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祭りの準備

 突然だけどクロムウェル領は今大忙しである。

 町のあちらこちらから、とんかんと木槌を打つ音が聞こえてくる。

 2日前にワーグナー領から帰ってきた俺たちは、久しぶりに自宅のベッドでゆっくりと休み、昨日の午後からお祭りの準備に取りかかっているのだ。

 お祭りは『感謝祭』――自然の恵みや周りの人たちすべてに感謝する日――とし、1週間後から2日間、開催する予定である。

 当日は、できる限りみんな午後から仕事を休みとし、事前の申請があった人たちにクロムウェル領の運営資金から経費を渡し、みんなが無料で利用できる催し物や屋台を開いてもらうつもりだ。

 そんな計画を父さん母さんに話したところ、それはいい考えだと2つ返事で同意してくれた。さすが俺の両親である。

 そして俺は今、感謝祭の準備が滞りなく行われているか、ひとり町を見回っているのである。


「これはグラム様、見回りをされているのですか?」


 広場に向かう道を歩いていたら、屋台の設営を指揮しているバルザーヤさんが声を掛けてきた。

 後ろではボルゾ族の若い連中が、木材を運んでいる。


「ああ、みんな張りきっているみたいだなバルザーヤ」

「我々だけで暮らしていた頃は、祭りをする余裕なんてありませんでしたからね。グラム様には本当に感謝しております」


 そう言うとバルザーヤさんは、尻尾をピンと立て深々と頭を下げた。相変わらずの礼儀正しさだ。


「みんなでいい祭りにしような。そして当日は、バルザーヤも目一杯楽しんでくれよ」

「はい、私たちにできることはなんでもお申しつけください」


 俺は周りで頑張っている他のボルゾ族に労いの言葉を掛けると、広場に向かい通りを進んだ。

 しかしクロムウェル領も人が増えたもんだなあ。色んな種族が入りまじっていてとても賑やかだ。


「おい、何をグズグズしておる! さっさと運ばんか!」

「す、すみません、親方!」


 そんなことを思い辺りを見回していたら、庭師のウェモンさんの怒鳴り声が聞こえてきた。

 見てみると、シャルルの代わりに弟子になったコラト族の女の子が、ウェモンさんに怒られ尻尾を股の間に挟んでいる。猫が怯えているときによくする仕草である。


「ウェモンさん、それ誰が作ったの?」


 俺はふたりが運んでいる、花籠を指差し問いかけた。


「おお、坊ちゃま! わざわざ見回りありがとうございます。この花籠のことでしたら、私の不肖の弟子が作ったものですじゃ。ほれ、坊ちゃまに挨拶せんか!」

「お、お初にお目にかかります。親方に庭師の指導をしていただいている、ツクシと申します」


 ツクシと名乗ったコラト族の女の子は、緊張した面持ちで頭を下げた。

 銀青色の毛並みが美しい、10代半ばくらいに見える女の子だ。

 しかしこの花籠は良くできているな。竹を編み可愛らしい花であしらった、メロンほどの大きさの花籠。真ん中にろうそく立てがついているから、恐らく灯籠のように使うのだろう。


「よろしくツクシ。なかなかいいセンスをしているじゃないか。ウェモンさんは腕のある庭師だから、しっかり技を吸収して一人前になるんだぞ」


 素直に称賛し頭を撫でてやると、ツクシは頬を染めふたたび頭を下げた。

 俺はそれに微笑んで返すと、見回りを再開した。

 そして辺りを見回しながらしばらく歩いていたら、ぴーひゃらと笛の音が聞こえてきた。

 鳥獣人たちがオスカーの指導の元、祭囃子(まつりばやし)の練習をしているようだ。なんとも郷愁(きょうしゅう)の念にかられる懐かしい音色だな。


「ようグラム! こんなところで何しているんだい」


 しばらく目をつむり耳を澄ましていたら、横に垂れた大きな耳としなやかな体が特徴的なロップイ族のミトンが、豪快に声をかけてきた。


「おうミトン久しぶりだな。みんなのようすを見にきているんだ。そういうお前は何をしているんだ?」

「オスカーたちと祭囃子(まつりばやし)の練習さ。それよりもグラム、あんたまた強くなったんじゃないか?」


 なるほど。そう言えばミトンの後ろでロップイ族たちが和太鼓を運んでいるな。

 さすが和風な村の出身――これは当日が楽しみだ。


「ってか、何ペタペタと触っているんだよ!」


 不思議そうに俺の体をまさぐっているミトンの手を掴み叫ぶ。


「いいじゃないか減るものでもないし。それよりもグラム、たまには私の家に遊びにでもこいよ」


 にかりと白い歯を見せミトンが言う。


「ん、別にいいけどなんだ? 稽古でもつけて欲しいのか?」

「それもいいけど、あんたの子を産ませて欲しくってな」

「はぁあ? そ、それって……」

「な、いいだろ? 悪いようにはしないからさ……」


 俺の体を掴み甘えた目を向けてくるミトン。


「そ、そのうち気が向いたらな!」


 俺はミトンの体を押しのけ、逃げるようにその場を後にした。

 まったく、どうなっているんだ獣人の貞操観念は……。


 それからさらに歩くこと5分ほど、祭り会場になる広場が見えてきた。

 会場の真ん中ではシーバ族たちが、やぐらを組んでいる。やはり祭りといったらこうだよな。

 ――お、あれはアイラじゃないか。


「おーいアイラ、何しているんだこんなところで?」

「ん? ああ、グラムさん。お祭りの日に『グラム・ド・レージュ』を出そうと思ってさ。そのために屋台の調整にね」


 ツインテールを弾ませアイラが天真爛漫な笑顔を見せる。

 ちなみに『グラム・ド・レージュ』とは、お菓子のフランチャイズ店舗の名前である。自分の名前がついているのは、少し恥ずかしい……。


「ほう、それは楽しみだな。俺も食べにくるから頑張るんだぞ」

「ほ、本当!? ぜったい来てくれよな!」

「ああ、愛弟子の成長を確認しないといけないからな」

「うん!」


 ふふ、子供は素直でいいな。って、俺も見た目は子供か。


「ふにゃ、グラムにゃあ!」


 アイラの愛らしい笑顔に癒されていたら、シャルルの声が聞こえてきた。


「なんだシャルル、おまえもいたの――ぐへっ! こら、お前はいきなり抱きつくんじゃねーよ!」


 俺は柔らかい感触を少し惜しみながら、へばりつくシャルルを引きはがした。


「ふにゃ!? 他のメスの匂いがするにゃ! グラム、どこで誰と何をしていたにゃ!?」


 俺の体をすんすんと嗅ぎ、詰めよってくるシャルル。

 どこの誰とって……。ふと、ミトンに言われた言葉を思い出す。


「にゃああ! やらしい顔をしているにゃ! 何をしていたのにゃ!」

「サイテー……」


 シャルルはどうでもいいとして、アイラの冷たい視線がつき刺さる。


「これはお前みたいに絡まれただけだっての! それよりもお前はなにをしているんだ?」


 なぜか後ろめたさを感じ、俺は慌てて話題を変えた。


「それなら許してあげるにゃ。シャルルはアイラとお店を出すから、お手伝いに来たのにゃ」

「そっか、楽しみにしているからしっかり頑張れよ」


 なんでシャルルの許しを得なきゃいけないのか少し気になるけど、蒸しかえされてもかなわないのでスルーしておこう。


「当日はグラムを待っているにゃよ。あ、そうにゃ。さっきベルが拗ねていたからちゃんとフォローしてやるにゃ」

「……まあ心当たりはないでもないが。ところでどこでベルを見かけたんだ?」

「あっちでミスティーにぐちぐち言っているにゃ」


 シャルルが指差したほうを見てみると、やぐらを挟んだ反対側で何やら小さな小屋をたてているようだ。


「サンキュー、ちょっと行ってくるわ。じゃあな、シャルル、アイラ」


 俺はふたりに手を振ると、ベルとウィステリアの元へ歩いていった。


「あらグラムちゃん、ベルちゃんに会いに来てくれたのかしら?」

「ふん! 我はお前に用事などないぞ」


 俺の顔を見るや頬を膨らませ不満をあらわにするベル。

 まったくこいつは子供なんだから……。仕方ない、ここはご機嫌取りをしておくか。


「ああ、ベルと仲直りがしたくってな」

「な、なんだ今さら。どうせ我は必要ないのだろ?」


 なかなか機嫌を直してくれないベル。

 なんでこいつがこんなに拗ねているかと言うと、祭りの話をしたときに、会場作りは任せろと自信げに言うベルの提案を断ったからだ。


「そんな訳ないだろベル。俺はな、みんなやお前に楽しんでほしいから断ったんだ」

「ど、どういうことだ?」


 少し興味を持ったようすのベル。よし、かかったな。


「こういうイベントごとはな、準備している間も含めて楽しむものなんだよ。そりゃ、お前に作ってもらったらあっと言う間にできるけど、それだと他のみんなに達成感がないだろ?」

「それは確かにそうだのお……」

「それにな、ベルが作ったらベルに驚きがなくなるだろ? 俺は当日めいっぱい喜ぶお前の顔が見たかったんだ。だから機嫌を直して楽しんでくれないか?」

「そ、そこまで我のことを、考えてくれていたのか?」


 俺がこくりと頷くと、ベルの顔が見る間に真っ赤になっていく。


「あらベルちゃん大変よ。小屋の内装に使う布切れが足りないわ。悪いけど、グラムちゃんと一緒にもらってきてくれないかしら?」


 ウィステリアはそう言うと、俺の顔を見て目配せしてみせた。さすがお姉ちゃんだな。


「まったくウィステリア姉さんは、仕方がないのお。すまんがグラム、一緒について来てくれるか?」

「ああ、もちろんだ」


 俺はすっかり機嫌が直ったベルと一緒に、鳥獣人が経営している着物店へと向かった。


「ところでベルたちは何をするんだ?」

「我はウィステリア姉さんの手伝いをしていただけで、まだ何も考えておらん。ウィステリア姉さんは、マッサージ店を開くと息巻いておったがの」


 邪淫のダンジョン娘が開くマッサージ店って、大丈夫なんだろうな……?

 あんな広場の特等席でピンクな店とか勘弁してくれよ。って、どこの場所でもダメだけど。


「お、あれはエルネたちではないか?」


 ベルの言葉に顔を上げてみると、エルネとエレインとガラドとルイーズが、何やら輪を作り話しこんでいるのが目に入った。


「みんなこんなところで何をしているんだ?」


 みんなが視線をこちらに向ける。


「これは坊ちゃま。エレインと歩いていたら偶然ふたりにあったものですから、お祭りの日に何をしようかって話していたんですよ」


 柔和な笑みを見せエルネが言った。


「へー、それは面白そうだな。俺たちもまぜてくれよ」

「ダメだよグラム! グラムをびっくりさせたいんだから」

「あ、エレイン! それも内緒にするって言ってただろ!」


 ガラドの言葉にしまったって顔をするエレイン。そうか、そんなサプライズを用意してくれていたのか。


「まあいいじゃないですか、ガラド。それよりベル、実は今からあなたを誘いに行こうとしていたんですよ。どうですか? 私たちと一緒にグラム殿をもてなしませんか?」

「ほお、それは楽しそうだな。おいグラム、悪いが布切れの件は、お前がウィステリア姉さんに届けておいてくれんか?」


 ルイーズの申し出を快諾するベル。そうそう、こうしてみんなが楽しむところを俺は見たかったのだ。

 俺はベルの願いを喜んで引きうけると、俺もみんなに何かしようかなと悩みながら着物店へと歩いた。

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