闇オークション
「申し訳ありませんが紹介状をお持ちでないかたは、入場を許可することはできません」
オークション会場の入り口で、燕尾服を着た執事風のじいさんが、予想していた通りの言葉を告げた。
それを聞いたベルが、俺にどうするんだといった顔を向ける。
ちゃんと考えがあるから、慌てるなっての。俺はベルに目配せをして、懐からひと振りの短剣を取りだした。
すると、それを見た近くの衛兵が、武器を手に慌てて駆けよってきた。訳に気がつき弁明しようとする俺。しかし執事風のじいさんが、手をあげ衛兵を制止してくれて事なきを得た。
「すみません。いきなり物騒なものを取りだして」
考えてみればそりゃ衛兵も慌てるわな。お宝たくさんの会場入り口で、いきなり短剣を取りだしたんだから。
「いえ、悪意は感じませんでしたのでお気になさらず。して、そちらは?」
そう言ってじいさんは、首に下げていたモノクルを右目に嵌めた。俺はそれに合わせ、確認しやすいように短剣のつかの部分を差しだした。
「こ、これは……、アイレンベルク王家の家門! あ、あなた様はいったい……。い、いえ、大変失礼しました。どうぞお通りください」
そう言うとじいさんは最敬礼をし、俺たちを通してくれた。
やばい。あんまり権力をかさに着るのは好きではないけど、この水戸のご老公みたいなやつは、少し癖になりそうかも知れない。
まあアルブレヒト殿下も遠慮せず使う様、仰っていたし少しくらいいいよね。
ひとり納得しテントの中に入ってみると、そこは暗幕に囲まれた6畳ほどのスペースになっていた。中は薄暗く、机に置かれたランプの明かりが、暗幕に影を揺らめかせている。
「右と左に別れている様だけど、どっちに行けばいいんだ?」
キョロキョロと見渡し疑問を口にしていたら――
「ようこそお越しくださいました。グラム・クロムウェル様」
突如目の前に、黒いマスカレードマスクを付けた妖しい人物が現れた。
「なっ! 何奴だ!?」
思わず声を荒げ身構えるベル。
「失礼しました。私は当オークションの進行を務めさせていただきます、パンチネェロと申します。以後お見知りおきを」
パンチネェロは演劇の役者の様に大仰に頭を下げた。
こいつ、いったいどこから現れたんだ? それになんで俺の名前を知っている?
その癖自分はパンチネェロ、道化者などと名乗る始末。
「クロムウェル様、どうぞ楽になさってください。ここはひと時の逸楽を求める者が集まる、現世と隔絶された空間。些細なことはお忘れになって、どうぞ存分にお楽しみください」
そう言うとパンチネェロは、俺たちにマスカレードマスクを差しだした。
なぜ顔を隠す必要がある? もしかして普通のオークションではないのか……?
色々思うことはあるものの、俺はエルネとベルに目配せをし手渡されたマスクを付けた。
「それではスミス様、本日はどの様なご用向きでいらっしゃったのでしょうか?」
「スミス?」
「ええ。ここでの貴方様のお名前です」
ますます持って怪しくなってきたな。しかしあまり身構え過ぎても仕方ないか。
「今日はこの絵を出品に」
「お預かりいたします……。ほほう、これは素晴らしい! まさかジョーン・ミレットの未知の作品に出会えるとは――おっと、これは失礼いたしました」
パンチネェロは急に平静を取りもどすと、オークションの規約について説明を始めた。
「……となりますが、ご出品されると言うことでよろしいでしょうか?」
長々と説明があったものの重要なところは、1度出品をしたらキャンセルできないってことと、落札価格の15%を手数料として引かれるってとこくらいだ。俺はさして考えることもなく、パンチネェロの問いに首肯した。
「ではこの品ですと、最低落札価格20万ゴルドからのスタートを提案いたしますが、いかがいたしましょうか?」
「はい、それでお願いします」
売れさえしたらノルマはクリアできるから問題はないな。後はどれだけ上乗せされるかだ。
「かしこまりました。スミス様、お待ちの間はいかがなさいますか? お1人様に残っていただけるのであれば、他の出品の落札に参加していただくことも可能ですが」
ほう。俺の手持ちで買えるものはないだろうけど、どうせなら見ていくか。
「そうですね。少し興味もありますし拝見していきます。エル……。エリー、頼めるか?」
「かしこまりましたスミス様」
赤いマスカレードマスクを付けたエルネが返事をする。なんだか妙に似合うな……。
このマスク持って帰れないだろうか?
そんなことを考えていたら、エルネはパンチネェロに右の部屋へと案内されていった。
つまり俺たちは左にいけってことか。
「じゃあ俺たちも行くかべ……、ベッキー」
「なんだその名前は!」
そう言ってベルは俺のお尻を殴ってきた。
急に『べ』から始まる名前なんてそうそう思いつかないっての。俺は心の中でひとり愚痴りながら、オークション会場へ向かった。
中に入ってみると、階段型にたくさんのベンチ椅子が並んでいる、思った以上に広い空間が広がっていた。
「だいぶ薄暗いんだのお」
素性がわからない様にしているんだろうけど、一番前のステージ以外はほとんど灯りがない。
こんな状態で落札者の確認ができるのかってほどだけど、当然なんらかの対応はしているんだろう。
「ベッキー、はぐれない様に気をつけろよ」
「ああ、わかった」
そう言ってベルは俺の服をちょこんと摘まんだ。
何この可愛い生き物? マスカレードマスク付けてるけど。
俺はベルがはぐれない様ゆっくり歩きながら、一番目立たない後ろの席を目指した。
程なくしてオークションが始まった。
予想どおり俺たちにはまったく手の出ない値段ばかりだったけど、出品されているものは、予想に反して真っ当なものばかりであった。
物々しい雰囲気に闇オークション的なものなのかと思ったりもしたけど、公園のど真ん中でそんなことするわけないわな。
そんなこんなで、オークションは平和に進行していった。
そしていよいよ俺たちの、ジョーン・ミレットの絵画の番がやって来た。
パンチネェロが大仰な前振りをし、会場の皆を煽りながら、絵画に掛かっている布を取った。
途端会場は大きなどよめきに包まれた。
先ほどから何品も落札をしている、羽振りのいい男もなかなかの反応を見せている。
これはかなり期待できそうだ。
そして木槌を打つ音とともに、あちらこちらで金額の提示が始まった。
「お、おい……」
俺の服を摘まむベルの手が、興奮のあまり震えている。かくいう俺も、さっきから両手が汗にまみれている。
だって仕方ないだろ……。すでに50万ゴルドを越えているんだから!?
俺たちは頭をくらくらとさせながら、絵画が落札されるのを見守った。
しばらくして、落札を告げる木槌が打たれた。
「ま、まさか1万ゴルドで買った絵が、62万ゴルドにもなるとはな」
「我は夢でも見ているのだろうか……」
ベルの気持ちも良くわかる。俺もさっきから現実感がまったくないからな。
62万ゴルドってことは、手数料を引いて52万7000ゴルド。仕入れ値を引いても51万ゴルド以上もの儲け。
つまりこれを後9回も繰り返せば、エルネのお母さんも……。って、今回は運が良すぎただけだから、そうそううまくいくはずもないか。
それからしばらくして、不審者のごとく緊張に包まれたエルネがゴルド袋を手にやって来た。
「ス、スミス様! こ、こここれを!」
慣れない大金を手にしていっぱいいっぱいのエルネ。
「ご苦労様、エリー。どうする? エリーも少し見ていくか?」
俺はそれを受けとるとエルネに訊ねた。
「わ、私は一刻も早くここを出て、落ちつきたい気分です」
その言葉にベルがすごい勢いで頷いている。
なんとも小市民感あふれるふたり、いや3人である。
「じゃあ行こうか」
そう言って席を立ち歩き出そうとしたそのとき、次にステージに上がった競売品を見て、俺たちは絶句した。
「さて皆様、次なる品はこの世界に9つしか存在しないと言われている伝説の逸品」
パンチネェロの進行とともに連れてこられたのは、頭に布を被され鎖に繋がれたひとりの少女。
「なんの益にもならぬ有象無象とはまったく異なる至高の存在」
その少女を見たベルが体を震わせている。
そしてパンチネェロは少女の顔布を取り、芝居がかった口調で叫んだ。
「深紅のコアを持つダンジョン人間です!」
「ふ、憤怒!」
ステージに駆け出そうとするベルの腕を、俺は慌てて掴んだ。
「離せ! 離さぬか!」
「待てベル! 気持ちはわかるが落ちつくんだ」
「落ちついてなどいられるか! 妹が、我の妹がそこにいるのだぞ!」
俺はベルの腕を掴んだまま、慌てて口をふさいだ。拘束をのがれようと、モゴモゴと口ごもり暴れまわるベル。
幸い、会場が熱気に包まれているお陰で、誰もこちらには気を止めていないようだ。
「いいか、良く聞け。今ステージに上がっても助けられるかどうかわからない。でも俺たちにはこれがある」
俺はそう言ってベルの口から手を離すと、床に落ちたゴルド袋を拾って見せた。
「グ、グラム……」
「俺はお前の姉妹を助けると誓った。俺は必ず約束を守る。だから今はこらえるんだ。いいな?」
ベルは両手を握りしめ頷いた。
「我のためにそんな大金を、すまぬ……」
「くだらないことを言うな、バカベル!」
俺はベルのおでこを小突くと笑顔を作って見せた。
しかし、俺たちがこのゴルドを使うことはなかった。
「では落札価格100万ゴルドからスタートです」
「110万」
「120万!」
「こっちは150だ!」
そしてベルの妹は180万ゴルドで買い取られていった。