愛すべきおバカたち
学園生活3日目の早朝。
まだ薄暗い学園の敷地内で、俺は日課の訓練を行っていた。
まずは剣と皮鎧を装備した状態で、1000メートルダッシュとジョグの繰返しを1時間。
昔はこれでいい感じに体が暖まってきたのだが、『健脚』のレベルが10になって以来、1滴の汗もかかなくなってしまった。
「……これは訓練になっているのだろうか?」
ふと疑問に思う。
脚は鍛えられるだろうけど、心肺機能は微妙なところだよな。
まあいいかと、俺は鳥のさえずりを聞きながら、いったん部屋に戻った。
大事なトレーニング機具を取りに来たのである。
「おーい、ベル起きてるかー? そろそろいつものを頼みたいんだがー」
ノックして声をかけると、ゴソゴソと音を立てながら、ベルが扉を開く。
まだ目が開ききっておらず、半分夢の中の状態であるがいつものことだ。ポンポン付きのナイトキャップがとても可愛らしい。
そして背を向けしゃがむと、ベルが俺に乗っかりスゥと寝息を立てた。
「さて行くか」
ベルを背負い扉を閉めようとしたら――
「坊ちゃま、今日は私もご一緒してもよろしいですか?」
修練着に着替えたエルネが声を掛けてきた。
2ヶ月前にルドルフさんに作ってもらった、翡翠色の宝石がはめられた剣を手に。
「最近頑張っているな」
「もう少しで使いこなせそうなのです」
「そんな特殊な剣をもうとは、さすがエルネだな。じゃあ一緒に仕上げるか」
俺はそう言うと、ベルを背負いながらエルネと修練場に向かった。
いつもなら、適当に開けたところで始めるのだが、ついでに昨日ベルが壊した壁を修復しておこうかなと思ったのだ。
「あれ? 誰か先客がいるようですね」
修練場の通路を歩いていると、剣が空を切る音と、息を弾ませる少年の声が聞こえてきた。
むう、少し面倒だな。
ベルの『迷宮創造』で、素振り用の特大こん棒君を作ってもらったり、深い穴を掘ってもらいよじ登ったり、壁を蹴って空中戦の訓練とかもしたかったんだが……。
「ん、この声はギーか?」
それにもうふたつ魂力を感じるな。
ギーと一緒にいるふたりと言えば――
「あー! カスっカスが悪あがきしに来たですよ」
「弱々やろー、いっちょまえに訓練するですか?」
やっぱりこいつらだったか。朝から騒がしい奴らだな。
そう言えばこいつら昨日伸びてたから、俺が巨躯のアウルコングをやっつけたの知らないんだよな。
別にどうでもいいけど。
「ほら、何とか言うですよ」
「ぷるぷる震えておしっこちびってるですか?」
似たような顔を近づけてやたら煽ってくる、ラピスとラズリ。
……別にどうでもいいけど。
「「やーい、ですー!」」
…………うぜえ! ちょっと可愛いからって、何だこのアホアホ姉妹は!?
「お早うございますおふたりとも。ところで、坊ちゃまに何かご用でしょうか?」
そこにスゥっとわって入り、素敵な笑顔を見せるエルネ。目の焦点が定まっておらず妙な迫力がある。
「「ひぃ! な、何でもないですよ!」」
体をびくりと震わせたかと思うと、ラピスとラズリは一目散に逃げていった。
漫画みたいな奴らだな。この騒ぎのなか寝息を立て続ける、俺の背中にいる奴も相当だけどな。
「坊ちゃまどうしましょうか?」
「そうだな……。とりあえず当たり障りない程度に始めるか」
俺は部屋の隅にあるベンチにベルを下ろすと、エルネと並び素振りを始めた。
それから無言で剣を振ることしばらく。
視線を感じちらりと見やる――すると、慌ててそらされる。
うーん、非常にやり辛い……。さっきから何度かこのやり取りをやっているのだが、俺は男に見られて喜ぶ趣味はない。
「えっと、何か用か?」
「……何のことだ?」
澄まし顔でギーが答える。
お前さっきからチラチラこっち見ているじゃねーか……。
フィルフォード卿のデータを思い出してみる。
ギー・オーギュスト15歳。ミジェル・オーギュスト辺境伯のひとり息子。非常に厳格な父の命で、7歳の頃から養成所の兵士と共に剣の訓練を毎日欠かさず行ってきたとのこと。性格は寡黙で実直。嫌いなものは愚かな者。好きなものは不明か。
うーん、これだけじゃ良くわからんな。
もしかして、俺のせいで訓練に集中できないのかな?
「俺、邪魔しているか?」
素振りの手を止め聞いてみると、ギーは舌打ちをひとつして去っていった。
「……嫌われてるのかな俺?」
「何かされましたか?」
エルネとふたりなんとなしにギーの背中を見ていたら、ふと視線を感じ振りかえる。
「ついて行かないでいいのか?」
じっとこちらを見ているラピスとラズリに問いかける……、が返事がない。いったい何なんだこいつらは。
「お前、本当に強いのですか?」
「ラズリ、私が確認してやるですよ。おいクロムウェル、剣を構えるです!」
と思ったら、ラピスとラズリが突然言ってきた。
本当に良くわからない奴らだが、どうやら何か訳がありそうだな。いつになく真面目な顔をしてやがる。
俺はエルネに剣を預けると、下がっているよう合図した。
「俺の強さを知りたいならまとめてかかってこいよ。稽古をつけてやる」
「なめるなです!」
俺の挑発に、眉根をあげて木剣で突いてくるラピス。
俺は半身でかわしながら、ラピスの手を取り投げを放つ。
「踏みこみが甘い!」
地面に付く瞬間に体を支え、そっと下ろしてやる。
「だから……、なめるなと言ってるですよ!」
ラピスはしゃがんだ体勢のまま、俺の足を狙い回るように木剣を薙いできた。
それをひょいと軽々と飛びかわす。
「もらったです!」
背後からラズリが言い放つが、お前が剣を振りおろしていることくらい、わかってるっての!
「きゃっ!」
俺は空中で体をひねり、後ろ回し蹴りでラズリの右手を弾いた。
――その瞬間、空中にいる俺の眼前に、白い穴と共に木剣が現れた。
――『衝撃LV3!』――
剣の腹に手を添えて技を放つと、木剣は木っ端微塵に砕けちった。
「お前ら、手は大丈夫か?」
うずくまるラピスに近寄りながら問いかける。
ラズリの手は押すように蹴ったので問題はないと思うけど、ラピスは『衝撃』の振動を木剣越しに受けたはず。
「くっ、これくらいどってことないですよ……」
「そんな訳あるか。どれ見せてみろ」
ラピスの前にしゃがみ右手を取ろうとしたそのとき――
「ラピスから離れるです!」
ラズリが俺の頭を目掛け、背後から木剣を振りおろしてきた。
まったく、今はそんな場合じゃないだろうに。
「なっ……!」
「もっと相手をして欲しいなら後でしてやるから少し待っていろ。今は忙しいんだよ」
俺は前を向いたまま木剣を指で摘まみ受けとめると、そのまま木剣をラズリから引きぬき、地面に投げすてた。
「どれ見せてみろ」
「痛っ! ら、乱暴するなですよ!」
右手を取った瞬間ラピスの顔が歪む。どうやら少し腫れているようだな。
「悪いな。怪我をさせるつもりはなかったんだが、思った以上にお前たちがやるもんだからつい……。エルネ、薬は持っているか?」
俺はエルネからセレニアの軟膏を受けとると、ラピスの右手首に塗りハンカチを細く切り巻きつけた。
「どうだ? まだ痛むか?」
「敵の施しを受けるなど乙女の恥です! で、でも、痛いのは少しマシですよ……」
「そうか。お前はどうだラズリ?」
「な、何なんですか! 何でそんなに強いのですか!?」
ラズリはラピスの肩を抱きながら、俺を睨みつけてきた。
「まあ小さい頃から色々と訓練をしているからな。それよりも何でそんなに突っかかってくるんだ? できれば俺は仲良くしたいんだが」
そしてギーとの間を取りもってくれ。
なんて思いながら、ラズリの右手も確認する。
……どうやら何ともないようだな。
「くっ、噂通りのすけこましですね」
俺から右手を引きぬき、警戒をするラズリ。
「そんなつもりじゃねーよ! ってか、何だよその噂?」
「ほう、良く当たっているではないか……」
「ベ、ベル! い、いつの間に?」
声に振りかえると、ベルが腕を組み仁王立ちしていた。
「なんだ? 何か都合の悪いことでもあったと言うのか?」
妙な迫力を振りまいているベル。ナイトキャップをかぶったままなのに、何でこんなに怖いのだ……。
「ちょっと手合わせをしていただけで、何もしてないって」
「なら、仲良く手を取り何をしていたと言うのだ?」
「これは俺が怪我をさせてしまったからであって、やましい気持ちはまったくないって!」
「ほら、やっぱりすけこましじゃないですか!」
そんな俺とベルのやり取りを見て、指をさしてくるラズリ。
「はあ? 何を言って――」
「あんたフィルフォードのご令嬢と許嫁のはずなのに、何で女の子ばっかりはべらかしているですか!?」
え? ま、まずいな。そう言えば対外的には、ルイーズと婚約しているんだった。しまった、ぜんぜんそんなそぶりをしていなかったぞ……。
「やっぱりこいつは女の敵ですよ!」
「そうだそうだもっと言ってやれ。なかなか良いことを言うではないかお前」
怖い顔で俺を非難してくるラピスと、なぜかラピスに味方をするベル。
くそ、俺に味方はいないのか! と振りかえるもニヤニヤとしているエルネ。
なぜエルネは俺が女性関係であたふたしていると、こうも喜ぶのか……。
「ラピス、ギー様がこいつと仲良くしたがっていることは、やっぱり秘密ですか?」
「ええ。こんな奴にギー様が憧れているなんて、ぜったいに秘密ですよラズリ!」
互いに顔を見合わせうんうんと頷いているふたり。どうでもいいけど、今すごいことを言ってたような……。
「えっと、何それ?」
「「しまったです!」」
どうやらこいつらは、かなりおバカなようである。
俺は少し考えたあと、本来の目的は秘密にしたまま、ラピスとラズリに婚約が嘘だということを話した。




