3番区の蚤の市
一夜明けて、俺たちは冒険者ギルドに来ていた。昨日、帰りが遅かったためできなかった、トレントと蠱惑蝶の討伐報告に来たのである。
「申し訳ありませんが、討伐確認部位の提出がないと、依頼達成と認めることはできません」
少し年配の受付の女性が、事務的にそう告げた。
蠱惑蝶の奴の気合いが足りないせいで、全部燃えつきてしまったからな。ベルが俺を睨んでいる気がするのは、まあ気のせいだろう。
「そうですか。でも蠱惑蝶を退治したのは本当ですので、依頼者のかたにはもう大丈夫だとお伝えください」
「私たちのほうで現地調査を行い、安全が確認できましたら、伝えさせていただきます。ご報告ありがとうございました」
一見冷たい対応の様に感じるけど、依頼者の命に関わることだから仕方ないか。
とりあえず俺たちは、トレントの討伐ポイントの付与と報酬を受けとり、ギルドを後にした。
「もう少しでギルドランクがあがりそうだな」
エレインがギルドカードを両手でかかげ、嬉しそうに笑っている。
「でもDランクになっても、今と変わらないんだろ?」
「まあな。でもDにならないとCになれないんだし、一歩進むだけでも良しとしとこうじゃないか」
俺がそう言うとガラドは納得した様子で頷いた。
ちなみにトレントの討伐報酬は6000ゴルドで、依頼者に素材を買い取ってもらった分を合わせると、1万5000ゴルドである。
なので、実際討伐したエレイン、ガラド、シャルルに5000ゴルドずつ渡そうとしたら、前回と同じ様にみんなで分配がいいと断られた。
成果報酬にすると不平等になる可能性もあるから、今後も依頼を受けた人みんなで分配がいいのかも知れないな。
「ところでお昼にはまだ少し早いようですが、今日はどうされるのですか?」
エルネが近くにある、カットフルーツの露店を横目でみながら聞いてきた。
「今日は3番区の公園で蚤の市があるみたいだから、それを見てみようかなって。みんな何かしたいことがあるなら、好きにしていいぞ」
「蚤の市ですか。私もご一緒してもよろしいですか?」
両手を合わせ興味深そうにエルネが聞いてきた。エルネはショッピングが大好きだからな。自分の部屋も可愛らしい小物とかで飾っているし。
「我も母君にお土産を買って行きたいぞ」
相変わらず母さんのことが大好きなベル。今思えば、母さんにお姉さんたちの面影を、重ねているのかも知れないな。
「なら一緒にお昼も食べていこうか。もしかしたら蚤の市で、屋体も出ているかも知れないしな」
屋体と言う言葉にピクリと反応したふたり。王都ともなれば変わった屋体もあるだろうし、俺も楽しみである。
「お前たちはどうするんだ?」
俺は残りの3人に問いかけた。
「うーん、ふたりが良ければだけど、ちょっと付きあって欲しいことがあるんだよね」
エレインがガラドとシャルルを見てそう言った。ガラドの奴なら、どんなことだろうと付きあうと思うぞ。とか言ったらガラドの奴きっと真っ赤になるんだろうな。
「にゃ。実はシャルルも、エレインとガラドとしたいことがあったんだにゃ」
ふむふむ。そう言われると気になるな。
「俺はどうせやることないからなんだっていいけど、何をするんだ?」
本当は嬉しい癖に、あくまで普通を装いガラドが聞く。
「昨日のおさらいをしたくてさ」
「ふにゃ! シャルルもにゃあ!」
どうやらシャルルも、エレインと同じことを考えていたらしい。ってか、こいつらすごい向上心だな。
「やる気があるのはいいけど、あんまり危険なことはするなよ」
「E級の討伐くらいならいいだろ?」
エレインが上目使いで聞いてくる。くっ、いつの間にそんな技を覚えたのだ!
でもなー、こいつらの腕はそれなりに信頼しているけど、目が届かないところでとなるとどうしても心配なんだよなあ。過保護過ぎるだろうか……?
「坊ちゃま。心配でしたらヘルマを付けますので、やらせてあげてみてはどうですか?」
「エルネさん!」
エルネって結構エレインのこと気にかけているよな。妹みたいに思っているんだろうか。
まあいずれにせよ、ヘルマがいるなら安心かな。
「でもエルネは平気なのか? 買い物楽しみにしているんだろ?」
ヘルマを付けるってことは、常に『夏の夜の夢』の本を広げていないといけないってことだからな。
「ええ。慣れていますので、どうってことありません」
エルネがそこまで言うならいいか。
「わかった。但しE級の討伐までな。あと、あまり遠くや深い森には入らないこと。それと、行く前にちゃんと装備の確認と水と包帯と……」
「坊ちゃま。3人を信じてあげてください」
「あ、ああ、そうだな。お前ら頑張ってこいよ」
俺がそう言うとエレインたちは喜色満面を浮かべ、ギルドへ戻っていった。
そんな3人の背中を見送っていたら、ベルがとんでもないことを言ってきた。
「グラム、お前の過保護さはアリアンナの父親みたいだのお」
「はあ? さすがにそれは言い過ぎだろ?」
俺の言葉に無言を貫くふたり。
そんなふたりを見て真剣にへこむ俺であった。
それからしばらく歩き、俺たちは3番区にある蚤の市の会場に到着した。
花壇と木々に囲まれた公園の中には、所狭しと露店が並んでいる。
「わあ、すごい活気ですね!」
珍しくエルネのテンションが、高い気がする。それでも『夏の夜の夢』の本をたまに覗きこむあたりは、さすがエルネである。
「おいグラム! どこから回るのだ?」
ベルが待ちきれんといった感じに、俺の服を引っ張る。
「そうだな。少し小腹も減ったし、まずは腹ごしらえでもするか」
「うむ、よく言った!」
「さすがです坊ちゃま!」
同じような笑顔で喜ぶベルとエルネ。暴食コンビとの付き合いは馴れているから、ツボは押さえているのである。
俺たちはいくつかの露店を回り、ピカタをパンで挟んだ様な料理や、ハッシュドポテトに魚のフライ、フルーツのシャーベットとベリィの蜂蜜がけを買って、ベンチに座りシェアをして食事を楽しんだ。
「よし、エルネ! 次はあそこの焼きアプルを買いに行くぞ!」
「なかなかいい選択ですねベル」
買ってきた食事を綺麗に平らげ、次なる獲物に飛びつこうとする暴食コンビ。
俺は立ちあがろうとするふたりの手を掴んだ。
「そろそろ、食べ物以外も見て回るぞ」
俺はふたりを引きずるように、食べ物関係の露店から遠ざけた。
「おいグラム、あのテントはなんだ? 何か催し物か?」
よくやく焼きアプルを諦めてくれたベルが、広場に設営されている、ドーム型のテントを指差し聞いてきた。
「どうやらオークションみたいだな」
テント前の立看板によると開催は2時間後か。と言うかここだけやたら衛兵が多いな。
「オークション?」
「ああ。露店で並ぶ様な雑多な品じゃなく、希少なものや変わったものを競売にかけるんだよ」
「ほう、なかなか面白そうではないか」
ベルの目が連れていけと言っている。
「確かに面白いかも知れないけど、ああいうのはよほどの金持ちが利用するものだぜ。俺たちには縁がないものさ」
「なんだつまらん」
それにこういうとこって、誰でも入れる訳じゃないんじゃないかな。信用が大切だろうし。
「坊ちゃま。そこの茶器のお店を覗いてみてもよろしいですか?」
「ああ、もちろん。俺はこの辺りを適当に見ているから、終わったら声をかけてくれ」
俺の返事を受け、エルネは足取り軽やかに、茶器の露店のほうへ向かっていった。
さて、俺は何を見ようかな。
「ん、どうしたベル。気になるものでもあるのか?」
「いや、そこの露店が気になっての」
装飾品屋かな? 確かに綺麗だけど、ベルもこういったのに興味があるんだな。
「見てみるか?」
「ああ、少し良いか? 我はああいった色が大好きなのだ」
なるほどそう言うことか。
ベルが向かった露店は、全部同じ紺色の石を素材に、指輪やら首飾りなど様々な装飾品が並んでいる。
この色はベルが母さんに買ってもらった服と同じ色だもんな。
俺はなんとも穏やかな気持ちになり、ベルについて行った。
「って、高っ!」
一瞬にして、穏やかな気持ちが消えてしまったわ。小さめの石でも15万ゴルドもするじゃねーか!
15万ゴルドもあれば、ローゼンの宿に1年泊まってもお釣りがくるわ!
「おい坊主、これがなんだかわかって言ってるのか?」
口ひげを蓄えた露店商の親父が、鋭い眼光で睨んできた。
「ん? なんか特別なものなの?」
「この石は藍晶石つってな、かなり希少な鉱石なんだ。だが、値段が張るのはそれだけじゃねー。なんとこの藍晶石は、魂力を溜めておくことができるんだ」
なんとも得意気に語る露店商の親父。
ん? 魂力を溜めるだって?
「それって、魂力切れのときに溜めておいた魂力を使えるってこと?」
「ああそうだ。おかげで魔法使いたちが、喉から手が出るほど羨ましがる逸品だぜ」
まじか! 言われて良く見れば石から魂力の残滓が感じられる。
なるほど、それならこの値段も納得だな。
「なんだ? グラムはそんなこと、気にせんでも良いではないか」
「いや、ベルにちょうどいいと思ってな」
これさえあれば、ベルのガス欠問題が解消するからな。
うーん、すごく欲しいけど15万ゴルドはちょっと高すぎるよな。ってか、そんなに持ってないし。
「なんだ坊主、そこの彼女に指輪でもプレゼントするのか?」
「そ、そうなのかグラム? でも気持ちは嬉しいが、こんなに高いもの無理をせんでよいぞ」
いや、買ってあげたいのはやまやまなんだが……。
「仕方ない。可愛い彼女に免じて少しまけてやるか! ってお前みたいなガキに買える値段じゃなかったな」
何が面白いのか腹を抱えてゲラゲラと笑う露店の親父。騙し絵みたいな顔も相まって妙に腹が立つ……。
「うっせー、このひげ面! 夕方までには買いに来るから、そこの指輪大事にとっておけ!」
俺は気がつくと、騙し絵親父に啖呵を切り、足早に露店を後にしていた。
「おい、ま、待てグラム! あんな威勢のいことを言って、15万ゴルドもどうするのだ!?」
「どうしよっかね?」
俺の答えに足を踏み外しそうになるベル。
「何も考えてなかったのか! まあ、このまま放っておけば良いか。あの親父も本気にはしておらんだろ」
確かに本気にしていないだろうな。そこがまた腹が立つんだが。
「いや、お金はなんとかして作る」
「でもそう簡単に作れる金額ではないぞ。と言うか、なんでそんなに必死になるのだ? そ、そんなに我に、指輪をプレゼントしたいのか?」
「あれがあればお前、俺から魂力を吸えなくても魔法が使えるだろ」
どれだけ溜めておけるかが気になるけど、魔法使いが喉から手が出るってなら、それなりに溜められるだろ。
「なんだそう言うことか」
「そう言うことかってお前な。それでお前の命を守ることが、あるかも知れないんだぞ。だったら15万ゴルドなんて安いもんだろ」
「グラム……」
ただどうやって作るかだよな。ギルドの依頼を頑張っても、今日中に15万ゴルドなんて絶対に無理だし。
うーん、どうしたものか……。
「そう言うことでしたら、私に考えがあります」
いつの間にか俺たちのやり取りを聞いていたエルネが、にこりと微笑んだ。




