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親睦会

 昼も3時を回ろうかという頃、ようやくギーたちが現れた。

 いつまでたっても来ないから、そろそろ帰ろうとしていた矢先である。


「おい、お前がどうしても俺と訓練をしたいと言うから来てやったぞ」

「「来てやったです!」」


 俺の顔を見るなり、ギーがぶっきらぼうに言った。

 なるほど、ラピスとラズリはそういう風に説明している訳か。

 普通なら、これだけ遅れてきて何だその態度は! となるところだけれど、さっきのラピスとラズリの話を思い出すと、不思議と微塵も怒りが湧いてこない。

 よく見たら微妙に視線をそらしているし、きっと恥ずかしがっているんだろうな。


「わざわざすまないな。来てくれて嬉しいよギー」


 そんな可愛いらしいギーに、外用の笑顔で右手を差しだす俺。


「ふん、俺はただ鍛練がしたかっただけだ。が、せっかくここまで来たのだから、少し体を温めてくるとしよう」


 ふふ、微かに口角を上げていたのは見逃さなかったぞ、ギーよ。

 差しだした手も握りかえしてこそもらえなかったが、一瞬ピクリと反応していたしな。

 しかしこれはまるで、捨て犬の心を開く心境だな。

 そう思えばなんだかほわほわした気持ちになってきたぞ。

 ところで……


「おい、何をしている?」


 俺は、木剣を片手にギーを追いかけようとしている、ラピスの後ろ襟を、おもむろに掴んだ。


「ん! いきなり乙女に何するです!? さっさと離すですよ」


 後ろ襟をむんずと捕まれたまま、両手をジタバタとさせるラピス。


「お前は右手を怪我しているだろ? 今日は見学だ」

「こんなのもう治ったです。剣を振るだけなら、右手はあまり関係ないから大丈夫です!」

「嘘つけそんな早く治るわけないだろ」


 確かに剣を真っ直ぐ振り下ろすだけなら、右手は添えるだけで力はさほど必要ない。

 しかし、それでも振動は伝わるし、返したり横に切ったりするなら、右手の負担もさらに増してくる。

 つまりこんな状態で剣を振らす訳にはいかないってことだ。


「でも、ラピスだけのんびりしていられないですよ!」


 くっ、本当はまだ痛みもあるだろうに、なんでこいつはこんなに頑ななんだ?

 そう思っていると――


「ラピス! 今日はおとなしくしていろ」


 俺たちのやり取りを見ていたのか、ギーがラピスを睨みつけた。


「……はいです」


 俺の言葉には聞く耳をもたなかったのに、一気にしゅんと落ちこむラピス。

 こいつらの関係性が良くわかる。

 しかし、何でこいつはこんなに焦っているんだ?


「みんなに置いていかれるのが嫌なのか?」

「そんなんじゃないですよ! あんたが余計なことさえ言わなければ……」

「そんなに強くなりたいのか?」

「当たり前です。あんたみたいに恵まれた人間には、わからないですよ」


 恵まれたか。確かに俺は家族にも仲間たちにも恵まれているよな。

 まあそれはいいとして……。ふぅ、こんな寂しい顔されたら放っておけないじゃないか。


「じゃあ今日は、右手を使わないでもできる訓練方法を教えてやるよ。しかも飛びっきりの奴をな」

「ほ、ほんとですか? それをしたら強くなれるです?」


 俺の言葉に跳ねるような笑顔を見せるラピス。


「ああ、もしかしたらお前だけ飛び抜けてしまうかも知れないぞ」


 それに気をよくした俺が、さらにラピスの喜びそうな言葉を返してみたところ――


「坊ちゃま、もしかしてあれをなさるおつもりですか?」


 いつの間にか話を聞いていたエルネが、心配そうに問いかけてきた。


「あれなら、右手を使わず安静にしたままできるだろ?」

「しかし、まだ知り合ったばかりの、しかもうら若き乙女にいきなりなさるのはどうかと……」


 そうか、そうだよな。

 距離のつめかたがおかしいよな。

 だって、まだ握手をする段階なのに、いきなり体をまさぐる訳だもんな。

 あいつらのこともあってか、どうやら感覚が麻痺していたようだ。


「そうにゃ。グラムが女の子に襲いかかったって退学になったら困るのにゃ!」

「あ、あんたラピスに何をするつもりなんです!?」


 あいつらの内のひとりの人聞きの悪い言葉により、慌てて俺から離れようとするラピス。目が怯えて見えるのは、気のせいではないだろう。


「ラピスは体の中を流れる魂力を、認識できているか?」

「なんとなくはわかるですよ」


 あえて平静を装ってみたけど、ラピスはまだ少し警戒しているようだ。俺の評判よ……。


「例えば踏みこむときに足に魂力を込めたり、コントロールはできるか?」

「そんなことできるわけ……って、できるのです?」


 一瞬否定しようとするも、俺の顔を見て半信半疑といった感じに聞きかえすラピス。

 どうやら、まだまだ伸び代はいっぱいあるようだ。


「訓練次第でな。今日は見学しながらそれを意識してみろよ」

「でも、いきなり言われても難しいですよ」


 ラピスは左手でポリポリと頭をかいている。

 確かになんとなくしか意識していないものを、いきなりコントロールしろと言われても難しいよな。

 うーん、なんと伝えたものか……?


「おーい、クロムウェルー! ウォームアップが終わったってギー様が待っているです。早くこっちへ来るですよー」


 思案していると、ラズリの俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 目を向けてみると、サイドテールを揺らしながら手を振るラズリと、その後ろでチラチラとこちらを伺うギーが視界に入る。


「エルネ、悪いが基本的なことだけラピスに教えてあげてくれるか?」

「かしこまりました。どこまでできるかわかりませんが、やってみます」

「あ、ちょ、待つですよ!」


 慌てて俺をひき止めようとするラピス。

 俺は申し訳なく思いながらも、ラピスのことをエルネに任せ、ギーたちと一緒に素振りや地稽古を始めた。

 それからしばらく一緒に稽古をし――うん、ギーたちの力量がなんとなくわかってきたな。

 一言で言うなら昔のエレインくらいの強さだ。

 ギーが15歳にしては身体能力が高いと言われていることから、俺の仲間たちの異常性が改めて実感できる。

 そんな異常な力をみんな見せてしまったにも関わらず、大騒ぎされていないのは、それだけこの世界に可能性が秘められているということなのだろう。


「ギー様、少し早くなったですか?」


 ギーと地稽古を終えたラズリが、ギーの額の汗を拭いながら驚いている。


「そうか? 動きやすくなった気はするが……」

「間違いなくなっているよ。剣を振る音も良くなってきたから、無駄な力が抜けたんだろうな」


 ふたりに近づきながらそう言うと、ギーはピクリと体を反応させた。


「ま、まあ、そういうことなら貴様のアドバイスが良かったんだろう」

「たいしたことは言っていないさ。こんな短時間で自分のものにできる、ギーのセンスと努力のたまものだよ」


 そしてわかったことがもうひとつ、ギーはかなり扱いやすい奴だ。

 と言うか、キツそうな態度や見た目とは裏腹にかなり素直である。

 言い方に少しコツがいるものの――例えば、ただ否定するのではなく、なぜそうしたほうがいいかをちゃんと説明してやる。そうすると、ビックリするくらい素直に言うことを聞いてくれる。

 後ちゃんと褒めてやることも大事だ。できたことや良くなってきたことを褒めてやると、それを反芻(はんすう)して自分のものへと変えていく。その時に見せるこいつのはにかんだ顔も、だんだんと癖になってきて可愛いらしく思えてきたほどだ。

 なんて心の中でニヤニヤとしていたら、修練場の窓から茜色の陽が刺していることにふと気がついた。


「さて、今日はここまでにするか」

「そ、そうか、もうそんな時間だったか……」


 残念そうな顔を見せるギー。


「クロムウェル、あんた毎日欠かさず訓練をしているですか?」


 ラズリがギーから木剣を受けとりながら問いかけてきた。


「この時間にすることはあまりないけど、基本的に朝は毎日やっているな」

「そうですか。また一緒しても良いですか?」

「ああ、もちろんだ」


 俺の返事を聞き密かに口角をあげるギー。ラズリはご主人様思いだな、きっとギーが残念そうにしていたことに気がついていたのだろう。


「ところでせっかくこうして知り合えたんだし、良かったら晩ご飯でも一緒にして、もっと交遊を深めないか?」

「え、いいのか!? あ、いや、そうだな……。まあそこまで言うのなら、断る理由はないな」


 一瞬、本音が漏れてしまうも、慌てて平静を装うギー。

 そんなに喜んでもらえるとは、しっかり持てなさないといけないな。俺としては、ここからが本番な訳だし。


「じゃあ、2時間後に俺の部屋に来てくれ」


 俺は足取り軽やかなギーの背中を見送り、みんなと部屋に帰った。


 ◇◇◇◇


「おいしーです! 見た目が真っ黒でビックリしましたが、口の中でおいしさがとろけるです!」


 今晩食べようと昨夜のうちに作っていた豚の角煮を頬張り、ほっぺに手をあて感嘆の声をあげるラズリ。


「この卵とご飯を一緒に食べるのも、すっこくおいしいよ」

「……こ、こうですか?」


 あまりに美味しそうに食べるラズリを見て、エレインが自分のお気に入りの食べ方を披露する。

 熱々のご飯の上で、器用に箸を使い煮卵を割るエレイン。湯気の立ちのぼる白米の上を、醤油に色づく卵の黄身がトロリと溶けていく。

 そのあまりに魅惑的なビジュアルに、ラズリがゴクリと生つばを飲みこみエレインを真似てみたところ……。


「ん、ううーん! ふっごく、おいひーでふ!」


 ラズリは頬張った煮卵のように、顔をとろんとろんにとろけさせた。もはや興奮して何を言っているのか良くわからないほどだ。


「我はテンプラが好きだぞ。こう塩を少しだけつけて食べるのがおいしいのだ」

「どれどれ……。ん! フリッターに似てますがもっと軽くてサクサクでおいしいです!」


 今度はベルのおすすめを頬張るラズリ。さっきから何でもおいしそうに食べてくれて見ていて気持ちがいい。


「まさかお菓子だけではなく料理も一流とは、さすがクロムウェルだな……」


 するとギーが何やらぶつぶつと呟いた。何がさすがかよくわからないが、どうやら満足してくれているようである。

 しかしそんな中、ラピスだけが明らかに浮かない顔をしていた。

 まあ理由はわかっているんだけど……。

 魂力の認識がうまくできなかったとエルネが言っていた。

 理由はわからないが、不自然なほど焦っていたもんなお前。自分だけ置いてけぼりにされた状態で、心穏やかでいられるはずもない。

 そんなことを考えながらラピスを見やると、俺の視線に気がついたのか――


「やいクロムウェル、ラピスにアレをするのです!」


 ラピスはおもむろに立ちあがり、決意を眉宇にただよわせた。

 アレとはまあアレのことだろうな……。でもエルネが言っていたとおり、知り合ったばかりの女の子に、ハイわかりましたよと簡単にできるものではない。


「今日始めたばかりなんだから、そんなに焦る必要はないって。時間をかけたらその内わかるようになるから」

「その内じゃダメなのですよ!」


 そう思いやんわりと断ってみたが、ラピスはかまわず俺を睨みつけている。事情がわかっていないギーとラズリは、何のことかと困惑している様子だ。


「坊ちゃま、私からもお願いできますか?」


 するとエルネが予想外にも、ラピスの願いを後押ししてきた。


「いや、でも……」

「大丈夫です。どんなものかはすでに説明してあります。いいのですよねラピス?」

「はいです。それで強くなれるのなら、ラピスの体を好きにするがいいですよ」


 どうやら決意はそうとうに固いようだ。

 でもなあ……。俺は無言のまま、ベルとエレインに視線を送ってみた。


「仕方なかろう。何やら思いつめているようだしの」

「そうだね。大丈夫、私たちのことは気にしないでいいよグラム」


 ベルとエレインがそう言ってくれるなら、俺も断る理由はないか。シャルルにも確認しておきたかったけど、部屋の狭さの問題で残念ながら今はここにいない。


「わかった。じゃあ食事が終わってからやってやるよ」

「いや、今すぐするのです。ラピスの体はもう準備万端ですよ」


 そう言うとラピスはベッドルームに俺を引っ張っていった。


「な、なんでベッドルームに行くんだ? か、体とはどういうことだ!?」

「クロムウェルはラピスに何をするつもりですか!?」


 リビングからギーとラズリの困惑した声が聞こえてくる。

 って言うかそうじゃん!

 今の流れは完全にそういうやつじゃん!


「さあ、さっさとするですよ」


 ひとり焦っていると、ラピスは俺のベッドに座り制服の前をはだけてみせた。

 シャツの隙間から、いまだ陽の光を知らぬといった具合の肌と、慎ましい膨らみがチラリ覗く。

 いやこの絵面はさすがにまずいだろ。と言うか……。


「別に服はそのままでいいんだが……」

「さ、さっさと言うですよ!」


 俺が指摘すると、ラピスは顔を真っ赤にさせシャツのボタンを止めていった。

 おいおい、やめてくれ。すごく可愛いけど、今からすることを考えるとちょっと困るじゃないか。


「じゃあ行くぞ……」


 俺が深呼吸をひとつしそう言うと、ラピスはコクリと頷いた。

 さて覚悟を決めるか。俺はラピスの両手を取り、その小さな体にゆっくりと魂力を流しんでいった。

 それからしばらくの間、ベッドルームにラピスの幼い嬌声が響きわたった。

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