フラグ5 JK三人組BADEND
※三人称視点
レイネとブレイカーが出会ってから一日が経った。
「なんだったんだろう、あれ……」
レイネは高校の休み時間、昨日のことを思い出していた。
3人組に絡まれて、喫茶店でエレクトラさんと話して、廃ビルに呼び出されて、酷い目に遭いそうになったところをブレイカーさんに助けられた。
それも普通の助けられ方では無い。
いくらダンジョンみたいな不確定領域が近いとはいえ、この日本で銃撃戦があったり、巨大ロボットを倒したり。
なぜかビルから落とされたはずの子猫も無事。
ブレイカーさんは、まるで相手の動きがわかっていたかのようだった。
現実感の無い、夢のようだった。
それにあの後、エレクトラさんが──。
『事後処理は全てやっておきますので、今夜は安心してお休みください。警察なども介入はしないでしょう』
と言ってくれたのだが、本当にあれだけの大ごとでも家に警察はこなかった。
それどころか死者が多数出たはずなのにニュースでも流れていない。
「夢……だったのかな?」
レイネの常識と照らし合わせると、もうそれくらいしか答えを出せなかった。
現実だと証明するには、その場にいた人間に確認するくらいだ。
「よう、レイネ!」
休み時間の教室でまどろんでいる中。
丁度良く声をかけてきたのは──昨日の3人組のリーダーである少女。
「あ、桃花さん。お身体は平気ですか?」
──クラスメイトの伊藤桃花だった。
背はレイネより若干低いが、バストやウェストなどのスタイルは桃花が勝っている。
髪型はポンパドールという、前髪を後方に引っ張ってセットしたもの。おでこがピカリと出ていて、軽いリーゼントをしたニワトリのトサカのようになっている。
いつもはきつい目付きの印象だが、今に限っては伏し目がちに遠慮がちといった感じだ。
今日は手下の2人を連れていない。
「平気に決まってんだろ。あたしより、レイネの方が殴られてたじゃねーか……」
「あはは、平気ですよ。ちょっと倒れた時にあごをすりむいたくらいですから」
「ちょ、ちょっと待ってろ……」
慌てたそぶりの桃花は、自分の席へ戻ってゴソゴソ。
何かを探し当ててから、レイネの席へ戻ってきた。
「こ、これ貼り付けてやるから動くなよ」
ぶっきらぼうに言い放ち、レイネに顔を近づけた。
意外にも白く繊細な指が、こわれ物を扱うように丁寧に作業をしていく。
「わわ、ありがとうございます」
「た、ただの絆創膏だ。これで昨日の借りを返したなんて思っちゃいねーからな!」
それは擦りむいたアゴに貼り付けられた、可愛いピンクのハートマーク付きの絆創膏。
乱暴な印象だった3人組のリーダーには似合わない。
「あの……桃花さん、つかぬ事をお伺いしますが……」
「なんだよ?」
「昨日のこと、現実ですよね……?」
一拍おいた後、溜め息と共に桃花は返事をした。
「ああ、ありゃ現実だろうな……。両親の仕事柄、アレがなんなのか知ってるよ」
「アレとは、魔術師という方々ですか?」
「そうだ。横流しされた軍用ナノマシンをクスリと呼んで、それを使って魔術師になった奴ら。
……と、ナノマシンを使わなくても魔力を精製できる、世界に少数いる本物の魔術師」
田舎に住んでいたため、そういうことに疎いレイネ。
情報通の桃花を尊敬の眼差しで見つめた。
「そんなことを知っているなんてすごいです!」
「ま、まぁな。昔、本物の魔術師に助けられたことがあってな。
昨日のブレイカーってやつも悪くはなかったが、あたしの中じゃ一番の魔術師じゃない。
……そういえば、昨日アイツからすごいことを言われてなかったか、レイネ?」
「あ~……言われましたね」
レイネは今思い出しても赤面してしまう。
「『お前、俺のモノになれ』だったっけ?」
「で、ですね……」
「それでどうなんだよ? んん?」
「もちろん、お断りしましたよ!」
昨晩、レイネは恩義を感じながらも、すぐにブレイカーに対してノーで答えた。
恋愛に疎いレイネにとっては、そういうことは結婚を前提にするものなのだ。
「結構、顔は良かったと思うけどなぁ。なんか良いスーツ着てるくせに、妙に着こなしがだらしなかったけど」
「た、確かに格好良いですけど、それとこれとは別です! 男女がお付き合いすると言う事は、すごくすごく真剣で大切な営みなんですから!」
「お、おう……。なんかあたし、レイネのことを誤解してたわ……。
もっと海外風に誰でも食っちまう感じなのかと」
「あの、私は生まれも育ちも日本ですからね……。しかも田舎から出てきたばかりで、東京が異世界に思えます。実際に魔術師とかもいましたし──」
すると突然、桃花は頭を目一杯下げた。
謝罪である。
「悪かった! 誤解していた! 許してくれ!」
「い、いえ。あの、ただ色恋に疎いことを誤解されていただけなのですし、そんなに謝られても……」
「ちげぇよ! 昨日のこととか、今までのことを全部だ!
許されないかもしれねぇけど、あたし以外のふたりは責めないでやってくれ!」
その謝罪は豪快で男らしいとも言えた。
頭を深々と下げて、心からの言葉を真っ直ぐ相手に向ける。
普通なら、あれだけの事態に発展したのだから許されないのかもしれない。
だが──。
「元々、怒っていませんでしたが、許しますと言っておきます」
「ほ、本当か!?」
「だって、あなたは子猫ちゃんを気にして、見に来ていたのを知っていますし。
それで私があそこに通っていると知ったのでしょう?」
「し、知るかよそんなこと……」
「それに何だかんだ言っても、実際に暴力を振るわなかった。
実際に目の前にいて殴ることと、殴るぞ! と言うだけは果てしなく大きな違いがありますから」
「で、でもよ……あたしは……。レイネに殴られたっていいくらいの……」
桃花の震える声に、レイネは気が付いていた。
たぶん自分が怖いのだ、許せないのだ。
──なぜ、あんなことをしてしまったのか理解していなかったのだから──。
「じゃあ、わかりました! 桃花さん! あなたを今からグーで殴ります!
全力で! 精一杯! 手加減無しで!」
「お、おう!」
桃花は頬を差し出し、覚悟を決め、ギュッと目をつぶった。
歯を食いしばって衝撃を待つ。
……待つのだが、いつまでたっても拳が飛んでこない。
恐る恐る目を開けると、そこには目を細めて微笑んでいるレイネがいた。
「どうですか? 言葉の暴力というのは、意外とビクッとしてしまうでしょう?」
「な、殴らないのか?」
「はい。言葉で殴られたのなら、言葉で殴って、おあいこです。
それに……ふふ。
目をつぶって待っている桃花さんが可愛らしかったので、いくらでも許します」
「んなッ、何を言ってるんだよバカ! あたしが可愛いはずねーだろう!」
頬を桃のように染めてしまい、言い訳をしている場面すら微笑まれてしまう。
桃花は、こいつには敵わないと心底思った。
そんな和やかな雰囲気の中、がらりと開く教室の扉。
担任の男性教師が入ってきた。
「おー、おー。お前ら友達になったのか。
仲良きかな……というか、それ以上の関係まで行ってしまうか?
まぁ、それより授業を始めるぞ~」
優しい表情の男性教師は笑いながら2人を茶化していた。
「そ、それ以上の関係ってなんだよ! 先生!」
「はっはっは、何を勘違いしてるんだ。かけがえのない親友ってことだよ」
気の良い先生と評判の彼は、ウィンクをしてから教壇に立って授業を始めた。
* * * * * * * *
放課後、3人組は学校に残っていた。
男性教師から頼まれごとをされていたためである。
「ねぇ、姐さん。あたいら、なんでレイネに突っかかっていたんでしたっけ?」
「んん? そりゃあ、お前……アレ? なんでだっけ?
ええと……確か、男を取られそうになったからとかお前らが……」
「そのことなんですけどね、まーくんに聞いたら、レイネのことを知らなかったみたいで……。なんでうちが勘違いしてしまったのかわからないんですよ」
3人組は話しながら体育倉庫に向かっていた。
男性教師は用事を済ませてから来るという。
「なんだよそりゃ。勘違いであんな大ごとになったのかよ」
「それに、あの偽ブレイカー先輩とも親しくなかったはずなのに……なんで電話なんてしたのか……」
「むしろ姐さんは、転校してきたレイネのことを気にかけて、最初は色々と世話を焼いてましたよね。よく先生に相談もしてましたし」
桃花はレイネとのことを思い出して、顔を再び赤くしてしまう。
「ば、ばか! 別にあいつのことなんて気にしちゃいねーよ! ……けど、確かに悪くは思ってなかったはずだよな……あたし達……」
「です……よね……。何か不気味に思えてきましたよ」
体育倉庫に辿り着き、持っていたカギで扉を開ける。
「ま、まぁ、あいつも許してくれたし、これからは仲良くやっていこうぜ!」
「ですね!」
「うんうん!」
中に入った3人は、いつの間にか鞄に入れていた家庭科室の包丁を取り出した。
そしてそのまま、お互いを刺した。
腕を。腹を。首を。
死ぬまで刺した。
血液が飛び散り、密室だった体育倉庫はジメジメと湿気が酷い。
最後に生き残った桃花。
表情の無い顔で外に出てから──腸をまき散らして自殺した。
あまりにも唐突な死であった。
* * * * * * * *
後日、葬儀がとりおこなわれた。
言い争いから発展した殺人として処理され、桃花の父親はマスコミに追求されて職を辞した。
レイネは、綺麗に死化粧された桃花を見下ろしながら後悔した。
不審な点に気が付いてあげられなかったこと。
助けられなかったこと。
先生が言った通り、これから親友として共に歩んでいけると思っていた。
「それなのに……なんで……桃花さん……。
こんなことになるのなら、私はなんだってしてあげたのに……」
溢れでる大粒の涙。
いくら死者のために想っても、もう時間が巻き戻る事は無い。
死者は蘇らない。
これを過去から見ていた男──ブレイカーは呟いた。
『だから、先に死を視ておくのさ』
彼は時間を巻き戻した。