レイスの呪い
小部屋を出て30分ほどたっただろうか。
俺たちはアンデッドどもから3回の襲撃を受けたものの、危うげなく撃退し順調にダンジョンを進んでいた。
「スケルトンもゾンビもたいしたことねーな!」
前衛の役割を十二分に発揮し、満悦な様子でガラドが言う。
「バカ、調子に乗るな。その慢心が仲間を傷つけることになるかも知れないんだぞ」
「す、すまん……」
ガラドは俺の言葉に素直に反省の色を示し、パシッと自分の顔を叩き気合いを入れた。パーティーを守る前衛としての責任感が、芽生えてきたようだな。
「ところでベル。俺たちの探している人物はここにいそうか?」
「いや、何も感じんな。恐らくここは、我らと関係のないものが作ったダンジョンだな」
辺りをつぶさに観察しながらベルは答える。なにか特徴でもあるのだろうか?
そんな俺の疑問を感じとったのかベルは続けた。
「我らは皆、嗜好も思考も異なるが、ことダンジョンに関してはそれぞれに拘りがあってな。この貧相な様相は我らではあり得ん」
貧相かどうかはわからないけど、このダンジョンは確かにただの地下道って感じだもんな。
それとは違い、以前ベルが精巧なレリーフを作っていたように、深紅のコアを持つダンジョン娘たちは拘りががあるんだな。
「グラム、君たちはいったい何者なんだ?」
アルが不思議なものでも見るような目で、俺たちにたずねてきた。俺とベルの会話を聞いていたら疑問に思うのも無理はない。
「普通の人より少しダンジョンについて詳しいだけさ」
行きずりの人間にベルのことを話すわけにも行かず、誤魔化すような返事をする。さっき『迷宮創造』を使って見せたせいで、強引な言い訳になってしまっているけど。
「いや、それだけじゃない。なんで君たちはそんなに強いのだ?」
「私も気になりますわ。皆様、私と同じくらいの年齢とお見受けしますが、とても戦いに慣れていらっしゃるように見えますわ」
そっちのことだったか。魔物との戦いに手を抜く訳にもいかないから、みんな普通に戦っていたもんな。同じ年頃ならよけいその差が気になるか。
さて、なんて言い訳をしたものか……。
「グラムに鍛えてもらってるからだぜ」
「そうにゃ、グラムはすごいやつなのにゃ」
と悩んでいたら、ガラドとシャルルが自分のことの様に誇りながら答えた。
「そうなのかグラム? グラム、良ければ普段どんな鍛練を積んでいるのか、僕に教えてくれないだろうか?」
うっ、なんだこのキラキラした目は……。
こんな綺麗な目をした少年に嘘をつくのは心苦しいんだけど――ってなんだ!?
「止まれ!」
ちょうど通路から広間に出ようとしたそのとき、5メートルほど先の空間に違和感を覚え、俺は慌てて制止を促した。
目を凝らしてみると空中が、砂糖を水に溶かしたときの様に、透明に揺らめいている。
間違いない、レイスだ!
俺は即座に右手をかざし技を発動させた。
『火弾!』
グゥオオォアアアァァ……
俺の放った火弾が透明の揺らめきに着弾し、ボロボロの法衣をまとった骸骨の魔物レイスの姿を炙りだした。しかしレイスは意に介した様子もなく、ゆらゆらと揺らめき不気味にこちらを伺っている。
『祝福』
それなら先手必勝だと、俺は即座に祝福をかけた。
それとほぼ同時、打ちあわせどおりにシャルルが矢を放つ。
祝福の効果で淡い光に包まれた矢が、レイスの眉間目がけて空を切り裂いていく。
そのまま射ぬけるか! と思ったすんぜん、レイスが低く唸ると、矢は見えない力に弾かれてしまった。
「にゃ! なんで当たらないのにゃ!」
「レイスの念波だ。やばい! もう一発でかいのがくる、みんな散れ!」
大気の揺れを感じ、俺は慌ててフェルメールを抱え横に飛びのいた。
その直後、レイスが唸り声をあげ衝撃が通りぬけていく。
「ふにゃっ!」
「うわあ!」
見ると俺たちの立っていた地面が無残に削られている。しかし、どうやらみんなも無事に避けたようだ。
「グ、グラム様、ありがとうございます」
俺に抱えられたフェルメールが、こらを見上げ礼を言う。
「ガラド、フェルメールを頼む」
「ああ、まかせろ」
フェルメールの前に立ちヒーターシールドを構えるガラド。まったく頼もしくなったもんだぜ。さて懸念はなくなったしそろそろ止めといきますか。
「 ベル、シャルル。俺がもう一度念波を撃たせるから隙をついてくれ!」
「にゃー!」
「まかせろ!」
言葉足らずな作戦で理解してくれたふたりが、射線を通すため左右に広がる。
その動きを受けもう一度姿を隠そうとするレイス。
「させるかあ!」
俺は剣を薙ぎ『風斬り』を放った。
見えない斬撃がレイス目掛けて飛んでいく。
レイスはそれを迎え撃たんと、三度不快な唸り声をあげた。
風斬りの斬撃がと念波の衝撃がぶつかり大気を震わせる。
その直後――ベルの石の弾丸とシャルルの光の矢が、無防備なレイスを貫いた。
「ふう、今度こそやったかにゃ?」
穿たれた穴を中心に、レイスの体にゆっくりとヒビが広がっていく。
そしてヒビは全身に広がり、レイスは乾いた音を立て粉々に砕け散っていった。
「ふっ。我らの連携の勝利だな」
「にゃー!」
ベルに飛びつき喜びを表すシャルル。ベルも満更でもない表情だ。
さて、みんな無事なようだし先に進むか。そう思い足を踏みだそうとしたとき、アルが驚愕の表情を浮かべ固まっていることに気がついた。
「グラム、まだ大量にいるぞ!」
見てみると広間のあちこちで空間が揺らめいている。その数ゆうに20は超えている……。
「ベル、迷宮創造は使えるか!?」
「通路の支配権なら持っているぞ!」
さすがにこんな広間で、大量の見えない敵相手に戦うのは分が悪すぎる。って、言っているうちにレイスのやつ向かって来やがった!
「みんな通路にさがれ!」
急いで通路に戻りベルに指を差しだす。
『迷宮創造!』
広間の入り口に見るまに重厚な石の扉ができていく。
「ふう。ひとまずこれで――」
「グラムだめにゃ! 抜けてきたのにゃ!」
石の扉をすり抜けた3体のレイスが、口を開き唸り声をあげている。
――まずい!
『大地の尖槍!』
その声とともに地面から円錐形の岩が飛びだし、レイスたちを貫いた。俺の指を咥えたまま、ベルが魔法を唱えてくれたのだ。
俺は危機を回避したことに安堵すると同時に、無防備にやられたレイスを見てひらめく。そうか、扉が視界を遮断しているから、すり抜けて来たレイスにしたら不意打ちになるのか。
「みんなこのままここで迎え撃つぞ」
アンデッドだけにあまり頭が良くないのか、そのあともレイスはところてんの様ににゅるっと出てきては、俺たちに斬りきざまれていった。
「ふにゃあ、しばらくレイスは見たくないにゃ」
「まったくだな……」
シャルルとアルがうんざりといった様子で呟いた。骸骨なんて元々見ていて気持ちのいいものでもないうえに、あんなにわらわらと出てきたらな。
「でも、皆様無事で本当に良かったですわ」
フェルメールが両手を合わせ気色を浮かべたそのとき、横の壁からレイスが体を半分出し呪いの煙を吹きだした。
「フェルメール!」
俺は魂力全開でフェルメールに飛びついた。
「ぐあぁあああ!」
フェルメールに覆いかぶさった俺は呪いの煙の直撃を受け、全身にただれるような痛みが走った。
『石の弾丸!』
「グ、グラム! 大丈夫か!」
慌ててベルが駆けよってくる。
「そ、それより、レイスを……」
「もうやっつけたわ! それよりお前大丈夫なのか? 服を脱げ!」
俺がくらってしまったのは、体を徐々に焼かれていくレイスの呪いのブレス。少し冷やした程度では焼け石に水だ。
ベルもそれをわかっているのだろうが、必死の形相で俺の服を脱がしていく。
気がつけばみんなが俺を取りかこむ様に立っていた。
みんなの前で服を脱がすなんて大胆な奴だなベルは。
こんな非常時でもバカなことを考えてしまえるなんて俺は本当に――あれ? 痛くないぞ?
「なんともない!?」
ベルが俺の裸体を凝視しながら唖然としている。
「な、なんで無傷なのだ?」
さらにペタペタと体に触れ念入りに確認するベル。
いや、ほんとなんで無事だったんだ? ブレスを浴びた瞬間は激痛が走ったんだが。そう言えばその直後、胸のほうから何か暖かいものが流れこんできたような……。
「良かった……。本当に良かった……」
一通り俺の体を確認したベルは、安堵の涙を流し抱きついてきた。
「ずるいにゃ! シャルルも抱きつくにゃ!」
どさくさとばかりにベルごと抱きついてくるシャルル。その横でガラドが「さすがグラムだな」と嬉しそうに呟いている。
「グラム様、どこかおかしなところはありませんか?」
フェルメールが心配そうに問いかける。
「ああ。なんでかはわからないけど、どこも悪くないみたいだ。フェルメールこそ大丈夫か?」
「はい。グラム様が庇ってくださったおかげでこのとおりです」
そう言うとフェルメールはその場でくるりと回って見せた。こんなオチャメな一面もあるんだな。
しかし、よくわからないけど本当に無事で良かった。俺はみんなの笑顔を見て改めてそう思った。