フラグ6 メイド服のお好みは?
俺の目覚めは……あまり良くなかった。
いつもの探偵事務所で、いつものソファから起き上がる。
ブラインドから漏れる夕日的に、時間は夕方だ。
「──御主人様、その表情はまた誰かの死を?」
「うおっ!?」
いつの間にか──いや、ずっと横に座っていたらしいエレクトラに驚いてしまった。ギリギリの死角、耳元で囁かれて心臓に悪い。
「何をそんなに驚くのですか?」
「……普通の日常風景に、いきなり虫がいると気が付いてビクッとした感じだ。気にするな」
「虫? どこでしょうか? 一度、眼球を取って金属タワシで洗いましょうか?」
「お前じゃあるまいし、そう簡単に取れるかよ」
魔動人形ジョークは笑えない。
それに何か昨日からコイツの機嫌が悪い。
まだ車に体当たりされたのを根に持っているのだろうか? そんなことで怪我をするような柔な身体ではないというのに。
「御主人様、これから服を見に行きましょうか」
「は?」
「わたくしの服です。理解できないのなら服飾の歴史、概念から説明致しましょう。そもそも人間というのは生きるために服を着るようになり、そこから──」
「いや、たぶん数時間の講義になりそうだから結構だ。それに服を買いに行くとか面倒くさくないか……? 前は一着選ぶのに3時間くらいかかったぞ……」
さすがにエレクトラの所有者として、コイツを全裸で歩かせるわけにはいかない。
そのため、服も必要経費として買ってやってるのだが……何かと一緒に付いてこいとうるさいのだ。
しかも最初に着ていたメイド服から、似たようなのを好みとしたらしい。
そんなものを売ってるのは、男である俺が居心地悪くなる店しかない。
「わたくしなど、時間をかける価値もないのでしょうか……?」
「い、いや、そういうワケじゃ無くてだな……」
普段の慇懃無礼では無く、マジのトーンで言われると反応に困る。
こうなるともう、負けるしかなくなるのがいつものパターンだ。
「わかった、わかった。でも、ちょっと今は用事が入るかもしれない。だからこれで我慢してくれ……」
俺はスマホを取り出すと、通販サイトのAmozonのブックマークへと飛んだ。
それで適当にメイド服を検索。
「ほら、どれでも好きなものを──」
「では、一緒にお選びくださいませ」
エレクトラはグイッと肩を寄せてきて密着。
2人で1つのスマホを覗き込む形になってしまった。
よくわからないけど、俺に選ばせたいらしい。
これはアレか、自分で選ばないことによって、金を使ったのは俺ということにしようみたいな計画なのだろうか? いや、そもそも資産の管理をしてるのはこのメイドだ。本当に意味がわからない。
「あの、エレクトラ様。俺の課金ガチャも一緒にタップすれば許してくださるでしょうか?」
「それはノーです」
「ですかー……」
なぜか、俺の無課金強制プレイは続いている。
動画投稿サイトのなんちゃって無課金プレイとかではなく、完全に管理されたヤラセなしの首輪付き無課金プレイだ。
「さぁ、無駄に落胆している御主人様。お選びください」
「ん~、それじゃあ……」
ただのコスプレ用のメイド服とかが多い。
てきとーにコレを選んでもいいが、安物のコスプレ服だと世間で変な噂が立ちそうだ。
金には困っていないので、無難に高級品を買うことにしよう。
あまり派手すぎず、球体関節の都合上、露出は少なめに。
後は本人の好みに合わせて……。
こうなると、割と絞られてくる。
「この前と同じような白と黒のヴィクトリアン? メイド服で」
「スカートは膝上のカスタムでお願いしますね」
「りょーかい」
よくわからないが、譲れない部分があるらしい。
男からすればスカートなんて面倒くさいものではなく、ズボン……いや、今はパンツというのか? それにすればいいのに。
なぜか球体関節用の防塵タイツを履いてまでこだわっている。
俺が学生時代に着ていた何のこだわりも無い露天のTシャツより、3桁高い買い物だ。無理やりエレクトラに買わされた俺の高級スーツといい、ファッションというのは銃より金がかかる。
「あ、猫の肉球マークみたいなのが刺繍されてるけど平気か? 俺はファッションに疎いから、ここは好みで選んでしまったが」
「愛すべき御主人様らしい間抜けなチョイスですが、その所有物でもある
わたくしは仕方なく受け取りましょう」
「自分で選べ選べと言っておきながら、酷い言いぐさだな、おい」
一応、エレクトラは悪態を吐いている割には機嫌が良さそうなので、この意味不明なミッションは成功したようだ。
もし100人の悪党を倒すのと、コレの選択肢があったとしたら、間違いなく俺は前者を選ぶだろう。
目標が分かる分からないでは難易度が段違いだからだ。
たぶん、さっき視たバッドエンドも解決しようとするとそういう類なのだろう。
……さて、そのことについてどうするか。
と思案していると、誰かが事務所の階段を上がってくる音がした。
俺はエレクトラに視線を送る。
「音紋その他照合。昨日のレイネという少女にございます」
おおかた昨日の礼にでも来たのだろう。
話した感じ、そんな性格だったし。
俺は恩人として、大人の風格を見せてやろうと思い、ソファからデスクに移ってどっかと座った。
エレクトラを手招きして横に侍らせ、床に落ちていた一ヶ月前の英字新聞を手にとって広げる。
後はタバコでも欲しいところだが、あいにくと吸わない。
酒も飲まないが、もらい物の高級ウィスキーがあったのでそれを設置。
──完璧に格好良い探偵事務所の完成である。
遠慮がちにノックされるドア。
「あの、すみません。レイネですが……。探偵さん、いらっしゃいますか?」
「ほう、昨日の? 入ってくれ」
準備をしていたことをおくびにも出さず、ハードボイルドに答えてやった。
我ながらイケボである。
「では、失礼します──」
ガチャッと開けられる探偵事務所の扉。
少女は、この硝煙と魔術に煤けちまった世界に足を踏み入れたのだ──。
「……うっわ、汚い。ゴミ屋敷」
レイネの第一声はそれだった。