ソウルスフィアと魂力の不思議
ペイル領を後にした俺たちは王都を目指し馬車に揺られていた。
エリュマントスの群れの討伐に、倒壊した家屋の再建まで手伝った俺たちを、ペイル卿は何度も頭を下げ見送ってくれた。
もろもろのお礼でお金を渡されそうになったけど、それは自領の復興に役立ててほしいと丁重にお断りしておいた。
その代わり復興を果たした暁には、また小麦粉を優先的に売ってほしいとお願いしておいた。
これで少しでも安くなったら嬉しいなとの下心もあり。
そんなこんなで俺は、昨日の戦利品を確認しているのである。
「グラム、それはなんの魂の欠片なんだ?」
ガラドが盾の手入れをしながら聞いてきた。
「この2つが忍耐のLV1で、こっちのエリュマントスが落としたのは……。なんだろうな?」
「鼓舞のLV1ですね。自分と周囲の味方の防御力を、少しだけあげることのできる技です」
話を聞いていたエルネが、ネッケの糸ごしに御者台から教えてくれた。
さすが俺の教育係、博識である。
「そういうことならガラドにいいんじゃないか?」
ガラドはゲームで言うところのタンク役だから、必須技とも言えるんじゃないだろうか。
「うーん、でもLV1だろ? 俺はやめておくよ」
なるほど。そう言えば普通はそうやって、計画を立てて使うものだったな。
まあ俺はなんら気にしないでいいわけで……。
「他に欲しいやつはいるか?」
念のためみんなに確認をした上で、俺は胸に魂の欠片を押しあてた。
「お前いつも色々考えるくせに、魂の欠片を使うときは大胆だよな」
そんな様子を見て、珍しくガラドが鋭い指摘をしてきた。
エレインとシャルルも気になるのか、横目でこちらを見ているようだ。
「今はまだ理由は言えないけど、俺の魂力は他の奴よりかなり多くてな。それでまあ……」
「お前の魂力が異常なのは知ってるさ。しゅっちゅう一緒にいるんだからな」
誰にも言わないよう口止めまでしていたんだから、そりゃそうか。
しかし、こいつらには言いにくいんだよな……。
俺がグラムじゃないと知ったらどうなるんだろうか……?
「でも今はってことは、いつかは教えてくれるんだろ?」
「ああ……」
そう、いつまでも嘘をつき続けてはいられない。
いや、こいつらに嘘をつきたくないってのが本音だな。
「なら別にいいさ。なあ、エレイン」
「うん、もちろんだ。グラム、私たちはお前の味方だからな」
驚いたな。
こいつらはこいつらなりに俺のこと色々考えていて、その上で一緒にいてくれていたのか。
「よくわからないけど、シャルルもグラムの味方だにゃ!」
ふっ。こいつは、ほんといい奴だな。
……いや、こいつらか。
俺もそろそろ覚悟を決めないといけないか。
「わかった。王都についたら全部話すよ。それまで、もう少しだけ待っててくれ」
俺がそういうと、みんなは何でもないことのように返事をした。
少しでも俺が話しやすいようにしてくれているんだろうな。
しかし本当のことを言うにしろ、どう説明すべきかちゃんと考えておかないといけない。
少し怖い気持ちもあるけど、やっぱりこいつらにはちゃんと伝えておきたいし。
「なんかお前らのおかげでスッキリしたわ」
そう言うと俺はなんの遠慮もなしに、残った魂の欠片を胸に押しこんだ。
「ちょ、グラム! スッキリしたのはいいけど、なんでワイルドボアのまで使っているんだよ!?」
「そうにゃ! グラムおかしくなったにゃ?」
身を乗りだして驚いた様子のエレインとシャルル。
「お前もう忍耐持ってるじゃねーか! しかも2つも使うなんて何考えてるんだよ!」
ガラドも俺の暴挙に興奮気味に詰めよってくる。
普通の人は限られた魂力の中で、あれやこれや頭を悩まして取捨選択するんだから、みんなが驚くのも当たり前のことである。
そんな中ベルだけが、やれやれと言った様子でこちらを見ていた。
「お前ら、その顔をしているグラムには何を言っても無駄だ。いちいちビックリしていては損をするぞ」
その顔ってのが気になるけど、確かに1つ思いついたことがあるのだ。
山道でワイルドボアを追いはらっていたときにふと気づいたこと――なんで『投擲』がLV2なのかを。
俺の推理が正しければ、魂の欠片は一定数使うと……。
「思った通りだ。忍耐がLV2になったぞ」
「「「えええええ!」」」
事情を知らない組3人の驚嘆の声が響きわたる。
そして、案の定やれやれと言った様子のベル。
きっと御者台にいるエルネも、同じような顔をしていることだろう。
でも驚くのはまだ早い。
俺たちが知らなかっただけで、実は都会では当たり前、なんてことだったら恥をかいちゃうしな。
そう思い念のためエルネに確認してみると……
「エルネ。これってみんな知らないことなのか?」
「貴重な魂力の容量を使って誰が試すと言うのですか!」
と、なんだか怒られてしまった。
うん、そりゃそうですよね。
一度使うと取りだすことはできないんだから。
なんにせよいいことを発見できた。
『投擲』も『忍耐』も、魂の欠片を3つ使うとlv1から2に上がった。
LV3にも上がるんだろうか? もしかしたら必要数が増えるかも知れないな。
うん。なんだか急に魔物を狩りたくなってきたぞ。
今夜泊まる予定の宿場町で、情報を集めてみるかな。
そして……。
もうそろそろ陽も落ちようかというころ、俺たちは川のほとりの宿場町に到着した。
「おいグラムあそこの宿がいいぞ! なにやら美味しそうな匂いが漂ってくる」
俺の袖を引っぱり一軒の宿を指さすベル。
「お前すげー鼻してるな。魂力で感覚強化しても何も匂ってこねーぞ」
「ふっふっふ。我を誰だと思っているのだ」
腰に手を当て胸を張るベル。
なんでそんなことで威張っているんだよ。
ただの食いしん坊じゃねーか。
「じゃあエルネ、あそこの宿で部屋を取ってきてくれるか?」
「わかりました」
馬車を止め、宿に入っていくエルネ。
その様子にベルも満足そうである。
――ん?
「どうしたエレイン?」
「魂力で鼻が良くなるのか?」
キョトンとした顔で首を傾げるエレイン。
そう言えばエレインは魂力探知も、魂力操作もできないんだったな。
「鼻が良くなるって言うか、色々と強化できるんだよ。後で宿の部屋で教えてあげようか?」
「ほんとか!?」
エレインは目をキラキラと輝かせ、俺の手を掴んできた。
教えがいのある生徒は大歓迎である。
「グラム俺も教えてくれよ」
「シャルルも聞きたいのにゃー」
ここにも未来ある生徒がふたり。
「仕方ない。我も暇だから一緒に聞いてやろう」
お前は魂力探知も操作もできるじゃねーか!
って野暮な突っこみはしない俺は紳士だな。
ベルはけっこう寂しがり屋だから、みんなと一緒にいたいのだろう。
「じゃあ、晩ごはんを食べたあと部屋に集合な」
みんなが元気良く返事をしたところでエルネが帰ってきたので、俺たちは宿に入っていった。
夕食後……。
「グラム、教えてもらいに来たぞ」
エレインを先頭に、男部屋にぞろぞろとやってくる女子組の面々。
なんだか修学旅行の夜みたいで少しテンションがあがるな。
「じゃあ早速だけど始める……」
「ん? どうしたのにゃ?」
「い、いや何でもない」
入ってくるなりメレンゲクッキーを頬張っている、暴食のエルフが気になったのだけど、まあ黙っておこう。
なんて考えていたらどうやらエルネが俺の視線に気づいたらしく、びくりと体をふるわせた。
「べ、別にひとり占めしている訳じゃありませんからね!」
「いや、美味しそうに食べてくれているなと思っただけだ」
「そ、そうですか」
そう言うとエルネはなんとも幸せそうな顔で、ふたたびメレンゲクッキーを食べだした。
何しに来たのか気になるけど、とても可愛らしいので良しとするか。
「じゃあまず魂力の基本的なことからだけど……」
まず、すべての生命には魂力が宿っているけど、その器のサイズは人それぞれである。
器は精神や肉体的な成長で大きくなっていくけど、その容量を超えて魂の欠片を使うことはできない。
そのため、通常はどんな技を覚えようかと千思万考するのである。
また魂力は技や魔法を使用するたびに減少していく。
時間とともに器の分だけ回復はするが、戦闘時はいかに効率的に技を使うかってことが重要になるのである。
なんてことを説明していると……。
「なんかグラムだけずるい!」
とエレインに怒られてしまった。
うん、改めて説明して俺自身もそう思ったわ。
ベルのことチート能力だなんて言えないな。
「まあ、うまい使い方をおしえてやるからそう言うなよ」
俺はそう言って、むむむとうなり睨んでくるエレインに微笑んで見せた。
「うー……」
なんともよくわからない反応をするエレイン。
とりあえず授業を続けるか。
「じゃあまずは魂力の認識からだ。みんなみぞおちの少し上、この辺に意識を集中してみろよ。なんかぽこんって感じるものはないか?」
俺の言葉に目を閉じ集中し始めるエレインとガラドとシャルル。
ベルはいつのまにか、エルネと一緒にぽりぽりとお菓子を食べている。
「うーん、わからないよグラム」
「俺もよくわかんねー」
しばらくして目を開くエレインとガラド。
「ふにゃー! ぽりぽりぽりぽりうるさいにゃ!」
と叫んだのはシャルル。
その意見はごもっともである。
しかし最初からつまずくとは困ったな……。
「恐らく、坊ちゃまほど魂力が大きくないので認識し辛いのでしょう」
「まずはグラムの魂力を感じさせてやったらどうだ?」
なるほどそう言うことか。
なんだ、ただお菓子を食べに来たんじゃなかったんだな。エルネとベルは。
とりあえずベルの案を試してみるか。
「よし、じゃあまずエレインからな」
俺は前に座るエレインの両手をとり、俺の体を伝わせ魂力を流してみた。
「ん、何をするんだ? ……きゃっ!」
短い悲鳴をあげ驚くエレイン。
そんな反応をされたら少し傷つくんだが……。
「どうだエレイン? 何か感じるか?」
「えっと……。う、うん。感じるよ……」
反応はともかくとして魂力の認識はできたみたいだな。
よし、次のステップだ。
「じゃあ、少し大きめのを流してみるから、右手か左手どちらから入ったか当ててみな」
その後、エレインの体の色んなところに伝わせどこにあるか当てさせたり、少しずつ俺の魂力を弱くして感じることができるかなど、色々と試してみた結果エレインはついに、自分の中に流れる魂力を認識できるようになった。
「エレイン顔が真っ赤だけどどうしたのにゃ?」
「な、なんでもない!」
しかしなぜかシャルルにそう聞かれると、エレインは逃げるように部屋を飛びだしていった。
「じゃあ次はガラドな」
「おう! 待ちくたびれたぜ」
俺に女心などわかるはずもなく、とりあえず気にしないことにした俺は、ガラドにも魂力を流してみた。
「わっ! わああ!」
慌てて俺の手を振りはらうガラド。
さっきからなんだこの反応は?
「お前真面目にしろよ。魂力の扱いを覚えたいんだろ?」
もう一度ガラドの両手を掴み魂力を流しこもうとしたら……
「い、いい! もういいから! 俺、走ってくるよ!」
ガラドも逃げるように部屋を飛びだしていった。
なんだ? 人に魂力を流されるのは、もしかしてけっこう辛いのか?
「シャルルはどうする?」
「やってみるにゃ」
不安になって確認したところシャルルから手を掴んできた。
前向きなのはありがたいけど、なんだかちょっと不安だな……。
「じゃあ、ゆっくり行くからな」
「いつでもいいにゃ」
また逃げ出されたら悲しいので、丁寧に少しずつシャルルの体に魂力を流しこんでみた。
「ふにゃっ!」
「ど、どうした? 苦しいのか?」
さっきのふたりと同じようにぴくりと反応するシャルル。
「苦しくはないにゃ。なんだかグラムに抱きしめられているみたいでびっくりしたのにゃ」
「そ、そうなのか?』
なるほど。魂力とは生命の源だからまるで俺って感覚なのか。
そりゃ突然抱きしめられたら、ふたりとも逃げだすわな。
「なんだか心地いいからこのまま続けるのにゃ」
「わかった」
なんとも複雑な気持ちだけど、俺はさっきエレインにやったみたいに、シャルルの色んな場所に俺の魂力を伝わせてみた。
「ふ、ふにゃあああ!」
「ど、どうした?」
途端に今日一番の反応を見せるシャルル。
「グラムに全身をまさぐられているみたいにゃ!」
「はああ!?」
慌ててシャルルの手を離す俺。
何その公開セクハラ!?
そりゃ全身まさぐられたらエレインも逃げだすわ!
ってか想像したらすごい恥ずかしくなってきたんだけど……。
「なんでやめるのにゃ。もっとやるにゃ!」
「そんなん言われたらできねーよ! ――ん? なんだ?」
気がつくとベルが俺の服を引っぱっている。
「我にもやってみるのだ」
「なんでだよ! お前いつも俺の魂力食ってるじゃねーか!」
「あれはあれで旨いが、我はそれをやったことはないぞ!」
まるで駄々っ子なベル。
「お前大人な癖にほんと甘えただよな」
「うるさい! さっさとするのだ!」
「ダメにゃ! まだシャルルの番にゃ!」
どうやら俺にモテ期がきたみたいである。
ってただグルーミングして欲しい猫と、甘えたい寂しがり屋なだけだけどな。
その晩俺は、次にエレインに会ったらなんと謝るべきか悩みながら眠りについた。