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初めての学校行事

 学園生活2日目の朝、俺たちは麻でできた半袖に長ズボンの修練着に着替え、修練場に向かっていた。

 ちなみにここのパブリックスクールは、王都ラトレイアの東にある山の一部を切りひらき作られたもので、少し標高が高く自然に囲まれた環境にある。

 なので季節によっては風が心地良く過ごしやすいのだが――


「はにゃあ。溶けてしまうのにゃ……」


 8の月の太陽は朝から容赦がなく、自前の毛皮付きのシャルルは見ていて大変気の毒になってくる。

 なんでこんな暑い8の月の1日から学校が始まるんだろうな。


「ほら、そう言うだろうと思ってアイスプラントの葉っぱを持ってきたから、ハンカチでも巻いて首に掛けとけ」

「にゃあ、さすがグラム大好きにゃあ」

「やめろ、暑いっての!」


 薄い麻の修練着越しだと、ダイレクトに柔らかい感触が伝わってくるんだっての。

 と思いつつ、離れるときにチラチラと見てみる。うん、ぷるんぷるんと目の毒だな……。

 と言うか修練技姿のみんなは実に可愛らしい。


「どうしたのですか坊ちゃま? キョロキョロとして」


 修練着がはち切れんばかりのエルネが問いかける。

 うん。いいな。エルネはいつもロングスカートだからとても新鮮である。


「なんです? もしかして、年甲斐もなくとか思っているんじゃないでしょうね?」


 俺があまりに不躾に見るものだから、エルネが訝しんできた。


「すまん。エルネのそういう格好は新鮮だなと思ってな」


 当たり障りのない表現で誤魔化しておく俺。確かに少しコスプレっぽいけど、これはこれで似合っている。


「私、小さい頃からずっと憧れていたんです。こうして学校に通うのを」


 生徒の従者は授業に出るか出ないかを選ぶことができる。

 身の回りの世話をさせるために呼んだルイーズのバトラーなんかは今頃部屋で待機しているし、将来自分たちのサポートをさせようと考えている人材については、一緒に教育を受け教養を身につけさせるのである。

 俺はそれを本人たちに選ばせたのだけど、みんなニつ返事で授業に出たいと言ってくれた。

 たった1年だけど、この機会にぜひ色々と経験させてあげたいと考えている。


「ずっとパックルで覗いてたほどだもんな。教育係のエルネと一緒に生徒をするのは、なんだか複雑な気分だがよろしくな」

「私も思ってもいませんでした。こちらこそよろしくお願いいたしますね、坊ちゃま」


 みんなと雑談しながら、寮の自室から伸びる舗装されたレンガ道を歩いていると、ドーム型の大きな建物――修練場が見えてきた。

 しかしここのパブリックスクールは一々お金を掛けているなー。

 わざわざこんな山の中に作ったもんだから、魔物の侵入を防ぐための大きな防壁で囲っているし、魔物除けの装置なんかも設置しているし、何より建物が絢爛豪華である。

 修練場からして、細部に意匠が施されていて厳格な感じだもんな。貴族たちの利権が絡んでいるんだろうなきっと。


「ほほう、この円柱のデザインなかなか悪くないのお」


 修練場の入り口で立ちどまりベルが呟く。

 確かに悪くないけど、このドーム型の建物はルネサンス式の建築だよな?

 あまり詳しいわけじゃないけど、講堂があった建物はゴシック調だったのに何ともデタラメだな。


「うちに取りいれないでいいからな」

「なんだつまらん。……ん? なんだ?」


 俺の視線に気づいたのか、ベルがこちらを向き首を傾げる。

 今日は動きやすいように、長い髪を高い位置でポニーテールにしているので随分と印象が異なる。

 と言うか、悔しいがとても可愛い――


「お前さ、ちゃんと上の服は中にしまっておいたほうがいいんじゃないか? 今から動き回るんだから、見えてしまうだろ」


 だからこそ気になってしまうのだ。


「ほう、独占欲か?」


 そしてそれに気がつきニヤニヤと嬉しそうなベル。


「ああ、そうだよ。他の男にお前の体を見られる訳にはいかないからな」

「し、仕方ないのお。そこまで言うなら、しまっておいてやるか」


 俺が素直にそう言うと、ベルは少し照れたようすで、上着を長ズボンの中にしまった。

 最近気がついたんだけど、こういうきは下手に照れないほうが恥ずかしくないのである。


「じゃあみんなわかっていると思うけど、昨日言った通り気をつけろよ」


 俺はみんなの返事を聞くと、修練場には似つかわしくない何とも厳格な入り口を潜った。

 中は少し薄暗くなっていた。通路をカツカツと鳴らしながらしばらく進むと、十字に道が別れており俺は案内板通りに真っ直ぐに進んだ。

 そしてしばらく進むと、外と見まごうほどの明かりに包まれた、競技場のような部屋にたどり着いた。どうやらすでに集まっている生徒も多くいるようだ。


「うおお、色々とあって楽しそうだなあ!」


 体力測定用であろう、様々な見慣れない器具を見てガラドが興奮している。


「何だか、ワクワクしてきますね!」


 自己鍛錬が大好きなルイーズも、周りの同年代の生徒たちを見てテンションが上がっているようだ。

 放っておいたら果し合いでも、始めそうな雰囲気である。


「さて俺たちもそろそろ――」

「邪魔だ」


 みんなに声を掛けようとした瞬間、何者かに背中を押され数歩よろめいた。


「お前グラムに何を――」


 そのままツカツカと歩いていく少年に、飛びかかろうとするエレイン。俺は慌てて手を伸ばし制する。

 少し乱暴ではあったけど、入り口で突っ立っていた俺たちに非があるからな。

 何て思っていたら――


「こんなところで、ぼけっと突っ立てるんじゃないですよ」


 後ろからも非難の声を掛けられ、俺は振りかえり慌てて道を開けた。


「すまない」


 フンと鼻を鳴らして通って行ったのは、瑠璃色の髪に瑠璃色の瞳をした少女。


「まったく、どこの田舎者ですか」


 あれ? また同じ顔の子が通って行った?

 って、双子か。

 良く見るとサイドテールの結び目が左右逆だし、リボンの色も黒と白で異なっている。

 小柄で胸が控えめなのはお揃いみたいだけど。


「ラピス、ラズリ、さっさと行くぞ」

「「はいです!」」


 ラピスとラズリと呼ばれた少女は、同じような仕草で返事をし先ほどの男の元へ小走りに駆けていった。


「坊ちゃま、さっきの少年は……」

「ギー・オーギュストだな」


 フィルフォード卿のリストにあった、反開戦派に魔物をけしかけているかもしれない、5人のうちのひとり――オーギュスト辺境伯の嫡男である。


「情報にあった通り、気が強そうですね。それにあの双子たちも……」


 エルネがギーと双子たちの背中を見ながら呟いた。なかなかいい魂力をしているじゃないか。


「とりあえず声をかけるきっかけができたことだし、良しとするか。それよりもエルネ、そろそろ始まるようだ。みんなのこと頼んだぞ」


 そろそろ集まりつつある男女別の列を見て、エルネに言った。

 さて、久しぶりの学校行事を楽しむとしますかね。


 それからガラドと一緒に列に並んで待っていると、しばらくして4人の教師が現れた。

 ボードを片手に持っているし、恐らく計測係りだろうな。

 そのうちのひとりの男性教師が、技能検定の流れと注意事項を話すと、いよいよ検定が始まった。


「ガラド、前の組みを良く見ておけよ」


 俺は短距離走の計測のようすを眺めながらガラドに言った。


「ん、何でだ?」

「だいたい普通はどれくらいで走るものか、良く見ておけってことだよ。昨日言ったろ?」

「あー、そうだったそうだった」


 ガラドは豪快に笑い頭をかいた。まったくこいつは大丈夫だろうな?

 みんな魂力を込めて走ってはいるみたいだが、その量も使い方もぜんぜん大したことない。

 恐らくほとんどの子が、ちゃんと認識もできていないんだろう。


「でもよグラム、手を抜いて走るのって難しくないか?」

「……確かにそうだな。まあ魂力を込める量をうまく調整するしかないな」


 そんなことを話していると、先ほど俺を突き飛ばした人物ギーが、名前を呼ばれ前に出ていった。

 フィルフォード卿のリストによるとギーは、15歳にしてはかなり身体能力が高いらしい。

 さらに家も名門で、プラチナブロンドのオールバックが似合うイケメンとあっては、この人気も納得だな。

 俺は少し離れた場所から、黄色い声援を飛ばしている女子たちを見て思った。

 さっきの双子のラピスとラズリも、ですです言いながら応援している。

 さてそろそろ始まるかな――


「ほう、あれが名門オーギュスト家の嫡男ですか。なかなかやりますね」


 短距離走計測のスタート位置に並ぶギーと他の4人を眺めていたら、突然隣の眼鏡をかけた男が声をあげた。


「あなたもそう思いませんか? グラム・クロムウェル君」

「えっと君は?」

「失礼。ドニ・アズナブール様の従者をしております、ヒューゴ・ファブリアーノです。以後、お見知り置きを」


 ヒューゴと名乗った少年は、右手を差しだしそう言った。

 アズナブール大臣の娘の従者か。ターゲットにあった人物の関係者から話しかけてくれるとは、こいつはついているな。


「初めましてヒューゴ。ところで何で彼ができると思ったんだい?」


 俺は外用の笑顔を作りながら、ヒューゴの差しだした手を握り返した。


「何でって、他の4人と比べて彼だけ魂力が段違いじゃないですか。君もわかっているんじゃないですか? グラム君」


 ヒューゴは見透かすような目でニヤリと笑った。

 なるほど魂力感知に長けている訳か。

 ギーと言いさっきのラピスとラズリと言い、少しは手応えがある奴らもいるようだ。

 しかし、まだまだうちの奴らには遠く及ばないけどな。


「おい、グラム。みんな本当にあれで本気なのか……?」


 他の子たちの倍以上の速さでゴールを駆けぬけるギーを見て、ガラドがささやいた。


「お前も頼もしくなったもんだな」

「お、本当か?」


 俺はそんなガラドを誇らしく思いながら、自分たちの順番を待った。

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