新たな目標
「なるほどのお。まこと気分の悪い話じゃが、アルテミジア大陸はアザミニ教の総本山もあることから、確かに亜人に対する迫害意識が今も根強い。いや、少しマシとはいえ、ここユータルシア大陸を含めこの世界そのものがそうとも言える。どうじゃ、嫌気がさしてこの世界を救うことがバカらしくなるじゃろ?」
「残念ながら俺の住んでた世界でもあったよ。自尊心を満たすため、自分の価値を高めるため、お金儲けのため。そんなくだらないことのために、弱者を虐げたり自分が所属しているのとは別の集団を攻撃する。バカみたいな人間はいくらでもいたよ」
「まったく、どこの世界も難儀な話じゃのお……」
俺の話を受けて、ダニエラ婆さんは気怠そうに紫煙を吹きだした。
そう、一夜明けて俺はダニエラ婆さんに会いにきていた。
昨日のことで、聞きたいことと相談したいことがあるためだ。
エルネのことを勝手に話すのは正直気がひけるけれど、ダニエラ婆さんは異世界からきたなんて怪しい俺ですら受け入れてくれたんだ。
エルフがどうこうなんて言うはずもない。
それにエルネのためにもどうしても確認しておかないといけないことがある。
「でも、皆んなが皆んなそうじゃないよ。救いたい人間もいっぱいいる」
「そうじゃの。しかし、何を救いたくてお前さんはこんな話をワシにしたんじゃ? エルネという娘はもう復讐を望んではおらんのじゃろ? 」
「望んでいないのかどうかまではわからないけどね。まあでも話をしたのはエルネの復讐のためじゃないんだ」
「ふむ。復讐ではないとすると?」
「エルネのお母さんはたぶん今も生きている。いや生きているって言っていいのかわからないけど、少なくとも鉱石の像は今もどこかに残っている可能性が高いと思うんだ」
エルネから聞いた話から推測するにカール・ノルティスという男は、非常に残忍で衝動的な人間であるように思えるが、欲を満たすという一面では、己の確固たる損得勘定を元に行動しているように思える。
そんな男が、誰の反応も見れない状況でただ鉱石化した像を砕いたりするだろうか。
そもそも殺すことが目的であるのなら、鉱石化などせず生身の体を斬りきざみ、存分に苦しむ様を堪能するだろう。
カール・ノルティスとはそういう人間だろう。
ならなぜわざわざ鉱石化したのか?
恐らく自分に逆らったものを、鉱石化した哀れな姿で側に置くことによって、自尊心を満たすためなんじゃないだろうか。
それに、エルフは迫害されているとはいえ、その美貌は及ぶものの類を見ない。
となるとその像は芸術的価値も相当なものだろう。
つまり今も破壊されずに残されている可能性が高いってことだ。
だから……。
「会わせてあげたいんだ。どんな姿であっても、エルネをもう一度お母さんに」
「ほう、そんなに美しい娘なのか。そんななりをしていてもお前さんも男よのお」
「ち、ちが! 確かにエルネは綺麗な人だけどそんなんじゃなくって――」
「はっはっは! わかっておるわかっておる」
わかっていると言いつつも、わざとらしくニヤつくダニエラ婆さん。
「ぜんぜんわかってないだろ婆っちゃん」
「失礼な、何年お前さんと付き合っていると思っているんじゃ。おおかた大きな胸にでも惹かれ――」
「ちげーよ!」
「なんじゃ、その娘は胸が小さいのか? それは残念じゃったのお」
「そっちを否定したんじゃねーよ! ってか、毎日拝みたいくらい大きいわ! っていやそうじゃなくって」
「冗談じゃよ。お前さんがあまりにも気を張りつめていたから和まそうとしただけじゃ」
「ついでにからかいたかったんだろ?」
「よくわかったのお」
「何年付き合ってると思ってるんだよ」
「ほっほっほ。では長い付き合いのワシからひとつ忠告してやろう。グラム、お前さんは他人に感情を移入しすぎるきらいがあるて、よお気をつけるんじゃぞ」
ダニエラ婆さんはただでさえ細い目をさらに細めて言った。
これはダニエラ婆さんが真剣に話をするときによくする顔だ。
ほんと長い付き合いだよな、なんてしみじみ感じながら俺はダニエラ婆さんの忠告について考えてみる。
「んー、よくわからないけど、それは悪いことなのかな?」
「7年前もグラムの坊主のことでえらく心を痛めておったじゃろ? 何事もほどほどに受けとめておかんと、お前さんが成そうとしていることは容易に成せんぞ」
ダニエラ婆さんの言うとおり、昔の俺は父さんと母さんの優しさに触れるたび罪悪感に苛まれていた。
それは、誰にも悟られないようにしていた俺の心の中に、少しづつ澱のように溜まっていった。
ダニエラ婆さんはそんな俺をよくかまってくれた。
この世界の色んな話で俺を楽しませてくれたり、軽口でからかっているようで実は俺を鼓舞してくれたり。
「確かにそうかも知れない。けど、世界を救うために誰かを見ないふりするなんて器用なこと、俺にはできそうにないよ」
「まったく難儀な性分じゃのお。まあでもそこがお前さんのいいところかも知れんがの」
まったくどっちの話をしているんだか。
「なんかいい話にして誤魔化そうとしてるだろ婆っちゃん?」
「お前さん少し可愛げがなくなったんではないか?」
「それを成長したって言うんだよ」
俺は心の中でダニエラ婆さんに感謝をしながら軽口を叩いた。
まったく似たもの同士のふたりである。
「まあそういうことだからさ、カール・ノルティスについて何か知ってることがあったら教えてよ」
俺は本来の目的を果たそうと強引に話を戻した。
決して気恥ずかしさを誤魔化そうとしたわけではない。
それに、ダニエラ婆さんは連綿の巫女の知識を使い、呪術や薬で人々を助けるため色んな国を渡り歩いてきたそうだ。
つまりこういう質問をするにはまさにうってつけの存在なのである。
「ノルティスと言えば、エルト海を渡った先アルテミジア大陸にある帝国領の一領主の名じゃ。そこの一人息子は放蕩が過ぎ廃嫡されたと聞いたことがあるのお」
「その息子の居場所についてどこか心当たりはない?」
「うーむ、ないこともないが……」
「何か知ってるなら聞かせてよ婆っちゃん」
ダニエラ婆さんがこんなに言い淀むなんて恐らく何かあるんだろう。
しかし覚悟はできている。
どんな危険でもくるならこいだ!
「ワシも行ったことがあるわけではないんじゃが、アルテミジア大陸には誰も見たことがないと言われる不思議な噂の街があっての」
なんだその、厨二心をくすぐる魅力的な街は。
俺は愛の国の歌を頭にリフレインさせながら、話の続きに耳を傾けた。
「名をアーグルトンと言う。とある豪商だか貴族だかが、己の財を帝国から隠すために作った街と言われておるが、そこを目指し辿りついた者は誰一人としておらんそうじゃ」
「ほんとにあるのそんな街?」
誰ひとりたどり着いたことがないなら、どこから噂が広がったんだって話である。
「昔、内務卿に罪科の紋をかけてほしいと帝国から依頼されたことがあっての。その後、経過を見に行ったときに其奴から、いい情報をやるから罪科の紋を解いて欲しいと取引を持ちかけられたことがあるんじゃ」
「もしかしてアーグルトンの場所について!?」
「場所まではわからんかったが、行き方については其奴が勝手に語りだしおった。まあさして興味もなかったからそれ以上聞かんかったし、取引にも応じんかったがな」
苦し紛れに適当を言ったとも考えられるけど、それならダニエラ婆さんがわざわざ話すわけもないよな。
「ワシも噂とばかり思っておったが、実際カール・ノルティスという男は消えておる」
「本当は廃嫡されたんじゃなく密かに殺されたとか考えられないかな?」
「ノルティス家の当主はたいそう自分の子に甘い男での、恐らく廃嫡したのも放蕩息子の悪事を庇いきれなくなり、体面を保つためやむ無くといった感じだったのじゃろ」
なるほど!
もしも本当に誰にも見つからぬ街なんてものがあるのなら、国外へやるよりもずっとあり得る話だ。
その前提だってこんなファンタジーな世界だ、魔法や魔道具、なんらかの生物の特性で人の認識を阻害しているのかも知れない。
「それで、そこへはどうやって行けばいいの?」
「ある男にに金を渡せば案内してくれるそうじゃ」
「なるほど運び屋ってわけか。ちなみにお金っていくらなの?」
どんな危険な道かと少し心配だったけど、お金で解決するのなら安心だな。
「500万ゴルドじゃ」
「ふーん、500万ゴルドか。……って、ご! 500万ゴルドお!?」
俺はその場に倒れそうになるのをどうにか堪えた。
だって500万ゴルドって言ったら、うちの領の約5年分の税収なんだもん。
オーケー、いいだろう。
とうとう俺の本気を見せるときがきたか……。
前世界の知識を使って、必ず巨万の富を得てみせる!
不敵な野望を胸に俺は拳を握ると、ひとり微笑を浮かべた。
ダニエラ婆さんが、おかしな人を見る目を俺に向けていたけどたぶん気のせいだろう。