最悪の出会い
フェルメールの護衛の件をみんなに話したところ、思った通り快諾してくれた。
これでフェルメールと一緒に学園生活を送れると、むしろ喜んでくれているほどだ。
本当にいい奴らばかりに囲まれて、俺は幸せものである。
「私、お勉強がこんなに楽しいと思ったことは初めてですわ。だって兵棋演習のときにガラドったら、どんどん谷底に部隊を落としていくんですもの」
「あ、あれは地図の見方がよくわからなくてだな……。っていうか、もう忘れてくれよ!」
今にも火がつきそうなほど顔を真っ赤にするガラドを見て、フェルメールはころころと笑っている。
ちなみに兵棋演習とは、地図上に部隊を示す駒を配置して、地形や天候、兵数、部隊の火力など、様々なデータを想定してシミュレーションを行うボードゲームのようなもので、戦略の立案や分析力を付けるために役立つ。
初めてやったらあまりの情報量の多さにあたふたとしてしまうのも仕方ないことなのだが、フェルメールはこうやって放課後に食堂のテラスで友達とお茶をしながら、今日あったことを話すのが楽しくって仕方がないのだろう。
フェルメールが授業に出始めて3日たつのだが、そんな普通の学園生活を送れるほどには、護衛は順調である。
今もエルネが紅茶を飲みながらパックルで上空からの監視をしているし、エヴァルトさんとニーナさんがテラスの出入り口を見張っている。
そこにフェルメールを取りかこむように俺たちが座っているとあっては、凶行に及ぼうとするものなどまずいないだろう。
「王女殿下、そろそろ部屋に戻るお時間です」
銀の鎧をまとった麗姿の近衛兵ニーナさんが、申し訳なさそうにフェルメールに告げた。
「も、もうそんなお時間ですの? 私、まだまだ全然話したりませんわ……」
途端にフェルメールが笑顔を崩す。
「フェル、週末にフェルの部屋でお泊まり会をするんだから、そんなに寂しい顔をしないの」
「そうだ、エレインの言う通りだ。フェルには色々と聞いておかないといけないことがあるから、ゆっくり話さんといかんしのお」
「ネタはあがっているにゃよフェル!」
意味深な笑みを見せるベルと、なんだか良くわからないノリのシャルル。しかしみんなの言葉に、フェルメールの顔がぱあっと明るくなったようである。
「私、隠し事なんて何もしておりませんことよ。でも皆様のお陰で、いっぱい元気が出ましたわ。週末を楽しみにしていますね」
俺たちが別れの挨拶をすると、フェルメールはエヴァルトさんとニーナさんに付きそわれ帰っていった。
「どうだエルネ、何か怪しい動きはあったか?」
「怪しいかどうかはわかりませんが、ひとりこちらを伺っている者はいましたね。あ、向かってくるようです」
エルネの言葉にテラス席の出入り口を見てみると、アッシュブロンドの縦ロールの髪と、形のいい胸をを揺らしながら、アナイスが歩いてきた。
「やあ、アナイス。先日は世話になったね」
俺は立ちあがり笑顔を見せた。
「ご機嫌よう。あれから私、アドバイスしたものの合ってたのかしらって、ずっと気にしていたのよ。それなのに貴方ったら、ずっと忙しそうにしているんだもの」
「それはすまなかったな。そのことだけどアナイス、良かったら紹介させてくれ」
俺はそう言うと、アナイスを見上げているルイーズの手を取り席を立たつよう促した。
「俺の婚約者のルイーズ・フィルフォード侯爵令嬢だ。ルイーズ、ピクルスの件で世話になったアナイス・ゴーティエ伯爵令嬢だよ」
「お初にお目にかかり光栄です、ゴーティエ嬢。先日は私のためにご助力いただき、ありがとうございました。お陰様で、久しぶりに母の味を堪能することができました」
ルイーズは綺麗な所作で真っ直ぐに頭を下げた。
「あら、お力になれたようで安心したわ。それと私のことはぜひ、アナイスと呼んでもらえないかしら? 私も貴女のことをルイーズと呼びたいもの」
アナイスはルイーズを見据え色っぽく微笑んだ。本人にその気はないんだろうけど、彼女のしぐさは妙に艶っぽい。
だからこそ俺は素早く、アナイスにルイーズを紹介したのだ。
でないと、うちのやきもち焼きたちが心配するからな。それでもベルは、じとっとした目で俺を見ているが……。
「はい、アナイス。これを機によろしくお願いします」
ルイーズは嬉しそうに笑い、アナイスと握手を交わした。
「アナイス、良かったらなんだけど今度の週末に俺の部屋にこないか? 是非ルイーズと一緒にお礼をさせてくれよ」
「あら、それは嬉しい申し出ね。私の従者を連れて3人でお邪魔しても構わないかしら」
「ああ、もちろんさアナイス。時間はまた伝えるから楽しみにしててくれよ」
「私もお料理を作って待ってますね」
「うふふ、楽しみにしているわね」
アナイスはそう言うと、縦ロールの髪を揺らしながら帰っていった。
心配してわざわざ声をかけてくれるなんて、やっぱり優しい奴だよな。
そのあと部屋に帰るまで、ベルたちにぐちぐちと言われたのは言うまでもない。
ちゃんとルイーズも誘って、変に勘ぐられないようわざわざみんなの前で誘ったと言うのに……。
そして翌日の早朝――
俺は日課の走りこみを終え、修練場に朝稽古に来ていた。
今日はエルネとエレインとベル、それにギーたちが一緒である。
「ラピス、手の具合はどうだ?」
「もうすっかりなんともないですよ。あんたの薬のおかげです。一応礼を言ってあげるですよ」
そう言うとラピスは包帯の外れた手で、ブンブンと木剣を振りまわした。そう言えば、ひとつ気になっていたことがあるんだよな。
「ん、どうしたです?」
俺は目を凝らしラピスの体をよく見てみる。
「うーん、やっぱり小さいよなあ……」
「です!? お、乙女の胸を見ながらなんてことを言うですか!」
眉根を上げて木剣を突いてくるラピス。
俺はそれを手にした木剣で軽く弾く。
「胸のことじゃねーよ。ってか気にしているのかやっぱり?」
「やっぱりって何ですか! やっぱりラピスの胸は極小サイズと言うですか!」
「グラムさいてー……。成長期だから気にすることないよラピス」
「まったく女の敵だなお前は」
近くで聞いていたエレインとベルが、ラピスに歩みより慰める。
しかしラピスは、エレインの張りのある胸を無言で眺めている。
「は、離すです! あんたもラピスたちの敵です!」
ベルの手をとりエレインをつき離すラピス。エレインはバランスを崩すが、ちょうどこちらに向かっていたエルネに受け止められた。
「おい、お前は何で敵味方を判断しているのだ? と言うか、我はお前よりもあるわ!」
「仲間割れをしている場合じゃないですよ! 見るです、敵はさらに強大になったですよ!」
エルネとエレインを指さすラピス。
「だから我も一緒にするな!」
まあこのふたりを前にしたら、ベルもラピスも誤差だわな。
と、あんまりジロジロ見ているとまたドヤされるな。
「おい、いったい何の話をしているのだ?」
そんな騒がしい俺たちを見て、ギーとラズリが近づいてきた。
俺はこれ以上話がややこしくならないよう、フェルメールに魂力を流しこんだときのことをみんなに話した。
「そっか、エヴァルトさんがそんなこと言ってたね。勘違いしてごめんねグラム」
俺の話を聞き申し訳なさそうに頭を下げるエレイン。やっぱりって言ったから俺も悪かったのは間違いないんだけどな。と言うか、エレインみたい純真な子のさいてーはダメージがでかいな……。
「ラピスより王女殿下のほうが、より効果が見られたってことですか?」
「フェルだけじゃない。俺の仲間たちと比べても、ラピスは少し効果が薄いように見えるな」
「ルイーズに初めてしたときもそうじゃなかったですか?」
エルネの言葉に俺は当時の状況を思い返してみる。
ルイーズに初めて魂力を流したのは、ヴァネッサさんのところに向かっているときだったよな。
確かにそうだな。思ったほどの成長が見られず、ウィステリアを助けにダンジョンに入るときも、留守番させたんだった。
「何でラピスは効果が薄いです?」
「ふん、きっと胸が小さいからだろ」
ベルの言葉に取っ組み合いを始めるふたり。さっきのことを根に持っているんだなベル……。
「でもここ最近のラピスは、私たちと比べてすごく動きが良くなったと思うです。本当ならもっと強くなると言うですか?」
ラズリがサイドテールを揺らし首を傾げる。そうなんだよな、まったく効果がないわけじゃないんだよな。
「なあ、ラズリにも試させてくれよ」
「なっ!」
「お前も強くなりたいんだろ?」
「それはそうですが……。む、無理です、ラズリは初めては好きな人とがいいです!」
ちっ、逃げやがったか。効果の差の原因がわかれば、もっとみんなが強くなれるかも知れないと思ったんだが、これ以上強引に迫るのも犯罪の臭いがしてしまうしな。
「おい、ギー……」
「断る!」
「まだ何も言っていないだろ。まあ、そのつもりでいたけど」
「で、できるわけないだろ! まだ知りあって1ヶ月もたっていないんだぞ!」
恋人同士かよ! なんだ俺はホテルにでも誘っているのか?
でもここまで抵抗されると逆に意地になってくるな。
「おいギー、別に男同士なんだから気にしないでも――。あれ、ギーは?」
「早足で帰っていきましたよ」
俺の問いに入り口を指さすエルネ。
む、またかよ! しかし俺から逃げられると思っているとは、片腹痛い。
魂力全開でギーを追いかけようとしたそのとき――
「待つです! ギー様には手を出させないですよ!」
ラピスが修練着の背中を掴み阻止してきた。
「甘い!」
するりと修練着を脱ぎ、上半身裸でギーのあとを追う俺。
自分でもなんでここまで意地になっているかわからないが、ここまできたらもう逃すつもりはないぞギー。
俺はラピスの制止の声を背に受けながら、魂力全開でギーを追いかけた。
あっという間に修練場の通路にたどり着くもギーの姿はどこにも見えない。
しかし、そこの十字路を曲がった先にいるのはわかっているぞ。何たって魂力が丸見えだからなあ!
「逃すか――」
「きゃっ!」
勢い良く十字路を曲がった瞬間、俺は何かにぶつかり地面に倒れこんだ。
くそ、なんだいったい……? と、とにかく、ギーを追いかけないと。
そう思い立ちあがろうとしたそのとき、俺の下に柔らかい感触が広がっていることに気がついた。
も、もしかして人とぶつかったのか? そう思い恐る恐る覗きこんで見ると……。
プラチナブロンドの髪が輝きを放つ、息を飲むほど可憐な少女が俺の下に転がっていた。
「わ、悪い! 怪我はないか君?」
「きゃあああああ!」
跨ったまま謝罪をすると、突然少女が甲高い悲鳴をあげた。
え、あそうか、俺いま上半身裸なんだった……。
「ち、違う! これには訳があって――」
慌てて上半身を起こし説明しようとした瞬間、何か強い衝撃を受け俺は後方に吹きとばされてしまった。
「誰かと思えばグラム・クロムウェル……。あなたサイテーね!」
身を起こし見てみると、そこには目つきがするどく気の強そうな少女が、プラチナブロンドの美少女の肩を抱き俺を睨みつけていた。
これが俺と長い付きあいとなるクロエ・アズナヴールとの、初めてにして最悪な出会いであった。




