冒険者ギルドは男のロマン
「ところで、いつから俺は疑われていたのですか?」
「今朝うちへ来た時からじゃよ。お主の口ぶりは、グラムとはあまりにもかけ離れておったからの」
「確かに俺の新しい両親は色々と楽観的な様ですが、でもよく他人が入っているかもなんて考えにいたりましたね」
「それはの……」
そう語りだしたダニエラ婆さんによると、この世界には幾つかの失われた術が存在するそうだ。
その中には、栄華を極めた者が最後に求める永遠の命。
それを可能とする『転魂の術』と言う似非不死の術が存在していたとのことだ。
重度の障害を持ち産まれた跡取りのために。志し半ばで重い病に蝕まれたために。
理由は様々だけど権力者たちは、命を落としたばかりの若者の死体を庶民から購入していたらしい。
現代日本で暮らしていた俺からすると有り得ない倫理観だけど、その値段は3人家族の1年の生活費に相当するらしく、お互い納得の上で取引されていたとのことだ。
しかしそんなWin-Winな関係が、やがて大きな不幸を生むこととなっていく。
鶏が先か卵が先か……。
1年分の生活費を得るために我が子の首を絞める親や、多くの奴隷狩りの存在を助長させたのである。
転魂の術は世界に無秩序をもたらすも、それでもまだ失われことはなかった。
それはなぜか?
多くの権力者たちが求めたからだ。
どこの世界も、金と権力を持った者が世界を作っているのである。
しかしある時ひとつの事件が起きた。
とある小国が、この術を利用したテロリストにより一夜にして滅ぼされたのである。
危惧した各国の王たちはこの術を禁呪とし、術を使うもの術を伝える者を邪悪とし、この世から抹消したのであった。
今ではその存在を知る者すら少ないとされるが、連綿の巫女であるダニエラ婆さんはご先祖様から継承していたのだそうだ。
そんなものだから、九死に一生を得て以来、様変わりしているグラムを大層あやしんだらしく、わざと隙を見せたり、無理難題を押しつけたりして反応を伺っていたとのことだ。
何か試されている気はしていたけど、そんな理由があったんだな。
「それにしても、ひとつ気になることがあるのですが。ダニエラ婆さんって俺のこと怪しむというよりも、確信めいたものを持っていましたよね?」
「ふむ」
「いやそれだけじゃない。俺を試すのはあくまで目的のひとつで、本当はこの場所の何かに用があった。違いますか?」
先ほどの話を聞いた上で思い返せば当然の話である。
わかってはいたけど、言葉にされて改めて実感したんだろうな。
グラムの死にあんな悲しい表情を見せたダニエラ婆さんが、疑念の内に狂暴な魔物の住む湖に入らせるわけがない。
じゃあ、どうすれば確信を持てる?
確かに道中、俺の言動にはあやしいところが多々あった。
でもそれらは確信に『迫ること』はあっても、確信に『いたる』判断材料になることはいつまでも有りえないだろう。
つまり、なんらかの手段で初めからこの体の中に、グラムは存在していないとわかっていたのだ。
その上でそれが邪でないか、またなぜなされたのかを確かめたかったのだろう。
そして、少し山道を外れればいくらでも魔物と遭遇できるこの山の中を、わざわざ苦労してこんな所まで登ってきたのはここに目的があるからだ。
「ほぉ、なかなかに鋭いのぉ」
「こんななりですが中身は18ですからね。ところで、それが目的だったのですか?」
俺は、先ほどからダニエラ婆さんによってすり潰されているセレニアの花を指差した。
「ん? これも必要なものじゃが目的はまた別じゃ」
「じゃあ、それは何をしているのですか?」
「これはこうするのじゃ」
そう言うとダニエラ婆さんは、すり潰されたセレニアの花を、おもむろに俺の足首に塗りつけてきた。
「――ッ!」
瞬間鈍い痛みが走る。
そう言えばさっき、踏み切った時に捻挫をしていたんだったな。
でも、あれ? これってもしかして……。
「どうじゃ気持ちいいじゃろ?」
「こ、これは湿布薬ですか?」
捻挫した足首が冷涼感に包まれ、少しずつ痛みが軽くなっていく。
「セレニアの花は、一般的には乾燥させ茶葉として利用するんじゃが、鮮度の良いものを磨りつぶすと、鎮痛作用や解熱作用などがある薬になるのじゃ」
ダニエラ婆さんはセレニアの花を塗り終えると、鞄から包帯を取りだし俺の足首に巻きつけてくれた。
ゲームの薬草のように一瞬で傷が回復するなんてことはないけど、痛みはすっかり気にならないほどだ。
「しかし驚きじゃのお」
「何がですか?」
「わしは体に触れることで、その者の魂力の流れを感じとることできる。今朝お前さんを診た時に、尋常ならざるものを感じ取ってはいたが……。まさか、これ程とはのぉ」
そう言って湖岸を指差すダニエラ婆さん。
なんのことを言っているのか良くわからないが、俺はひとまず指差すほうに視線を向けてみた。
「こ、これは!」
そこには、何か爆ぜたかのような大きなくぼみができていた。
ここはさっき俺が踏みきった場所だ。
「特別力を入れたわけでもない。ただ踏みきっただけでこれじゃ。ここがもし湿地で軟らかくなかったとしたら、お前さんの足も捻挫ではすまなかったじゃろうな」
その言葉を聞き、俺の背中に冷たいものが流れた。
ただ踏みきっただけ。つまりいつ暴発するかわからないのだ。
しかも、もしほんの少しでも魂力を込めてしまったらどうなる?
その悲惨な光景を想像することはあまりにも容易い。
「な、何かいい方法はないのですか?」
俺はどうなる?
このままでは、日常生活さえまともにおくれるかもあやしいもんだぞ……。
「そのために、ここに来たのじゃ」
胸を張り答えるダニエラ婆さん。その姿は、今日一番に頼もしく見える。
良かった。これで俺の異世界生活も安定を――
「今からお前さんを封じさせてもらう」
前言撤回。
俺の異世界生活は、いまだ不安に包まれているようである。
そして……。
「変な所はないか?」
「少しくすぐったいのと、なんだかピリピリしますね」
俺は今、胸に魔方陣を描かれている。
鰻の魔物の血を使っていることに少し抵抗があるものの、俺のためにしてくれていることなので我慢である。
「この魔物はニルヴァーナイールと言っての、冒険者ギルドでD級に分類されておるのじゃが――」
ほぉほぉ。やはりあるのか冒険者ギルド!
きっと手紙の配達やら、護衛や薬草採取や異変調査に魔物の討伐などなど、色んな依頼がずらーっとボードにはりだされているに違いない。
で、最初は「お前みたいなくそガキが」なんてみんなに嘲笑されたりするんだよな。
でも、依頼先で嘲笑した奴らのピンチを救ったり、みんなびびって手が出せないような大物を討伐したりなんかして、徐々に名声やランクが上がっていき……。
やばい、これはたぎってくるぞ!
グラムよすまん。でもわかってほしい。
元の世界でRPGが大好きだった俺だ、興奮してしまうのも仕方がないんだ。
だから、俺の妙なテンションに戸惑うダニエラ婆さんに『Dランクとはどれだけの強さか?』とか『ギルドって?』とか、質問攻めしたのも仕方ないことなんだ。
ちなみにこの世界の魔物は、冒険者ギルドによりEからSSに分類されているらしい。
で、その脅威度は――
Eが地球の猛獣レベルで
Dが第二次世界大戦で連合軍の脅威となったティーガーⅠレベル
Cがその当時の戦車小隊レベル
Bが最新鋭の戦闘機レベル
Aはそれをも容易に一蹴でき
Sは存在そのものが災厄と呼ばれる程で
SSともなると神話で語られるような伝説の存在らしい。
まあ聞いた話から俺が勝手に推測しただけなので、実際の所はわからないけどね。
しかしティーガーⅠを瞬殺したダニエラ婆さんって、どんな化け物なんだか。
「そ、そろそろ話を戻してよいか?」
「あ、すみません。よろしくお願いします」
そんな化物なダニエラ婆さんをドン引きさせてしまったことに、さすがの俺も反省である。
「さっき言った通りニルヴァーナイールはD級に分類されておるが、その扱いには注意が必要でな、死体は必ず焼却しで地中深くに埋めるようギルドで定められておるのじゃ」
「なぜですか?」
死体を放置するとアンデット化するって設定の物語を読んだことはあるけど、鰻のゾンビなんて聞いたことないしな。
死肉を求めて魔物が集まってくるとかかな?
ん? まてよ。確か鰻の血には――
「こいつが毒を持っておるからじゃ」
「ちょっ! さっきからピリピリすると思ったら――こ、これ大丈夫なんですか!?」
そう、鰻の血は目に入ると失明することもあるって聞いたことがあるぞ!
「安心せい。セレニアの花のエキスを混ぜておるで、すぐにどうと言うことはありゃせん」
「あとからどういうことが起きるんですか!?」
「ふぉふぉふぉ」
ふぉふぉふぉじゃねー!
まあ、この婆さんは信用できるみたいだし恐らく大丈夫なんだろうけど……。
「意味深な笑みをされると、少し不安になるんでやめてもらえませんか」
「すまんすまん。まあこの術には必要なものでの、それに毒といってもほんの猛毒じゃ。体内に入ったり粘膜につかん限りは少し炎症を起こす程度じゃよ」
ほんの猛毒なんて言葉初めて聞いたし大問題な気もするけど、もういちいち気にするのも疲れてきた。
「さてと、これで終いじゃ」
言われて胸を見てみると、ソフトボールサイズの幾何学的な紋様が描かれていた。
見るからに魔方陣だな。
「覚悟はええか?」
先ほどとは一転し、真剣な目つきで問うダニエラ婆さん。
俺は今から行う術について、ダニエラ婆さんから受けた説明を今一度思いかえしてみた。
魂縛の術――その名の通り対象の魂力を縛り、その力を大きくそぎ取ることができる秘術。
そんな特性から別名を『罪科の紋』と言い、罪人の枷としても使用されている。
またこの術は紋様によって効力の加減を調整でき、例えば罪の重い者や膂力ある罪人に対しては反乱や脱獄をせぬ様に立つこともままならぬほど強力にかけたり、罪の軽い者に対しては多少の負荷を常時感じる程度にかけ服役させることを罰とする。
など用途によって使い分けることが可能なのだ。
さらに連綿の巫女であるダニエラ婆さんともなると、効力の加減や持続期間を定めるだけでなく、ご先祖様から受け継いだ知識により、細かな条件設定もできるのである。
今から何をするかというと、そんな便利なこの術を使って、俺のバカげた魂力をいい感じに封印してもらい、その間に体を作ったり力の制御を覚えようってわけなのだ。
その期間はこの世界で成人とされる18歳になるまで、今から約15年である。
少し長いような気もするけど、チートな魂力にばかり頼っては、成長が歪になってしまうと危惧してのことらしい。
確かにどんな魔物もワンパンでドーン!
なんてやっていたら成長もへったくれもないよな。
そしていざそれが通用しない敵が出たら困りはてるみたいな。
色々と考えてくれているみたいで、ダニエラ婆さんに打ちあけて本当によかったと実感する。
更に念のため
『解除しないといけないのにダニエラ婆さんがすでに他界している……』
なんてことがないように、万が一ダニエラ婆さんが死んだ時には、自動解除される様にしておいてくれたらしい。
って、本来であれば15年も待たずに大往生する年齢に見えるんだけど、いったい何歳まで生きるつもりなんだろうか。
まあこの婆さんのことだし、あと100年生きても驚きはしないけど。
ちなみに、設定次第では俺の好きなタイミングでオンオフすることもできるらしい。
甘えてしまいそうなので辞退しておいたけど、腕に包帯でもつけて『逃げろ! 俺の力が解放される前に……』なんて遊びがはかどりそうではあるけどね。
そして肝心などれくらいの力で術をかけるかって話だけど、できる限り目一杯にとお願いしておいた。
最悪心臓を動かすこともできなくなるかもしれんぞ、と脅されたけど、元々が規格外すぎるのでそれくらい必要なのではないかと推察。
自分の命がかかっているのに軽いななんて思われるかもしれないけど、何となくそれが最善な気がした。
理由はないけど、やたらと自信はある。
とまあ、まとめるとこんな所で、先ほどの質問に対する返事は当然――
「はい。お願いします」
俺はダニエラ婆さんを真っすぐ見つめてそう返した。
「ではいくぞ……」
俺の胸の魔法陣に手をかざし、ぶつぶつと呪文を唱えるダニエラ婆さん。
「くっ……!」
呪文が紡がれるに連れ魔法陣はどんどんと熱を帯びていく。
まるで心臓を鷲掴みにでもされたかのように息がつまる……。
やがて、これ以上は耐えられない――
そう思った時、何も見えないほどに魔方陣が光り輝き、俺は断末魔の叫びの如く悲鳴を上げ意識を手放した。