魂の洗礼
そう言えばなんでこっちの世界も、教会に十字架があるんだろうか。
そんなことを考えながら、俺はサイディアリィルの丘の教会を見上げていた。
見るからにルネサンス様式の教会だけど、もしかして大昔に誰か異世界から転生されて、そいつが建ててたりしてな。
「おい、グラム早くいくぞ」
立ちどまり見上げていた俺を待ちきれんと、手をひっぱるエレイン。
ちなみに今日はいつものボーイッシュな格好である。
今日は人が大勢集まるから、少し恥ずかしいとのことだ。
人がいっぱい集まるのならそれこそお洒落をと思うんだけど、それもまた女心ってやつだろうか?
まあそれよりも……。
「残念だったなガラド」
俺はガラドの肩に手を回し呟いた。
「なにがだよ?」
「お前もう一回エレインのあの姿、見たかったんだろ?」
「う、うるせえよ!」
顔を赤くし、肩の手を振りはらうガラド。
なんとも反応が可愛くて、ついいじりたくなってしまうのだ。
「おいおい、じゃれあってないで早くいくぞ!」
エレインからお叱りの声を受け、俺たちは教会の中に入っていった。
「うわぁ、ほんとに人がいっぱいだなあ」
辺りを見回しながらエレインが言う。
「北アイレンベルクの子供は、ほとんどがここに集まるからな」
ここの教会はかなり大きく、60人ほど入れる礼拝堂が3つある。
魂の洗礼に来た子供たちは、まず礼拝堂に案内されそこで順番を待つわけだけど、その3つが全部うまっている状態である。
エルネとベルに留守番をお願いして良かった。
エルネは待つのは平気だと言っていたけど、この様子じゃいつ俺たちの順番が回ってくるか、わかったもんじゃないからな。
「どうするグラム? 俺じっと待つだけとか苦手だぞ」
「どうするもこうするも、待つしかないだろ」
俺の返事にため息を返すガラド。
そして列の最後尾を目指そうかとしたその時、ひとりの修道女がこちらを見ていることに気がついた。
「失礼しましたシスター。騒がしかったでしょうか?」
俺が頭を下げると、修道女はこちらのほうに歩いてきた。
「もしかすると君は、フラック君の子供かい?」
なんともフランクな話しかたをする修道女だな。
「ええ、確かに父の名はフラックですが。失礼、シスターは父をご存じなのでしょうか?」
「ああ、これはすまない。紹介が先だったね。私は、シャネル・ミスティア。フラック君とはまあ、ちょっとした知り合いさ。実は私は子供の頃、君のお父さんに助けてもらったことがあるんだよ」
シャネル・ミスティアと名乗った修道女……、シスターシャネルは、にこりと笑うと右手を差しだしてきた。
さっきから修道女らしからぬ雰囲気だけど、こちらの世界ではこんなものなのだろうか?
それに父さんのことを君づけで呼ぶわりに、ずいぶんと若く見えるが……。
「フラック・クロムウェルの嫡男の、グラム・クロムウェルと申します。その節は父がお世話になったようで」
シスターシャネルに不思議な印象を感じながらも、俺は差しだされた手を握りかえした。
「いやいや、お世話になったのは私のほうだよ」
それに反応し、ニヤリと口角を上げるシスターシャネル。
挨拶を交わしているのだから笑顔を見せるのはなんらおかしくないのだけど、なんと言うかまるで値踏みされているような、なぜかそんな印象を受けた。
「ところでグラム君。今日は魂の洗礼にでも来たのかい?」
「はい、同じ町に住むガラドとエレインと共に参りました」
俺の紹介に頭を下げるガラドとエレイン。
なんとも緊張した面持ちである。
「そうか。それは大変だね」
俺たちと行列を見比べるシスターシャネル。
「そうだ! 良かったらついておいで。古くなって今は使っていない洗礼の間があるんだけど、そっちに案内してあげるよ」
「え、でもよろしいのですか? 他のみなは並んでいるのに僕たちだけ」
「今は使っていないんだから問題ないさ。それともあの行列に並ぶかい?」
俺は行列のほうをチラリと見ると、シスターシャネルに頭を下げた。
「じゃあ行こうか」
シスターシャネルの案内を受け、俺たちは教会の地下へとおりていった。
そして組積造――石のブロックを積み上げた構造――の道を歩いていて、ふと気がつく。
「今は使っていないって話ですが、ずいぶんと綺麗なんですね」
蜘蛛の巣やほこりなんかもなく、空気の淀みもない。
むしろ澄んでいるような気さえする。
「神様の力が濃くあらわれる、神聖な場所だからね」
なるほど、どこか懐かしい優しさに包まれているような暖かい気持ちになるのは、神様の加護を感じているのかも知れないな。
そんな心地よさを感じながら、しばらく歩いていると……
「さあ、着いたよ」
目的の場所であるドーム状の部屋、洗礼の間に到着した。
「うわぁ、すごくきれい……」
「すげえ……」
うっとりとした様子で辺りを見回すエレインと、感嘆の声をあげるガラド。
かくいう俺も目を奪われていた。
「このふわふわと舞っている燐光は……」
「とんでもなく凝縮された魂力だね。見たことあるのかい?」
俺は目の前の光景に、7年前まだこの世界に来たばかりの頃、書斎にこもっていたことを思いだした。
なるほど、あのとき俺の体から出ていたのは、魂力のほとばしりだったのか。
「いえ、とても綺麗だなと思いまして」
とうぜんそんなことを話すわけにもいかず、ごまかしておく俺。
「……そう。じゃあそろそろ始めるかい?」
「えっと、僕たちはどうすればよいのですか?」
「どうもしなくていいよ。そこの小部屋に入って目を閉じていたらいいのさ」
なるほど、部屋の壁に設置されている、いくつかの箱型の部屋が気になっていたけど、そのためのものだったのか。
「あの、どれくらい入ってたらいいんですか?」
エレインがシスターシャネルを見あげ、首をかしげる。
なんだかこいつ、急に女の子っぽくなったな。
「どれくらいかは個人差があるからわからないけど、その時になったらちゃんとわかるから、安心していいよ」
その言葉を受け、俺たちはそれぞれで箱形の小部屋に入っていった。
小部屋といっても、懺悔室のようなひとり用の小さなスペースで、中には木製のベンチ椅子だけが置いてあった。
とりあえず座ってみるか。
何かおこるような言いかたをしていたけど、俺にも関係あるんだろうか?
シスターシャネルに言われた通りに目を閉じ、俺は考える。
一時はあれだけ楽しみにしていた魂の洗礼だけど、どうやら俺はもう済んでいるようだからな。
そう言えば、お金を稼ぐのも大事だけど、魂の欠片も集めていかないといけないよな。
お金と言えばあのサトウキビどうしたものか……。
「……君、……グラム君。聞こえているかい?」
「は、はい!」
呼ばれる声にとび起きる俺。
とび起きるって、あれ……? 俺、眠っていたのか。
「すみません。ご迷惑おかけしました」
慌てて扉を開け小部屋を出る俺。
すでにエレインとガラドは部屋を出ていたようだ。
「もしかして眠っていたのかい?」
「申し訳ありません。お恥ずかしながら……」
「まあ、気にすることはないさ」
修道女なんだからそっちは気にしろよと思いつつ、神聖な場所で居眠りしていたことを反省する俺。
「グラム、どうだった? 凄かったよなあ!」
俺が部屋から出てきたことに気づき、興奮ぎみにガラドが話しかけてきた。
「凄かったって?」
やばい、寝ていたからか何もわからないぞ。
起きていたとしても俺には関係ない可能性もあるけど。
「目を閉じているのに、急に星いっぱいの夜空みたいなのが広がってさ!」
「なあ、ビックリしたよな!」
それでさー、と興奮おさまらぬ様子のふたり。
なんだか仲間はずれのようで少し寂しい。
「ところでどうする? 魂の鑑定はしていくかい?」
「魂の鑑定?」
シスターシャネルの言葉をおうむ返しする俺。
聞きなれない言葉だけど、きっと俺はしないほうがいいような。
「私たちがどういった祝福を授かったか、見てもらえるんだよ」
「そうそう。俺たちはもう見てもらったぞ」
自分の胸をとんと叩き、誇らしげな様子のガラド。
きっと嬉しい結果だったに違いない。
「へー、そうなのか。ちなみにふたりはどんな具合だったんだ?」
「俺は確か『サイギスの祝福』って言ってぼうけんでけんろーな――」
「アイギス。『アイギスの祝福』だろ? 壮健で堅牢な成長、つまり丈夫でたくましく育つんだってさ」
「そう、それそれ!」
ほんとにわかっているのか疑わしいけど、喜んでいるってことは、まあわかっているんだろう。
「エレインはどうだったんだ?」
「私は『ヴァルキュリヤの祝福』って言って、俊敏で剣の扱いにも長けていて、剣士の才能があるってさ」
「だからお前そんな嬉しそうなのか」
「うん!」
いい返事といい笑顔を返すエレイン。
エレインは鍛冶屋の家で剣に囲まれ育ったからか、昔から将来は剣士になりたいってずっと言っているのだ。
「ところでグラム君はどうするの?」
状況は理解しただろうと、ふたたび聞いてくるシスターシャネル。
「いえ、自分の可能性は自分で探りたいと思います」
とりあえずそれっぽいことを言ってごまかしておく俺。
チートな魂力がバレでもしたら、めんどうだからな。
「そう、それは残念だ……」
ぼそりと何ごとか呟くシスターシャネル。
「え? 何か言いましたか?」
「いや、なんでもないよ。それじゃあ戻ろうか」
そんなこんなで、俺たちは地下の洗礼の間を後にした。
「シスターシャネル、お世話になりました」
教会の入り口で胸に手をあて頭を下げる俺と、それにならうガラドとエレイン。
「とんでもない。じゃあ道中気をつけてね」
あまりの人の多さに一時はどうなることかと思ったけど、シスターシャネルに会えてほんとに良かった。
「はい、ありがとうございました」
「あ、そうだグラム君」
俺がもう一度頭を下げ教会を後にしようとしたその時、何かに気づいたのかシスターシャネルが俺を呼びとめた。
「なんでしょうか?」
「いや、大したことじゃないんだけどね、何かあったときは私を訪ねるといいよ」
「と言いますと?」
それを言うために、敢えて呼びとめた意図がわからず、そのものを疑問にする。
「そうだね。例えば力を手に入れたいとか、まあ道に迷った時とかね」
「ありがとうございます。その時はぜひ相談にあがりますね」
俺は動揺を悟られないようにそれだけ告げると、あくまで自然にと教会を後にした。
……いったい何者なんだ?
まるでそうなるのがわかっているかのような、言いまわし。
なんで俺が力を求めていると知っている?
いや、この世界では魂の洗礼を終えた者は、皆そうなのかも知れないな。
少しひっかかるものの、俺はあまり深く考えず帰路についた。




