして強いやつらでもないし、この通路じゃ囲まれることもないだろうけど、油断はするなよ――っとそろそろアンチポイズンの薬を飲んだけよ」
俺の言葉に返事をすると、みんなは陶器の瓶を取りだし中の液体を飲みほした。
「ううう、にがああああい……」
「なんだこの味は、だからベリィ味がいいと言ったのだ!」
「口の中が青臭いにゃあ」
皆、一様に苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。そんなに不味いんだな、アンチポイズンは。
「おい、何を笑っておる、お前も飲まんか!」
みんなの反応にニヤニヤしていたら、ベルがアンチポイズンの瓶を差しだしてきた。
「いや、俺はほら、毒耐性LV3持っているからさ……」
以前、亜人の村を探している時に倒した、スティンガーラビットから手に入れた魂の欠片。
あれが毒耐性LV1だったんだけど、それを13個使ってLV3になっているのである。
「LV3なら完全じゃないだろ。ちゃんとグラムも飲んでおかないとダメだぞ」
「そうにゃ、おとなしく言うこと聞くにゃ!」
しかし許してくれそうにないエレインとシャルル。
「そもそもスティンガーラビットの攻撃なんて当たらないって――」
「いいから飲め!」
なおも抵抗を続ける俺の口に、ベルは無理やり薬瓶を突っこんできた。
「まっず、何これ! むしろこれで体調崩すんじゃねーの!?」
顔をしかめ苦しんでいる俺を、とても愉快そうに指差し笑う女子3人。
人の不幸を笑うなんてとんでもない奴らだ。
なんて自分を棚に上げていたら、通路の奥からひょこひょこと5匹のスティンガーラビットが現れた。
「おい、俺たちを苦しめた元凶がいるぞ」
「今日のご飯は兎肉の丸焼きにゃ!」
哀れなスティンガーラビットたちは抵抗する暇もなく、シャルルの矢に射抜かれ、ベルの魔法に風穴を開けられ、エレインの剣に斬りさかれた。
そう、完全な八つ当たりである。
「お前らまた強くなったな。ってかベル、両手から魔法を放てるようになったんだな」
「グラムのように同時に放つことはできんから、2発目は少しタイミングがずれるがな」
「シャルル知ってるにゃ。ベル頑張って訓練していたにゃ」
言いながらベルの頬っぺたをぷにぷにとつつくシャルルと、それを払いのけるベル。
ベルの奴ルイーズに訓練をつけられるように、魔法の特訓を頑張っているもんな。
「ねー、グラム。これどうする?」
地面に転がるスティンガーラビットを指差し、エレインが問いかけてきた。
「持っていくにゃ! 今夜は焼き肉にゃ!」
「入ったばかりで荷物増やしても仕方ないだろ。こいつは、ここに置いていって帰りに回収していく」
俺の言葉にうなだれるシャルル。
俺はそんなシャルルを無視して、落ちている2つの魂の欠片を胸に押しこむと、スティンガーラビットの死体を通路の端に集め、『絶対零度』でまとめて氷漬けにした。
「さて行くぞ」
「新鮮なお肉が食べたいにゃあ……」
諦めの悪いシャルルの腕を引っぱり、俺たちはダンジョンの奥へと進んだ。
そして魔物との遭遇もなく、そのまま30分ほど歩いたところで、狭い通路の奥に鉄扉が見えてきた。
「ギルドで聞いた通りだね」
重厚な扉を観察しながらエレインが呟いた。
ギルドの情報によると、この扉の先に本格的なダンジョンが広がっているらしい。
つまりここからが本番ってことだ。
その話を思いだし気を引きしめていたら、ベルが何かを見つけたように扉に手を伸ばした。
「この扉の縁に施された薔薇の意匠……、邪淫の姉が好んで使っていたものだ」
ベルは大事なものに触れるように、模様を指でなぞっている。
7年ぶりの姉との再会が現実味を帯びてきて、感極まっているんだろうな。
その気持ちは良くわかる。
「そんなもので満足している場合じゃないぞベル。なんたって俺たちは、その本人に会いにきたんだからな」
でもそんなことで、満足してもらっちゃ困る。
「ああ、もうすぐ会えるんだな……」
「まったくベルは泣き虫にゃね。シャルルとお手て繋いどくかにゃ?」
「泣いてなどおらんわ!」
相変わらず仲の良いふたりだな。
しかし――
「お前らじゃれ合うのはいいけど、ちゃんとわかっているよな?」
俺は扉の持ち手に手を掛け聞いた。
「うん、どうやら私たちを待ち構えているようだね」
「大きいのが4つ小さいのが6つ、反応があるにゃ」
当然とばかりにエレインとシャルルが返す。
どうやらふたりとも、ちゃんと魂力を感知できているみたいだ。
「扉の先は広間になっていると言っておった。囲まれぬように気をつけんとな」
そしてベルが、ギルドで聞いた情報を元に、ふたりに補足した。心配するまでもなかったか。
「まずは俺が数を減らす。ベルとシャルルはうち漏らしを攻撃。エレインはふたりを援護してくれ」
俺はみんなの返事を確認すると、左手に魔方陣を作りながら鉄扉を開けた。
低い音を立てながらゆっくりと扉が開かれる――俺は素早く中に入ると、武器を手に待ち構えるオークとコボルトに向け、左手をかざした。
――「石の弾丸×6!」――
光輝く魔方陣から、石の散弾が勢い良く射出される――
その突然の攻撃に、3体のオークと2体のコボルトが、胸に穴を開けて地面に崩れた。
――ちっ、1発外したか……。
しかし魔物たちは、突然のことにただ唖然としている。
「オークは任せるにゃ!」
「じゃあ我は左のコボルトだ!」
その隙を見逃さず矢を放つシャルルと、魔法を放つベル。
ふたりの攻撃は、何の抵抗も許さぬまま、1体のオークと2体のコボルトの額を貫いた。
残りはコボルト2体!
――と思ったらもう終わっているし。
2体のコボルトはエレインの『疾風迅雷』を受け、プスプスと煙を出しながら地面に倒れた。
「みんなお疲れ」
「楽勝だったね」
エレインが満面の笑みで振りかえる。
今しがた2体の魔物を仕留めたとは誰も想像がつかない、素敵な笑顔だ。
「グラム魂の欠片が落ちてるにゃ。これはなんの効果かにゃ?」
見てみると、オークのが1つコボルトのが2つ、地面に転がっている。
「『体力増加(微小)』と『健脚LV1』だな」
「『ケンキャク』って何にゃ?」
「長く歩いても足が疲れにくくなる技だな」
「んー、イマイチな感じにゃね」
ばっさりと切ってすてるシャルル。オークとコボルトが少し可哀想である。
まあ俺みたいなチート体質じゃないと、そんなもんだよな。
ってかすでに興味を失い、キョロキョロと部屋を見回しているし。
「ベル、この部屋の支配権はもう持ってるよな? 『迷宮創造』は使えるか?」
俺は魂の欠片を胸に押しこみ、部屋を観察してみる。
「ああ、問題ないぞ。何か作るのか?」
先ほどまでの組積造とはうって変わり、床や壁が大理石のように光沢のある、高級感漂うものになっている。
光源は何か分からないがムーディーに灯された明かりも相まって、まるでホテルのエントランスみたいな空間だ。
「こいつらの死体を片付けてくれないか? 使えそうなものも特に持ってないし」
こんな部屋に死体を放置するのもはばかられ、俺はベルに指を差しだした。
微かな振動と共に床の一部が陥没し、魔物の骸が地面に飲み込まれていく。
アンデッド化しても厄介だし、こいつらも放置されるより幾分かましだろ。
「ねえ、グラム。ギルドの情報だと右に行くんだっけ?」
左右の壁にある扉を見比べ、エレインが問いかけてきた。
「ああ、右に進んで小一時間も歩けば階段があるらしいぞ。道は全部覚えてるから俺に任せろ」
ギルドで見せてもらった3階までの地図は、すべて頭の中に入っている。
「さすがグラム、頼りになるにゃあ」
腕にしがみつき、すりすりと額を擦りつけくるシャルル。
「ええい、マーキングをするな! さあ、とりあえず今日は2階の半ばまでは行くぞ」
俺はそんなシャルルを引きはがすと、右側の扉を開け奥へと進んでいった。
それから俺たちは何度か魔物に遭遇するも、誰も怪我をすることなく、順調に撃破しダンジョンを進んでいった。
すると――
「見て! 下に降りる階段があるよ」
エレインが弾むような声をあげ前方を指差した。
「ふにゃあ、ちょっと疲れたにゃあ」
「我はお腹が空いてきたぞ……」
そう言えば朝に宿で食べたきり、何も口にしていなかったな。体感時間だがたぶん今は昼の2時3時頃……。
「じゃあここらで、ご飯にでもするか」
その言葉に顔をほころばす3人。
俺は、ベルにかんぬき付きの扉をつくってもらい安全を確保すると、みんなの顔を眺めながら遅めの昼食の準備を始めた。




