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麗しのフェルメール

 パブリックスクールに入学して初めての休日の昼下がり、刺すような日差しに肌をじりじりと焼かれながら、俺は一般生徒の寮から少し離れたある特別な建物に来ていた。

 建物の2階にあがると、ニーナ・クリフトと名乗る銀のスケールアーマーを纏った麗姿の近衛兵が、誰何(すいか)してきた。

 俺が名乗り要件を伝えると、確認ののち奥の部屋へと案内してくれた。


「あら、これはグラム様。わざわざ、訪ねていただけるなんて光栄ですわ」


 今日も三つ編みカチューシャがとても愛らしいフェルメールが、俺の顔を見るなり溢れんばかりの笑顔を見せた。

 すぐ隣で隙なく立っているエヴァルトさんも、どこか表情が柔らかく見える。


「実はシャルルたちも来ているのにゃあ!」

「来ているのだー!」


 俺の後ろに隠れていたシャルルとエレインが、いたずらっ子のようにひょこりと顔を出した。

 部屋につく少し前から、フェルメールを驚かしてやろうと楽しそうに話していたのだ。

 ちなみにベルは昨日の授業中に居眠りをしていたため、エルネに補習を受けさせられている。


「まあこれはエレインにシャルルまで! どうしましょう、(わたくし)嬉しくて涙が出そうですわ」


 フェルメールは決して大袈裟に言った訳ではない。現に少しだけ目が潤んで見える。


「きっとフェルがひとりで寂しがっているからって、みんなで遊びに来たのにゃ」

「お菓子も持ってきたんだよ。一緒に食べよフェル」


 訓練や任務やルイーズとのことで俺が忙しくしているなか、シャルルがみんなに声をかけ計画してくれたのだ。

 と言うのも、技能検定の魔物騒動があって以来フェルメールは授業に出ることもできず、ずっと部屋に閉じこもっているのだ。

 王族であるフェルメールが狙われた可能性が高いため、仕方がないと言えばそうなのだが、ずっと楽しみにしていただけにショックも大きいだろう。

 しかし魔物スクロールも大量に盗まれたままだし、いくらエヴァルトさんの腕が立ってもそうそう警戒を解くわけにはいかないのである。


「他のみんなも来たがっていたんだけど、あんまり大勢で押しかけても迷惑かなって思ってな」

「迷惑だなんてとんでもありませんわ。皆様なら(わたくし)いつでも歓迎いたしますことよ。ナタリア、ねーナタリア、これをグラム様からいただきましたわ」


 ふふ、ころころと笑い楽しそうに喋って、本当に明るい子だ。

 これだけ広い部屋なら、みんな連れてきても良かったもしれないな。そうしたらフェルメールはもっと喜んでいたはずだ。

 フェルメールの部屋はさすが王女殿下なだけあって、俺たちの部屋の倍以上の広さで、さらに壁やドアも通常より厚く頑丈な作りのようだ。


「あらあら、これは良かったですねえ、フェルメール様。すぐに紅茶と一緒にお出ししますね」


 ナタリアと呼ばれた40手前ほどに見える女性は、フェルメールからお菓子の入った包みを受けとりキッチンへ向かった。


「彼女は?」

「彼女はナタリア。(わたくし)のもうひとりのお母様ですのよ」

「ナタリアは元々、フェルメール王女殿下の乳母をしていたのだ。それを王女殿下がたいそうお気に召され、今では身の回りの世話などをしてくれている」


 フェルメールの言葉に俺がハテナを浮かべていたら、後ろに立つエヴァルトさんが補足をしてくれた。


「それよりも皆さま、学園生活のようすを(わたくし)にお聞かせになってくださらないかしら? (わたくし)、もうずっとずーっと楽しみにしておりましたのよ」


 フェルメールはプレゼントを待つ子供のように目を輝かせ、俺たちが席に座るのを待った。

 俺たちは勧められるままに席に座ると、誰からでもなく最近のことなど話し、紅茶とお菓子を堪能しながら話に花を咲かせた。


「まあグラム様ったら! また新しい女の方と仲良くされていらっしゃるのですか?」

「そうなのにゃ。シャルルたちってものがありながら、次から次へキリがないのにゃ」

「しかもこの前もまた、新しい子に声をかけていたらしいよ!」


 うん、なんだか悪い流れだなこれは……。

 フェルメールが、シャルルと俺の距離感に自分の記憶と違和を感じ、シャルルを問いつめたことから始まった。

 亜人の村でのできごとや、シャルルが俺に想いを打ち明けたこと、先日俺からキスをされたこととか、何でもかんでも話すもんだから、俺はただ相づちを打つマシーンとなっていた。

 それが気がつけばいつの間にやらこれだ。

 エレインが言っているのはアナイス嬢のことだろうけど、あれはあっちから話しかけてきたし、ターゲットなんだから仕方ないだろとツッコミたい。

 しかし今そんなことをしたら、きっと何倍にもなって返ってくるだろうから、俺は嵐が過ぎるのをただ待つしかないのだ。

 そう言えばアナイス嬢にまだお礼をしていなかったな。

 しかし何で女子というのはこうも恋話が好きなのだろうか。そしてなぜ、何でも友達に話したがるのだろうか……。

 そんなことを考えていたら、突然フェルメールが寂しげな表情を見せた。


「ああ、(わたくし)も皆様と一緒に学園生活を満喫したいですわ」


 隣に立つエヴァルトさんの顔を、チラリと覗きこむフェルメール。


「お気持ちはわかりますが、何者が何人潜んでいるのかもわからない状況です。私とニーナだけでは、王女殿下をお守りするにも限度があるのです。どうかご理解ください」


 エヴァルトさんはその言葉に、申し訳なさそうに目を伏せた。

 フェルメールはそんなエヴァルトさんを見て、前に向きなおり口をつぐんでいる。

 フェルメールにとってこの1年は特別なんだもんな……。


「あの、良かったら俺たちに護衛のお手伝いをさせてもらえませんか?」


 気がついたら俺の口からそんな言葉が出ていた。

 さすがにみんなの了承を得てからのほうが良かったかな?

 フェルメールの護衛をするということは、授業中も常に気を張っていないといけないってことだ。

 みんなだってこの1年をそれなりに楽しみにしていたはず。俺が勝手に決めていいものではない。

 となると、俺ひとりで引き受けるか……?


「うん、いい考えだよグラム。それならフェルも一緒に授業に出られるもん」

「グラム良く言ったにゃ。シャルルたちでフェルを悪者から守るのにゃ!」


 ふっ、どうやらいらぬ心配だったようだな。

 そうだよな。よく考えたら俺の仲間たちはみんなそんな奴らだ。きっと今ここにいない連中も喜んで協力してくれるだろう。


「ほ、本当によろしいのですか? 皆様には皆様の目的があるのではありませんか?」

「それは気にしないでくれ。俺たちの目的の人物も今回の犯人も、恐らく同じ人物だろうからな」


 反開戦派の勢力を拡大する問題だって、よくよく考えてみればフェルメールがいれば、相手からどんどんとすり寄ってくるだろう。フェルメールを出しにしているようで、少し申し訳ない気もするが。


「君たちの強さは良く聞いている。確かに君たちがついていてくれるのであれば心強いが、でも君たちは本当にそれでいいのか?」

「もちろん、いいにゃ」

「友達を守るのに良いも悪いもありません!」


 エヴァルトさんの問いに寸分も迷うことなく答えるふたり。誇らしい気持ちで胸が熱くなる。


「任せてくださいエヴァルトさん、フェル」


 フェルメールに選択科目を合わせないといけなくなるのは少し残念ではあるが、そんなことは些細なことだ。それでフェルメールが人生の内で1年だけでも青春を謳歌できるのであれば、素晴らしいことだからな。

 俺はそう思い、力強く答えた。


「グラム様、エレイン、シャルル。本当に、本当にありがとうございます……」

「フェル、これからよろしくね」


 エレインは震えるフェルメールの体を撫で優しく微笑んだ。その姿を見てエヴァルトさんが安堵の表情を浮かべている。

 さて、安心してばかりもいられないぞ。そうと決まれば、護衛について良く打ち合わせをしておかないといけない。

 大切な人の命がかかっているんだからな。


「グラム、フェルに魂力の訓練をしてもらうのはどうかにゃ?」


 突然シャルルが言った。確かにそうだな。身を守るには自身も強くなるに越したことはない。


「それが王女殿下は生来、魂力が少ないのか、いまだうまく認識することができないのだ」


 と思っていたら、エヴァルトさんからそんな言葉が返ってきた。


「グラムなら多分できるにゃよ。だってシャルルたちはグラムのお陰で、みんな2年前から魂力をコントロールできているのにゃ」

「ほ、ほんとうなのか……?」


 おい、シャルル! あんまり何でもかんでも言うんじゃない。エヴァルトさんが驚いているじゃないか。

 何てシャルルに目で合図を送ったら、嬉しそうにパチパチとウインクをしてきた。

 いや、そういうことじゃないんだ……。


「え、ええ。えっと、こんな感じで俺の魂力を放出して、相手の体内に流しこみ認識の訓練から始めるんです」


 言ってしまったものは仕方ないと、俺は人差し指を立てて真っ直ぐ魂力の光を伸ばした。


「な、なんだそれは? しかも人の体に流しこむって、そんなことが可能なのか……」


 やばい、思った以上に困惑しているぞ。もしかしてそうそう誰でもできるようなことじゃないのか?

 それに、やばいことはもうひとつあるんだよな。


「ただひとつ問題がありまして、俺の魂力を流すときに一緒に俺の存在を強く感じると言いますか……。みんなが言うには、俺に体をまさぐられているような感覚になるそうです」


 恐る恐るエヴァルトさんの顔を覗いてみる俺……。

 やばい、めっちゃ睨んでいる。ふ、不敬罪でしょうか……?


「はぁ、グラム様にそうのようなことをしていただけるなんて、(わたくし)とても楽しみですわ」


 これは打ち首かな? なんて思っていると、フェルメールはうっとりとした表情を見せた。


「……王女殿下が望まれるのであれば私は、聞かなかったことにしましょう。身の安全が第一ですからね」


 エヴァルトさんはそう言うと大きなため息をついた。良かった、どうやら首は繋がったようである。


「そうと決まればグラム様、早速参りましょう」


 何て安心していたら、フェルメールが俺の手を取りベッドルームに引っ張ろうとした。


「いや、さすにそれはまずいだろ!」

「でも(わたくし)、みんなの前でなんて恥ずかしいですわ。だって初めてなんですもの……」


 いや初めてでなくてもみんなの前は恥ずかしいだろ! じゃない、何をするつもりなんだフェルメールは!


「良いですわねエヴァルト?」


 フェルメールに言われ、エヴァルトさんは頭を抱えながら肯定の返事をした。

 そして俺は無邪気に笑うフェルメールに手を引かれ、天蓋つきの豪奢なベッドの上に連れられた。


「グラム様、優しくしてくださいね……」


 潤んだ瞳で頬を染めるフェルメール。これはいわゆるキス待ち顔ってやつだな。

 もちろんしないけど!

 俺はなるべく余計なことを考えないように、ベッドの上で女の子座りをするフェルメールの手を取り、ゆっくりと体の隅々に魂力を流していった。

 それから1時間ほどして――


「なんだこれは! 王女殿下の魂力の許容量が、1回り大きくなっているではないか……」


 艶かしく上気したフェルメールの姿を見て、エヴァルトさんが驚愕を浮かべた。

 その言葉にフェルメールの魂力を探ってみると……。確かに大きくなっている。

 あれ? 今までもそうだっけ? 少なくともラピスにはここまで劇的な変化は見られなかったような。


「まさか自分の魂力を分けあたえたと言うのか……? しかしそんなことが可能なのか?」

「えっと、普通はできないものなのですか?」

「そもそも人間の体は、他人の魂力を受けいれるようになどできていない。魂力はその者の生命エネルギーに等しいものだからな」


 ベルは真紅のコアを持つダンジョンだから別として、普通はそうだよな。

 自分の中に他人が入ってくるようなものなんだし。あれ? でも……


「藍晶石はどうなんですか? あれはみんな普通に使っていますよね?」

「あれは溜めこまれた余剰エネルギーをただ使っているだけだ。体に取りこんでいるわけではない」


 なるほど、スマホや他の家電がバッテリーの充電を使っているようなものか。

 となると何でできるんだろう。俺の魂力がただ規格外だからってだけじゃ説明がつきそうもないよな。


「もしかすると君の固有スキル(ユニークスキル)なのかも知れないな」

「え? 俺に固有スキル(ユニークスキル)があるんですか?」

固有スキル(ユニークスキル)はその者の性格や望みに大きく影響することがある。グラム君は驚くほどに献身的だからね。そうであっても不思議な話ではない」


 ほう、それは初めて聞いたな。

 確かにエルネは、幼い頃ずっと1人だったから友達が欲しいと強く願っていたのかも知れないな。

 シャルルはあまり認めたくないけど、過去の暗い話から消えてしまいたいと望んでいたのかも知れない。

 ラピスとラズリは2つで1つのような効果だからいかにも双子らしいし、いつも側にいたいという気持ちの現れだったりするのかな?

 そして俺は献身的か。みんなの体をまさぐりたい望みとかじゃなかったらいいな……。


「それにしても本人が無自覚なのが少し気になるけどね」

「普通はわかっているものなのですか?」

「ああ。ある日、突然頭の中に使えるってイメージが湧くんだ。その効果と自分に合った発動キーと共にな」


 魂の欠片(ソウルスフィア)(スキル)を覚えたときのような感覚か。

 しかしラピスとラズリの自分に合った発動キーって『白黒乙女の秘密の穴(こらこらコラプサー)』だよな?

 何を思ってそんなふうになったのか1度問いつめてみたいが、セクハラ親父みたいだからやめたほうがいいだろうか。


「色々と疑問はあるが、とにかく助かったよグラム君。あとは私のほうで、王女殿下をみっちり鍛えておくことにしよう」


 エヴァルトさんはそう言うとニヤリと口角をあげた。その顔を見たフェルメールが微かに怯えたのを、俺は見のがさなかった。

 本当にみっちり鍛えられるんだろうな……。

 俺はフェルメールを少し不憫に思いながら、エヴァルトさんと今後の護衛について打ち合わせをするのであった。

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