感謝祭 その2
祭りの1日目が終了し、あちらこちらで屋台の後片づけが始まった頃、俺はエルネとシャルルとアイラに連れられ、祭り櫓の広場に来ていた。
辺りはいまだ祭りの余韻が冷めやらぬといったようすで、酒盛りを続けている者や、大声で歌を歌っている者などがいる。
「あれ? ここはウィステリアがマッサージ店をするって、張りきっていた小屋か?」
これと言って飾り気のない板張りの小屋を見上げ、エルネに問いかける。
「正確には、だったですね……」
苦笑いを見せながらエルネが答えた。その隣ではなぜか、アイラが恥ずかしがっているように見える。
「本人にその気はなかったらしいのですが、少し公序良俗に反していたと言うか……」
「いかがわしいお店のようで実行委員に閉店命令を出されたのにゃ」
何とも言いにくそうにしているエルネの代わりに、ズバリとシャルルが言った。なるほど、だからアイラは耳まで真っ赤になっているのか。
「グラム、とりあえず中に入るにゃ。内装はちゃんと普通に戻しているから安心するのにゃ」
恐らくこれは、例のおもてなしって奴だよな?
なんだろう、パーティーでも開いてくれるのだろうか?
俺は少しワクワクしながら、シャルルに言われるままに小屋の中へ入った――
「……えっと、これはカウンターBARか何かか?」
予想外の光景に戸惑いながら問いかけた。
間接照明に照らされた薄暗い部屋は、6人ほど座れる幅のカウンターがあり、その奥には酒棚と様々な形をした酒瓶が並んでいる。
アイレンベルクでは飲酒に年齢制限はないけど、脳が成長している時期は飲まないほうがいいよな?
俺は飲むつもりはないし、エルネ以外に飲ませるつもりもないんだけど……。
「いらっしゃいませお客様。ご注文はいかがなさいますか?」
なんて混乱していたら、カウンターの下から浴衣姿のウィステリアがニョキッとわいて出てきた。
うん、これは何から突っこんだらいいんだ?
これで普通に戻したのかよとシャルルに突っこむべきか、BARと浴衣のアンマッチを突っこむべきか……。
いや、テレビで見たガールズBARでこんな感じの店があったな。
そんなどうでもいいことを考えていたら――
「ちょっと、何か言ってよ! 恥ずかしいじゃないグラムちゃん」
ウィステリアに八つ当たり気味に文句を言われてしまった。
「だから普通にしようと言ったのですよ、ウィスティー」
「ウィス姉、お願いだからこれ以上恥をかかせないで……」
そんなウィステリアに、エルネとアイラの冷たい視線がつき刺さる。
「いやー、ビックリしたな。まさか中がこんなふうになっているとはな。マスター、コーヒーでももらえるかい?」
文句のひとつでも言ってやろうと思ったが、なんとも言えない表情をしているウィステリアがあまりにもあわれで、俺は小芝居につき合ってやることにした。
しかしあまりにわざとらしかったのか、ウィステリアは無表情でコーヒーを出してきた。
すまんウィステリア。俺にはこれが限界だ……。
「と、ところでこれはなんなのか、聞いていいか?」
いたたまれなくなった俺はカウンターに座ると、コーヒーを1口飲み本題に触れてみた。
「坊ちゃまに日頃の感謝を伝えるために、何をしたらいいかってみんなで悩んだのですが、ひとりずつ感謝を言葉にして伝えるのが1番じゃないかって結論になりまして」
俺の隣に腰かけエルネが言う。
「で、どうせならグラムが喜ぶようにって、シャルルとミスティーで女の子のお店風にしてみたのにゃ」
お前も1枚かんでいたのかよ! なんかすごい納得したわ!
「そう言う訳だから少しつき合ってもらえるかしら?」
「もちろん断る理由はないけど、俺はどうしたらいいんだ?」
ウィステリアは俺の質問に答えることなくウインクをすると、酒棚の右端の部分をごそごそといじりだした。
ほう、隠し扉になっているのか。見てみると、酒棚の一部がくるりと回転している。
「じゃあまずは私からだね。ほら、ついて来て」
アイラはそう言うと、俺の手を取り隠し扉の先へ案内をした。
いや、なんの店だよこれは……。そんな疑問と不安を胸に、俺は無言でアイラについて行った。
「ほら、もっと奥に詰めて」
アイラが自分の飲み物と、さっき俺が頼んだコーヒーをテーブルに置くと、体ごと俺をソファの奥に押しよせてきた。
隠し扉の先にあった小さな個室で、俺は今、深めのソファにアイラと横並びに座っている状況だ。
「浴衣、似合っているなアイラ」
シチュエーションはともかくようやく人心地着いた俺は、コーヒーを1口飲んで言った。
「ほんと? 可愛い服だから嬉しいな。でもちょっと変わったデザインだねこれ」
金魚柄のピンクの浴衣を眺めながらアイラが言う。
「あまり普段着にする人はいないけど、俺が住んでいた世界にもあったんだぞ。っと、そうだ! それに似合うプレゼントがあるんだった」
俺は持っていた巾着袋から、兎の飾り玉がついた和柄の編み紐製ヘアゴムを、2つ取りだしアイラに手渡した。
「え、何これ? すごく可愛いね。どう似合ってる?」
さっそくトレードマークのツインテールに、ヘアゴムを付けるアイラ。満面の笑みを見せるその姿は可愛さの塊である。
「世界一似合っているぞ」
「ほんと? ふふ、嬉しいなあ。素敵なプレゼントありがとね――って違うよ! 私があんたをもてなすんだっての!」
コロコロと表情を変え忙しいアイラ。
「別に俺がもてなしてもいいだろ?」
「ダーメ! 今は私の番。ほんとあんたは油断するとすぐに人を喜ばすんだから……」
なんだそのよくわからん言いがかりは。まあでも、せっかくだし黙って言うことを聞いておくか。
「えっと、前も言ったけどあんたには本当に感謝しているよ。あんたのお陰で私はウィス姉とベル姉と、また毎日笑って過ごせてる。それだけじゃない。あんたは私に新しい家族と友達もくれた。そして何よりお菓子作りを教えてくれた」
「お菓子作りは楽しいか?」
「うん。失敗するときもあるけど、おいしくできたらやっぱり嬉しい。私、もっともっと色んなお菓子を作って、みんなを喜ばせたいんだ」
「今日は間に合わないで悪かったな」
エレインと広場でダンスを楽しんだ後、アイラの店に行った時にはすでにお菓子は全部売り切れてしまっていた。
約束していたのに、本当に申し訳ない。
「ううん。開店からすごい行列だったから仕方ないよ。新作のケーキなんてあっという間に売り切れたしね。それよりもね、ちょっとあんたに食べてほしいお菓子があるんだけど……、持ってきていいかな?」
「もちろん」
俺の返事を受けアイラはしばらく席を外したのち、緊張した面持ちでクローシュがかぶせられたお皿を持ってきた。
「実は私が考えて作った新作ケーキなんだ。あんたのケーキに比べたらまだまだかもしれないけど、良かったら食べてみて……」
こわごわとした様子でクローシュを取るアイラ。
「こ、これは……! これ、アイラがひとりで考えて作ったのか!?」
アイラは俺の問いにこくりと頷いた。
驚いた。これはシブースト――パイ生地の上にムースのように固めたカスタードクリームを乗せ、カラメリゼしたフランス発祥のケーキ――じゃないか!
これをひとりで考えたというのか……?
俺は驚愕しながらもシブーストをフォークで切りわけ、口に運んだ。
「う、うまい! 滑らかな口どけのクリームと、さっくり焼き上げたパイ生地の食感の合わさりが絶妙だな。カラメリゼのほろ苦さとクリームの甘さ、そこにあわさるアプルのフレッシュな味わいと程よい酸味のハーモニー……。完璧だ!」
「ほんとに!? お世辞じゃなくってほんとにおいしい?」
「ああ、本当においしいよ。これなら文句なしにグラム・ド・レージュに出せる。お前は天才だなアイラ」
素直にそう思った。
だってあまりのおいしさに、手が止まらないからな。
そして、2口3口と食べていると、アイラはプルプルと震えだしいきなり立ち上がった。
「やったー! あはは、グラムさんに褒めてもらったー! ふふふ、そっかー、完璧かあ」
涙を流しながら満面の笑みを浮かべるアイラ。
こんなに喜ぶってことは、相当に試行錯誤を繰りかえしたに違いない。
「あは、なんであんたまで泣いてるの? 変なの」
「おっと泣いてたか? だって嬉しいだろ。お前がそんなに幸せそうに笑っているんだから」
「そっか、そうだよね。私もみんなの幸せそうな顔を見るのが嬉しいからわかるよ。私これからも、あんたに教えてもらったケーキ作りで、たくさんの人を笑顔にするね。いつもありがと、グラムさん」
そう言うと、アイラは俺にハグをし部屋を出ていった。
なるほど、みんなが毎日幸せに過ごしているって教えてくれるのか。これは俺にとって何よりのご褒美だな。
「あら、嬉しそうねグラムちゃん」
「お、次はウィステリアか?」
「ええ、たっぷりサービスしてあげるわね」
ウィステリアは妖しく微笑むと、しなを作り俺の隣に腰かけた。
「グラムちゃん、最近は体調のほうはどうかしら?」
「体調?」
「ええ。私が隣に座ってむらむらしたりしないかしら?」
そう言うとウィステリアは黒い浴衣の胸元をはだけて見せた。
わかりにくいけど、きっと邪淫の影響のことを心配しているんだろうな。自分のせいでとか思っているかもしれない。
「アイラの憤怒のときもそうだったけど、どうやらずっと影響を受ける訳じゃないようなんだ。今ではいたって普通だから、気にしないでもいいぞ」
「そう、それは良かったわ。でも、不思議ね。私たちもあなたも、いったい何なのかしら」
それは俺もずっと考えていた。ずっと考えても相変わらず答えはわからないけど、1つ推測のようなものはある。
「邪婬や憤怒や暴食は9つの大罪って言われているんだけど、元はひとりの人間の中にある根本的な感情や欲望なんだよ。もしかしたら、それが元の1つに戻ろうとしている……ってのは突拍子もないかな?」
「私たちは元々1つだったってこと? いきなりそんなこと言われても、ちょっとわからないわね。でも仮にそうだったとして、なんでグラムちゃんが吸収するのかしら?」
「それを答える前に少し話したいことがある。まあ、すでに俺が普通じゃないとはわかっているだろうけど……」
そう言うと、俺はウィステリアに自分の正体について全てを話した……。
「待って、頭が追いつかないわ……」
酷く混乱したようすで、かぶりを振るウィステリア。
いきなり異世界とか神様とか世界が滅ぶとか言われたら、そりゃそうなるわな。
「気持ちはわかる。でも俺の魂力の器が、異常なほどバカでかいってのは伝わっただろ?」
「え、ええ。すごく驚いているけど……」
「例えば、9つの感情が合わさるための器に選ばれた、ってのはどうかな? で、一時的な影響は受けるけど、元々俺のものでないから、しばらくしたら普通に戻るみたいな。まあ、なんの根拠もないただの妄想だけどな」
「そうねー、異世界なんてものがあるんだから、まったくあり得ない話でもなさそうね」
あるいは、女神様の意思なのかも知れない。
俺がシャネルさんにもらった方位磁石を手にしときに、特別な魂の欠片の場所を差すのも、ダンジョン娘の9つの罪を吸収するのも。
邪神を倒す力を手に入れるための、女神様からの試練のような。
これも完全な妄想だけど、1つ引っかかることがあってそう思うようになった。ベルから聞いた、ダンジョン娘たちがおかしくなったタイミングだ。
考えすぎかも知れないけど、俺がこの世界に転生した年と一致しているんだよな。
となると、もしかしたら俺のせいで……。
「良くわからないけど、私はグラムちゃんを信じるわ。だってあなたの周りの人たち、みんな本当に幸せそうなんだもん」
ウィステリアは俺の腕を取り、にこりと笑い言った。
ってか、腕に大きくて柔らかい感触が押しよせているんですけど……。
「あら? やっぱりグラムちゃん、邪淫の影響を受けているんじゃないかしら……?」
挙動不審な俺を見て、ウィステリアが言う。
「男なら普通の反応だっての!」
「うふふ、ベルちゃんに怒られてしまうわね。とにかくグラムちゃん、あなたには本当に感謝しているわ。あなたのお陰で私たちは本当に幸せだもの」
ウィステリアはウインクをすると、甘い香りを残し部屋を出ていった。なんで女の子ってこんなに、いい匂いがするんだろうか。
「さて、次は誰かな?」
ウィステリアの残り香をすんすんしながら待っていたら、なぜか酢い匂いをまとった人物が隣に腰かけた。
「……なあグラム、恋ってなんだろうな?」
酸っぱい男が、突然訳のわからないことを問いかけてきた。
「ガラド、もしかしてそれはルイーズのことか?」
こいつは今日、ルイーズと一緒にお寿司の屋台を出していた。
前々からルイーズのことが気になっていたみたいだけど、恐らく今日1日一緒に過ごして、思いが膨れあがったのだろう。
「ななな、何を訳のわからないことを言ってるんだよ!? は、はあ? ほんと何言ってんだか! と、とにかく、これ置いていくから食ってくれよな」
そう言うとガラドは竹の皮の包みをテーブルに置き、逃げるように部屋を出ていった。
「何だったんいったい……? お、なかなかうまいじゃないか」
俺は深く考えないことにし、ガラドか置いていったお寿司を食べながら、次の訪問者を待った。
お祭りの話は、2話で終わらせるつもりだったのですが、まとめきれませんでした。
次でまとめますので、もう少しだけお付きあいいただけたら幸いです。




