渦巻く陰謀
「なんだ!?」
突如、部屋中に轟音と振動が突きぬける。
遅れて砂煙と悲鳴が辺りに充満し、今にもパニックが起きそうだ。
振りかえった俺はほんの僅か躊躇した。
――『一陣の風×5!』――
躊躇した結果、俺は視界を開くべく、手のひらを中空に向け魔法を放った。
閉ざされた視界は人間を恐怖に陥れる。しかし、これを見たらそれこそみんな正気を失うかも知れない。
そんな巨大な魂力が、砂煙の中心から立ちのぼっていた。
「グラム。こいつは、アウルコングなのか……?」
ガラドが砂煙の中心に立つ魔物を見上げて言った。
フクロウの顔をし全身羽毛に包まれたゴリラの魔物――その特徴は間違いなくアウルコングだ。
しかしこいつは、通常個体の倍以上の体躯をしている。ナジャモジャの木の丘で戦った、巨躯のシフティエイプのように。
となれば、ただのアウルコングと同じとは考えないほうがいいだろう。
それよりも何よりも、何があったのだ?
巨躯のアウルコングの前で教師がひとり倒れており、少し離れた位置でルイーズがフェルメールを抱えている。
残りの教師は避難誘導にあたっていたり、腰を抜かしいたりで頼りになりそうにないな……。
「ガラド、こいつは俺がやる。お前は逃げ遅れた生徒を守ってやってくれ」
「ま、待ちなさい! あなたに何ができると言うのですか!? ここは大人しく逃げるんですよ!」
震えた手で俺の肩を掴み、ヒューゴが言う。
こんな状態で心配してくれるとは、なかなかいい奴だな。
「心配するな。目立ちたくないから力を隠していたが、あんな奴どうってことないさ」
そう言って木剣を構えたそのとき、巨躯のアウルコングはフクロウのように頭を有りえない角度に回し、倒れている教師を覗きこんだ。
くそ、助けるにはまだ距離がありすぎる……。
俺は巨躯のアウルコングを刺激しないよう、じりじりと距離をつめる。
――まずい、腕を振りあげやがった!
「……にゃん、にゃー、にゃん!」
巨躯のアウルコングが特大の拳を振りおろしたそのとき、突然現れたシャルルが倒れていた教師を抱きかかえ飛びのいた。
「でかしたシャルル!」
その直後、巨躯のアウルコングが放った拳が、地面を陥没させる。
「まずいにゃ!」
その威力は凄まじく、礫の散弾がシャルルに襲いかかる。
――『鼓舞LV5!』――
しかし俺の成長した技によって、礫の散弾はシャルルに傷ひとつ付けることなく、すべて砕けちった。
そしてその隙に間合いを詰めていた俺は、シャルルの横に立ち木剣を構えた。
「シャルル、エルネたちと一緒にみんなを守ってくれ」
「わかったにゃ。グラム気をつけるにゃよ!」
「ああ、すぐ終わらせるよ」
エルネたちは混乱している生徒の避難誘導にあたっている。
ルイーズもフェルメールを連れて、離れてくれているようだ。
お? ギーの奴、相変わらず伸びたままのラピスとラズリを抱えているじゃないか。ぶっきらぼうに見えて優しい奴なんだな。
まあ何にせよこれで心置きなく戦えそうだな!
ホォオオオオオオ!
なんてのんびり構えていたら、巨躯のアウルコングが翼付きの両手を広げ、鋭い羽根を雨あられと飛ばしてきた。
こんなものまともに食らったら蜂の巣だ!
俺はむかえ撃たんと慌てて魔方陣を描く。
――『火弾×5!』――
左手から放たれた火球は大きな渦となり、羽根を焼きおとしアウルコングに迫っていく。
しかしアウルコングはそれに怯むことなく、翼で体を包むときりもみ飛行で突っこんできた。
でたらめな奴め!
俺はそれを素早く飛びあがり上空に身をかわし――
「火が効かないならこれはどうだ!」
長く伸ばしておいた魂力の光で、先ほど自分がいた場所に魔方陣を形成した。
ヴァネッサさんと戦ったときに使った遠隔魔法だ。
――『爆発魔法×3!』――
巨躯のアウルコングが地面に突っこもうとしたその瞬間、魔方陣は光輝き爆発音と共に大気を震わせた。
辺りに衝撃波が突きぬけ、いまだ避難中の生徒たちが悲鳴をあげる。
「ちゃっとやり過ぎてしまったか……?」
周りに人がいなかったし、巨躯のアウルコングがその巨体で辺りを覆ってくれたのをいいことに、『爆発魔法』を3つも重ねてしまったからな。
「やりすぎだグラム! 我が土の壁を作らなければ建物が崩れておったぞ!」
ベルがポニーテールを揺らしながら俺を責めたてる。
見てみると、分厚い土壁が巨躯のアウルコングを取りかこんでいる。
「助かった、さすがベルだな」
「そうだろそうだろ、もっと我を褒め――って、そうじゃないわ! あんなでかいアウルコングの上半身が吹きとんでいるではないか! ……って聞いておるのか?」
一瞬誤魔化されそうになるものの、ふたたび俺を責めたてるベル。
しかしポニーテールと修練着姿が可愛いすぎて、あまり頭に入ってこない。
「すまん、その髪型似合っているなって思って、あんまり聞いてなかったわ」
「な、なななな!」
雪のように白い肌を真っ赤に染めあげるベル。
そんなベルを見つめていたら――
「クロムウェル君、我々の代わりに魔物を退治してくれて助かったよ。君がいなければどうなっていたことか……」
避難誘導に当たっていた女性教師が声を掛けてきた。
「みんなは無事ですか?」
「ヘクター先生が少し怪我をしたようだが、お陰様でなんとか無事なようだ。不甲斐ない私たちの代わりをさせてしまい、本当にすまなかった」
黒縁の眼鏡をかけた女性教師は、申し訳なさそうに頭を下げた。
ヘクター先生とは、恐らくシャルルが助けた、壮齢の男性教師のことだろう。無事で良かった。
「気にしないでください。えっと……」
「オリヴィエだ。しかしその年齢でその強さはいったいどういうことだ……?」
まずい、オリヴィエ先生が不信感を抱いている。
「えっと、父にいつも鍛えられておりますので。それに近衛兵長のシュトラウスさんや、ヴァネッサ・ワーグナー辺境伯にも訓練をつけてもらったことがありまして……」
とりあえず強い人の名前を色々と出してみたけどどうだ? 一応、嘘はついていないぞ。
「なるほど……。それだけの御仁を師に持っているのであれば納得だな」
よし、オリヴィエ先生がうんうんと頷いているぞ。
父さんもエヴァルトさんもヴァネッサさんも、ほんと化け物だからな。
「ところで何があったのですか? なんで突然魔物が?」
巨躯のアウルコングは3メートルほどの巨体の持ち主だったんだけど、この建物の入り口の高さはせいぜい2メートル。ベルが開けた壁の穴も人がひとり潜りぬけるのがやっとで、どこから入ってきたのか検討もつかないのだ。
「私の検定をするときに、誤って召喚されたようです」
俺が疑問に思っていると、ルイーズが声を掛けてきた。
「ルイーズ、無事で何よりだよ。ん? フェルは一緒じゃないのか?」
「シャルルとエレインとガラドに付きそってもらい、部屋に帰っているところです」
「そうか。ところで誤って召喚されたっていったい?」
「それは……」
ルイーズは何があったのか、つぶさに説明してくれた。
「ま、まさか! スクロールの管理を怠るなんてある訳! そもそもあんな魔物は、学園で管理していないはず……」
オリヴィエ先生が気になる独り言を呟いているが、とりあえず魔物の出現理由は判明したな。
敏捷性を調べる検定用の魔物をシャルルがやっつけてしまったものだから、再召喚しようとしたところ、召喚スクロールが誤っておりあんな魔物が呼び出されてしまったらしい。
巨躯のアウルコングは呼びだされた途端、力いっぱい両手を叩きつけてきたのだが、召喚をした壮齢の男性教師が技を使って防いだとのことだ。
恐らくその衝撃が、あの爆発音の正体だったんだろうな。
しかし、何ともきな臭いな。オリヴィエ先生の証言にもある通り、危険な魔物の管理を学園が怠るなんて考えにくい。
何たってここは、王族を初め有力貴族や豪商の子たちが集まる、高いセキュリティを備えた重要施設だからな。
そしてそんな場所だからこそ、謀略を図る不逞の輩が現れても不思議ではない。
「とりあえず今日の検定は中止だ。みんな気をつけて自室に戻ってくれ」
オリヴィエ先生はハッとしたようすで俺たちにそう告げると、事態の収集に当たるべくきびすを返した。
「じゃあ帰るとするか」
俺はベルとルイーズに声を掛けると、怯えて動けなくなってしまった生徒をなだめているエルネと合流し、部屋に帰った。
「エレイン、怪我は大丈夫か?」
部屋に帰るとエレインが背を向けて、シャルルに包帯を巻いてもらっていた。
「うん、今セレニアの軟膏を塗ってもらったからすぐに良くなるよ――って、あんまり見ないでよ。その、恥ずかしいじゃない……」
「すまん」
エレインは背を向けたまま返事をした。確かに背中を向けているとは言え、上半身裸だもんな。
「この助平め!」
「痛っ!」
ベルは俺のお尻をつねると、心配そうにエレインのようすを見にいった。
「坊ちゃま、何事もなくみな退出していきました。まだ見ておきますか?」
帰り際エルネに頼んで、パックルに修練場のようすを見張っもらっていたのだが、そう簡単にボロは出さないか。
「そうか。恐らくもう何も起きないだろう。ありがとエルネ、パックルを戻してゆっくりしていてくれ」
「やはり偶然ではないとお考えですか?」
「ああ、恐らくな。しかし、もしそうだったとしたら、何とも胸くその悪い話だな……」
開戦派の連中の目的は、反開戦派の勢力を削ぐこと。
そのターゲットはフェルメールを始め、修練場内にいっぱいいた。
恐らく首謀者から命令を受けた誰かが、凶暴に及んだのだろう。
誰の親がそれを命令したのかはわからないが、自分の子供すら平気で危険に晒すとは、とんでもないゲス野郎だな。
俺は改めてことの重大さを実感していた。
そしてその日の晩――
「グラム、入るぞ」
ノックの音に返事をすると、紺色のパジャマに身を包んだベルが部屋に入ってきた。
ダボっとした姿がとても可愛いらしい。
「どうした?」
「いや、お前がその、見たがっておったからのお……。ほれ、どうだ?」
言われて見てみると、シルクのような白い髪をポニーテールに結えている。
お風呂に入った後なのに、わざわざ俺のためにまた結えてくれたんだな。
「すごく似合っているよ」
「なんだそれだけか?」
「いや、この顔を見たらわかるだろ……?」
ベルは俺の顔を見ると、ふふふと満足そうに笑った。その笑顔を見て、また顔が熱くなる。
「ベル寂しくないか?」
せっかく再会できた姉妹たちと、また1年離れることになったからな。大好きな母さんとも。
寂しがり屋のベルが平気な訳がない。
「少しな。でも、みんながいるから心配はしておらん。何たって父君と母君がついておるのだからの」
「そうだな。しかしそんなに俺と一緒にいたかったのか?」
元気付けようとからかい半分で言ってみる。
しかし、いつものように返してこないベル。
「……そうだ。グラムと一緒にいたかったのだ」
するとベルは潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
「え、そ、そうなのか?」
俺は少しづつ近づいてくるベルの顔に、胸をドキリとさせながら目を閉じた。
そしてベルの吐息を感じたとき――
「なーんて言うと思ったか、このバカ者め!」
ベルの少し上ずった声が聞こえてきた。
「お、おま!」
「まったくお前はすぐ調子に乗りおって。他の女ばかり見やる罰だ!」
ベルは真っ赤な顔でそう言うと、ちゅっと俺に口づけをし逃げていった。
え? 罰じゃないのか? あいつきっと途中で恥ずかしくなって逃げだしたな。
なんて思いながらも、あまりにも可愛いベルを思い出しながら、俺はしばらく枕に顔を埋めるのであった。




