愛の告白は突然に
学園生活4日目の朝。
金管楽器が奏でる力強い音が、パブリックスクールの敷地内に高らかに響きわたる。
すでに早朝訓練を終え汗を流していた俺は、急いで制服の袖に腕を通し身なりを整えた。
「さあみんな、さっさと着替えて食堂に行くぞ」
俺は特にベルに聞こえるように、手を叩きみんなを急かした。
エルネはとっくに準備を終えているのだろうが、いまだ寝ぼけ眼のベルの身支度を手伝ってあげているのだろう。
「おはようグラム。今日からいよいよ座学が始まるね」
一緒に早朝訓練をしていたエレインが、少し伸びてきた髪を櫛でとかしながら現れた。
2年前に俺がプレゼントした、花と蝶の蒔絵がついた赤い櫛くしかんざしを使って。
「おはようエレイン。選択科目は何にするか決めたか?」
「んー、どんなのかわかんなくてまだ迷っているんだ。最初はグラムと同じのをって思ったんだけど、それよりもグラムの力になれるのがいいかなって思ってさ」
エレインは、はにかみながら答えた。
座学の授業は幾つかの必修科目と選択科目に別れている。
政治、経済、法律、歴史、地学、哲学、心理学、数学、工学などの一般的な学問から、戦術学、統率論、軍事土木学、軍事心理学、軍事地理学、戦争哲学、魔法学、魂力学などの戦争学まで多岐に渡っており、聞いただけではどれにするかなんて簡単に決めることは難しいだろう。
知識欲の塊の俺とエルネなんかは、受けられるだけ受けるぞとふたりで目を輝かせ興奮しているけど。
「選択と言っても選んだものしか受講できない訳じゃないから、幾つか受けてみて自分が楽しいって思った物を継続受講したらいいさ」
「うん、そうだね。せっかくの機会だから楽しんでみるよ」
「エレインは実技のほうが楽しみなんですよね?」
ふたりで話していると、制服姿のエルネがベルの手を引き現れた。
ベルの目はまだ開ききっていないようである。
「うん! ルイーズと一緒に色々想像して盛りあがっていたんだぁ」
ふたりが興奮して語りあう姿が、目に浮かぶようだ。
実技も剣術、体術、槍術、弓術、斧術、盾術、魔術、馬術、泳術、集団戦闘術とかなり豊富だもんな。
何にせよこれから1年が楽しみである。
「さて、ルイーズたちを誘って食堂に行くとするか」
俺たちは選択科目について話しあいながら部屋を後にした。
「おい見てみろよ。あいつら朝から仲良く手を繋いできたぜぇ」
「いいなあ。私も素敵な彼氏とイチャイチャしたいなあ」
長テーブルで朝食をとっている生徒たちが、俺たちに気づきヒソヒソと声をあげる。
「べ、別に手まで繋ぐ必要はないのではないでしょうか……?」
それを受けルイーズが真っ赤な顔で呟いた。
「ダメにゃ。ふたりは許嫁なんだからしっかりアピールしておくにゃ」
「そうだよ、もしバレてグラムが退学になったりしたら大変なんだから」
「た、確かにそれはそうですね……」
真っ赤になりながらも、ふたりの言葉でギュッと手を握りしめるルイーズは本当に真面目だな。
シャルルとエレインが言う通り、俺とルイーズは婚約者アピールをしている。
一緒に食堂に行くだけで充分じゃないかと言ったところ、シャルルに念のため手を繋いでおけと言われたのである。
指を刺す生徒までいるし、ガラドの視線も気になるしで、できれば俺も勘弁して欲しいんだが……。
「それにこうしておけば、グラムに悪い虫が付かないで済むのにゃ」
「お前……、まさかそっち目的じゃないだろうな?」
「そ、そんな訳あるはずがなかろう。なあシャルル、エレイン」
シャルルの失言を慌ててフォローするベル。それに返事をするエレインの目もどこか泳いでいるように見える。
なるほど、打ち合わせていやがったな……。
でもその言葉で、ガラドもなるほどって顔をしているし、こいつらが安心できるのならそれでいいか。
「いいじゃないかハニー。俺たちの仲の良さを見せつけてやろうぜ」
そう思い俺も頑張ってアピールしてみると――
「坊ちゃま、それは少し気持ちわるいです」
「ですよね……」
エルネにとても冷たい目をされてしまった。慣れないことをするものではないな。
それから俺たちは、カウンターに並ぶ料理の中から好きなものを取り、空いている席で食事を始めた。
「しかしエルネはいつも幸せそうに食べるのお。見ていて気持ちが良いぞ」
熱々のシチューをうっとりとした顔で頬張るエルネを見て、ベルが言う。
「い、いいじゃありませんか。だって幸せなんですから」
「私もエルネさんが食べている姿見るの好きだよ」
エレインにも言われ少し恥ずかしそうなエルネ。朝から良いものが見れて満足である。
と言うか、ベルもたいてい幸せそうに食べているけどな。今でも口の周りに食べカスを付けたりするし。
それに対してこのルイーズの落ち着きざまよ。まさにお淑やかって感じである。
「ところで婚約者って、何をしたらいいんだろうな?」
そんなことを思いながら、カリカリに焼かれたベーコンと卵を挟んだパンを頬張り、俺はふと呟く。
「な、ナニをって何をするつもりなのですかグラム殿!?」
「いや待ってルイーズ、何か酷い勘違いをしていないか?」
すると、ルイーズが椅子をガタリと鳴らしひどく慌てた表情を見せた。いったい何を想像したのだろうか……。
「勘違いじゃないですよ!」
「そうです! こいつは常に頭がピンクな、乙女の敵なのですから!」
そしてまたややこしい奴らがきやがった。
「俺が何をしたって言うんだよ?」
「な、何ってそりゃ……。とにかく、ラピスはあんたを許さないです!」
「です!」
「ラピス、ラズリ、それくらいにしておけ」
どうしたものかなと思っていたら、遅れて保護者が現れた。
手元のトレイには葉物野菜のサラダと、湯気の立つスープが乗っている。
「おはようギー。しっかり朝ご飯を食べないと強くなれないぞ」
「む、そ、そうか。しかし昨夜はたくさんご馳走になってしまったからな……」
まるで女子のような発言をしているギー。
クラスの女子が昨日の晩はラーメンを食べてしまったから、お昼は野菜ジュースだけで我慢すると言っていた話をふと思いだす。
「ギー様、私のパンを1つ食べるですか?」
「そうだな。悪いがいただくとしよう」
そう言ってギーにパンを1つ手渡すラズリ。
トレイの上にはまだ3つのパンと、オムレツにベーコンにスープまで乗っている。昨夜もそうだったけど、小さい体で良く食べるな。
「ところでクロムウェル、聞いたか?」
「ギーさん、良かったらここ座りますか?」
立ったまま話しかけるギーに、俺の向かいに座っているエルネが声をかけた。
「ああ、すまない。感謝する」
エルネはトレイを手にして、ラピスとラズリと一緒に後ろの席に移った。
「で、聞いたかって何のことだ?」
「学園で管理をしている魔物スクロールの数が、リストと大幅に合わないらしいぞ」
「合わないって、何者かに持ちだされたということですか?」
ギーの言葉に隣に座るルイーズが反応した。
「えっと君は?」
「失礼しました。ルイーズ・フィルフォードです。以後お見知りおきを」
席を立ち、制服のスカートを摘み頭を下げるルイーズ。
「と言うことは君がクロムウェルの!?」
「あ、えっと……、はい。グラム殿とはその婚約関係にあります……」
ルイーズは両手を頬にあて、恥ずかしそうにそう言った。
「そ、そうか、なるほど君があの……。あ、すまない。俺はギー・オーギュストだ。よろし頼む」
あれ? この反応おかしいな。
「おいギー、ラピスとラズリからは何も聞いていないのか?」
「……ん? な、なんだ? 何のことだ?」
やはり反応がおかしいギー。そして後ろから「まずいです!」とふたりの声が聞こえてきた。
「……グラム殿、話してもよろしいのですか?」
いぶかしむ俺を見て、ルイーズが耳に手をあて小声で話しかけてきた。
俺が女癖が悪いなんて根も葉もない噂が立ちそうだったから、悪い印象を与えないためにラピスとラズリに説明しておいたんだけど、ギーが俺を軽蔑しているようすもないし、まあこのままでもいいか。
「いや、何でもないんだ」
俺がそう言うと、後ろから安堵の息を吐く音が聞こえた。別にいいけど何であいつらは言ってなかったのだ。
と、今はそんなことより大事な話をしているんだったな。
「ところでギー、その話は誰から聞いたんだ?」
「今日はやたらと衛兵の数が多いだろ? 何事かと問い詰めたところ、そう話していたのだ」
「言われてみれば確かにうじゃうじゃとおるのお」
ルイーズの反対隣に座るベルが、スプーンを手に辺りを見回している。
学園側もこれ以失態を晒す訳にはいかないもんな。そしてなるべく秘密の内に処理をしたいと考えているわけか。
大丈夫なのかこの学園? 後でエヴァルトさんに相談に行ったほうが、いいかも知れないな。
「でも、何が目的なんだろうね?」
「そりゃ決まっているだろ。この学園には政争のターゲットとなる人間は幾らでもいるからな」
パンをかじりながら、斜向かいに座るエレインに答える。
「クロムウェル、それでも貴様は戦争を起こさない方法があると信じるのか?」
「まあな。だって、諦めたら終わりなんだぜ」
「……なるほど、貴様は強い奴だな」
「当たり前だよ。だってグラムは私の大す……。えっと、私の選んだ主だもん」
とてもいい笑顔で愛の告白をしようとするエレイン。可愛いし嬉しいけど、今そんな大声でされると少し困るのだ。
そう思い俺が隣に座るルイーズをこっそり肘でつつくと――
「そ、そうですよ、え、えっと……。なんて言ったってグラム殿は、私の愛する人ですからね!」
ルイーズはビクリと反応すると慌てたようすで、奥の席まで届くほどの大声で愛の告白をした。
途端にあちらこちらから、女子の喜ぶ声と男子の冷やかしの声があがる。
「おい、聞いていた話と違うぞ……」
「思わぬ伏兵がいたもんにゃ……」
そして何やらこそこそと話しているベルとシャルル。
そんな中、ルイーズは耳を真っ赤にして、顔を隠し硬直するのであった。




