命がけの戦闘訓練
早朝、俺たちは宿場町から少し離れた森に来ていた。
最近ゲイズオウルと一角もぐらが畑を荒らしたり家畜を襲って困っていると話を聞き、なら退治してやるかとやって来たのだ。
宿屋のオヤジが肉を高値で買い取ってくれると言っていたので一石二鳥である。
なぜこんな離れた森まで来たかと言うと、たまに冒険者が退治しているみたいだけど一向に数が減らないと言っていたので、ちょっとした罠をはってここまで追いかけて来たのである。
「うーん、あっちのほうだにゃ」
「だな!」
先頭を行くのはシャルルとエレイン。
「お、お前ら本当に見えているのか?」
その後ろを焦った様子でついて行くのはガラド。
俺たちが何を頼りに追いかけているかと言うと、ネッケの糸である。
実は昨夜のうちに、家畜小屋にネッケの糸を仕掛けておいたのだ。
そうとは知らず、体にネッケの糸をつけたまま巣に帰っていったゲイズオウルを、俺たちは追っているのである。
そしてガラドは、ネッケの糸が自分だけ見えていないことを焦っているのだ。
まあガラドだけほとんど俺の魂力を流せていなかったからな。
「くそお、俺だけ遅れてしまっているのか。やはりあとでグラムに頼むか……。でも、うーん……」
ひとりぶつぶつと呟くガラド。
男に体をまさぐられるのは抵抗があるわな。
まあ、そのうち観念して頼んでくるだろう。
「シャルル待って!」
なんて考えていると、エレインが突然シャルルを制した。
ほう、よく気がついたな。
「どうしたのにゃ?」
「この先の地面をよく見てみて」
エレインに言われるままに目を凝らすシャルル。
「んにゃ! 何かいるにゃ!」
そう、エレインとシャルルの言う通りこの先には魔物が潜んでいる。
気がつかなかったら止める気でいたけど、どうやらエレインは魂力感知に長けているのかも知れないな。
「何匹いるかわかるか?」
「えっと……。7匹、いや8匹かにゃ?」
少し自信なさげに答えるシャルル。
「エレインは?」
「うん、私も8匹だと思う」
「正解だ。お前らすごい成長じゃないか」
俺の言葉に満面の笑みで喜ぶふたり。
ガラドは相変わらず、むむむとひとりうなっている。
「一角もぐらですね」
「ああ、そうだな。たまにダンジョンに不法侵入してくる迷惑な奴だ」
さすが年長組、余裕をもった表情である。
「俺も見たことはないけど、一角もぐらは地中深くにある巣に引きこもっているらしい」
3歳のころ書斎で見た父さんの冒険手記には、色んな魔物の生態が書きこまれていた。
まあ攻略本のようなものだな。
「地中の魔物なんてどうやって倒せばいいの?」
「よく見ていろよ」
その手記によると一角もぐらの倒しかたはいたって単純。
俺は剣を抜いて一角もぐらの潜むほうへと歩いていった。
小さな魂力の気配を真下に感じる。
そして足の裏に微かな揺れを感じ地面がひび割れたそのとき――俺は後ろに飛びのき剣を薙いだ。
グエッ!
地中から飛びだした一角もぐらは、短い悲鳴をあげ頭と体を切りはなした。
「おお、すごいにゃあ! 次はシャルルもやってみたいにゃ」
興奮ぎみにぴょこぴょこ跳びはねるシャルル。
「じゃあちょっとだけ待ってろよ」
――『鼓舞』――
「ふにゃ? なんだかしゅわっとしたにゃ」
「念のため鼓舞で守備力をあげておいたからやってみろよ」
一角もぐらはE級の魔物だし大丈夫と思うけど、万が一があるかも知れないからな。
さらにいつでもフォローできるよう、剣が届く位置で待ちかまえているのは、さすがに過保護だろうか。
「じゃあ行くにゃ!」
爪を出しいつでもこいと待ちかまえるシャルル……。
「んにゃ? こないにゃよ?」
確かにうんともすんとも言わないな。
「シャルル。お前の肉球が衝撃を吸収するせいで、一角もぐらが気づいていないのではないか?」
ベルがさも当然と指摘をする。
なるほど確かにそのとおりだな。
ってか、シャルルのやつ固有スキルもそうだけど、暗殺者要素もりもりすぎるだろ。
まあさすが猫科と言ったところか。
「なるほどなのにゃ。ではこれならどうにゃ!」
どんと地面を踏みつけるシャルル。
そしてその音に反応し地面がひび割れる――
「今にゃ!」
ささっと飛びのくと同時に、長い爪が伸びた右腕を振りおろすシャルル。
グギャッ!
断末魔の声をあげる一角もぐら。
シャルルはなんのことなく、一角もぐらの胴を斬りさいた。
「やったにゃ! シャルルの勝利にゃー!」
よほど嬉しいのかシャルルはぴょこぴょこと跳びはねている。
「おい、シャルル! あんまりそっちに行くと――」
勝利の喜びで忘れているのだろうけど、この辺りは一角もぐらの巣だらけなのである。
「ふにゃ! またきたにゃ!」
ふたたびささっと飛びのき、自慢の爪で一角もぐらをひき裂くシャルル。
そしてその先でまた飛びだす一角もぐら……。
「ふにゃあ! 止まらないのにゃー!」
そんな調子で気がつけば、シャルルはすべての一角もぐらを倒してしまっていた。
「ひ、ひどい目にあったのにゃあ……」
ベルに覆いかぶさりくたびれた様子のシャルル。
「ええい重い離れんか! まったく自業自得だ」
「わ、私の分は……?」
ベルはそんなシャルルを振りはらおうともがき、その横でエレインはただ寂しそうに呟いた。
「おーい。とりあえず一角もぐらを運ぶの手伝ってくれー」
俺たちは魂の欠片を回収すると、肉が傷まないよう近くの小川に浸けておき、ふたたびネッケの糸をたどった。
さて、後はゲイズオウルだ。
「次は私がやるからな」
そろそろゲイズオウルの気配を感じてきたのか、エレインがシャルルに念を押した。
「わかっているにゃ。シャルルはもう疲れたからエレインに任せるにゃよ」
エルネが呼んでくれたヘルマに、溶けかけたアイスの様に覆いかぶさりながら、シャルルは答える。
無意識だろうけど、一角もぐらと戦っているとき魂力で身体強化していたからな。
俺みたいに容量が大きくないのに常時強化なんかしたら、そりゃ疲れはてるだろ。
しかしエレインは大丈夫だろうか。
ゲイズオウルの降下速度は相当早いからな。
……少し試してみるか。
俺は落ちている枝をこっそりと拾い……
「エレイン、今からテストをする。剣を抜け」
「なんだいきなり。テストって何をするーー」
エレインが振りかえったと同時に振りおろした。
中空をくるくると木の枝が舞う。
「合格でいいよな?」
「ああ、もちろんだ」
そう答えると、エレインはふふっと嬉しそうに笑い剣を鞘に納めた。
手加減したとは言え、あのタイミングで斬りかかられて剣で防ぐなんてたいした反応だ。
シャルルは身体強化、エレインは感覚強化が得意なのかもしれないな。
なんとも頼もしい限りだ。
これなら問題ないなと考えていたそのとき、目印にしていたネッケの糸が、力尽きたかの様にぱさりと地面に落ちた。
「なんだこの気配は……?」
みんなも気づいたのだろう、目を見開き固まっている。
これはまずいかも知れない。まだ気づかれていないようだし一旦引くか?
――いやダメだ!
「来るぞ!」
そいつは、森の奥から不快な羽音を響かせ、木々を薙ぎ倒しながら飛んできた。
目の前に現れたのは、3メートルはあろうかというトンボに似た大型の魔物。
「エ、エビルドラゴンフライ! なんでこんなところに……」
小刻みに体を震わせながらエルネが言う。
そう、本当になんでこんなところにいるんだ……。
村をも崩壊させるほどの脅威と恐れられる、C級の魔物が!
「グ、グラムどうす――」
緊張に耐えかねたエレインに、鎌のような前足を振りかぶりエビルドラゴンフライが襲いかかる――
「よそ見すんな!」
瞬時に魂力全開でエレインに飛びつく俺の頭上を、鋭い鎌状の前足が通りすぎる。
「きゃっ!」
短い悲鳴をあげるエレイン。
エレインの手を取り俺は素早く立ちあがった。
エビルドラゴンフライはどこだ!?
――ッ!
「ガラド後ろだ! 盾を構えろ!」
――『鼓舞!』――
くそ。頼む防いでくれガラド!
盾を構え踏んばるガラドを、エビルドラゴンフライの体当たりが強襲する。
――『一陣の風!』――
エビルドラゴンフライ目掛けて風が吹きすさぶ。
しかしエビルドラゴンフライは怯むことなく、ガラドに襲いかかった――
「うおおお!」
体ごと盾で迎えうつガラド。
ガラドは交通事故にでもあったかのように、衝撃音とともに吹き飛ばされた。
「ガラド!」
「だ、大丈夫だ……」
ふらつきながらも、立ちあがり盾を構えるガラド。
見たところ大きな怪我はないようだ。
鼓舞と一陣の風の恩恵か、ガラドの丈夫さが勝ったのか、無事で良かった……。
しかし状況はいまだ最悪。
一気に畳みかけないと、いつまでみんな無事でいられるかわかったものじゃないぞ。
しかしどう攻める……?
ふたたび対峙し攻めあぐねているそのとき、エビルドラゴンフライの死角からふいに一本の矢が現れ、そのまま腹部をかすめた。
ナイスだシャルル!
エビルドラゴンフライが気を取られているうちにと、剣を振りかぶる俺とエレイン。
「「あああああああ!」」
――『衝撃LV3!』――
――『疾風迅雷!』――
俺たちの攻撃を受け、緑の体液を撒きちらし体を震わせるエビルドラゴンフライ。
よし、攻撃は通るぞ!
――『石の弾丸!』――
その隙を逃さんとベルが魔法を放ち、エビルドラゴンフライの片目を潰す。
ふらりと体勢を崩すエビルドラゴンフライ。
今だ!
「とどめだあああ!」
俺はエビルドラゴンフライに飛びつき、魂力の光で魔方陣を描いた。
――『絶対零度!』――
頭からパキパキと音をたて凍りついていくエビルドラゴンフライ。
俺たちの連撃に傷つき力果てたエビルドラゴンフライは、なんの抵抗もすることなくそのまま地面を響かせ息絶えた。
「お、俺たち、勝ったんだよな?」
いまだ不安な面持ちでガラドがたずねる。
「ああ、俺たちみんなの勝利だ」
そう答えると、深い森の中にみんなの安堵と喜びの声が響きわたった。
みんな無事で本当に良かった。でも……。
みんなが喜び手を取りあう中、俺は2つの疑問が気になりひとり思案にふけていた。




