サトウキビより甘いもの
「いくらなんでも硬すぎるだろ!?」
目の前のサトウキビもどきを前に思わず俺は叫んだ。
「ぼ、坊っちゃまの世界では、こんな物を食べていたのですか?」
「うーん、我が全体重をかけていると言うのに……、折れもせんぞ!」
エルネの案内で俺たちは、サトウキビらしきものが群生している林の中に来ていた。
着いた途端、確かにこれはサトウキビだと喜び勇んで、さあ味見をとショートソードで斬りかかってみたのはいいけど、まさか金属音と共に弾かれるなんて思いもしなかった……。
って言うか、これ刃こぼれしていないか?
サトウキビは竹のように節があるイネ科の植物で、確かに硬いことで有名である。
有名ではあるけど、さすがにこれはないわー。
こんなもの最早、植物と言えんだろ。
でもこんな硬いからこそ、今まで食べてみようなん思うやつはいなかったんだろうな。
そりゃ貴重なわけだ。
それにしても、貴重ながら今流通している砂糖って、どこから採ってるんだろうか?
本でも読んだことないし、なんだか怪しい香りがするな。
まあそれよりも、今はこいつをどうするかだ。
「グラム、また我の力を使ってみるか?」
折ることは諦めたのか、ちょうどいいタイミングでベルが声をかけてきた。
でも、確かベルの力では食物は生成できないんじゃなかったっけ?
このサトウキビもどきを砂糖にするわけじゃなく、植物として切るだけなら問題ないのかな。
「そうだな、じゃあ一本だけでいいから頼めるか? ついでに、できそうなら皮もむいといてくれ」
「ああ、任せておけ」
そう返すと、ベルは俺の指を咥え迷宮創造を発動させた。
一本のサトウキビもどきの側に突然現れるダンジョンの入り口。
そしてズブズブと吸いこまれたかと思うと、皮がむかれたサトウキビもどきが、ぺっと地面から吐きだされた。
なんとも奇妙な光景だと思いつつ、とりあえず手に取ってみる。
「うん、見た感じは普通にサトウキビだな」
白っぽく筋ばっていて、ただの枝のようなこの感じ。
修学旅行の時にかじったサトウキビと寸分の違いもない。
だがあくまでもここは異世界。
剣を弾く時点で別物なのはあきらかだ。
「毒なんてないよな……?」
俺はサトウキビもどきに恐る恐る舌先を伸ばしてみる。
「ぼ、坊ちゃま! 私がやります!」
俺の発言を聞き、慌てて手を伸ばすエルネ。
しかし、そんな危険なことエルネにさせるわけがない。
俺はエルネの制止など気にせず、サトウキビもどきを舐めてみた。
「――ッ!」
「坊ちゃま!」
「だ、大事ないか、グラム!?」
慌てふためくエルネとベル。
しかし俺はそんなことを気にする余裕もなく、サトウキビを奥歯でかじりつき中のジュースを吸いだした。
「うまい! ああ、この甘味久しぶりだなぁ……」
少し青臭さはあるものの、とにかく甘い。
果物や蜂蜜とは違う、昔から食べなれていたこの甘さ。
ああ、やっぱり砂糖は偉大だな……。
「グラム、お前ばっかりズルいぞ! 我にも食べさせるのだ」
余韻に浸っている俺の手からサトウキビを奪いとるベル。
「まてまて! 食べるのはいいけど前歯で噛むなよ。下手したら折れるから」
「なぬ! そんな危険な食べ物なのか?」
「ちょっとコツがあってな、こう奥歯でかんで、中のエキスを絞りだす感じで食べてみ」
「こ、こうか……? はむはむ……。な、な、な、なんだこれは!」
「すっげー甘いだろ?」
「ベ、ベル、私にも食べさせてください」
恍惚な表情を浮かべるベルからサトウキビを受けとり、頬張るエルネ。
なんだか妙に色っぽい。
「んっ! す、すごく、甘いです……」
いやだから何その色っぽさ。
見てるこっちが照れてしまうんだけど。
「エ、エルネ! 次は我だ!」
代わる代わるにサトウキビを頬張る美女と美少女。
これぜったい映像にしたら売れるやつだわ、なんてどうでもいいことを考えながら、俺はしばらくふたりを見まもった。
「よし、グラム。ここいらにあるサトウキビ、ぜんぶ収穫して持って帰るぞ!」
すっかりサトウキビを食べ終わったベルが、なんだかおバカなことを言っている。
「ぜんぶ食ったら、お菓子にする分がなくなるだろ。それにこれが俺の知ってるサトウキビと同じなら、傷んだらすごい強力な神経毒を持つようになり、最悪死ぬぞ」
「な、なんと! しかしこの味は命をかけるに値するかも……」
「いやかけるなよ! そんなことしなくても、俺がいつでも味わえるようにしてやるよ」
「まことかグラム!?」
「ああ。ただひとつ、問題があるんだけどな」
「やはりこの硬さですか?」
さすがエルネ、わかってらっしゃる。
そう、こんな硬いと収穫も加工もまともにできるわけもない。
皮を剥いた状態だと、普通のサトウキビの硬さだったんだけどなあ。
「そんなもの、我の力でちょちょいとすれば良いのだ」
いつものポーズで得意げなベル。
「そうすると収穫するときに、常に坊ちゃまとベルが必要となります。それは坊ちゃまの目指す安定生産とは、ほど遠いもの」
「そう、俺も色々とやらないといけないことが多いからな。いつまでも付きっきりって訳にもいかないさ」
俺の目的はあくまで、邪悪なる者をしりぞけ、この世界のみんなを守り、妹の元に無事帰ることだ。
そのためには、サトウキビにばかり関わっているわけにもいかない。
それに、できれば誰でも簡単に栽培や精製ができるようになればいいな、という考えもあったり。
「とりあえずうちの領地で栽培しながら、ゆっくり考えるか」
「そうですね。旦那様と奥様にお知恵を拝借するのもいいかも知れませんし」
「そういうことならグラム、皮を向いたものも何本か持って帰りたいから、ちょっと、吸わせてくれ」
「まだ食べるのか? まあ、こんな濃い甘味なんてそうそう口にできないもんな」
「バカにするでない。我がそんなに食い意地がはってると思うたか!」
はってるだろって言おうとしたけど、どうやら真剣な様子である。
「なら、なんなんだよ?」
「は、母君にも食べさせてあげたいのだ……」
ベルの言う母君とは母さんのことである。
なるほど、昨日母さんにいっぱい構われて、わずらわしいんじゃないかって思ったけど……。
可愛いいとこが、あるじゃないかベル。
「そういうことなら、ほら。早くしろよ」
ベルが恥ずかしがらないように、さらりと流し指を差しだす俺。
「ああ、すまんのお」
ベルはそう言うと嬉しそうに笑い、俺の指に吸いついた。
ベル、母さんのこと思ってくれてありがとな。
でもな、ベル。
父さんのことも少しは考えてやってくれたら嬉しいぞ。
仕方ない、今日は父さんの肩でも揉んでやるか。
◇◇◇◇◇◇◇◇
時は流れ夕食の後……。
「これは?」
「食後のジュースだ。我が採ったサトウキビを、グラムに教えてもらってジュースにしたのだ。良かったら、飲んでくれ……」
母さんが買ってきたばかりの服に身を包んだベルが、ジュースを乗せたトレーを手にもじもじとしている。
「ベルのやつ一気に化けたな……」
「なんですかその言いかた。ベルはもともとお人形のように可愛らしいじゃありませんか」
そう、ベルは今アンティークドールのような服を着ている。
華美な装飾は控えめで、落ちついたお嬢様のような雰囲気がただよう、クラシカルロリィタってやつだ。
紺色ベースのドレスには控えめに花の刺繍が施されており、腰の後ろ部分に大きなリボンがついている。
胸元と袖と裾の部分には白いレース地があしらわれており、白のタイツと相まってベルの透き通るような肌と、特徴的な美しく長い白髪をひき立てている。
コサージュ付き帽子もあるのだけど、食事中だったため今は帽子かけにかけられている。
まるで、貴族のお嬢様だな。
「なるほど、そういうことでしたか」
そんなベルに見とれていたらエルネが呟いた。
「ん、なんのこと?」
「いえ、今日ベルが迷宮創造を使うときに、坊ちゃまの魂力を吸ったままで試したいって言ってたじゃないですか。奥様からもらった服を身につけ、喜ぶベルを見てそういうことかと思いまして」
「ああ、なるほど。……って、どういうこと?」
「はぁ……。やはり坊ちゃまは、女心について勉強する必要がありますね。今朝、奥様はベルの服を買いにいくと、それはもう嬉しそうにお出かけになりました。ベルは、奥様からもらう服を、大事にしたかったんだと思います。坊ちゃまの魂力を吸って大きくなってしまったら、服が破けてしまうかもしれないので」
「なるほど。ほんと嬉しそうにしてるもんなベル」
「ええ。ベルは素直で可愛いですよね」
「エルネはエルネの良さがいっぱいあるさ」
俺がそう言うと呆れているのか、ポカンとした顔を見せるエルネ。
「なんだよその顔? どうせまた女心ってやつだろ? はいはい、俺は女心をわかっていませんよ」
「いえ、今のは坊ちゃまにしては珍しく、敏感に察知したなと驚いていたところです」
「どういう意味だよ!」
俺のツッコミを受けクスクスと笑うエルネ。
「しかしベルのやつ、名前も必要なかったって、今までどんな風に生きてきたんだろうな」
初めて会った日、俺たちが帰ろうとした時に、ベルは寂しそうにポツンとひとりたたずんでいた。
本当はこんなに明るく騒がしいやつなのに。
「いつか話してくれるといいですね」
エルネの言葉に無言で頷き、サトウキビジュースを飲む父さんと母さんを眺めてみた。
「あら、ベルちゃん! これすごく美味しいわ!」
「まことか! そうだろそうだろ、頑張って細かくしてぎゅーってしぼったのだ」
「うん、これは本当に美味しいな! 甘い味がまるでベルの可愛さのようで、いくらでも飲めそうだ」
なんだか少し気持ち悪い感想を言っている父さん。
「甘い中に酸味があるのも上品でいいわね」
「わかるか! ふっふっふ、なんと隠し味にレモネを少ししぼっておるのだ」
「まあ、さすがベルちゃんね」
そんな父さんの感想は耳に入っていないのか、ベルは喜ぶ母さんを見て、満面の笑みを浮かべている。
うちの父さんって、こんなのばっかりだな……。
「お、どうしたグラム? 急に肩を揉んでくれて」
でもそんな父さんだからこそ、クロムウェル家はいつも明るい空気に包まれているんだろうな。
「いや、なんでもないよ。父さん、いつもありがとうね」