フラグ11 ウェイトレスのアディンクラ
「本当か!? あの人を知っているのかブレ公!?」
桃花はスマホを投げ出して、俺の頭部をガッシリと両手で押さえ込み、食いつくように顔を寄せてくる。
桃花にとってあの人とは、それくらい大事なのだろう。
過去に桃花と家族を絶体絶命から救い出し、励まし、紳士的な振る舞いを見せたというあの人……。
つまり俺だ。
言い出せない雰囲気だったが──言ってやる! 言ってやるぞ!
……ついつい気合いが入りすぎて変な口調になってしまった。
深呼吸、深呼吸だ。
くそっ、なんで俺がこんなことで気を遣わなきゃならんのだ。
……よし言おう。
「ああ、知っている。それは、お──」
俺だ、と言おうとした瞬間、スマホの着信音が鳴った。
なんだこの計ったようなタイミングは。
「悪い桃花。出てくれないか」
「へへ、しょうがねーな! ちゃんと後で聞かせろよ!」
ワクワクのニヤニヤ顔の桃花。
これで俺が想い出の“あの人”と知ったら、どんな表情に変化するのだろうか。
バッドエンドの表情は好きだが、現実で絶望顔をされるのはまた別だ。
だが、引き延ばしてもややこしいことになるので今言わなければ──。
「もしもーし……っあひゃい!?」
突然、奇声を発してフリーズした桃花。
電話には出ているので、何か驚くような会話でもあったのだろうか?
いや、だが俺のスマホにかかってくるような相手で、桃花がこのリアクションをするようなのはいないと思うが……。
「あ、あの! あた──いえ、私は桃花と言います、申します! 覚えていないかも知れませんが、貴方に助けて頂いた者です!」
……ん?
「お、覚えていてくださったんですね! 嬉しいです! 本当に!
あ……、私のことで引き留めてしまって申し訳ありません!
貴方の貴重なお時間を! い、今、ブレイカーさんにお代わりしますね!」
蕩けるような表情の気持ち悪い桃花。
声にならない桃色吐息を出しながら、スマホをこちらの耳にスリスリと擦り付けてきた。
心なしか目にハートマークを浮かべている雰囲気だ。
何かスマホがJKの体温で暖まっている気がする。コイツの熱量やばい。
「も、もしもし?」
桃花の過剰リアクション……。つまり、内容を客観的に考えると“あの人”ってやつだ……。
いや、だけど、それは俺だよな……?
知らない内に分裂してたか俺? いやいや、アメーバじゃあるまいし。
『御主人様が動揺しているようで何よりです』
聞こえてきたのはエレクトラの声だ。
どういうことだ?
『ああ、桃花様が混乱してしまうので、適当に話を合わせてください』
「わかった」
『以前の御主人様の変声データを残してあったので、それを組み合わせてそれっぽく桃花様と会話を致しました』
なんつーことをしてくれちゃってるんだ、この殺人人形。
「なぜだ?」
『わたくしが、御主人様の事後処理で四苦八苦している時に、そのようなことをなされてはたまりませんから』
……意味がわからない。
『結局、警戒していた能力も下級催眠術程度。わたくしを連れて行けば良かったんですよ。少しメイドに対して過保護すぎです』
……これも何を怒っているのか理解不能だ。
『では、関係各所への根回しが忙しいので切りますね。罰だと思ってその状況を楽しんでください』
プツッと一方的に途切れる通話。
お、俺が何をしたっていうんだ?
スマホの通話が切れたのを確認したあと、すぐ横で桃花が飛びきりの笑顔でニンマリしていた。
「んだよぉ! ブレ公ぅ! あの人の知り合いだったって、ちゃんと言ってくれよなぁ!」
「え、あ、うん。ソウナンダー。ソウナンダヨー」
エレクトラは、俺の偽音声でそんなことを吹き込んでいたのか。
「まぁ、ブレ公たち魔術師の間でペラペラ話しちゃうのもアレだしな!
“あの人”が言うまで待ってた律儀さは認めてやるって、このこのぉ!」
「やめろ、肘で顔グリグリはやめろ」
JKからどんなプレイされてるんだ俺。
だが、これで非常にややこしくなったぞ……。
どうしてくれるんだエレクトラ。
どうしてくれるんだ過去の俺。
* * * * * * * *
「いや~、昔のブレイカーは格好良かったよ」
耳をピコピコ動かしながら、一階の喫茶店でウェイトレスは語る。
聞き手はカウンターでコーヒーを飲みながらのレイネだ。
ブレイカー注文のランチの完成を待っている。
「あのやる気を出すと悪趣味で、やる気が無いとニートのブレイカーさんがですか?」
顔はいいけど……と小さく付け加えるレイネ。
「そこは同意かな。何も言わずに立っているだけだったら百倍モテていただろうね」
ですよねー、とレイネ。
そこで、ふとお互いの名前を知らないことに気が付いた。
「あ、私はレイネって言います。
最初に喫茶店に来たとき頂いた『ブレイカーさんとは関わり合いにならない方が良い』ってアドバイス、適切でした。
ありがとうございます」
「あはは。結局、関わっちゃったみたいだけどね。まぁ、あいつは趣味でやってるから。レイネちゃんはお眼鏡に適ったんじゃないかな?」
ウェイトレスはそう笑いつつ、レイネの横に座った。
「あたいの名前はアディンクラ。よろしくね」
「アディンクラさん……何だか不思議な響きですね」
そのウェイトレス──アディンクラは、女性にしては背が高かった。
手脚はスラリと伸び、胸も大きく、ウェストもくびれていて、顔つきも天真爛漫でありつつ大人の余裕を持っている。
外見上は二十代のお姉さんタイプと言ったところだ。
だが、レイネはそれゆえに気になってしまっていた。
その頭の上に載る、ヘッドドレスのような猫耳に。
最初はウェイトレスの制服の一つかと思っていた。
しかし、ピコピコと可愛く動いている。
お姉さんタイプの人間が、こういうアクセサリーを好き好んで付けるのだろうか?
「えいっ!」
意外とレイネは大胆だった。
アディンクラの耳に手を伸ばし、ギュムっと掴んだ。
「に゛ゃ゛あ゛~っ!?」
瞬間、猫のような嬌声が響き渡る。
誰からというと、お姉さんタイプだと思っていたアディンクラからだ。
「あ、すみません。つい気になって……。でも、何か生暖かくて、柔らかくて、本物みたいですね……その猫耳」
当初は電動式の動く猫耳かと予測していたため、その意外性は大きかった。
アディンクラはため息を吐くと、観念したかのように話し始めた。
「これ、本物だにゃ……」
「本物ですか!? というか語尾が変ですよ!?」
「こっちが素なのにゃ……。注文の時にニャーニャーうるさいニャと言われるにゃ」
耳をションボリしおれさせるアディンクラ。
レイネは可愛いと思ってしまった。今すぐ抱き締めたかった。
──だが、我慢した。相手は年上なのだ。
「にゃ、にゃんかレイネちゃん。鼻息が荒いにゃ……?」
「気のせいです! ハァハァ!」
身の危険を感じつつも、アディンクラは真面目な顔に戻って警告を発した。
「ニャーは、これでもモンスターと呼ばれる存在だニャ」
「ほぇ~……モンスターなんですか」
全く怖がる様子の無いレイネ。
アディンクラはそれを不思議そうに見つめる。
「怖くないニャ?」
「はい。そもそも、モンスターというものを知りません! 田舎者ですので!」
「ニャハハ……。なら、丁度良いかもしれないニャ。
過去のブレイカーと、本当に何も持たずにダンジョン──不確定領域で生まれてしまった、
モンスター“アディンクラ”の昔話を──」
2人の間に微かに暖かい信頼関係が生まれそうになっていた頃、ランチの到着を待っている存在は忘れ去られていた。