パブリックスクール
神暦1989年8の月1日――
荘厳な雰囲気が漂うゴシック調の建物の中の、300人は入れそうな広い講堂に俺は今立っている。
俺の周りには300人には遠く及ばないが、学生服を着た多くの男女が俺と同じ方を向き整列している。
その誰もが洗練された佇まいをしており、ステンドグラスの天井から差す光が、まるで彼ら彼女らを祝福しているように思えた。
そんな中、ホーキンスと名乗った老教師が、ひとりの少女を壇上に招いた。
「はにゃあ。フェルメールすっごく美人になっているのにゃあ……」
「バカ、静かにしてろ……」
壇上に立つフェルメールを見て感嘆の声を上げるシャルルを、俺は小声で注意した。
周りの数人がシャルルに視線を向けるが、すぐに興味をなくしフェルメールの挨拶を傾聴している。
シャルルがビックリするのもわからないでもないけどな――俺は壇上のフェルメールを見て思った。
以前、彼女に会ったのはお互いに10歳の頃。たった2年で見違えるほど美しく、そして大人になったように見える。
「痛っ!」
フェルメールを見ていたら、急にお尻をつねられ思わず声をあげてしまった。素早く辺りを見回すも、どうやら誰も気づいていないようだ。
左隣に立つ犯人を睨みつけると、そいつは頬を膨らませじとっとした目つきで俺を睨みかえした。
2年たっても相変わらずやきもち焼きな、ベルである。ベルはしばらく俺を見上げていたかと思うと、プイっと前に向き直った。
フェルメールだけでなく、俺も2年でかなり成長した。
身長は12歳にしてすでに165センチあるし、剣の腕前はそこらの大人なら数人同時に相手しても、負ける気はしない。顔つきもだいぶ凛々しくなってきて、最近では女の子たちの視線を感じることも少なくない。
もちろんただの勘違いではなく、ラブレターなんかも貰ったりしている。
ベルはそれがたいそう気に食わないらしく、たびたびこんな態度に出るのだ。
エルネにも気を付けろと言われているけど、前を見ていただけでなんで怒られないといけないのだ。
なんて思い、ふたたびベルのほうを見てみたら、ベルの隣に立つ男が、ベルのことをポーっとした顔で眺めていることに気がついた。
なにこいつ? 死にたいの?
なんて念を込めて睨みつけてやったら、慌てて視線をそらしやがった。ふっ、勝ったな。
と思っていたら、ニヤニヤした目つきでベルが俺を見ている。ああそうさ、俺もやきもちを焼いたさ……。
と言うのも、最近のベルは儚さと可憐さをあわせ持った、触れることもはばかれるほどの美少女なのだ。まあ中身は変わっていないけど。
そう言えばこいつって何歳なんだろうな?
見た目的に17歳で手続きはしてもらったが。
そんなことを考えていたら突然、講堂が拍手に包まれ、俺も慌てて周りに合わせた。
「ではこれより、皆に1年間過ごしてもらう部屋を案内する。名前を呼ばれた生徒と、その従者は前に出るように」
さて、これからいよいよ学生生活の始まりだ。
俺は期待に胸を弾ませ、名前が呼ばれるのを待った。
寮の部屋に案内されてビックリしたことがひとつ――なんと生徒と従者の部屋が一緒だったのだ!
貴族には服を着たりなどの身の回りの世話を、従者に任せている者も少なくないし、普通といえばそうなのかも知れないけど、それにしてもだよな……。
とりあえず部屋を見回してみる――入り口からは長くはないが廊下が伸びており、トイレとお風呂とリビングに繋がっている。部屋の中にトイレとお風呂があるのは評価が高いな。
そしてリビングは12畳ほどとそこまで大きくはないが、小さなキッチンと、値段が張りそうな重厚感のあるテーブルセットに皮張りのソファが備えつけられており、何不自由なく寛げそうである。
奥に続く2つの扉は恐らくベッドルームだろう。
「まさか一緒の部屋だとはな。これから1年間、ずっと一緒にいられるね」
最近髪を伸ばし始めたエレインが、両手を後ろで組み嬉しそうに微笑んだ。何それ可愛いんだけど。
ってか、こいつ最近ビックリするくらい色っぽくなってきたんだよな。
いつか言っていた通り、胸もどんどん膨らんできて体が丸みを帯びてきたし、所作も洗練されてきてとても女性らしい。
まだ中3女子くらいの見た目だから、罪悪感もあり恋に落ちることはないが、正直に言うとしょっちゅうドキドキさせられている。
「なんだ、ベッドルームは別れているのか」
「坊ちゃま安心しましたか? それともがっかりしました?」
少し残念そうに呟いたベルの言葉を聞き、エルネが嬉しそうに俺の顔を覗きこんできた。
「……半分半分かな?」
「ふふふ、ベルとエレインに手を出してはダメですよ」
エルネはからかうように笑うと、みんなの分の紅茶を出してくれた。
これはあれか? 言いかえればエルネには、手を出していいのだろうか?
エルネはもともとの年齢もあってか、見た目はぜんぜん変わらず、2年前と同じく美しいままだ。ハーフエルフだからってのもあるのかも知れないな。
「さて、念のためにおさらいしておくぞ」
俺はまだ湯気の立つ紅茶をひと口飲むと、パブリックスクールでの任務について3人に話した。
大雑把に言うと、反開戦派の力を強くするためのコネ作りと、誰が反開戦派の領地に魔物を放っているかの犯人探しである。
ペイル領のエリュマントスの群れや、宿場町で遭遇したエビルドラゴンフライのような、不自然な魔物との遭遇は砦築造の旅で他にも幾つかあった。
本当にそれが人の手で成されているのなら、放っておく訳にはいかない。
「これがフィルフォード卿がピックアップしたという、リストですね」
テーブルの上に置いた1枚の紙を覗きこみ、エルネが言った。
「ああ。名前だけじゃなく性格や趣味趣向なんかも書いてあるから、みんなしっかり頭に入れておけよ」
「つまりこ奴らと交友を深め自然に情報を聞きだしたり、家に招待してもらえるような関係を築けば良いのだな?」
同じく紙を覗きこみベルが言う。
パブリックスクールに通う子どもたちは、魔物の件について、何も知らないかもしれない。
しかし一緒に暮らしているのなら、些細な違和を感じ取っている可能性があるからな。
「そういうことだ。1年もあるんだから、どうってことないだろ?」
「……ふむ、クロエ・アズナヴールにアナイス・ゴーティエか。女子がふたりもおるのお。またどこぞの誰かが、たらしこまねば良いが」
「お前、ほんとやきもち焼きなんだから……」
「ほう、グラムがそう言うか?」
さっきのことを思いだしたのか、ベルがニヤニヤした目で俺を見てきた。そしてエルネが嬉しそうに、クスクスと笑っている。
そんな中、エレインだけが神妙な面持ちをしていることに気がついた。
「どうしたエレイン? 不安なのか?」
大人びてきたとは言えまだ12歳だもんな。1年も故郷を離れるとなると、色々と思うこともあるんだろう。
「……ルイーズと結婚しても、私を捨てないでくれる?」
「ぶっ!」
俺は思わず紅茶を吹きだした。
「私グラムの側にいたい! メカケでもいいから私を捨てないで!」
「待て待て待て! なんでそうなるんだ? ってかお前、妾って意味わかってて使っているんだろうな!?」
「エレイン、あれはあくまで作戦のためですので心配しなくても大丈夫ですよ」
エルネが優しい声音でエレインを諭している。
なるほど、フィルフォード卿の名前が出たから思いだして心配になったのか。
「だから前も言っただろ。パブリックスクールに入れるのは、生徒ひとりにつき従者3人までだ。作戦の成功率を上げるために俺も生徒になれるよう、フィルフォード家と繋がりを作ったんだ。ルイーズと許嫁になったのは、そのためだから心配するな」
ちなみにルイーズには、シャルルとガラドとフィルフォード家のバトラーが付いている。今ごろガラドの奴は、さぞ喜んでいることだろう。
「じゃあ、ルイーズと結婚はしないの?」
「ああ、俺はルイーズには特別な感情なんて持ってないよ」
俺はそう言うと、涙ぐむエレインの頭を優しく撫でた。
どうやら落ちついたようだけど、おっちょこちょいな奴め。まあ、それも可愛いんだけど。
「グラム、お前、今ルイーズにはと言ったか?」
なんて思っていたら、ベルが俺の肩を掴んできた。
こいつ意外に耳ざといな……。
「ん? そうだったか? よく覚えてないなあ」
「とぼけるな! お前が覚えていない訳あるはずがなかろう! さあ言え、正直に言うのだ!」
興奮したようすで、俺の体を揺さぶってくるベル。いや、みんながいる前で言える訳ないだろ……。
「おっと、そうだった。ルイーズに呼ばれているんだったな。ちょっと行ってくるよ」
「待て、逃げるなグラム!」
「グラム、私も聞きたい!」
俺は後ろを振りかえることなく、ベルとエレインから逃げるように部屋を飛びだした。
これから毎日こいつらと寝食を共にするのか。
旅の途中でもあったけど1年も同じ部屋ってのはな。しかも、みんなとびきり綺麗になっているし……。
俺はこれからのことを想像し、期待と不安に包まれるのであった。




