命の価値
薄暗い道をエルネに連れられ歩いていると、窓から暖かな明かりが差す石造りの建物が見えてきた。
エルネがピタリと足を止めたその建物の壁には、靴を履いた馬の形の鉄看板が掲げられている。
「ここです、仔馬の長靴亭。安くてボリュームがあってとってもおいしいんですよ」
エルネは満面の笑みを浮かべると、体を預けるように木製の扉を開いた。
その途端アルコールの匂いと、シチューのいい香りが漂ってきた。
「すごい賑わいだな」
俺は店内を見回し呟いた。思った以上に広い店のようだ。
4人掛けの木製テーブルが8っつに、10人ほど利用できそうな立食用カウンター。店の右奥には2階に上がる階段まであり、そのほとんどの席が埋まっている。
「とても人気のお店ですからね」
俺の言葉を受け、エルネが得意げに言った。恐らく、俺たちがダンジョンに潜っている間に通っていたんだろう。
しかし人気なのも良くわかるな。なんとも雰囲気のいい店だ。
シックな色合いのテーブルと明るすぎない暖色の照明が、ほっこり温かい気分にさせてくれる。
木製のジョッキでエールをあおっている腹の出た男も、テーブルに刺さったナイフでチーズとライ麦パンを切っている冒険者風の女も、誰もがいい笑顔で飲んで食べて騒いでいる。
暴食のエルネのオススメだから、ご飯もさぞかしおいしいんだろう。さて、2階はどんなふうになっているのかな……?
「坊ちゃま、あそこの席が空いていますよ」
2階に上がる階段に向かおうとしたら、エルネが壁際のテーブル席に向かい奥の椅子に腰かけた。
2階の雰囲気も確認したかったがまあいいか。
「さて、シチューがオススメなんだったな?」
俺は通路側の席に腰かけると、木板に書かれたメニュー表に目を通した。
「はい。そこに書いてある、兎肉とポテ芋のシチューが絶品ですよ。そうだ! ラクレットチーズとライ麦パンも頼みましょう。隣の人が一緒に食べていて、とてもおいしそうだったんですよ。あ、それと……」
エルネはいつの間にかメニュー表を奪いとり、とても興奮したようすで料理名を読みあげている。
「じゃ、じゃあ、エルネのオススメを頼んでくれ」
俺は自分の意見を挟むことを早々に諦め、エルネの注文が決まるのを静かに見守った。
「さて、坊ちゃま。ワーグナー卿とはどんな話を、されていたのですか?」
店員のお姉さんに、とんでもない品数を注文をしたエルネが、俺に向きなおり問いかける。
「そうだな……。戦争とはどんなものかとか、アイレンベルクの最前線はどんな状況かとか色々教えてくれたな。あとは、どうすれば戦争をなくせると思うかって聞かれたよ」
「そうですか。ところで、質問にはなんと答えたのですか?」
「何も答えられなかった。幾つか思いつくこともあったんだけど、あの光景を見た後では、それを簡単には言葉にできなかったよ」
戦争に限った話でもないけど、前の世界でテレビの中のひとたちが、ああすればいい、こうすればいいと色々と語っていたが、きっと完全な傍観者だから言えたんだろうな。
「そうですね。私もそんな簡単に答えが出せるものでは、ないと思います」
「ヴァネッサさん――ワーグナー卿のことだけど、あの人もそう言っていたよ」
正直、マチアスさんの言葉から、殴りとばされるのも覚悟していた。でも、それでも言葉にはならなかった。
しかし無言で考えこむ俺を見てヴァネッサさんは、無責任に言葉にするよりずっといいと、そう言ってくれた。
「ちなみにフィルフォード卿は、力だと考えているみたいだ」
「力ですか……?」
エルネは俺を見つめ首を傾げた。
「楯突こうと思いすらしないほどの力、抑止力のことさ。俺の世界でもそういう考えはあったから、俺も頭の中に浮かびはしたんだけどな」
「なぜ言葉にはしなかったのですか?」
「そうだな……。例えばエルネ、これがこの辺り一体を焦土と化すことができる兵器だと言われて、信じることはできるか?」
俺はテーブルにあった灰皿を掴み、エルネに言った。
「いえ、にわかには信じられませんね。例えそれが灰皿でなく、それっぽい形をしていたとしても」
「だろ? つまり抑止力とするためには、その効果を見せつけないといけないんだ」
「なるほど、確かに仰る通りですね……。それで口をつぐんだとは坊ちゃまらしいですね」
エルネは微かに笑ってみせた。
「それに、その方法だときりがないんだ。それに対抗すべく、他国も同じものを、またはそれ以上のものを開発していくからな」
「そんなことになれば、世界は危険な兵器だらけになりますね……」
「ああ。実際俺の世界では、何10、何100回と世界を壊すことができるほど、多くの兵器が散らばっていたよ」
それでもなお、完全に戦争をなくせていないしな。さらには自分たちで、処理しきることもできない始末。
「なぜ人は、そんな恐ろしいものを作るのでしょうか?」
エルネは眉尻を下げて言った。
エルネが最も見たくない、人間の醜い部分だからな。
「臆病だから、かな?」
「臆病ですか?」
「ああ。自分たちの大切なものを守るため、失わないためになんじゃないかな?」
もちろん、自分の欲のためにってのもあるだろうけどな。
もしかしたらそっちのほうが大きいかも知れないが。
「そのためには、他のものを傷つけることもいとわないと?」
「エルネ、命の価値は平等だと思うか?」
俺は悲しげな顔で見つめるエルネに問いかけた。
「……それは、そうあればいいなと思います」
「そうだな、それが理想だろうな。でも俺はやっぱり違うんだ」
エルネは何も返さず、無言で何か考えこんでいる。
「見たこともない遠い誰かの命よりも、家族やクロムウェル領の人たち、エルネや仲間たち。俺にとってはみんなの命のほうがやっぱり大切なんだ」
エルネは嫌いだろうな、こういう考え方は。
だってそんな考えが、差別や争いを産んでいるのかもしれない。もしかするとエルフの迫害も……。
「そうですね……。私も目の前で、見知らぬ誰かと坊ちゃまの命を天秤にかけることになったら、迷わず坊ちゃまの命を選ぶでしょうね」
そう思っていたけど、エルネから帰ってきた言葉は意外なものだった。
いや、当たり前なことなのかも知れないな。俺やエルネやだけでなく、きっと誰もがそうなんだろう。
「実はな、フィルフォード卿の手紙に書いていた兵器開発の件。引き受けようと思うんだ」
「そうですか……」
「もしワーグナー領の砦を破られたら、多くの兵がアイレンベルクになだれ込んでくるだろう。そうなればみんなが……。自分勝手なやつだと落胆したか?」
「坊ちゃまがどのように考え、何を抱え、そう決断されたのかはわかっております。私はそんな坊ちゃまを誇りに思います」
エルネは、テーブルの上に置かれた俺の手を取り、真っ直ぐ見つめそう言った。
それだけでずいぶんと救われた気持ちになる。
「あらあら。お客さん、そういうことは店の外でやってくれないかい? 目の毒だよお」
エルネに手を取られたまま俺もエルネを見返していたら、年配の女性店員が何かを勘違いしたようにそう言い、大量の料理をテーブルに並べ去っていった。
「……とりあえず食べるとするか」
「はい」
少し気まずい空気が流れたものの、俺たちは手を合わせ湯気が立ちのぼる料理に手を伸ばした。
――それからしばらくして。
「ところでその兵器というのは、どういったものかもうお考えなのですか?」
アプルの果実ジュースをコクリと飲んでエルネが言った。
「いくつか思いつくものはあるんだけど、それを形にできるか悩んでいるところだな」
「いつものように、ベルに手伝ってもらわないのですか?」
「いや、今回は俺がひとりでやる」
「なぜですか?」
訳がわからないといったようすで、エルネが問いかける。
「兵器を開発するってことは、大量殺人に加担するってことだ。もし、自分が作ったもので命を落とした人をベルが見てみろ。あいつ優しいから、どうしようもなく傷ついてしまう」
せっかく姉妹と再会し笑顔になってきたと言うのに、そんなことをさせる訳にはいかない。
「だからそんな思いはさせたくないと? それは坊ちゃまも同じなのではありませんか? まさか、自分だけはいいとかそんな我が儘を言うつもりですか?」
すると、エルネが語気を強め俺を睨んできた。どうやらかなり怒っているようだな。
しかしこればかりは譲るつもりはない。
「ああ、そうだ。あいつが知らなければ、俺を思い傷つくこともない。我が儘だろうがなんだうがそれでいいんだ」
俺もエルネに負けないくらいの意志を込めそう言ったそのとき――後ろから突然誰かに肩を掴まれた。
「ふざけるな! お前はほんっとに我が儘な奴だな!」
「ベル!?」
振りかえると、瞳を潤ませ興奮したようすのベルが立っていた。
なんでここにいるんだ? というか、よく見たらみんないるじゃないか……。
「おいグラム、お前我が知らなければそれでいいとそう言ったな。ふん、残念だったな! 我はすべて聞いてしまったぞ! さあ、どうするグラム?」
なるほど、俺はエルネにはめられたのか。おおかた2階の席で、ネッケの糸を通して俺たちの会話を聞いていたんだろう。
「どうするもこうするも俺がひとりでする。俺の我儘でお前にそんなことをさせる訳にはいかない」
「まだ言うか! 我も大切に思い守りたい人は沢山おる。そう思えるくらいにクロムウェル領で、みんなに支えてきてもらったつもりだ。そしてグラム。我は誰よりもお前を守りたいのだ」
ベルは華奢な肩を上下させている。泣き虫で甘えん坊で、もっと弱いやつだって思っていたけど、こいつこんなに強かったんだな。
「覚悟はできているのか? お前の力で多くの人間が命を落とすかも知れないんだぞ」
「ああ、お前とならそんなもの受け入れて見せるさ」
「……わかった。そこまで言うなら一緒に――」
「ダメだよグラム!」
俺がベルの手を取ろうとしたそのとき、今まで傍観していたエレインが突然俺の言葉を遮った。
「グラムだめだよ。兵器の開発をするかどうかって、もう一度悩んでみてよ」
そして訳のわからないことを言うエレイン。
「はあ? なんでそんなこと――」
「い、い、か、ら!」
エレインはとにかくやれと言わんばかりに、俺を睨みつけてきた。何がしたいのかわからないけど、付きあってやるか……。
「うーん、どうしよっかな兵器開発……」
無理やりなため、笑えるくらいに棒読みになっている俺。
「やったほうがいいよ! それがみんなを守ることになるなら、私はやったほうがいいと思う」
「シャルルもそう思うにゃ!」
はあ? 何を言っているんだこいつら?
エレインとシャルルの顔を見つめるが意図がわからない。
「当然俺も手伝うぜ。力仕事なら任せてくれ」
「わ、私も何か手伝うよ。何ができるかわからないけど、ほらお菓子を作って差し入れとかできるぞ」
「グラムちゃん。私もダンジョンの力で役に立てると思うの」
力こぶを作ってみせるガラドと、ウィステリアにくっつきながらそう言うアイラ。
するとルイーズが一歩前に出て、俺を見据えた。
「グラム殿、私もみなと同じ気持ちです。 あれ? と言うことは、私たちも加担しちゃいましたね」
ルイーズの言葉に、「あれ?」「ほんとだな」とみんながわざとらしい演技をしている。
なるほど、そう言うことか……。
「まったくお前たちは……。本当にバカな奴だな」
涙をこらえながらそう言うと、みんなに一斉に「お前には言われたくない」と突っこまれてしまった。
一蓮托生、それもいいかも知れないな。
その後俺たちは、結束を深めるようにみんなでテーブルを囲み、飲んで食べて大いに騒いだ。
【後書き】
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
少しずつではありますが、PVもポイントも増えてきて嬉しく思っております。
これからも頑張りますので、どうぞ応援よろしくお願いいたします。
ところで【作者からのお願い】と言うのも恐縮ですが
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