感謝祭 その1
神暦1987年11の月20日の、日の暮れがた――
茜色の空に、水にとけた墨のように闇が広がろうとした頃、ポツポツと灯される花籠のろうそくの火と共に、軽快な祭囃子が聴こえてきた。
クロムウェル領プルミエール村で、記念すべき初めての祭り――感謝祭が開催されたのだ。
「すごい人の数ねえ。クロムウェル領にこんな大勢の人が集まったのは初めて見るわ」
雅な花灯籠がいくつも並ぶ道をねり歩く、大勢の人を見て母さんが言った。
「しかしグラムは本当に頭が回るな。クロムウェル領以外の人たちにも宣伝して入場料を取るとはなあ」
母さんの隣で、父さんが誇らしげにしている。
実は馬車でワーグナー領から帰っている最中に、パックルに頑張ってもらってフィルフォード卿に1通の手紙を届けてもらっていたのだ。
内容はワーグナー領での成果報告と、感謝祭の宣伝依頼。
その他にも、屋台で使う魚介類の仕入れのついでに、エルネにピスケスの町に行ってもらいコーヴァン卿にもお願いをし、ペイル卿に招待状を送ったり、ローゼンでこんな物が祭りで出ますよと、すき焼きとお寿司の露店を出しつつ宣伝をしたりしていたのだ。
グラム・ド・レージュの新作お披露目もすると宣伝しているので、効果は絶大なようである。
「入場料はおまけみたいなもので、掛けた費用に比べたら大したものじゃないよ」
俺は先ほどの父さんの言葉に返した。
外部から来てくれた人たちも、入場料さえ支払えば屋台での飲食はすべて無料にしている。
その金額は平均的な外食1食分の価格なので、はっきり言って大赤字だ。
「でもお陰で、宿屋や他の店でもみんな買い物してくれて、ずいぶんと儲かっているみたいだぞ。グラムはそこまで考えていたんだろ?」
そう、父さんの言う通りそれも狙いの1つである。しかし、一番の狙いは別なところにあるのだ。
「あらそれだけじゃないわ。これも作戦のうちよねグラム?」
母さんはそう言うと、浴衣の袖を広げて回って見せた。艶やかなその姿に父さんの目は釘づけである。
実はクロムウェル領のみんなには浴衣を着てもらっている。
11の月に浴衣? なんて思うかもしれないけど、日本よりもだいぶ温暖な気候のため秋の涼しい夜といった具合で、そんなに季節外れの格好ってわけでもない。もちろんもう少し早い時期のほうが合ってはいるが。
「さすが母さん良くわかったね。せっかくクロムウェル領の特産品は質がいいんだから、もっと宣伝したらすぐに評判になると思うんだよね」
着物だけじゃなく、味噌や醤油にお米、お酒。フィルフォード卿の後ろ盾がついた今、他の貴族たちに遠慮することなくどんどん売り出していくつもりだ。
食べ物がおいしいと観光地として人気になれば、商人も集まってくるだろうし、移住希望者も増えるだろうしで良いことづくめなのである。
「そんなことよりふたりとも。そろそろ久しぶりのデートを楽しんでおいでよ。可愛い娘たちも屋台で待っているよ」
父さんと母さんは俺の言葉に返事をすると、腕を組み人混みに紛れていった。いつまでも恋人のような夫婦って素敵だよな。
「さてと、俺もそろそろ行くとするかね」
そんなふたりを羨ましく思いながら、俺は祭りのメイン会場を目指した。
しかし、本当にすごい人だな。元の世界であった神社の夏祭りを思い出す。
そんなに大きい祭りではなかったけど、少し歩けば学校の友達に次から次へと会う。なんでか学校で会うよりも、やたらとテンションが上がるんだよな。
女子たちの浴衣姿を内心興奮しながら、普通を装ったりしたもんだ。あのときもっと素直に気持ちを伝えたら良かったな。
なんて思っていたら、普段とはまったく違った装いのよく見知った人物に声を掛けられた。
「良かった。こんな人ごみだから会えるかどうか心配してたんだ。えっと、グラム……。これどうかな? 変じゃない?」
紫のアサガオ柄の白い浴衣を着たエレインが、袖をちょこんと摘んで広げ、俺に問いかけた。
緊張まじりの俯きがちな表情も相まって、とても艶やかである。
「うん、いつもよりずっと大人っぽく見えるな。よく似合っているよエレイン」
だめだ。浴衣姿のエレインを見たら綺麗だと言ってあげようと思っていたけど、いざ目の前にすると本当に綺麗で、恥ずかしさが込みあげてくる。
「ほんと? ふふ、嬉しいな」
頬を染めてはにかむエレインに思わずドキリとする。
やっぱりこんなときくらい、素直に気持ちを伝えるべきだよな。こんなに喜んでくれるなら。
「それと、まああれだ。着物の色が、エレインの濃藍の髪と褐色の肌を引きたてていて、その……、すごく綺麗、だな……」
ってなんだこれ! 勇気を出して言ってみたけど、やばい顔がすごく熱い。
世のリア充どもはどうやって、この恥ずかしさに耐えているのだ?
って言うか何も反応がないと、とても辛いんだけど。
「エ、エレイン?」
沈黙に堪えかね顔を覗きこんでみると――
「だ、ダメ! 今こっち見ないで。その、ちょっとニヤけすぎちゃって、変な顔になっているから……」
エレインが手を広げて俺の視界をふさいできた。
でも、指の隙間から、瞳を潤ませ顔を真っ赤に染めたエレインの顔がよく見えている。
「と、ところで、エレイン。今日はベルと一緒に、露店を出すんじゃなかったのか?」
その表情を見た俺は、込みあげる感情を誤魔化すべく慌てて話題を変えた。
「え、えっと。エルネさんが手伝いに来てくれたんだ。で、ベルとジャンケンをして勝ったからやって来たの。その代わり明日は、私がベルと店番を交代だけどな」
エルネたちが俺をもてなしてくれるって話は、今日の晩に屋台が終わってからで予定しているらしい。
それまでは各自で屋台を出したりお手伝いしているって話だったけど、確かエルネは出張酒場の手伝いだったよな? まあ、エルネのことだし、エレインとベルのことを思って気を利かせたのかもしれないな。
「そっか、それならせっかくだし、一緒に回るとするか」
「うん!」
俺ははぐれないようエレインに浴衣の袖を掴ませると、屋台を見るべく人の流れに入っていった。
「色んな屋台があるんだねー」
人混みの隙間から覗きこみエレインが言った。
自分たちの準備が忙しかったってのもあるけど、当日にめいっぱい楽しめるよう、なるべく情報を遮断していたのだ。
「ちょっと見て行こうぜ」
俺はエレインの手を取ると人混みをかき分け、1件の屋台に近づいた。
「やや、これはグラム様! どうぞどうぞ、ゆっくり見ていってください」
人混みから飛びだした俺の顔を見て、店主のコラト族の女が愛想のいい笑顔を見せた。
屋台のカウンターには、花や蝶やとんぼ玉を先端にあしらった、様々なデザインのかんざしなどの髪飾りが並んでいる。
「どうだ儲かっているか?」
「お陰様で大繁盛ですよ。良かったらお連れ様におひとついかがですか?」
コラト族の店主の言葉に、エレインは目を輝かせ商品を眺めている。
可愛いものや、きらびやかなもの、どれもエレインに良く似合いそうだ。
「どれも可愛いけど、私は結えるほど髪が長くないから」
エレインはベリーショートの髪を触ってはにかんでみせた。
確かに普通のかんざしなんかは使えそうにないな。
「じゃあこれならどうだ?」
俺はそう言って、花と蝶の蒔絵がついた赤い櫛かんざしを手にとってみせた。
「これなら普段髪をとくのに使えるし、いつか髪を伸ばすときがあったら、かんざしとしても使えるだろ?」
「変じゃないかな? 私がこんなの持ってても」
「ぜんぜん変じゃないさ。ってか、むしろ似合ってるよ」
俺の言葉にエレインは、パアッと顔をほころばせた。どうやら、気に入ってもらえたようだな。
「おい、これをもらえるか?」
俺は持っていた櫛かんざしを店主に渡し、懐からお金を取りだした。
「え? グラムが買ってくれるの?」
「感謝祭だしな。日頃の感謝を込めてプレゼントだ」
「ええ! 感謝するのは私のほうだよ」
「俺だっていつも助けてもらっているだろ? 俺が感謝したらダメか?」
「うーん、ダメじゃないけど……。そうだ! それならみんなにも買っていってあげようよ。グラムからのプレゼントなら、きっとみんな喜ぶよ」
エレインはいいことを思いついたというふうに、手を叩いて言った。
「確かにそうだろうけど、いいのか?」
「いいって何が?」
女の子は特別扱いされたいものだと思ったけど、そうでもないのかな? 俺にはまだ女心が良くわかんないや。
俺はエレインの提案通り、みんなの分の髪飾りも買い店を後にした。
「ふふふ、ありがとグラム。大事にするね」
エレインは買ってやった櫛かんざしを、大事そうに胸に抱き微笑んだ。
その純真無垢な姿にドキリとする。
そしてその後も、屋台でくじ引きをしたり、買い物したり祭りを満喫しながら、俺たちは活気のある道をメイン会場の広場を目指し歩いた。
「すごい! お腹のしんまで響いてくるね!」
祭り櫓の上で巨大な和太鼓を叩く、はちまきはっぴ姿のミトンを見上げ、エレインが言った。
「確かにすごい迫力だなこれは! と言うか、懐かしいなあ……」
紅白幕で飾られた2段式の祭り櫓の頂上では、ミトンが汗を撒き散らしすべてをぶつけんが気迫で、バチを打ちつけている。
そしてその下の段では、オスカー率いるファルコ族が、羽毛の生えた手で器用に篠笛を演奏している。
見た目こそファンタジー世界だが、軽快で心踊るその音色は、すっかりこの世界に染まった俺でも郷愁の念にかられてしまう。
「グラムが住んでいた世界のお祭りも、こんな感じなんだねー」
「そうだな。色々と突っこみたくなるところもあるけど、みんなこんな感じで心から楽しんでいたよ」
祭り櫓の周りでは、みんなが思い思いに踊っている。
盆踊りを踊っている者もいれば、社交ダンスを踊っている者もいる。
獣耳を付けていたり、赤やピンクや緑ととてもカラフルな髪色だったり、腰に剣をぶら下げていたり、酒樽を抱えがぶ飲みしている奴がいたり……。まあ、なんともカオスな空間だ。
それでも、この光景はやはり良いものだ。
きっとこの世界でも、友達に会った子どもたちは、いつもと違う妙なテンションで祭りに浮かれ、大人たちも今日という日だけは、毎日のしがらみを捨て童心に戻るのだろう。
心の根っこの部分はきっと同じなんたろうな、異世界人も。
「ねえ、なんだかウズウズしてこない?」
エレインがそわそわしたようすで、俺を見る。
「よし、俺たちも混ざるか!」
「うん!」
俺はエレインの手を取り、ファンタジー世界の盆踊りという、ちぐはぐな空間に飛びこんだ。
そして太鼓と笛の音に合わせ、エレインが得意なスローフォックストロットを踊るのであった。




