作戦会議
「さてお前たちに大事な話がある」
俺はルイーズの部屋に集まるみんなを見回して言った。
「はい、グラム様! 私いつでも準備できておりますわ」
「……えっと、その前に。なんでフェルメールが――フェルメール王女殿下がここにいらっしゃるのでしょうか?」
両手をギュッと握りしめ、準備万端といったようすのフェルメールに問いかける。
バターブロンドの三つ編みカチューシャがとても愛らしい。
「グラム様めっですわ! この学園にいる限りは皆ただの1生徒。生徒同士では尊敬語など使わず気軽に話しあうのがルールですのよ」
フェルメールはそう言うと、綺麗な青い瞳で俺を睨みつけた。
「そ、そうなので……。そうなのか?」
「ええ、ですので今まで通りフェルメールと――いえ、ぜひフェルとお呼びくださいませ」
「……わかったよフェル。君とまた会えて嬉しいよ。これから1年間よろしくな」
俺がフェルメールに笑いかけると、エレインを始め他の女子たちも、フェルメールと再会を喜びあった。
「ところで、そろそろ本題に戻りたいんだけど……」
このまま話していいものかと、俺はルイーズに視線を送った。
「グラム殿、気にすることはありませんよ。フェルになら、すべて話しても問題はありません」
すると、ルイーズは凛としていて堂々たる態度でそう言った。
最近のルイーズは、本当に綺麗だ。艶のあるひとつ結びにした黒髪は、彼女の淑やかな一面を象徴しており、長いまつ毛の切れ長の目からは、何者にも屈しない強い意志を感じる。
彼女ほど凛々しいという言葉が似合う女性は、そうはいないだろう――ルイーズに見惚れているガラドを見て改めて実感した。
「わかった。実はフェル、俺たちがこの学園に来たのには訳があるんだ。それは……」
俺はフェルメールに、事の経緯を話した。
「……まあ! ということは、ルイーズとの婚約は本当ではありませんのね? エレイン、ベル良かったですわね」
相変わらずころころとよく笑い、楽しそうに話す子だな。
きっと同世代の子たちと知り合えると、パブリックスクールが始まるのを楽しみにしていたんだろうな。
でもそれはそれ。いい加減、本題に戻りたいのだ。
「ところで坊ちゃま、まずはどうされるのですか?」
何て思っていたら、エルネがうまく話を誘導してくれた。さすが頼れるお姉さんだ。
「まず気をつけたいのが、怪しまれて警戒されること。なので最初のうちは、みんな普通に学園生活を送ってくれ」
ターゲットはみんな有力貴族の子たちである。
下心を持ってすり寄ってくるやからには、辟易している可能性がある。
なので自然を装いたいって気持ちと、後はせっかくの機会なのでみんなに学園生活を楽しんでもらいたい。
どっちかと言うと後者の思いのほうが大きいんだけど、フィルフォード卿にはぜったい言えないな。
「普通ってどうしたらいいの?」
エレインが困ったようすで首を傾げる。
「しばらくのうちは無理にターゲットに接触しようと考えないでいいから、学園生活を楽しんでくれ。と言っても避ける必要はないし、機会があれば話せばいい。ただ、まだあまり込みいった話はするなよ」
「そう言われると、どうすればいいかわからなくなってきたぞ…」
頭から煙を出しそうなようすでガラドが唸っている。
「しばらく任務のことは忘れていろってことだ」
「なるほど、それなら簡単だな!」
俺の言葉にガラドはニカっと気持ちのいい笑顔を見せた。こいつがやるとよく似合う。
ってかガラドは、12歳と思えないくらいに成長したよな。
身長は恐らく、すでに170センチは超えているだろうし、とても子供とは思えない盛りあがった筋肉をしている。
顔も精かんになってきたし、何とも頼もしくなってきたもんだ。
「忘れることならガラドは得意なのにゃ」
まあシャルルの言うとおり、頭を使うことはあまり得意ではないが……。
「うっせーよ!」
相変わらずサッパリしていて気持ちのいい男だ。
「あともう1つ。こっちのほうがかなり大事なんだけど、お前たちに気をつけて欲しいことがある」
「誰彼なしにたらし込むなということだな」
ベルの言葉にエレインとシャルルがうんうんと頷いている。
「お前ら本当に、俺のこと信用していないな……」
「信用しているから心配しているのにゃ」
「ん、どういうことだ?」
「グラムは強くて頭も良くってとっても格好いいにゃ」
「そうそう。それに優しいから、グラムにそんな気がなくっても相手の子が好きになっちゃうもんね」
「断言する。こ奴はきっと卒業するまでにふたりは、いや3人は誑かしおるぞ」
まるで打合わせでもしていたかのように息のあった、シャルルとエレインとベル。
さすがにそこまで褒めるのは、身内贔屓が過ぎる気がするけど、悪い気はしないな。
でも考えてみると確かに心配だな。こいつらみんな可愛いし、性格もいいから周りの男が放っておく訳ないぞ……。
「グラム様、ここはみんなのためにも、思いを伝えておくべきではありませんか?」
「それはいい提案ですね」
フェルメールの言葉にエルネが嬉しそうに笑い同調している。
このふたり、ぜったい楽しんでいやがる……。
「そうですよグラム殿。男なら『俺にはお前だけだ』と言うくらいの甲斐性は必要ですよ!」
まずい、ルイーズもすっかりのせられている。ルイーズは不誠実なことが大嫌いだからな。
しかも、シャルルとエレインとベルから無言の圧力を感じるし。
何だこれ? 言わないといけないのか……?
「お、俺には……」
フェルメールがキラキラとした目で続く言葉を待っている。エルネは相変わらず嬉しそうだ。
って、どうしろって言うんだ? 普段でも選べないのに、こんな状態でひとりだけ選べとか言うのか?
「それよりもさっきの話の続きだけど――」
「おい、今度は逃さんぞ!」
なんて誤魔化してみたら、ベルが胸ぐらを掴んできた。ベルさん少し怖いのですが……。
「……ああ、わかった! 俺にはお前たちだけだ。ってか、最近ベルもエレインもシャルルもビックリするくらい綺麗になったから、いつもドキドキしているっての。他の女なんか目に入るかよ!」
覚悟を決めて啖呵を切る俺。こうなったらヤケクソだ。
「グラム殿! お前たちだけなどといい加減な!」
えええ! ルイーズがすごい睨んでくるんだけど!
いやだって、ここでひとり選べとか……。無理だろ?
「や、やだグラムったら! き、綺麗だなんてそんなぁ」
と思ったら、ルイーズとは違いエレインは頬を染めて満足顔をしている。
「ま、まあ、今はそれで許してやらんでもない……」
「グラムにしては頑張ったほうにゃ」
ベルとシャルルも納得してくれたようである。
「み、みんな、それでいいのですか?」
「ルイーズ、これでいいのですよ。ねっ」
エルネはそう言うとニコリと笑った。ふぅ、とりあえず合格点は貰えたようである。
「ところでさっきの話の続き何だけど……」
「そうだったな。何を気をつければ良いのだ?」
先ほどとは打って変わって、真剣なようすでベルが問いかける。最初からこうだとありがたいのだが……。
「明日、技能検定があるのは覚えているか?」
「そう言えばグラムが言ってたな。何だっけ、基礎体力とか剣の腕を見るんだったか?」
俺の言葉にガラドが反応をする。さっきシャルルに忘れることが得意なんて言われたから、アピールしているのかも知れない。
「技能検定なんて楽勝なのにゃ。さっき見たけど、周りのみんなは大したことなさそうだったにゃ」
「それが問題なんだよ」
「はにゃ?」
訳がわからないといったようすのシャルル。
「はっきり言って今のお前たちは、そこらの子どもなんて比肩できないくらいに強い。2つも3つも頭が飛び抜けていて異常と言えるほどだろう」
俺の言葉にひっそりと照れているルイーズ。ルイーズは強さを求めることに貪欲だからな。
「だから明日の技能検定は、決して本気を出すなよ。お前たちが本気を出したら、絶対に周りにひかれるし誤魔化すのが面倒だからな」
「つまりは、いつも我らがグラムを見ているような目で見られると言うことだな?」
「それは一大事ですね……」
ベルの例えでみんな納得してくれたようである。が、なんだか納得できない……。
「皆さんが羨ましいですわ。私もグラム様に訓練をしてもらったら、少しは強くなれるでしょうか?」
「強くなりたいのかフェル?」
「ええ。大切な人を守れるようになりたいですわ」
いつになく真剣なようすのフェルメール。以前、レイスのダンジョンで自分だけ何もできなかったことを、気にしているのかも知れないな。
「俺で良かったらいつでも協力するぞフェル」
「ほ、本当ですか!」
「おいグラム。お前もしかして、王女殿下にアレをするつもりじゃないだろうな?」
「坊っちゃま、さすがにそれは不敬罪になりますよ」
ベルとエルネが言っているのは、魂力を検知できるように俺の魂力をフェルメールに流すことだろう。確かに王女殿下の全身をまさぐったら、大問題だよな。
ここにはエヴァルトさんもついて来ているようだし、下手したら打ち首なんてことも……。
「アレとは何ですの?」
「い、いや、なんでもないんだ――」
「グラムに全身さわさわとまさぐってもらうにゃ」
ええい、勝手に言うんじゃないこのバカ猫が! 狙っていたと勘違いされたら困るだろ!
「ま、まさぐる! ……わ、私グラム様にされるのでしたら、少し興味がありますわ」
いや、俺も興味深々だけど、さすがにまずいだろ。
さっきベルたちに、お前たちだけだと言ったばかりだしな。いや、お前たちだからありと言えばありなのか?
「と、とにかくまた機会があったらな」
俺はベルのじとっとした視線を感じ、慌てて誤魔化した。
「グラム、話はもう終いか? そうであれば、少し大事な話があるゆえ、先に部屋に帰っていろ」
と思いきや、どうやら誤魔化せていないようである。
「は、はい……」
俺は返事をすると、言われるままに先に部屋に帰っていった。
なんだ、何を言われるのだろうか? もしくは、今まさに向こうの部屋で何か言われているのか?
ソファに座りそんなことを考えていたら、扉をノックする音が響いた。
「空いてるぞ……。って、シャルルじゃないか。どうしたんだ?」
返事をすると、シャルルが少し頬を染めて部屋に入ってきた。
「ベルが気を使ってくれたのにゃ」
シャルルはそう言うと、俺の隣に座りもたれ掛かってきた。
「どういうことだ?」
「シャルルだけグラムと違う部屋だから、きっと寂しがっているだろうって。今日はいっぱい甘えろって言ってくれたのにゃ」
てっきりまたやきもちを焼いていると思ったが、ベルの奴……。
「グラム、だから今はシャルルのことだけ考えて欲しいのにゃ」
そう言うと、シャルルはことんと俺の肩に頭を乗せてきた。
「お前、昔は男なら女をはべらかして当然。みたいに言ってたのにな」
「あれはグラムにくっつくために、わざとおどけていたのにゃ。意地悪言ったらダメなのにゃ」
いつになく、しおらしいシャルル。
まずい、シャルルは今年で17だからあっちこっち出てたり、引っ込んだりで理性が……。元々こいつスタイルがいいのに、さらに妖艶になってきたからな。それにいつもとのギャップが……。
「さっき綺麗になったって言ってたの本当にゃ?」
「……まあな。今もすごいドキドキしているよ」
「にゃふふ。シャルルはグラムのために綺麗になるのにゃ。だから頭を撫でるのにゃ」
肩に手を回し抱きよせ、言われるままに頭を撫でる。
ってこんなの我慢できる奴いないだろ! くうぅ、あ、頭だけ、頭だけを撫でるのだ……。
「明日から楽しみにゃね。グラムといたら、本当に毎日が楽しいのにゃ。……でもちょっと不安もあるのにゃ」
「もしかして獣人だからか?」
シャルルはコクリと頷いた。
確かに周りは貴族だらけだから、獣人を見下す奴が多いかも知れないな……。
「シャルル良く聞けよ。俺はお前のこの耳も感情をすぐ表に出す尻尾も、綺麗な毛並みも大好きだからな。それに、俺は今まで獣人のお前に、いっぱい助けてもらった。シャルルは俺のことが好きなんだろ?」
「大好きにゃ」
「なら獣人であるお前が大好きな俺のために、シャルルは獣人である自分を誇って欲しい」
「わかったにゃ。シャルル他の誰かに何を言われても気にしないにゃ」
シャルルは俺を見上げてにこりと微笑んだ。
「ああ、ちゃんとシャルルのことは、いつも俺が見ているからな」
そんな健気なシャルルに、俺は吸い込まれるように唇を重ねた。
シャルルが目をつむり、俺の体を強く抱きしめる。
「初めてグラムからしてもらったにゃ」
やばい可愛すぎる……。もっと抱きしめたい……。
「後でみんなに自慢するにゃ!」
飛びそうだった俺の理性は、シャルルのその言葉で勢い良く戻ってきた。
それから俺は少し先の未来に怯えながら、シャルルとのふたりの時間を楽しんだ。




