フラグ15 最後の願いは、ただ1人が視ていた
「な、なんだてめぇは!! どうしてこんなところにいやがる!!」
「俺か? 俺は──」
助けに来たのは、女の死をバッドエンドアイで視たブレイカーと、エレクトラなのだが……格好が少し違っていた。
具体的にはブレイカーの服装が、マジシャンか怪盗のようなタキシードにマント、シルクハット。それに目元を隠すかのように仮面舞踏会風のマスクが装備されていた。
仮装とも言える。
「通りすがりの魔術師さ」
「か、格好良いにゃ……」
間一髪のところを助けられた女は、まるで王子様を見つめるような眼差しだった。
一目惚れというやつだ。
ボソッと、エレクトラが『クソダサ衣装だと思いますがね』と呟いたのは、ブレイカー本人にしか聞こえなかった。
「エレクトラ、下がっていろ。お前だと貴重なサンプルを殺しかねん」
「仰せのままに、愛すべき最低最悪の御主人様」
エレクトラが後方に移動したため、戦力差はブレイカーと死刑囚3人になった。
死刑囚達は一瞬、舐められてるのかと思ったが──。
「へへ……あとで後悔するなよ。優男……」
意外としたたかで、見下されているのならその油断を利用すればいいと発想を逆転させた。
まがりなりにも死刑囚に落ちるまで実戦経験を積んできた人間なのだ。
常人相手にはまず負けないだろう。
ブレイカーはそれを見てニタリと笑った。
「先に後悔してるさ。不確定領域に送り込まれた死刑囚の実物はこんなに弱そうだったなんてな」
「チッ、この野郎!! 死ねぇッ!!」
死刑囚は片手にナイフを持ち、わざと大ぶりでチラつかせた。
だが、それはフェイント。
もう片方の隠れている手で、意表を突いて砂を投げようと腰の小袋に手を伸ばした。
「知ってるよ、お前は目つぶしが得意なんだろう?」
ブレイカーは先読みをして、一瞬で間合いを詰めていた。
そして目つぶし男の腕にカカト蹴りをひねりながら突き刺す。
骨の折れる感触が伝わってくる。
「うぎゃあああああ!? なんでぇ!? どぼじでぇ!?」
のたうち回る男。
ブレイカーはそれを放置して、既に仲間の犠牲を利用して迫ってきていた残り死刑囚に注意を向ける。
せまる男二人のナイフ。
光きらめき、一瞬で突き刺さろうとする刃。
「お前らに支給されたのは銃ではなくナイフ。……まぁ、これは事前のデータですらわかるがな」
ブレイカーは特注の化学繊維マントをたくみに操り、ナイフごと包み込む。
そして万力のような回転を加え、自らも空中で一回転する。
「あがァァア!? 俺達の腕がミックスされるゥッ!?」
まるで2本のパン生地をねじって一つにするかのように、死刑囚の太い腕がよじれて骨砕けた。
「ま、魔術師がどうしてこんなにステゴロでつえぇんだ!? もっとナヨナヨしてるはずだろう!?」
「それは古いイメージだな。俺なんて魔術師の中じゃ、か弱い方だぞ?」
現にブレイカー以外の天然の魔術師は、後に現れる者も入れたら近接特化も多かった。
「それに忠告しておくけどな。
お前らが奇跡的に俺をどうにかできても、あの後ろで控えている球体関節メイドがいるんだぞ?
アイツは俺より強いし残虐だ。容赦せずにお前らを殺すだろう」
「ひぃっ」
エレクトラは不機嫌そうな目をしていた。
「だから、とりあえず生かして地上に返してやる──俺は優しい魔術師ということだ」
エレクトラは『こちらをダシに使いやがって』というジト目をしていた。
だが、ため息を吐きながらも、愛すべき主人の思惑通りに行動する。
持ってきていた手錠で死刑囚達を拘束して、荷物として担ぐ。
少女のような身体で大人三人担ぐ姿は、ちょっとした地方の行商のようだ。
「お嬢さん、ケガは無いかい?」
ブレイカーはマントをひるがえしながら、縮こまって戦闘を見ていた女に話しかけていた。
「は、はい……ありがとうございますにゃ。でも、ニャーはモンスターで……」
「いいや、キミは人間だ。もしモンスターだとしても、そこにいたるまでは君の望み通り人間として生きるべきだ」
「ど、どうしてニャーが“人間として生きたい”と望んでいたと知っているんだにゃ……?」
「それは──」
ブレイカーは一瞬迷った。
バッドエンドアイのことは、政府からも機密扱いにされているからだ。
個人としてはそこまでの恩恵は無いが、人類全体としては途方もない価値を秘めている魔眼。
たった一つ理由を挙げるだけでも、人類の大半が被害をこうむる災害すらも高確率で予知できてしまうのだ。地震、津波、果ては隕石落下の天災。
なので、安易に魔眼で未来視していたとは言えない。
「それは……キミという星がかげっていたのを、せわしない東京の夜空を眺めていて気が付いたのさ」
エレクトラがまた冷たい目で見ている。
ブレイカー、これをスルー。
「にゃんて詩的な表現だにゃ……」
ブレイカー本人ですら顔を背けたくなる羞恥心が襲ってきたのだが、理由を話せないのでこれで押し通すしかない。
「星は何者にも邪魔されず、自由に宇宙をすべりゆくものさ。だから、いつか惹かれ会う惑星に抱かれ燃え尽きてしまうまでは、せめて俺が守ってあげよう」
「はにゃ~ん……」
女は一瞬にして恋に落ちた。
だが、自分はモンスターだとも自覚している。
人間への恋など許されないのだ。
「はっ!? にゃ、ニャーは身体は許しても、心は許さないのにゃ!」
「こんな俺みたいな、嘘ばかりの魔術師に身体も心も許してはいけないよ。お嬢さん──ああ、そういえばお嬢さんは、名前がまだ無いんだったね」
「た、確かに吾輩は猫だにゃ……。名前はまだにゃい……」
ブレイカーは思案げな表情を浮かべた。
「では……キミとの出会いを記念して名前をプレゼントしよう。
そうだな──“アディンクラ”っていうのはどうだい?」
「……ステキな響きだにゃ! ありがたく頂くにゃ!」
女──アディンクラは心臓が破裂しそうになるくらいドキドキしていた。
猫耳はピコピコ、尻尾の毛が興奮でブワッと拡がっていた。
「そ、それでどういう意味なんだにゃ? もしかして大切な人に送るような意味の──」
絶望の淵にいる時に格好良い男性が助けてくれて、自らを気にかけてくれて、でもそれは許されない恋で……。
名前まで付けてくれるという少女漫画のようなシチュエーション。
きっと、この名前の由来は美しくてキレイなもので、この王子様のような人の想いが詰まった綺羅星のようなもので──。
「気に入ってくれたか。これは海外の学者がヒモ理論関連の素粒子間の相互作用を表すために作った幾何学的なモデルの名前で──」
「わ、わからないけどステキな響きにゃ!!」
ブレイカーは残念ながらムードが読めない。