裸の付きあい
「ふー、スッキリしたです」
ラピスはとても晴れやかな顔で席に戻った。
気のせいか肌がつやつやとして見える。
「貴様、本当にやましいことはしていないんだろうな? な、何かいやらしい声が聞こえていたぞ!」
俺たちが戻るなり、ギーが席を立ちがなりたてる。
目の前で自分の従者がベッドルームに連れこまれたとあっては、冷静でいられないだろう。
まあ、連れこまれたのは俺なんだが。
「い、いやらしい声なんて出してないです!」
耳まで真っ赤にして反論をするラピス。さっきのことを思いだして俺まで赤くなる。
「な、何を赤くなっているです!? あんたがそんな態度だと、怪しまれてしまうですよ!」
いやお前のほうが真っ赤だろ。
って言うかラピスはかなり敏感なのか、魂力を流すたびにピクピク体を反応させるし、艶かしい声や吐息を出すしで理性を保つのがなかなかに大変だったのだ。
アニメ声優みたいな声も可愛いし、だんだん肌が上気していくしで、ほんとよく耐えたよな俺。
「それでどうですかラピス? コツは掴めましたか?」
エルネがラピスの顔を覗きこむ。
「バッチリですよ。まだ自分ではうまくできないですが、あんな力があったなんてビックリです」
「それは良かったですね」
すっかり元気になったラピスの顔を見て、エルネは柔和な笑顔を見せた。何ともエルネらしいな。
「訓練すればだんだんものになってくるさ」
「あ、ありがとですよ、ふたりとも」
「私は何もしていませんよ」
「あ、あんたが頼んでくれたからですよ。とにかく感謝しているです! さてそうとなれば、ラピスもご飯を食べるですー」
ラピスは不器用に礼を言うと、気恥ずかしさを誤魔化すように半熟煮卵を頬張った。
「んはあ、おいしいですよ!」
さっきのラズリと同じ顔で喜ぶラピス。まあ、何にせよ良かった良かった。
「ねえ、ラピス……」
「何です? 確かエレインと言ったですか?」
不安げなエレインの顔を見て、ラピスは水を一口飲む。
「グラムのこと好きになったらダメだからね」
突然のエレインの言葉に、ラピスは含んでいた水を豪快に吹きだした。
「な、なる訳ないですよ! ラピスは体は許しても心まで許す気はないです!」
「おま、誤解を招くような言い方をするなっての!」
ただでさえギーが心配していると言うのに――
「貴様、ラピスと何をしていた!?」
と思っていたら、髪と顔を水で濡らしたギーが、俺の胸ぐらを掴んできた。
「お、落ちつけって! ちょっと俺の魂力をラピスに流して、魂力コントロールの訓練をしていだけだ……」
「そんな戯言を俺が信じると思ったか!」
「ギ、ギー様ほんとですよ! ラピスは何もしていないです!」
ギーの腕を掴んで、潔白を訴えるラピス。
「そ、そうか、ラピスがそう言うならいいんだ……」
信じてくれたのかギーは俺の胸ぐらから手を離した。
良くみると腕まで水が滴っている。
「とりあえずシャワーでも浴びてこいよ。後でタオルを持っていってやるから」
「ん?」
「いや、お前ラピスが吹きだした水でビチョビチョじゃないか」
「あ、ああ、そうか。悪いがそうさせてもらおう」
そう言い残すと、ギーは素直にバスルームへと歩いていった。
「まったく、お前が紛らわしい言い方をするからだぞ」
「ま、まあ誤解がとけたから良しとするですよ。さて、ご飯の続きです」
「ラピス、本当に何もなかったですか?」
誤魔化そうと席に座るラピスの顔を、ラズリが覗きこむ。
「ないですよ! ラピスがギー様の気持ちを無視する訳ないです!」
「そうですか。ところで、魂力のコントロールというのはそんなにすごいですか?」
納得したのか、ラズリもラピスと同じように食事を再開した。
しかしちっさい体なのに、おいしそうにいっぱい食べてくれて嬉しいな。
なんてふたりを眺めていたら、いつものじとっとした視線を感じた。
「おい。なんで突然頭を撫でるのだ?」
不機嫌そうに見上げベルが言う。誤魔化そうとしたことがバレバレである。
「急にそうしたくなったと言うか何というか……」
「やましいことでもあるのではないだろうな?」
「あ、ある訳ないだろ。さて、俺はそろそろタオルでも持っていくかなっと」
何か言いたげなベルから視線を外し、俺は逃げるようにリビングを後にした。
「おーい、タオルと俺ので悪いが着替えを置いておくぞー」
バスルームに入り着替え棚にタオルとシルク――と言っても魔物の糸だが――のシャツを置き、 籐の衝立から透けて見えるギーに声をかけた。
「な! なぜ勝手に入ってきているんだ!?」
すると、慌てたようすでギーが頓狂な声をあげた。こいつの声こんなに高かったっけ?
「いや、着替えを持ってくるって言ったろ?」
ついでに裸の付きあいでもして、色々と話を聞こうかななんて考えてもいるけど。
そう思って俺も服を脱いでいくが、なぜかギーから何も反応がない。
「おーい、聞いているか?」
「……あ、ああ聞いているぞ。もう大丈夫だから、先に外で待っていろ」
お、いつもの声だな。でもさっきから妙に慌てているよな。
「せっかくだから俺も一緒に入ろうとしていたんだがダメか?」
「い、一緒にってお前それはまずいだろ!」
「はあ? 別にまずくはないだろ」
さっきから何を言っているんだこいつは?
漫画とかなら実は女でしたってオチなんだろうけど、この声はどう考えても男だしな。
それに確かにギーは美形だけど、結構男性フェロモンが出ている感じの美形だし。
もしかして、サイズのことを気にしているのだろうか? 15歳と言えば思春期だもんな。
まあ、一緒に入ってしまえば気にならんだろ。
「ま、まずくはないか。そうだなまずくは――な、ななな、なんで入ってきている!」
「まあそう言うなって。おい、もうちょっとそっちに寄ってくれよ」
俺は手桶で体を流すと、広めの浴槽にギーと向かい合うように座った。
ふう、しみるなあ。異世界にお風呂文化があって良かったと、しみじみと思う。
魔石さまさまだなあ。
「あ、そうだ。エルネが入浴用の精油を買ってきてくれたんだった。ちょっと待ってろよ」
「おいい! なんで立つんだ」
「いや、精油を取ろうかなって。着替え棚の上に置いてるんだよ」
「いい、いいから座ってろ! み、見えているだろ!」
何だこいつは? 普段あまり人と、風呂に入ったりはしないのか?
まあ、いいや。せっかくの機会だし色々と話をするか。
「ところでギーは何でこの学園に入ったんだ? 将来、王宮勤めをしたいとかか?」
「……い、いや、それは考えたこともないな。俺はただ父の力になりたいいだけだ」
ギーはようやく人心地ついたようすで言った。
「と言うことは、お前も戦争をしたほうがいいと考えているのか?」
「……難しい質問だな。貴様はどうなんだクロムウェル?」
ギーの父親であるオーギュスト辺境伯は、開戦派の人物だ。その力になりたいと言うから、ギーも同じかと思ったけどまだ悩んでいるのかな?
「俺は戦争――と言っても砦に迫る敵兵を、迎撃する場面を見たことがあるんだけど、ああいうのはできる限り見たくはないな」
「だから戦わぬと? 黙っていても相手は攻めてくるのだぞ。領民を守るのは領主の責務。お前は何のために税を徴収しているのだ」
「俺も大切な人たちを守るためには戦うさ。ただ、戦わずに済むのならそれに越したことはないだろ?」
「父は、人から争心がなくなることはないと言っている。人は我欲のためなら何だってする、そういう生き物なのだと」
後者はともかく、前者は俺も同意だな。
どれだけ満たされていても、他と比べさらに優位に立ちたいと望む。そうして歴史は作られてきたんだもんな。
「だから戦争は回避できないと?」
「わからん。ただ、力を持つものが法の元に管理すれば、争いはなくなるだろう。そう父は考えている」
「アイレンベルクがその役を担うために、開戦すべきだと考えているのか」
傲慢な話だよな。でも俺も人のことは言えないか。
ワーグナー領で人を殺すための兵器を、開発したんだもんな。
大切な人を守るためなら、敵兵を殺してもかまわないと考えて。随分と傲慢な話だ。
「貴様は先ほど、戦わずに済むのならそれに越したことはないと言ったな? 今の世の中、そんなことが可能だと思っているのか?」
ギーは責めるではなく、興味を持ったような態度で問いかけてきた。
「人から争心はなくならない――それは俺も理解できる。だから人類がみな平和の心をというのは難しいと思うけど、それがイコール戦争がなくならない理由にはならないと思っている」
「どういうことだ?」
「争心はあれど戦争は何も益を生まない、または忌避感を大きく植えつけることで、戦争をしようと思わせないようにすることはできないかなと」
「そんなことが可能なのか?」
「それこそわからないさ。でも武力による争いではなく、経済的な争いにシフトさせるとか、文化を育て交流を増やすだとか、何か方法はないかと常に考え続けたいと思っている」
「考え続けるか……」
ギーは反芻するように中空を見上げ呟いた。
偉そうなことを言いつつ、結局俺の言葉には何も具体性がない。そんな俺の言葉を真剣に受けとめ考えてくれているということは、ギーは開戦派の家の子だから開戦に賛成だと、そんな単純に完結する問題だとは捉えていないということだろう。
フィルフォード卿のデータ通り実に実直だな。
「さて小難しい話はここまでにして、そろそろ出ようぜ。食後のデザートも用意しているんだよ」
俺はおもむろに立ちあがりギーに言った。
「な、やめろ! 変なものを見せるな!」
「変なものって、ギーにも付いているじゃねーか」
「やめろ! 言うな触るな!」
「わかった、わかったから暴れるなって。じゃあ、先に出ているからギーもそろそろ出てこいよ」
なぜか挙動不審なギーに告げると、俺は体を拭き服に着替えバスルームを出ていった。
「はふぅん! 少し期待していたですがグラム・ド・レージュのプリンを食べられるとは。あぁ、感激ですぅ……」
リビングに繋がる廊下を歩いていると、何とも悩ましいラピスの声が聞こえてきた。
その声に、さっきの艶かしいラピスの姿が頭をよぎる。
「満足してくれているようで何よりだよ。お土産にマカロンも用意しているから楽しみにしていてくれ」
「ほ、本当ですかー!?」
俺の言葉を受けラズリが満面の笑みで振りむいた。どうやら今日の親睦会は大成功のようだな。
「そう言えば、クロムウェルはどこに行っていたです?」
席に座ったのを見てラピスが問いかける。何だこいつ、聞いていなかったのか?
「風呂に入っていたんだよ」
「お風呂って、ギー様はどうしたです?」
「ギーも、もう少しであがると思うぞ」
「あんた、まさかとは思いますが、ギー様と一緒に入っていたとか言わないですよね……?」
震えた手でプリンを一口頬張るラピス。
「ああ、一緒に入っていたぞ」
「ぶっ!」
ラピスが豪快にプリンを吹きだし、俺の顔がプリンまみれになる。
「何すんだよ!?」
「何すんだじゃねーですよ! この変態ドスケベやろーです!」
「や、やっぱりこいつは乙女の敵です!」
ガタリと席を立ちあがり好き放題俺を罵るラピスとラズリ。
なんだ? ギーの裸を見たから嫉妬しているのか?
「別にいいじゃないか。ちょっとくらい」
「みんなそう言って犯罪に手をそめるですよ!」
「ラピスそんなこと言っている場合じゃないです!」
ふたりは顔を見合わせたかと思うと――
「「ギ、ギー様ぁあああああ!」」
慌ててバスルームに駆けていった。
「お前、まさか男にまで手を出したんじゃないだろうな?」
「そ、そうなのかグラム!?」
「出す訳ねーだろ!」
あまり冗談に見えないベルとエレインの目に、もやもやしたものを感じる俺。
そしてしばらくしてギーを抱えたラピスとラズリが現れ、俺の人格を否定する捨てぜりふを吐いて出ていった。
「ぼ、坊ちゃま……」
意味もわからず呆けるなか、エルネの俺を見る哀れんだ目だけが、せめてもの救いであった。




